少女の正体
森の戦いを終えた俺は、気配を感じて樹の陰を覗いた。
そこにいたのは、ボロボロのマントを羽織り、震える小さな少女だった。
年の頃は十歳ほど。栗色の髪に、うっすらと尖った耳。人間に見えるが、どこか違和感がある。
「だ、大丈夫ですか……?」
少女は俺を見上げると、恐る恐る近づいてきた。
その目は怯えつつも、どこか俺にすがるような光を宿していた。
「……助けてくれて、ありがとう。私、ミリィって言います」
「俺はレオン。旅の途中で、たまたまここを通っただけだ」
少女──ミリィの腕には傷があり、服も破れている。明らかに逃げてきた様子だった。
「何者から逃げている?」
「……村の人たち、です」
一瞬、俺の眉が動いた。
「村の人間が、子どもを追い回すとは……随分と陰湿だな」
ミリィは首を振る。
そして、おずおずと袖をまくった。
──そこには、うっすらと現れた魔族特有の紋章があった。
「……私、人間じゃないんです。お母さんは魔族で……お父さんは人間でした」
ハーフ、か。魔族と人間の混血は希少で、どちらの社会でも忌み嫌われやすい。
「村の人たちにバレて……私、追い出されました」
泣きそうな声だったが、ミリィは必死に耐えていた。
その姿に、かつて人間に迫害された頃の魔族たちを重ねてしまう。
──それでも、俺は“勇者”でなければならない。
「……君を、このまま放ってはおけないな。村に戻るのも危険だ」
俺は聖剣を地面に突き立て、告げた。
「ミリィ。俺の旅に、同行するか?」
「え……? いいの、ですか……?」
「ただし、条件がある」
ミリィがびくっと肩を揺らした。
「自分を偽る必要はない。ただ、俺の“正体”も知ることになるだろう。それでも俺と行くか?」
ミリィは少しだけ黙ってから──真っすぐに俺の目を見て、うなずいた。
「はい。私、レオン様を信じます」
(……素直すぎるな。だが、悪くない)
こうして、元魔王で現勇者の俺と、魔族の血を引く少女の奇妙な旅路が始まった。
◆ ◆ ◆
【数日後・アザム村】
村に戻った俺は、村長から勲章を与えられた。シャドウウルフ討伐の功績だ。
だが、村人の陰口も耳に入る。
「最近、あのレオン様の同行者に変な子が……」
「黒髪のあの子か? どこか薄気味悪いって話だ」
(……やはり、偏見は根深い)
俺はミリィに聞こえないように気を使いながら、村を後にした。
その夜。焚き火を囲む中、ミリィがぽつりと呟いた。
「レオン様……やっぱり、人間って怖いです」
「……俺も昔、魔族にそう思われていた。人間の王子を処刑した時、魔族の子が俺を見て震えていた」
「えっ……?」
「俺は……前世、魔王だった」
沈黙が落ちる。
唐突すぎて信じられていないかもしれない。
ミリィは目を見開いたまま、声も出さずに俺を見ていた。
「だけど今は、人間として生きている。“勇者”として」
その矛盾する存在に、ミリィは少し考えてから、小さく笑った。
「じゃあ、私は“魔族だけど勇者の仲間”ですね。似てますね、私たち」
──この少女、思っていたよりも強い。
「……気に入った。お前にはもっと強くなってもらう。魔族としても、人としても」
「はいっ!」
焚き火が揺れた。
その炎の中に、かつて魔王だった俺には見えなかったものが、確かにあった。
希望だ。