⑯この世界が平和である為の方法
今日は日勤業務の為、少し遅めの昼休み。昼食をコンビニで買い、手に袋を下げて休憩室に入ると、女性社員の方々が、室内の隅の方で五人程で固まって何やら立ち話をされている。今入ると会話の邪魔になるかと思い、すぐに退室しようとすると、
「あっ、宮島くん?今からお昼なんでしょ?大丈夫だから、気にせず入っといでよ?」
そうお声掛け頂いたので、そのまま室内に入る。室内にはC駅の女性社員で先輩の鈴木さんと声をかけて頂いた田中さん、そしてA駅の平山さんら新人の女性社員三名が何か相談事をしている様子。
自分は、その場から少し離れたテーブル座席に座って昼食を食べようと準備をしていると、
「ねぇ、宮島くん。ちょっといい?」
鈴木さんと田中さんが自分を手招きするので、彼女たちが話をしている休憩室の隅の方へと向かう。
「あの、どうかされたんですか?」
自分がそう尋ねると、
「実は、この間、C駅の新人の女性社員の子が一人、仕事中に様子がおかしかったの。」
「で、変に思って、彼女を呼んで話を聞いたら、その子、急に泣き出してね。」
「当然、理由を聞くじゃない?そしたら、この駅に辻っているでしょ?あいつ、たまにC駅に勤務で来るのよ。その時に、その子がパンフレットやポスターの置いてある保管庫で作業をしていると、あいつ室内に入ってきて後ろから身体を触ってくるらしいの。」
「え?!」
「それが、一度じゃなくて何度も続いてて。彼女、もう怖くて一緒に仕事が出来ないって言うの?!」
「彼女のその様子を見て、私たちはかなり深刻だって思ってね。まず、C駅の女性社員全員から話を聞いたの。」
「すると、他にも被害に遭った子たちがいてね。しかもあいつは、自分より年下の後輩、とりわけ真面目で大人しい高卒の新人の子だけを狙ってやってるみたいなの。」
「私たちは、彼女たちの話を聞いて、これはA駅でも同じ事をしているはずだと思ったの。それで今日、A駅の子たちに話を聞きに来たって訳。」
「で、話を聞いたら、やっぱりこの子たちも被害に遭っててね。これはもう私たちが動くしか解決策はないと思って。」
「今、私たちは、A駅管轄内で働く女性社員の被害内容をまとめた意見報告書を作っていて、それを上に提出しようとしているの。」
お二人からその話を聞いて、
「上に提出って事は、駅長に提出するんですか?」
自分がそう尋ねると、
「違う違う。駅長とか上司に提出するんじゃなくて、『ハラスメント対策推進本部』って独立した部署があるでしょ?」
「はい。」
「そこに、『ハラスメント相談窓口』っていう社員誰もが24時間いつでも連絡が出来る相談窓口があるから、そこに連絡をして、それから直接、その部署の方に提出しようと思っているの。」
「一人の被害だけだと、しっかりとした調査をしてもらえるのか不安だけど、駅管轄内の多数の被害をこちらがまとめて提出をすれば流石にしっかりとした調査をしてもらえると思ってね。」
話を聞いていて、やっぱり、あの人は何もわかってなかったんだなと落胆の気持ちでいると、鈴木さんが、
「で、あんた。」
「はい?」
「さっきこの子から聞いたよー。あんた、この子がされたのを見て、ちゃんとその場で注意してあげたんでしょ?」
と自分に尋ねられ、
「そうそう。嬉しかったんだよねー?」
田中さんも平山さんに尋ねると、
「あの、…ありがとうございました!」
また彼女からお礼を言われたので、大丈夫だからと自分は首を横に振る。すると田中さんが、
「あんたってそういうところが意外なんだよねぇ。みやびが惚れるわけだ。」
鈴木さんからも、
「なかなか出来ないよ。先輩に対して目の前で注意することって。」
と褒めて頂き、
「いや、やっぱり、気分が悪いです。ああいうのを見ると。」
自分の率直な気持ちをお二人に伝える。
「けどこの子、その後もやっぱり保管庫で作業している時に、またされたみたいでね。」
鈴木さんからその話を聞いて自分は驚き、
「え?!またされたの?!」
