魔王、転生して勇者になる。
俺の名はディアブロ。かつて世界に恐怖を与えし、魔族の王──いわゆる「魔王」だ。
千年の長きに渡る我が支配のもとで世界は震え、剣と魔法が乱舞する血の時代が続いた。
だがそれも、あの時で終わりを告げた。
「我が名はセリオン……聖剣に選ばれし者、勇者だ!」
その男は最後の戦いで、俺の心臓を貫いた。聖剣は俺の魔力を封じ、再生すら許さなかった。
死を確信した──はずだった。
なのに……
「おぎゃああああああ!」
……俺は、泣いていた。いや、泣かされていた。
視界はぼやけていて、身体がやたらと小さい。何より、全裸だ。誰かが抱きかかえている。
女の声がする。「可愛い……男の子ね」だと?
理解するのに少し時間がかかったが、どうやら俺は転生したらしい。
転生自体は想定外ではない。魔族は魂の輪廻を信じる。俺自身、いくつかの禁呪を試したこともあった。
しかし、転生先が「人間」──それも貴族の家の赤子とは。
そして十数年が経ったある日。
神殿にて「聖剣の儀式」が執り行われた。俺が転生した国はセレスティア王国というらしくこの国では15〜17歳の男女に神の加護を与える試練である「聖剣の儀式」が行われる。聖剣がその場で「勇者」を選ぶが、ただし聖剣が選ぶ基準は不明瞭で、時に神官たちも困惑するらしい。
儀式の対象となった少年少女の中で、聖剣が選んだのは──俺だった。
神官「おお、神よ……この者こそ、選ばれし勇者……!」
……いやいやいや。
俺、前世では神に叛逆してたんだけど?
思わずツッコミそうになったが、口には出さなかった。なぜなら──
(面白そうじゃないか……)
勇者に選ばれた元魔王。
魔族と人間、両方の運命をその手に握る存在。
この“運命の茶番”に、俺はちょっと興味が湧いてきた。
「いいだろう。やってみせよう──勇者として」
そうして俺は、「勇者」として旅立つことにした。
魔王としての記憶と力を胸に秘めながら。
(……さて。とりあえず、どっちの陣営にもバレないように立ち回るか)
俺は知らなかった。
すでに魔族側では「魔王の魂が転生した」と囁かれており──
各勢力が水面下で動き始めていたことを。
「レオン様、旅の準備が整いました」
「……ああ。ありがとう、リュシア」
そう答えた俺──レオン・フェルシアスは、かつての魔王ディアブロ。
今は“勇者レオン”として、王国から旅立つ直前だった。
本来であれば、勇者の旅立ちは国家規模の祭典になる。だが、俺はそれを辞退した。
注目されすぎると、魔族としての素行がバレかねないからな。
(いやしかし……)
俺は目の前の剣──「聖剣アウレリウス」を見つめる。
これはただの飾りじゃない。俺がかつて苦戦させられた、本物の神造兵器だ。
聖属性に極端に偏っており、魔族である俺にとっては天敵のはずなのに……
(なんで素手で触っても、平気なんだよ……)
本当に意味がわからない。前世なら触れただけで皮膚が焼け焦げていたはずだ。
今の身体が“純粋な人間”であることの証明でもあるのかもしれないが──
(それにしてもこの剣、やたらと俺に懐いてくる気がするんだが)
聖剣は意思を持つ。たまに光ったり、共鳴音のようなものが聞こえる。
まるで……「ようやく会えた」などと言いたげな気配すらある。
──だが、それは今は置いておこう。
「リュシア、俺の旅路の最初の目的地は?」
「北東のアザム村です。最近、魔物が頻繁に出没しているとか」
「なるほど。まずは腕試しにはちょうど良いか」
リュシアは王都の神殿に仕える神官見習いで、俺の付き添い役でもある。
白銀の髪に知的な眼差し。忠誠心も高く、今のところ使える存在だ。
「レオン様、本当に一人で行くのですか?」
「一人のほうが、都合がいい」
誰かに見られてはまずいことも多いからな。
例えば……魔族語で唱える禁呪とか。
(それに、俺の力を試してみたい)
今のこの人間の肉体に、どれだけ魔王としての力が宿っているのか──
◆ ◆ ◆
数日後。アザム村についた俺はさっそくいった近郊の森で、巨大な魔物と対峙していた。
それは、黒い体毛に覆われた異形の狼──“シャドウウルフ”。
並の冒険者なら瞬殺されるレベルの上級魔獣だ。
なぜこんなやつがここにいるかは置いておくか…
そんなどうでもいいことを考えていると急に声が聞こえた。
「人間ごときが……我を前にして、立っていられるとはな」
ふん。しゃべれるタイプか。
「貴様、何者だ……」
俺は口元を笑みで歪めた。
「魔王の魂を……忘れるにはまだ早いぞ」
右手に聖剣を構え、左手には黒炎を宿す。
聖と魔。相反する力を、今の俺は同時に扱える。
「いくぞ、“勇者”として──そして、“魔王”として」
「貴様ッ……何を──」
森に、黒と白の閃光が交差する。
──そして数分後、地に伏したシャドウウルフを前に、俺はため息をついた。
(……ふむ。思っていた以上に、今の俺は強いな)
力は戻りつつある。だが、まだ完全ではない。
同時に、聖剣の力も手探りだ。
(勇者として生きるか、魔王として返り咲くか……)
いや、どちらでもない。
両方、やる。
「魔王であり、勇者である──俺にしかできないことがあるはずだ」
そうつぶやいた俺の目に、森の奥で震える小さな影が映る。
「ひ、人間……ですか? あ、あの、助けてくれて……ありがとう……!」
──それが、のちに俺の旅に大きく関わることになる少女、ミリィとの出会いだった。