表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/17

⑭歓迎会



「お疲れ様です。」


今日は、C駅最寄りのいつもの居酒屋のお座敷を借りて、先月参加を頼まれていた歓迎会が催される。そして、今し方到着したばかりの佐藤くんが、こちらに挨拶をしながら自分の座るテーブル座席の横へと座る。



「お疲れ。あれ?参加にしたんだ?」


佐藤くんは今日、休日だった為、自分がそう聞くと、



「はい。なんか、イヤな胸騒ぎがして…」


また気になる言い方をするので、彼なりのいつもの冗談かと思い、



「また…、何もないよ。」


今日の歓迎会は、C駅に赴任してきた例の係長一人の為に行われるのだが、流石に参加者は都合のつく男性社員ばかり。特にC駅の男性社員が多く目に付く。すると佐藤くんが、



「あれ?珍しく休みなのに辻さんも来てますね?」


見ると、我々のいるテーブルから少し離れたC駅社員の集うテーブル座席に座り、皆で談笑している。


自分は彼の姿を冷ややかに見つめ、



「あの人、本当にいつかクビにされると思うよ。」


そう話すと、



「えっ、何かあったんですか?」


すかさず佐藤くんが反応する。



「いや、この間さぁ…」


すると、


“バタン”


お座敷のふすまの開く音がして、



「えー、皆さん!本日の主役が来られましたー!」


その一声に佐藤くんが、



「来ましたよ。例の係長。」


C駅の海原係長に連れられ、共にお座敷に入る彼を見た印象、三十代後半くらいの中肉中背の優男。少し、目つきが据わっているのが、個人的にはどこか気になる。



《こいつが…》


「何か、普通って感じですけどね。」


佐藤くんの言葉に、



「気にしない、気にしない。普段通りにしてればいいんだよ。」


そのまま海原係長に連れられて、自分の座る座席の向かい側のテーブル、その壁側の奥の座席に彼は座る。以外にも自分と近い距離のテーブル座席に座られたので、自分にも少し嫌な予感が漂う。ほどなくして、歓迎会がスタート。自分は、同じく本日参加されている北尾係長、C駅の金子さんらと共にテーブルに置かれた料理を小皿にとりわけ食事を楽しむ。すると向かい側のテーブルに、



「どうも、お疲れ様です。」


辻さんが、座席に座る例の係長にビールを注いでいる。



「君は?」


「A駅の辻と言います。いやー、噂は兼々聞いております。」


彼は不思議そうな顔で、



「噂?」


「いやだなー、お分かりになりませんか?例の『ラブホお持ち帰り事件』の事ですよ。」


《?!》



それを聞いた彼は、



「あぁ、何で君がその事知ってんの?」


そう尋ねると、



「自分も以前C駅に所属してまして。その時に“悪い”先輩方から色々と話を聞かせて頂きました。」


それを聞いて、



「ははは。ふーん、それでいったい何?」


彼がもう一度、辻に尋ねると、



「実は、その時のお相手の女性社員が、先月で移動になりまして。是非その時のお話が聞ければなと、本日参加させて頂いたんです。」


その言葉を聞いた係長は頷きながら、にやけ顔を作ってビールを口にすると、



「君、何でそんな話が聞きたいの?」


再度、辻に話しかけると、辻はまた係長のコップにビールを注ぎ、



「いや、その彼女、それがきっかけかはわかりませんけど、入社当時から随分とイメージが変わったようでして。その時の事をいくら本人に聞いても全く答えてもらえなかったんですよ。」


と彼に話す。すると、



「君も結構“あっち”の方が好きなんだな。」


まるで悪代官のような語り口で辻に話しかけると、



「いえいえ、ただの好奇心ですから。」


越後屋のように辻もそう答える。



《こいつら、マジで、クソかよ!ホントに…》


その二人の会話の一部始終をその場で自分は黙って我慢強く耐え聞いていた。



「で、早速なんですが、当時のお話を是非とも聞かせては頂けませんか?」



《辻…こいつ…》


ギリギリ感情をコントロールしつつ、何とか黙って耐え聞いてはいるが、流石に自分にも限界がある。



《つい最近まで一緒に働いていた仲間じゃないのかよ?!女性の同僚を性の対象としか見れないのかよ?!こいつらは!》


すると辻が、



「本人も移動された事ですし、もう“時効”ですよ。“時効”。」



《…は?》


その言葉を聞いた彼は、ニヤけた表情で、



「君、本当に好きなんだなぁ。まぁ、彼女も移動したみたいだから、もう“時効”かな?じゃあ、君、少しだけだぞー?」



《こいつら、“時効”だと?!》


すると、


“パチパチパチパチ”


周りも拍手をしながら、


「よっ!待ってました!」



《マジで、話すのかよ?こいつら?!》


興味を持ち、拍手していたC駅の社員ら数名が、その係長の座るテーブルに集まると、彼は何か自慢気な表情で静かに語り始める。



「まぁ、随分昔の話だけどさ。当時、俺は別の管区駅に移動が決まっていて、その送別会の席に新人の彼女も参加していてね。そう、この店だったかな?前から少しかわいい子だとは思っていたんだけど、所属する駅が違うから話す機会も当然、全くなかった訳。」


