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ゼペタ爺さんと図書館

作者: 松岸煉歌
掲載日:2026/01/03

昔むかしあるところに、時計屋を営むお爺さんがいました。大変腕の良い職人で、人々は彼をゼペタ爺さんと呼んで慕っていました。

ある日ゼペタ爺さんは、もう誰も来なくなった古い図書館の前を通りかかりました。ふと中を見ると、誰かいるようです。

「おや、人がいるなんて珍しい。いつの間に開いていたのだろう」

ゼペタ爺さんは入ってみることにしました。

中に入ると、ゼペタ爺さんは思わず顔をしかめました。あちらこちらに本が散乱し、埃を被っています。奥の書架はいくらか片付いているようですが、これではとても落ち着いて本を読めません。

バサバサッ!

どこかから大きな音が聞こえてきました。音のした方に行ってみると、崩れた本の山が出来ていました。

「あぁ…いてて…」

本の山の中から誰かの声が聞こえます。ゼペタ爺さんは急いで本をどけてやりました。

「大丈夫かね?」

そこには赤毛の少年がいました。少年はゼペタ爺さんを見て、目を丸くしました。

「ありがとう……ええと、どなたですか?」

「これは失礼、私はゼペタというんだ。怪我はないかい?」

「ないです、多分。でも……」

少年は困ったように言いました。

「眼鏡が曲がっちゃって……」

少年は握りしめていた眼鏡を見せました。モノクルです。

「どれ、見せてごらん」

ゼペタ爺さんは少年からモノクルを受け取りました。

「ふうむ……ブリッジとツルで支えるタイプなんだねえ。歪んでしまっているが、直せないほどではないね……家にある道具でなら直せそうだ」

「ゼペタさん……だっけ?直せるんですか?」

「そうとも。私は時計屋なんだが、眼鏡も扱っているんだよ。君さえ良ければ直してあげよう」

少年はぱっと顔を輝かせました。

「良いんですか?」

「もちろん。ところで……」

ゼペタ爺さんは図書館を見渡しました。

「君はここで何をしていたのかね?」

少年は答えました。

「僕、この図書館の館長なんです」

「館長?君が?」

「はい、でもこんなに散らかっているでしょう?だから整理しようと思って……」

なるほど、とゼペタ爺さんは頷きました。それにしてもなんて沢山の本でしょう。

「これを全部一人で?」

「ええ、まあ」

「どれ、少し手伝ってあげよう。この本たちを片付けないことには君も動けないだろう」

「ありがとうございます」

それから二人で少年の周りに散らばった本を片付けました。大変な量でしたから、ゼペタ爺さんの老体には堪えました。

それらがすっかりなくなった頃にはもう日が傾いていました。

「今日はこのあたりにしようかね……眼鏡は明日持ってくるよ」

「ありがとうございます」

「そういえば、君の名前を聞いていなかったね」

「ああ、すみません。僕はニアルっていいます」

「ではニアルくん、また明日」


翌日、ゼペタ爺さんはモノクルを持って図書館へ行きました。

「ニアルくん、いるかね?」

そう呼びかけると奥から初老の男性が現れました。初老、といってもゼペタ爺さんよりは若いですが。

「ゼペタさん、おはようございます」

「君は……?」

「僕ですよ。ニアルです」

話を聞いてみると、ニアルはヒトの形をしたものになら何でも姿を変えられるというのです。「今日は初老の気分でしてね」とニアルは微笑みました。はて、困ったな、頭の大きさが変わっていないといいんだが、とゼペタ爺さんは思いましたが、失礼になってはいけないと黙っていました。ニアルは不安げに尋ねました。

「眼鏡、直りました?」

「ああ、直ったよ。でも調整が要るだろう、ちょっと掛けてごらん」

ニアルはモノクルを掛けました。ゼペタ爺さんの言う通りに上を向き、下を向き、頭を振ってみました。大丈夫、ずり落ちてくることはありません。ニアルは満足げです。

「問題なさそうですね。ありがとうございます」

そう言って黄金色に輝く小さな宝石を差し出しました。

「渡せるものはこれくらいしか無いですが」

「お礼なんていいんだよ、それは君が持っておきなさい」

ゼペタ爺さんは宝石を仕舞わせました。ゼペタ爺さんにはその宝石が流通量の少ないものだと分かっていました。そして、こういう図書館にも宝石があるのだなあと密かに感心しました。