平山さんの方を見て確認をすると、彼女はうつむきながら小さく頷く。
「今度は、後ろから指でうなじを触られたり、耳に息を吹きかけられたりしたって。」
それを聞いて、
「もう、ただの変質者じゃないですか?!」
流石に自分も頭を抱える。
「そう。どんどん被害が悪化してるの?!このまま放置してると、彼女たちの身が本当に危ない!最悪の事態すら考えられる訳?!」
「宮島くんは、男性としてこの事をどう思う?意見を聞かせてほしい。」
鈴木さんから意見を求められて、少しその場で話す言葉を考える。そして、
「自分はまず、辻さんのやっている事はセクハラだと思いますし、この前注意した時も本人にそう伝えました。」
「けどその時、彼女にはもう絶対にそういう事はしないであげて下さいって、自分は真剣に彼にお願いをしたんです。
辻さんもわかったって、その時はちゃんと言われていたんです。それでも、平山さんに対してまた同じ事を繰り返すって事は、もう僕たちから注意をしたり、真剣にこちらが話をしても、わかってはもらえないと思うんです。
理解が出来ない、もしくは性に関してはうまく理性が働かないんだと思います。」
「自分はこういう人から、女性が身を守るのは、とても難しいと思います。ずる賢いですから。自分の欲求を満たす為なら罠も張るし、狡猾で言い訳や嘘も上手いので。
よく、被害に遭った女性側にも問題があるとか言われますけど、それ詐欺に引っかかった人に言えますか?って思うんです。どう考えても詐欺をはたらいた詐欺師が悪いでしょ?自分は女性を騙したり罠にはめたりする点から詐欺師に近いのかなって思っていて。」
「彼女たちのような若い子は、恐怖心もあって、されても泣き寝入りしてしまう事も多いと思うんです。だからこそ、周りが見て見ぬふりをせずに、彼の事をそのまま放置しない事がとても重要だと思います。だから、今、先輩達のされている事を、僕は支持させて頂きます。」
“パチパチパチパチ”
話し終えると平山さんら新人社員たちから何故か拍手が生まれ、鈴木さんからも、
「意見、ありがと。」
そう一言、お礼を言われる。そして、
「私たちもあんたの事、支持してるから。」
「え?」
「ほら、歓迎会での事だよ。」
すると田中さんが、
「私たちも、あの係長の事すっごく嫌ってるからさ。」
こっそりと小声で自分に話される。そして鈴木さんが、
「相手が上司や先輩だと、見て見ぬふりをする事が結構多い中で、ダメな事はダメだって、間違っている事をちゃんと間違ってるって指摘して言えるあんたは、凄いと思うよ。
わかってはいても中々言えないもん。自分に火の粉が飛んでくるのも嫌だし、それにすごく勇気がいるしね。」
すると田中さんが、
「そう、勇気!勇気があるよ。あんたは。
あんたが、この子やみやびの為にとった行動って、私たちにもこうして少しずつ影響を与えてるの。」
「私たちが動かなきゃ絶対に変わんないから。」
「一人が怖いのなら、皆で動けばいい。さっきも話してたけど、その方が深刻度も増して、ちゃんと調査もしてもらえると思うからさ。」
「少なくともC駅の女性社員はみんなあんたを支持してるから。安心して。」
すると、
「私も!…です。」
「私も!」
「私も。」
平山さんら新人社員の子たちも自分の事を支持してくれているようで、
「なんか、皆さんありがとうございます。」
少し照れくさくなってくる。
「そうだ、この前新しく入った新人の若い清掃員の女の子いたでしょ?」
鈴木さんから唐突にそう聞かれ、
「あ、はい。」
不思議に思いながらも返答をすると、
「あの子、辞めちゃったらしいのよ。」
その急な話に、
「えっ?!どうしてですか?」
自分もショックの色を隠せない。
「それが急に辞めたみたいで、詳しい理由まではわからないみたい。ただ、あんなに一生懸命に頑張ってた子が、急にっておかしいと思わない?」
「私たちも清掃員のおばちゃん達から聞いた情報だけだから何とも言えないんだけど、私たちは、その子も、何らかの被害に遭ったんじゃないかって思っててね。」