「まぁ、今日が最後の機会だし、彼女の隣に座って話しかけてみたら、その話の中で女子高からの女子短大出で、まだ誰とも付き合った事がないって話すからさ?流石にそれはないだろうって話てて。けど、本当にないって彼女がそう話すから、じゃあ当然、本当かどうかこっちは知りたくなるわけじゃん?」


「間違いないですね。」


一番間近で話を聞く辻が合いの手を入れる。



《…こいつら…ベラベラと話しやがって…》


自分は相手の方を一切見ずに自身の感情を抑える事だけに意識を集中させていた。



「まぁ、当然彼女に酒を勧めるじゃん?で、二次会にも誘って、そこでこっそり強めの酒をドリンクなんかに混ぜたり、さほど強い酒だとは言わずに彼女に強めの酒を勧めて飲ませるとどうなる?」



「一人じゃ帰れないですね。」



「で、千鳥足の彼女をタクシー拾って帰すからって言って、うまく二人きりになるじゃん?」


「はい。」


「タクシー拾うじゃん?」


「ええ。」


「彼女を乗せるじゃん?」


「はい。」


「で、俺も乗るじゃん?」


「当然です。」


「で、ホテルへ向かったって“だけ”の話だよ。」



《…こいつら…どこまで腐ってやがるんだよ…》


この時点で既に自身の堪忍袋の緒が切れる音が、心の奥で始まっていたが、歯を食いしばってギリギリ何とか堪えていた。その怒りに震える自身の表情や姿を見て、佐藤くんが、



「…席、変わって貰いましょうか?」


自分を気遣い、



「すいません?!宮島さん、気分が悪いようなんで、誰か席変わって貰えませんか?!」


一刻も早く彼らから席を離す為、必死に移動させようとしてくれている。すると、



「いやいや、肝心な話がまだじゃないですか?」


辻はそう言って彼の真横まで近付き、



「ん?何が?」


彼が疑問を持つとすぐに耳元で、


「彼女が“付き合った事がない”って話の答え合わせですよ?で、実際どうだったんです?当然、答えは知ってるんでしょ?ねぇ先輩、教えて下さいよー?」



彼らは、自分にとって絶対に越えてはいけないラインを今、越えようとしている。そして、あのホテルのベッドの上で身体を震わせて、涙をこぼしていた彼女の姿が、そして表情が、一枚一枚記憶の断片として脳裏に浮び、あの日握りしめた彼女の手の震えが今、自分の拳の震えへと次第に変換されていく。



「こ…の…」


その握りしめた両手の拳が、テーブルの上で更に強く震えだす。そして、



「いや、そりゃー勿論、し…」


《…ブチッ》


「クソ野郎ーー!!!!」


気付くと、自分はベラベラと自慢げに話をしているあのクソ係長の元へと飛びかかり、そのまま馬乗りになって、仰向けになった相手の胸ぐらをつかんで殴りかかろうとしていた。