それからゼペタ爺さんはどうにも図書館が気になって、何度も足を運びました。ニアルの姿はその度に違いました。今日はブルネットの髪をした少年の姿です。

ニアルと本を整理していたゼペタ爺さんは、隅のほうのずっと放置されている本の山に目を留めました。

「あれは片付けないのかね?」

「ああ、あれですか」

ニアルはため息をつきました。

「あれはみんな壊れた本で……捨てるのも忍びないし、どうしたものかなって」

「ふむ……私の店で直してみようか」


ゼペタ爺さんの店は、エヴィンネ川を渡りパン屋さんの角を曲がった先にありました。鍵を開け、ニアルと一緒に入ります。

店の中には大きな置き時計から小さな懐中時計まで置いてあります。真ん中のガラスケースでは眼鏡がきらきら光っています。端の棚には色とりどりの宝石も並んでいます。

「時計屋って時計と眼鏡だけじゃなくて宝石もあるんですね。あそこにある宝石も売り物ですか?」

「そうだよ、それは今夜月の光に当てようと思っているんだ」

「このお皿に乗っているのも宝石ですか?」

「いいや、それは琥珀糖というお菓子だよ。食べてみるかね?」

あとでいただきます、とニアルは答えました。

売り場の奥の作業場は綺麗に整頓されています。ゼペタ爺さんはニアルのために踏み台を持って来ました。

「さて、まずはこの本を直そうかね。よく見ていてごらん、まずはここを押さえてページを表紙から外して……」

「えっ、外しちゃうんですか」

「はは、そうだよ。それでここに糊を塗るんだ」

ゼペタ爺さんは一通りの作業を見せたあと、ニアルにも同じようにやらせました。ニアルは真剣な面持ちで手を動かします。ゼペタ爺さんの手助けを得ながらなんとか一冊やり遂げました。

「うんうん、初めてにしては上出来じゃないか」

ゼペタ爺さんは表紙を撫ぜて呟きました。ニアルはゼペタ爺さんの顔を見上げて言いました。

「ゼペタさん、明日も来ていいですか?もっと教えてほしいです」

「いいとも、おいで」

ゼペタ爺さんは目を細めました。ゼペタ爺さんが弟子をもったのはこれが初めてでした。


それからニアルは毎日やって来て修行を重ねました。毎度見た目と一緒に身長も変わってしまうニアルに合わせて教えるのは骨が折れましたが、半年も経つとニアルの腕はだいぶ上がりました。これならゼペタ爺さんがついていなくても大抵の本は直せます。

図書館はだいぶ整ってきましたが、ゼペタ爺さんにはもう一つ気になっていたことがありました。

「ニアルくん、君はいつも姿が違うね。何か理由があるのかい?」

ニアルは——今日は青年の姿です——腕組みをしました。

「いいえ、ただ、どんな姿がいいのか分からなくて。同じ姿の方がいいでしょうかね?」

その方がいいだろう、とゼペタ爺さんは思いました。そうでないと図書館に来る人が混乱してしまうかもしれません。しかしどんな姿がいいのでしょう?

「ううむ、そうだなあ……穏やかな雰囲気がある姿だといいだろうね」

「ええ、それから真面目そうな感じも。……そうだ、ゼペタさんの若い頃の姿はどうでしょう?使ってもいいですか?」

ゼペタ爺さんは目を丸くしましたが、すぐに顔をほころばせました。

「そうくるとは思わなかったな。いいだろう、今度写真を持って来るよ」


その晩、ゼペタ爺さんは病に倒れました。駆けつけたお医者さんから、もうそれほど時間が残されていないと告げられました。程なくしてゼペタ爺さんはお医者さんの元で療養することになりました。

大人しく寝ているようにとお医者さんは幾度も忠告しましたが、ゼペタ爺さんは外へ出たがります。

「あの図書館がどうなったのか、それを見たい。そして彼との約束を果たしたい」

あまり頼み込むので、お医者さんはとうとう一日だけ外に出るのを許しました。ゼペタ爺さんは杖をつき、図書館へ向かいました。


するとどうでしょう。図書館はあれほど散らかっていたのが嘘のように、小綺麗になっていました。中には本を読みに来ている人もいます。カウンターを見やると、そこにはゼペタ爺さんそっくりの人が書き物をしていました。ゼペタ爺さんはよろよろと近づき声をかけました。

「君はニアルくんかね?」

書き物をしていた老人は顔を上げ、にっこり笑いました。

「はい。ゼペタさん、お待ちしていましたよ」

「その姿は」

ゼペタ爺さんが尋ねると、ニアルはいたずらっぽく言いました。

「写真を待っている間はこの顔でいこうと思って」

「やれやれ」

ゼペタ爺さんはわずかに震える手で写真を取り出し渡しました。

「すまなかったね、すっかり遅くなってしまった」

少し色あせた写真です。ニアルは写真をまじまじと見つめました。

「へえ、ずいぶん男前だったんですね」

「今も男前だろう?」

「はは、そうですね」

そう言った途端、ニアルはぬるりと姿を変えました。手鏡を見て、ニアルはうんうんと頷き笑いました。

「いかにも図書館長、って感じがしますよ」

「気に入ってくれたかね?」

「ええ、とても。この写真、頂いても?」

ゼペタ爺さんは頷きました。

「さて、私はもう帰ろう」

「せっかくですし、本、借りていっては?」

ゼペタ爺さんはちょっと考えて、言いました。

「やめておこう。返しに来られないかもしれないからね」

ニアルは首を傾げました。

「どこか悪いんですか?」

「いや、ちょっと旅に出ようと思っているんだ。遠くの方にね」

ニアルは何か言いたげにゼペタ爺さんを見つめましたが、やがて小さくかぶりを振り、笑顔を作って言いました。

「そうですか。では、帰って来たらまたいつか」

「ああ、また」


その後ゼペタ爺さんが戻ってくることはありませんでした。ゼペタ爺さんが今の図書館を見ることが出来たらどれほど良かったでしょう!

図書館はニアルと初めて会ったときとは比べ物にならないほど綺麗に整い、小さな子どもからお年寄りまでたくさんの人が集まるようになりました。そして壊れた本を持っていくと、若かりしゼペタ爺さんによく似た館長が直してくれるということです。

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