空気ヒロインに転生したので静かに婚活していたら、幼馴染勇者が全力で妨害してきた
空気ヒロイン。
それは、読者からほとんど認識すらされない、影の薄いヒロインのこと。
読者人気投票はずっと圏外。ヒロインなのにキャラクターグッズは一切出ず、後から登場するもう一人のヒロインに人気も出番も全部持って行かれた。
かろうじて活躍していたのは序盤の第一章だけ。それ以降、ずーっと空気。
そして最終回に再登場を果たすけれど、読者のほとんどが存在を忘れていたため「誰?」とネット上をざわつかせてしまった。
存在感ゼロ。悲しき空気ヒロイン……。
……それが私だ。
この世界が、前世で大ヒットした冒険漫画の世界だと気付いたのは五歳の時だった。
大好きだった漫画の世界に転生したことは嬉しかった。だけどそれと同時に、複雑な気持ちだった。
だって、だって……。
私はその漫画のヒロイン……正しくは【空気】ヒロインであるリース・ハワードに転生してしまったのだから。
ブラウンの瞳と、特徴のない長い髪。愛嬌はあるけれど、圧倒的に華がない。記憶に残らないモブ顔だ。
どうせ転生するなら、可愛くて強くて色気もあって完璧なもう一人のヒロイン――マリアンに転生したかった。後から出てきたけど、この漫画のヒロインといえば彼女だ。
だけどそんなことを嘆いてもどうにもならない。私はリースとして生きるしかなかった。
せめてもの救いは、物語の序盤である第一章(主人公の幼少期)だけは私の出番が多いことだ。つまり、見せ場は今しかない。
たとえ空気ヒロインだとしても、主人公と最初に出会う第一ヒロインとしてのプライドがある。
きちんと役目は果たさないと。
私の役目……それはすなわち、まだ幼く未熟な主人公を手厚く支えることだ。
この物語の主人公は、ロイという孤児の男の子。歳は私より一つ年下だ。
そんなロイは七歳の時、モンスター討伐隊の元隊長である私の父に引き取られた。
そこから父にしごかれ、彼はモンスターを討伐する勇者を目指すことになるのだけど……師匠(つまり私の父)は時代遅れな頑固オヤジ。ロイはうちに引き取られた日から、厳しい修行の日々を送ることになった。
第一章でのロイは、厳しい試練をいかにも主人公らしく乗り越えていった。
私はヒロインとしてロイを励まし、時には叱り、そして一緒に涙を流したりした。
これだけ親身になったからといって、私たちの関係が幼馴染以上になることはなかった。
当然よね。この物語はまだ序盤、冒険すら始まっていないのだから。恋愛要素など必要ないもの。
だけどこの数年間は本当に楽しかった。たとえ空気ヒロインだとしても、原作通りに主人公を支えるという刺激的な日々を送ることができたのだから……。
そしてついにロイは十六歳になった。
これこそ第一章の最終話。
ロイは王都のモンスター討伐隊に志願し、この村を旅立つ。見送りに来たリースは、目に涙を溜めて彼の前に立ち、その頬にキスをした。
初々しくて控えめなキス。原作通りにうまくやれた。前世でも多少なりとも恋愛経験はあったし、こんな可愛らしいキスの一つや二つ朝飯前だわ。
そんなことを考えていると、何かが私を強く抱きしめた。
……あれ? こんなシーン、記憶にない。
どうなってるの……?
そう思って見上げると、そこには見慣れた無造作なブロンド髪。そして何より、隠しきれない主人公オーラ。私を抱きしめていたのはロイだった。
原作ではリースがキスをして終了だったけど、どうやらその続きがあったらしい。
漫画の世界を生きていると、見たことのない場面に出会うことがある。私はそれを本編ではページの都合上カットされてしまったシーンなのだと解釈していたのだけれど……この抱擁も本誌ではカットされてたってことなのかな?