《確かに最近見かけないとは思っていたけど、そんな…》
「そうなんですか…」
《本当…どうして、ただ真面目に一生懸命働いている女性たちが、あんなモンスターの餌食にならなきゃいけないんだよ?!おかしいだろ?!そんなの?!》
自分はそう強く憤っていた。
それから一ヶ月後、
A駅管区内では、色々と変化があり、まず辻さんは、鈴木さんらがまとめた意見報告書が提出された為か、その提出先の部署の方々によるA駅管轄内での彼のセクハラの実態調査が本格的にスタート。本人含め、詳しく聞き取り調査をされる事に。調査が終了するまでの間、彼は職務停止での休職扱いとなり、彼のクビへのカウントダウンがすでに刻々と進み始めていた。
そして、C駅の例の係長は、ついにメンタルにまで影響が出始めたのか早々に異動願いを提出したようで、今月を持って支社の方へと異動するようだ。これで自身が太る心配も減少して、かなりほっとしている。
彼らから思うこと。それは「人として自分はどう生きたいのか」という事だ。
自分がこの世に生まれ、そして死んでいくまでの期間、人としてどう考え行動し、そして生きたいのか。その中で当然、間違いや失敗もある。考え方だって皆違う。自分の進む人生の道のりにおいて襲いかかる欲望や煩悩に対して、自分の考え方や行いは人として間違っていないかどうか、しっかりと考えて行動しないと、気付いた時にはもう後戻り出来なくなってしまっている。だから今回、
「自分は彼らのようには生きたくない。」
「自分が自分の事を好きでいられる人生の道を選択したい。」
と強く思うからこそ、それがどんなに廻り道であっても、茨の道だったとしても、自分がこうありたいと思える人生の道を選択し、自信を持って、しっかりと自分なりに前を向いて生きて行こう。それが自分の選んだ、僕の「生き方」なのだから。そう思った。
しかし、そんな嫌な出来事も、今日のみやびさんとの交際後初デートで、一気に気分を吹き飛ばそう。
初デートは、彼女が車掌試験に合格してからと二人でそう決めていた。
場所は、そう、彼女の大好きないつもの県内の水族館。
待ち合わせは、Y駅の改札出口前。
互いに休日が合わなかった為、自分は泊まり勤務の明けで仕事帰りにそのまま駅へと向かう。
Y駅に着き、待ち合わせ場所の改札出口の前へと行くと、久しぶりに会うみやびさんの姿がゆっくりと近付いてくる。淡い色合いの洋服に髪型も少し短くなっていて、メイクもナチュラルな印象で、とっても綺麗だ。
彼女も自分の姿に気付いた様子で、こちらに手を振り、
「ポンちゃん、遅いよー?!」
といきなり注意され、
「すいません、お待たせしましたー!」
急ぎ足で彼女の元へと駆け寄る。そして、
「お久しぶりです。みやびさん。」
彼女に挨拶を済ませ、まずは、
「車掌試験合格、おめでとうございます!」
みやびさんは笑顔で、
「ありがとう。」
といつもより柔らかな雰囲気。
「あれ?」
すでに遠目から気付いてはいたが、
「ん?」
ゆっくりと彼女の方へと近付き、
「イメチェンですか?」
一応、今気付いたかのように話す。
「…何よ?」
彼女も少し気にした様子でいるので、本当は「めちゃくちゃ綺麗です。」と正直に言いたいのだが、久しぶりに会って綺麗になられていると、こちらも照れてしまい、
「いえ、すごく似合ってます。」
と無難な感想になってしまう。すると、
「…聞いたよ。」
「え?」
「…私の為に怒ってくれたって。」
《みやびさん…》
「…ありがと。」
《そんなのもう…言わなくってもいいんです。》
「もう、酔ってたんで忘れちゃいました。」
自分はそう言って、彼女に手の平を差し出し、
「さぁ、行きましょ。みやびさん。」
彼女は、差し出した手をじっと見つめて、
「うん。」
笑顔を浮かべ、しっかりとこの手を握った。
…この世界が平和である為の方法…
それは、
繋いだこの手を絶対離さないって事だ。