「宮島さん!!」


横にいた佐藤くんが真っ先に、相手から引き離すようなかたちで、後ろから自身の体をつかんで引っ張り、必死に自分が殴らないように止めてくれている。



「何が“時効”だ?!あぁあ?!」


自分は、完全に怒りで言葉や力の抑制が効かない状態となっている。



「宮島くん?!」


辻は驚きで腰を抜かしたようにして、その場から立ち上がれずにいる。



「何なんだこいつ?!」


このクソ係長の胸ぐらを掴み、畳にこいつの身体を力一杯押しつけながら、



「された方になぁ…“時効”なんてねぇんだよ!!」



相手を一喝する。



「宮島さん!落ち着いて下さい!!」


佐藤くんの言葉も今は耳に入らない。



「…こいつ?!…完全に…酔ってるぞ?!」


自分に胸ぐらを掴まれ、馬乗りになられながら発したこいつの言葉に、



「シラフだ馬鹿野郎!!」


と全身の力を込めて、畳にこいつの身体を叩きつける勢いで言い返す。


周りにいる人たちも、



「あかん!宮島が完全にキレとる!」

「マズいって!早く誰か止めろ!」

「宮島さん!抑えて!!」


皆、止めようと試みるが自分の気迫に押されてか佐藤くん以外は誰も止めに入れない。



「くっ…こいつ…離せよ…」


相手の胸ぐらを掴むこの両手の力がどんどんと強まる。



「この…クソ…野郎が…クズ野郎が!!」


自分が一番許せなかった事。それは、未だに彼女の事を言葉で傷付けようとしていたからだ。


《まだ傷付けんのかよ?!何回、彼女を傷付けりゃ気が済むんだよ?!このクズどもは!!》



「どうしたってんだよ?!宮島くん?!」

「お前らしくないぞ?!おい、宮島!」



《こんなクズのせいで…彼女はずっと傷付いて…》

《くそったれ…お前のせいで…お前のせいで…》


「おい?!宮島!!」

「宮島くん!!」


すると、



「宮島さんは、、、」


佐藤くんが、



「宮島さんは今、お付き合いされてるんです!富山さんと!!」



佐藤くんの放ったその一言で、自分も、そして周りも一気に正気に戻っていく。



「ウソ?」


「マジかよ?!」


「そりゃあ…怒るわ…」


相手の胸ぐらを掴む自分の力が一時的に弱まり、彼はその自分の手を払いのけて、



「…だったら…そう早く言えよ!」


そう言って自分の元から素早く離れ、焦りながら襟元を整えている。



「宮島…」

「宮島さん…」


自分の座っていたテーブルの座席へと戻り、ビールの注がれたコップを手に取って、一気に飲み干す。


一呼吸して、その場を立ち上がり、身支度をして、出入口のふすまの前に立つ。自分に視線が注がれる中、参加している同僚達を前に彼らを見渡しながら、



「さっきは…今日の歓迎会をぶち壊すような行動をとってしまい、この場にいる皆さんに不快な思いをさせ、ご迷惑をおかけしてしまった事を大変申し訳なく思います。本当にすいませんでした。」



先ほどの行為に対して深く頭を下げる。けど、



自分は頭を上げて、どうしてもこの場で言いたい事が一つだけあった。それは、



「ただ…自分は、自分はどうしても…」


そう、どうしても、



「許せないものは、許せなかったんです!!」



「だから今日はもう、帰ります。…お疲れ様でした。」


そう言って、ふすまを開け座敷を後にする。



「宮島ー!」

「宮島さん!」

「おい、お前付いてったれ?!」

「はい!」


そのまま、一人、お店を出てしばらく通りを歩くと、



「宮島さんー!」


店から佐藤くんが追いかけて来てくれた。



「…宮島さん。」


側まで駆け寄って来てくれた彼の方へと振り返り、



「佐藤くん。さっきは止めてくれて…ありがとう。」


さっきのお礼を言う。



「…そんな。」


その場に立ち止まって、しばらく互いに言葉が出ずにいると、



「皆がどう思ってるかは分かんないですけど…」


「俺は、先輩って格好いいなって思いました!宮島さんは何にも間違ってないですよ!俺はそう思います!」


意外な佐藤くんのその言葉に、自分は首を横に振り、



「…お疲れ。」


少し笑顔を作って、今の精一杯の感謝を彼に伝える。



「お疲れ様です。」


互いに一言、言葉交わして自分はその場を立ち去る。


そしてC駅へと通ずる帰りの道のり、アーケードの通りをゆっくりとした足どりで一人歩く。今になって、ようやく皆に迷惑をかけてしまった事への反省の気持ちが少しずつ沸き上がってきた。



《あぁ…やらかしたなぁー。》


何かぼんやりとした視界の中で、アーケードを行き交う人々の流れに身を任せ、ふわふわとこの通りを漂うようにして歩き進む。



《あんな連中が一人でもいる職場で、女性たちはどうやって安心安全に働けっていうんだよ?!社会人なんだから、大人なんだからって、自分で自分の身は守れとか、彼女たちの立場や状況、年齢によっては断る事すらも出来ない…そんなの無理があるだろ?!》


自身の強い憤りを溜め息混じりにこの通りへとはき出す。そして、こうも思う。



《けど、どうしてあいつらは、自分のあんなクズな話をさも自慢げに人前で話せるんだろう?》


《きっと、相手に対して、何の気持ちもリスペクトも無いんだ。自分本位にその時の欲求を満たせればそれで満足で、その捌け口としか女性を見ていない。相手の気持ちなんて全く関係なく、自分と行為を“した”という事実だけをあいつらは周りにいる男性たちに自慢したがる。そこに相手に対する愛やリスペクトなんてものは、奴らには一切必要ないんだ!》


《だから人前で、あんなクズな話を自慢話かのように平気で話せるし、平気で相手を傷付けれる。きっとあいつらは、今でも傷付けたとも何とも思っていない。》



《そんなの人じゃない…獣じゃないか…》



交差する人々の表情が、行き交う足音が、次々と自分の目にそして耳に入っては、瞬く間に通り過ぎて消えて行く。そして急に、ふと思う。

彼女はその時、どんな気持ちだったのだろう。どんな気持ちで、この通りを一人、彼女は帰ったのだろう。



《…彼女の代わりに、自分が殴ってやりたかったなぁ…》


そう思うとこみ上げてくるものがある。



「…ごめん。みやびさん…」


上を向いて涙を堪える。しかし、次の瞬間、



「…悔しかっただろうなぁ…」


こぼれる涙とともに自身の感情が溢れ出す。


きっと…苦しかっただろうなぁ。悲しかっただろうなぁ。つらかっただろうなぁ。怖かっただろうなぁ。

ほんの少しでもいいから、その時の気持ちや痛みを、彼女の代わりに自分がぶつけてやりたかった。けど…



「…何にも…出来なかった…あいつに…」



それが出来なかった自分への怒りとその悔しさに耐えきれず、アーケードの通りの隅に一人しゃがみ込み、そのまま屈伏して泣き崩れる。



「…ごめん…みやびさん…ほんとにごめん…」



行き交う人々の視線を浴びながら、それでも人々の足音も声もこの涙も、流れ行くまま、止まる事はなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