ロイは私と目が合うと、急に視線を逸らして抱擁の手を解いた。なんだかいつもより顔が赤い。
ああ、そういうこと。こういうところはウブで可愛いのよね。別れのテンションでハグしたけど、慣れないことしたせいで気まずくなっちゃったのね。この漫画の主軸は恋愛じゃないし、この紅潮に深い意味がないってことぐらい理解してる。
「バイバイ、主人公」
私はそう呟いて、彼が乗った馬車が見えなくなるまで手を振った。この後王都に向かい、原作通りモンスター討伐隊に配属されるはずだ。
はい、お疲れ様でした。
これでヒロインとしてのお仕事終了です。
私は三年後の勇者凱旋(最終回)まで出番なし。それまで自由に好きなことをしよう。
役目を終えて自由になった私の足取りは軽かった。
……はずだった。
◇◇◇
あれから半年。
ロイが村を出ていってからの半年間、私はずっと「師匠の娘」として雑務と修行に追われていた。
父は相変わらず頑固オヤジ。
「弟子は鍛えてナンボだ!」と言いながら、なぜか私まで早朝ランニングに付き合わされる。私までやる意味ある?
しかも新しく取った弟子は、ロイよりも腰抜けで、結局その尻拭いも私の役目。
私、なんでこんな生活してるんだろう。
物語ではこのあと三年後に再登場の予定。でも現実の私は、朝から晩まで飯炊きと雑巾がけの毎日。
空気どころか、もう家政婦ヒロインじゃない? 何してんの私。
限界だった。
自由になりたい。
自分の人生を、自分の足で歩きたい。
そうして私は、十八歳の春、家を出た。
とりあえず遠くに行きたくて、この国でいちばん栄えている王都に向かった。
王都はまぶしかった。閉鎖的だった田舎とは全然違う。
なけなしのお金でボロアパートを借りてなんとか新生活が始まった。
街角で売られる新聞には、ロイの活躍が毎日のように載っていた。
『魔獣討伐、またも勇者ロイの功績!』
『勝利の女神マリアン嬢との共闘』
『勇者ロイ率いる最強のチーム!』
ほうほう。やってるねえ。
私が知ってる原作通り、ロイは仲間を増やして着実に功績を上げていた。
すごいじゃない。
まあ……でも、ここまですごいともう雲の上の存在になっちゃったな。
ロイはロイで頑張ってる。だから私は私の幸せを探すんだ。
誰かの物語じゃなく、私の物語を。
というわけで。
「婚活だ!」
ある日突然、そう決めた。
王都では平民でも参加できる“交流パーティー”がある。そこで気の合う人を見つけて、穏やかな家庭を築いてのんびり暮らす。平凡な空気ヒロイン私にはそれが最高のエンディングだ。
今から頑張れば最終回の凱旋で、子供だってできてるかもしれないし……。
平凡でもいい。私は私の夢を叶える。
古着屋で見つけてきた流行遅れのドレスを手直しし、なんとか準備は整った。軽く化粧をし、髪をアップにして、深呼吸。
いざ、出陣――婚活パーティーへ!
◇◇◇
会場は、想像以上に華やかだった。シャンデリアが輝き、優雅な音楽まで流れている。ワイングラス片手に、近くにいる人と適当に乾杯し、緊張しながらも笑顔で話す。
あれ? なんだか結構順調じゃない?
……うん。順調だった。はずだった。
「リース?」
背筋がゾワッとした。
いやいや、まさか、そんな。違うよね? 空耳だよね? まーさかそんなわけ!
