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⑦Day2



翌朝。泊まり勤務「明け」の仕事のスタートとなるが、まず始発に間に合うよう駅を立ち上げ、D駅の出入口のシャッターを全て上げる。朝は時間帯的にも車椅子でご利用されるお客様の乗車降車の介助や、列車遅延などが多く、仕事の内容的にかなり神経を使う。そして本日泊まり勤務担当のC駅の駅員丸岡さんが駅に到着。交代の時間となり、ようやく、昨日からの長いD駅泊まり勤務の仕事が終わり、引き継ぎ等を済ませ、駅ロッカールームにて荷物をまとめ、電車に乗車し再びA駅に戻る。


A駅に到着し、ホーム階段を降りた辺りから何故か駅の中が騒がしく、今朝は改札口辺りから駅構内にかけても人の出入りが激しく様子がおかしい。駅室の社員専用ドアを開け中に入ると、駅室内も何か慌ただしい様子で、駅当直の座席には、学生と覚しき私服を来た十代の若い女性が不安そうな表情を浮かべて一人座っている。



「お疲れ様です。この子どうしたんですか?」


側におられた北尾係長に話しを聞くと、



「おう、お疲れさん。いやー、ちょっとなぁ。まぁ、後でまた話すわ。」


二人のぎこちない会話から程なくして、



「ちゃんと携帯の中、確認してあげてよね!画像も動画も撮られたものは、全部消してあげて下さい!この目でちゃんと撮ってるの見てたので間違いないです!」


駅室内に入って来た若いやんちゃな風貌の強面のカップルが駅室内に怒鳴りながら入ってくる。どうやら先ほどの十代の若い女性が、駅構内もしくは電車内にて盗撮の被害に遭われた模様。そこにこのカップルが気付き、犯人を問い詰め取り押さえたようだ。その勇気あるカップルが入ってくると最後に、警察官に連れられた犯人と覚しき三十代男性が無言のまま下を向き室内へと入って来る。すると、先ほどの強面のカップルから罵声を浴び続け彼も意気消沈している。被害を受けた女性は女性駅員に付き添われ、犯人の顔が見えないように室内奥の別室にあるソファー座席へと移動し、女性警官からも大丈夫だからとメンタルサポートを受けていた。



「こっちも朝から大変だなぁ。」


そのままロッカールームの方へと向かおうとすると、



「お疲れ様です。」


後ろから声をかけてくれたのは、A駅社員の福元くん。



「福元くん、お疲れ。」


福元くんは、入社二年目の後輩で大卒組幹部候補生のエリート。



「大変だね。」


駅室内の慌ただしい状況を眺めながら、邪魔にならないよう通路の隅に移動して、彼と話す。


「ええ。今日はこのまま帰られるんですか?」


「うん、『明け』だしね。早く帰って寝るよ。」


そう話すと、


「宮島さんは、今晩の飲み会には参加されるんですか?」


「うん、正直行きたくないんだけどね。」


「はは。C駅であるんですよね?」


「そうそう、駅近くのいつもの居酒屋。」


「僕は泊まりで参加出来ないんですけど、宮島さんが参加されるなら今日行きたかったなぁ。」


福元くんの言葉に、



「えっ、どうして?」


自分が聞き返すと、



「いや、少し前、宮島さんに相談してたじゃないですか?彼女との事。」


そう言われて、



「あぁ、桐谷さんとの事ね。」


と彼からの相談を思い出す。


福元くんと同期の桐谷さんは、高卒の新卒採用組でA駅所属の女性社員。その為、二人は少し年齢が離れており、同期のグループ内では何度も遊びには行っていたようだが、福元くんからするとまだ十代の彼女を自分がデートに誘ってもよいものなのかと一人真剣に悩んでいた。そんな時に、年上で口の硬そうな自分にならばと彼から相談を持ちかけられ、話を聞く事に。その際、以前彼女が福元くんの事を真面目で優しい人だと好意的に話していた事を伝え、彼女もまた真面目な性格なのだから、福元くんのその優しい紳士的な態度や言動は彼女にも充分伝わっていると話し、彼女が二十歳を迎えたら思い切ってデートに誘ってみてはどうかと彼に話していた。



