④あの娘
「先輩!」
午前のA駅での業務を終えて、昼休憩の為、休憩室で一人昼食を食べていると、佐藤くんが慌てた様子で急に休憩室へと駆け込んできた。
「どうしたの?そんなに慌てて?」
自分が佐藤くんに尋ねると、
「例の清掃員の娘、今来てますよ!」
それを聞いて、慌てて箸を置く。
「本当に!何処、どこ、ドコ?!」
実は数日前から、駅員界隈で、ベテラン清掃員のおばちゃん達に連れられた、二十歳前後の若い女子清掃員が見習いのような形でA駅管轄内で目撃されているという噂を小耳にしていた。しかもカワイイらしい。この目で噂の真相を確かめるべく昼食を切り上げ、共に休憩室を飛び出していく。
佐藤くんに連れられ、券売窓口から彼の指差す方向をそっと覗くと、改札口前のコンコース広場で、清掃員の服装をした一人の若い女性がベテラン清掃員のおばさんから何やら説明を受けている。
もう少し近くで見る為、二人は駅室を出て、説明を受ける彼女の姿を駅のパンフレット補充をする駅員を演じながら共にこっそりとその様子を窺う。まず彼女の印象は、まさに笑顔の素敵な健康美人。まるで花屋の店員、または保母さんのように優しく、そして明るいオーラを放つ女性で、想像していたイメージ以上に美しいその姿に二人完全に見とれていると、
「あんた達、何してんの?」
背中越しに聞こえた聞き覚えのあるその女性の声に、二人は恐る恐る後ろを振り向くと、近くのスーパーで昼食を購入されたのか、レジ袋を手に持つ富山さんの姿が。
「いや、あの、その…。清掃員のおばさんに連れられている彼女、初めて見るなぁと思って。ちょっと二人でどんな方か確認をしてまして…」
自分がしどろもどろになりながらそう話すと、彼女は清掃員の方を眺めて、
「ふーん。かわいい子だね?」
富山さんは目を細め、じっと向こうを眺めている。そして、
「あぁいう子が好みなんだー?へぇー、二人ともそうなんだー?」
何故か機嫌を損ねている様子で、
「いや、好みとかそういうのではなくてですね…」
自分が言葉を濁していると、佐藤くんが、
「自分はタイプです!」
とあっさり白状する。それを聞いた富山さんが、
「おっ、佐藤くん正直じゃん。えらいえらい。ほら?!あんたも白状しなさいよ!」
「…痛ッ!」
すると、何故か自身の脇腹がチクリと痛む。
「富山さん…ちょっと、それ…、あの、つねってませんか…?」
自身、完全に富山さんにパワハラを受けている。
「えっ、気のせいだよ?佐藤くん、私つねってないよね?」
自分をつねりながら、微笑む富山さんが佐藤くんに確認をすると、
「はい!つねってません!」
と完全に富山さんに寝返る。それを目の当たりにした自分は、
「流石にそれは裏切りだろ?!佐藤くん?!」
思わず心の声が出てしまった。
「ほらー。佐藤くんは正直者だもん。で、あんたは答えらんないの?」
つねっていた所を更にひねり出した富山さんの眼に訴える。何故自分だけが、こんな痛い目に…。
「富山さん…もう勘弁して下さい。」
自分の泣きの一言に、
「うーん、じゃあ、二人とも中に戻ろっか。」
富山さんの時おり見せる笑顔の中に浮かぶ鬼神の如きその眼差しで見つめられながら、二人は首根っこを掴まれたような感覚で足早に駅室内へと戻って行く。
昼休み後、清掃員のおばさんに連れられて新人清掃員の彼女も駅室内を案内されていたらしいのだが、その姿を見ることは自身一度も叶わず。すでに時刻は午後20時前。この時間、自分は券売窓口の業務に入っており、今日の勤務もあともう少し。
本日A駅で泊まり勤務の富山さんが引き継ぎを終えてこの時間改札窓口の方に入り、L字型に並ぶ形で、残り約45分程を勤務する。こうして富山さんと並んで勤務をしていると、やはり緊張感が漂う。しかし、昼間なんであんなに自分はつねられねばならなかったのだろう。全く理由がわからん。がしかし、まぁわからんついでに、富山さんの事で気になっている事が自分にも一つだけある。
それは今日、今まさにそうなのだが、毎回この時間帯になると、何故か富山さんの方から優しい香りがしてきて、自分の疲れが少し癒やされるような心和む不思議な感覚を覚えるからだ。正直、富山さんの使っているその香水名やブランド名を聞きたいのだが、絶対に本人から聞く事も話す事さえ出来ない質問なので、きっとその謎の解明は自分には一生出来ないだろう。
何事もなく今日も勤務終了の時間となり、この時間からは富山さんが改札窓口と券売窓口の兼務となるため、券売窓口の引き継ぎを行う。そして、
「お疲れさまでした。」
と富山さんに挨拶をすると、
「お疲れー。」
改札に立つ彼女が背中越しに返す返事で自分は仕事を終え、当直係長らに挨拶を済ませ、ロッカールームの方へと向かうそのさなか、通路で一人考える。
《もし、あの香りが富山さんの匂いだったなら、本当はとても優しい人なのかなぁ?》
そんな幻想を一瞬でも抱いた自分に対して、不思議と何故か笑ってしまった。