そう思いながら、おそるおそる振り向くと……やっぱりいた。
見覚えのあるブロンドに、眩しすぎるぐらい整った顔面。周りはすべて背景にしてしまうほどの主役オーラ。
勇者ロイがそこにいた。
「ロイ? なんで? なにしてるの?」
「こっちが聞きたいよ。なぜ貴族の護衛任務で君に会うんだ」
「護衛? へぇ魔王討伐以外にもそんな仕事あるんだぁ。多忙だね」
「いや話を逸らさないでくれ。そんなことはどうでもいいから。リース、ここは何をする場所か分かってるのか?」
「婚活でしょ?」
「そうだ。ここは独身の若者たちが出会い目的に酒を飲み、薄っぺらい関係を築くための何の益もない場所だ」
「いや、言い方悪っ……私も婚活しに来てるんですけど……」
「なんだと……?」
それからロイは明らかに不機嫌だった。私が誰かと話せば、その間に割り込み。飲み物を取ろうとすれば、勝手に持ってくる。いや、貴族の護衛の仕事しろよ。
しまいには、ロイは周囲を見渡して真顔で口を開いた。
「リースにふさわしい男なんて、ここにはいないな」
「はあ?」
仕事してくれ。
ロイの奇行に、私はその場で頭を抱えた。
「ロイ、お願いだから自分の仕事して!」
「してる。リースの安全を守るのが俺の一番の使命だ」
「使命……? 初耳ですけど」
こんな様子で、婚活パーティーはもちろん大失敗。
そしてその帰り道、夜道をとぼとぼと歩いていると、いつの間にか彼も横を歩いていた。
「えっ、いつの間に……こわっ……」
私のツッコミが虚しく夜空に響く。彼は全く気にした様子などなく、当たり前のように話し始めた。
「俺、ずっと村に帰ればリースが待ってるって思ってた。だから……今日はすごく……ショックだったよ」
「ん?」
……ショックなのはこっちだが?
いきなり現れて邪魔ばかり。一体何考えてんのよ。
私はそう反論しようとしたが、それよりも先にロイが話し始めた。
「昔はいつもリースが見守っててくれていただろ。だから俺は前に進めるし、魔王討伐だってやってやるって気持ちになれたんだ。だから……その、君がいないとなんにも出来ないっていうか……えーと、その……だから、君が誰かと一緒になるのは嫌で……」
モゴモゴと勇者らしからぬ様子でそう言うロイに、少しだけ複雑な気持ちになる。
たとえ空気でも、ヒロインとして彼を想い続けないといけないのかな。そんなことをしなくたって、ロイは英雄になれるよ。
だってロイは主人公なんだから。それに努力家で、頭はそんなに良くないけど真っ直ぐだし。仲間だってたくさんいるでしょ。
あなたに私は必要ない。
「……私のことなんて早く忘れなさいよ」
気がつくと、私は彼の前からそう言って逃げ出していた。
◇◇◇
婚活は失敗に終わった。
でもその代わりに、もう一つ“やりたいこと”が見つかった。
私は、料理人になる!
きっかけは、ロイに妨害を受けた婚活パーティーの帰り。ロイに追いつかれないように全力で走った先で見つけたレストラン。
店の前から漂う香ばしい匂いに、一瞬で心を掴まれた。
思えば、村にいた頃から料理が好きだった。父や弟子たちのご飯を作って、褒められると嬉しくて。誰かを元気にする味……それなら、空気ヒロインの私でも作れる気がする。
こうして私は、王都でもっとも人気のレストラン『グランベール』の料理長に弟子入りした。
厨房は戦場だった。
火の前では汗が噴き出し、料理長の怒号が飛ぶ。でも、不思議と心地よい。生きてる感じがする。毎日が私だけの新しいページになっていくみたいでワクワクした。
ちなみにロイはというと。
どうやら勇者業の合間に、ちょくちょく食べに来るようになった。
はい、もちろん私が働いてるの知ってます。こわいね。なんで知ってんだろうね。
厨房の小窓から視線を感じるたび、うんざりした気持ちになった。
だけどロイが話しかけてくることはなくて、ずっと変な距離感を保たれていた。
ロイの隣には、あのマリアンが座っている。マリアンは豊満な胸を揺らしながら、仲間たちと豪快に笑っている。溢れ出る正ヒロインオーラ。眩しくて直視できない。
それにロイとマリアン、二人が並ぶと華やかさが異次元だ。作画のコスト違いすぎるでしょ……。
本当に、お似合いだな……。
なぜか、胸がチクッと痛んだ。
なぜだろう。
ああ、分かった。これはやきもち……じゃない。そんなわけない。やきもちなんてやくはずない。