「実は僕たち、お付き合いする事になりまして。」


照れくさそうに話す福元くんに向かって、



「へぇー、良かったじゃん!おめでとう!爽やかカップルだね。」


「宮島さんからの言葉が、凄い勇気になりました。本当にありがとうございます。詳しくはまた。お疲れ様です。」


「お疲れー。」


《へぇー、俺なんかの言葉がそんな力になってたんだぁ。》




…そして、


夜になり、今日の飲み会開始の時刻に近づくと、C駅近くのこの居酒屋には、続々と参加者が集まり始め、広めの宴会座敷に並んだ各テーブルには各駅ごとに四名程が座れるよう座布団がひかれ、自分もテーブルの座席に座っている。すると、



「お疲れ様です。宮島さん『明け』なのに参加してしんどくないんですか?」


自分の席の隣を今着いたばかりの佐藤くんが陣取り、



「いや、参加しないつもりだったんだけど、係長らが来い来いうるさいから。」


すると、自分の席の前に今来られたばかりの北尾係長が座られて、



「わしらもお前と話しがしたいんやないか。それにお前も石川に色々世話になった事あるやろう?」


今日の飲み会が開かれたその名目は、C駅所属の先輩女性社員である石川さんが、今月を以てA駅管轄外の別の駅へと移動される為。以前、彼女はA駅にも所属されていた期間があり、


「自分が駅に来てすぐにC駅に移動されたんで、石川さんとはあまり接点が無いんですけどね。」


そう話していると後ろから、



「おっ、泊まり明けお疲れー。」


昨日D駅で泊まり勤務の引き継ぎをしたC駅の金子さんが、自分のいるテーブルまで挨拶に来てくれた。



「お疲れ様です。」


「どうよ?今、眠いんじゃね?」


「はい。」


「だよなぁー!俺は飲むの好きだから全然参加してたんだろうけど、宮島くん飲まないもんなぁ?」


そう言われ、



「あんまり強くないんで。」


それを聞いた金子さんが、



「もう罰ゲームだよなぁ。はははは!」


笑いながら自分の肩をポンポンと二三度軽く叩くと、



「じゃ、また後で!」


そう言って席の方へと戻られて行った。金子さんが戻られると、しばらくして佐藤くんが、



「あっ、今日、富山さんも珍しく来られてますよね。」


自分のテーブルから二つ隣のテーブルにA駅所属の女性社員が座っており、富山さんも座られている。



「泊まり勤務中心だから、予定の無い休日くらいしか飲み会があっても参加しないんでしょ?富山さん。」


自分がそう話すと、



「あと、今日は辻さんが来ないから参加されたのかも。」


佐藤くんのその言葉に少し疑問を感じ、



「ん?どうして?」


と彼に尋ねると、



「あっ、宮島さん知らないんですか?富山さんと辻さん犬猿の仲なの?」


「えっ、初耳なんだけど?」


「詳しくは分かんないんですけど、普段二人が会話してるとことかあんま見ないですし、挨拶の様子見てても、明らかに他の人と態度が違いますから。」


と話すので、



「どう違うの?」


再び質問をすると、



「なんか、一方的に富山さんの方が辻さんを避けてますよね。拒否ってるって感じがします。」


「ふーん、何かあったのかな?」


二人でそんな話をしながら彼女の座るテーブルの方を眺めていた。



夜も更け、この日の飲み会もお開きとなり、店を出ると、店の前で後輩ら数人がこの後どうするのかを話し合っている。そして、


「先輩たちも二次会でカラオケ行きません?」


誘われるのはありがたいのだか、流石にもう帰って寝たい。



「自分はもう帰るよ。」


佐藤くん達にそう伝えると、



「そうですかー、じゃあ、お疲れ様でーす!」


「お疲れー。」


元気な後輩らに手を振って見送る。その自分の横を見ると、



「あれ?富山さんは参加されないんですか?」


富山さんも小さく手を振り見送られていて、



「だって私、明日『泊まり』だもん。あんたは?」


「自分は休みなんですよ。」


二人でC駅まで歩く事に。



「だったら二次会参加出来たじゃん?」


「けど、『明け』なんで。もう疲れちゃってまして。」


それを聞いた彼女は、



「今日『明け』かぁ。なら分かるわ。」


そんな話をしながらアーケードを二人で歩いていると、



「泊まり馴れてきた?」


富山さんからポツリと聞かれ、



「いやいや、全然。緊張感ありますよ。」


「それそれ。」


意外な富山さんの返答に、



「富山さんでも緊張するんですか?」


興味津々で話しかける。すると、



「うん、するよ。」


「へぇー、意外だなぁ。」


「あんた私をロボットみたいに思ってない?!」


「いえいえいえ。」


その後に続く話題が無く、お互いにしばらく沈黙が続く。



「富山さん。」


「なに?」


少し緊張しながらも、この際、あの疑問をここでぶつけてみようと思い、自分のこの小さな勇気を振り絞る。



「あの…前から一つ、聞きたかった事がありまして。」


「なに?」


富山さんも気になるのか、少し自分の傍に寄って来る。



「こういう話をするとセクハラみたいに思われちゃうといけないなと思って、ずっと聞けなかったんですけど…」


そう話す自分に対して、



「もう回りくどいなぁ。だから、何よ?」


その時、例の優しい香りが、一瞬、富山さんの方から香ってきて、きっともう聞けるチャンスはない、今しかないと思い、自身、二回目の小さな勇気を振り絞る。



「あの、富山さんって、今日、香水とかってしてますか?」


その言葉に彼女も首をかしげ、



「香水?してないけど。」


「じゃあ、汗の臭いを消すボディースプレーとかは?」


「今はしてないよ。もう、何なの?」


彼女の口からその答えが返ってくる事を自分が想定していなかったせいか、横を歩く彼女の姿に少しドキッとして、



「いや、実は、富山さんとこう並んで歩いているとすごく優しい香りがするんです。」


「それが仕事中だったり、今こうして歩いている時だったり。もし、香水とか付けてられるんならどのメーカーなのかとか、どこのブランドなのかとか教えてほしくて。聞きたいけど、本人には絶対に聞けないしなぁってずっと諦めてたんですけど、今日酒の勢いを借りて今、聞いちゃいました。すいません。」


彼女は何か思うことがあるのか、少し沈黙し、



「そんなにいい匂いなの?」


うつむき加減で静かに話す富山さんに、



「はい。けど、あの、何も付けられてないんならいいんです。この事は、忘れて下さい。」


自分がそう話すと、その場で急に富山さんが足を止める。



「富山さん?」


彼女は、うつむきながら小声で何か言葉を発している。よく聞くと、



「…責任取ってよ…」


「…え?」

 

すると、彼女は自分の手をとり、アーケードの隅まで自分を連れて行き、シャッターの閉まった店先で立ち止まると、自分の顔をじっと見つめながら、


「その気にさせたんだから、責任取ってよ…」


深刻な表情でそう言い放つと、自分の手を引き、C駅とは別の方角へと足速に進んで行く。



「ちょっと、どうしたんですか?!」


そのままアーケードを抜け、全く別の通りを進んで行く。


明らかに富山さんの様子がおかしい。酔っているわけではなく、表情も何か切羽詰まったものを感じる。


「何処に行くんですか?富山さん?!」


手を引かれしばらく歩いた後、彼女が足を止めたその場所は、一件のラブホテル。彼女は、その入り口を見つめたまま、表情をこわばらせ、何故か息があがり、身体もその手も小刻みに震えている。その様子を見て、



「…どうしちゃったんですか?!富山さん?!」


自分の問いには答えず、富山さんは、しばらくホテルの入り口付近をじっと見つめ続け、時折目を閉じて気持ちを落ち着かせている。そして震えがおさまると、自分の手をそっと放す。


「ごめん…酔いが覚めたわ。私、帰るね。お疲れ…」


足速にその場を離れ、一人帰って行く富山さんの背中を見つめながら、見知らぬラブホテルの入り口前で自分一人が取り残される。



「…何なんすか、一体?」


自分はもう「明け」の飲み会は、こりごりだ。



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