きっと私は自分が “空気ヒロイン”なんだって、思い出しちゃったから辛いんだ。きっとそうだ。
……はあ、やめよう。今は美味しい料理を作ることだけに集中しないと……。
その後も、私はがむしゃらに働いた。
そんなある時、同僚のカイルがふと私の手先を見てこう言った。
「リース、包丁の扱い上手くなったな。俺、いつか自分の店を持ちたいんだ。もしよかったら、一緒にやらない?」
カイルは真面目で明るい青年で、料理の腕もピカイチだ。例の勇者御一行――あのキラキラした集団を前にした時とは違い、彼はなんというか……モブ的雰囲気を醸し出していて親近感が湧く。
そんな彼に、今後の仕事を誘われるのは素直に嬉しい。彼となら、一緒にやってみてもいいんじゃないかとすら思えた。……が。
「リース、そんな胡散臭い男と何を話してるんだ?」
突如現れた低い声に背中が凍る。
ゆっくりと振り返ると、案の定そこにいたのは超絶美形の金髪勇者。
しかも鎧を着ていないのに、完全に目が座っていて戦闘態勢だ。
「……どういうつもり?」
「どういうって……たまたま通りかかったら、そいつがリースのこと口説いてたから……」
「仕事の話よ。口説いてないし! というか、たまたま厨房に入るな!」
そう叫ぶと、ロイは子供のように肩をびくつかせて眉を下げた。
「ごめん……」
そんなロイとは裏腹に、同僚カイルは感激の声を上げた。
「えっ、勇者ロイ様? ほ、本物?! リース、勇者様と知り合いだったの? 早く言ってよ! わぁ、サイン貰ってもいいですか!」
「……転売禁止だからな」
はしゃぐカイルと、明らかにしゅんとしているロイ。そして唖然とする私……。
今、厨房はチグハグでカオスな空間だ。
大変だったけど、その日はなんとかそれで終わった。
でも次の日、出勤した私は早々ひっくり返りそうになった。
「おはよう、リース。今日から俺も厨房で料理修行することにした」
「は?」
思わず渾身の「は?」が出た。
料理長が頭を抱え、カイルは「すげぇ!勇者と一緒に働けるなんて!」と大興奮。
ロイは私含め、周囲にバチバチと視線を飛ばしながら、ひたすら芋の皮を剥く。
……なんなの、これ。
魔王討伐より面倒な戦場じゃない。
私はついにロイに向かって叫んでしまった。
「あんたのやるべきことは魔王討伐でしょ? 早く立派な英雄になりなさい! 話はそれからよ!」
私の心からの叫びに、ロイは静かに頷いて出て行った。
その背中を見送りながら、私は胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
これでいい。……あんたは主人公なんだからね。
◇◇◇
そして数か月後。
新聞の見出しに、でかでかと載っていた。
『勇者ロイ、単独で魔王を討伐!』
いや、展開早すぎない?!
厨房で叫んでしまい、料理長に怒られた。
その夜。
店の扉が開き、ボロボロのロイが立っていた。
「リース。……やっと、終わった。魔王討伐はさっさと終わらせたから、俺の話聞いてくれ」
彼はそう言うと、懐から小さな箱を差し出した。
「……結婚しよう」
「なっ……」
「俺の物語には、最初からリースがいた。君がいないと意味がないんだ」
箱の中には、銀色の美しい指輪が入っていた。
……心臓が止まるかと思った。
だって、ロイは私のことなんて忘れて幸せになるのが本当の結末でしょ?
私が知っているお話はそうだった。だからずっと意地を張ってたの。どうせ空気なんだから、構わないでって思ってた。婚活を始めたのだって、自分の人生を歩けば、あなたのことなんて忘れていけると思ったから。
でも結局、私は今胸が熱くなっている。
……こんなのずるい。
私の心は、もしかするとずっと前から決まっていたのかもしれない。遠くに行ってもずっと気がかりで、つい世話を焼いちゃうあなたのことが、嫌いなはずなんてない。
私は静かに指輪を受け取り、もう片方の手で彼の頬に触れた。
そしてそのまま背伸びをし、村を出た時のようにもう一度彼にキスをした。
だけどそのキスは頬ではなく、唇に。
しばらくの沈黙ののち、頬が染まったロイは、勢いよく私を抱きしめた。
空気ヒロイン、妻になる。
こんな結末、誰が予想できただろうか。
でもこれも……悪くない。
【終わり】
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