⑫ばらの花
みやびさんが移動されて最初の月、A駅は相変わらず忙しく、酔っ払いが改札ランプを殴りつけて破損させる事件が起こったり、刃物を持った男が駅構内に侵入、トイレに身を潜めた所を通報を聞いた警官隊が突入、怒号が聞こえたかと思うとトイレから顔面の腫れ上がった犯人が連れ出され即逮捕される事件も発生。怪我人が出なかった事は幸いだが、しかし、今月は大変な月だ。
みやびさんも車掌見習いの勉強や実習で毎日大変な様子。お互いにそれを察して朝の挨拶メールを送る事くらいしか連絡を取っていない。彼女の事を考えると今はそれが一番正しい選択だと自分も理解している。心と心が繋がってさえいれば、何の心配もない。けど…やっぱり…、想う。
“溜め息に 染まる雅な 駅の窓”
ポンタ、心の俳句。
「…宮島さん?」
「へっ?」
改札業務に入る佐藤くんに呼びかけられる。
「何しょぼくれた顔してるんですか?」
「いや、別に…。」
休日の為か、比較的お客様のご利用が少ない時間帯が続き、自身は券売窓口の椅子に座り、タッチパネルを触って切符の発券練習をしている。
「…富山さんいなくて寂しいんでしょ?」
また佐藤くんが横から図星を突いてくる。
「違う!それは断じて違うよ。」
一応、反論はしたものの、
「けど、ずっと様子変ですよ?宮島さん。」
まぁ、自分でもそう思う。
「恋なんだなぁー。愛なんだなぁー。」
「佐藤くん、うるさいよ。」
その後も、佐藤くんからの鬼のようなみやびさんツッコミに耐え続け、やっとここで休憩時間。自身のロッカーからお茶を入れた水筒を取り出して持参し、そのまま休憩室へ。室内では桐谷さんが、一人遅めの昼食をとっている。
「お疲れ。」
「あっ、お疲れ様です。」
お互いに挨拶をし、自分は彼女とは別の空いたテーブル座席に座る。
「どう、福元くんは元気?」
「あっ、はい。毎日連絡は、とってます。」
桐谷さんの返答に、
「へぇー、電話?」
「いえ、メールです。」
「電話すると、会いたくなっちゃうかなっと思って。」
「わかる!」
「え?」
「あっ、いや、その、桐谷さんの福元くんへの気持ちが伝わるなぁって。」
「はい。やっぱり会えないのは寂しいです。」
「うん。辛抱だよ、辛抱。うんうん。」
めっちゃくちゃ分かるわぁーと思いながら、水筒に入ったお茶を一口飲む。
休憩後、改札業務に入り、窓口に立っていると、改札口の前で若い男女のカップルが二人で見つめ合いながら互いに何か話をしている。
すると突然、彼女の方から彼氏の胸に顔を埋めるようにして飛び込み、力強く抱き付いた。彼氏は笑顔で彼女の頭を撫でながら、「大丈夫。大丈夫。」と何度も口にしている。おそらく、遠距離恋愛中のカップルが久しぶりに休日に会い、A駅周辺でデートを楽しんだ後、彼女の方がまた地元へと戻るのだろう。もう、一生会えないかのような程に、彼氏の胸の中で彼女が泣いているのが、肩の動きからこちらにも伝わってくる。
まるで恋愛映画を観ている観客のような感覚でその二人の姿を改札から見つめ、なんだか少し自身とも重なり、もらい泣きしそうになる。何故に仕事中にこんなにもセンチメンタルな気持ちにならねばいけないのか分からないが、ただ、この二人には幸せになってもらいたいなぁと心から願っていた。
夜になり、この日の仕事も終了し、当直の北尾係長に挨拶をすると、
「なぁ、宮島。来月からC駅に赴任してくる係長がおって、来月の頭にその歓迎会があるんやけど、お前その日、日勤業務になってるから参加にしとくぞ。」
「えっ?また飲み会ですか?」
「しゃあないやろ?歓迎会なんやから。」
そう言われて、
「僕、酒好きでもなければ、体質的には弱い方なんですけど。」
「別に飲まんかったらええから。数合わせや、数合わせ。じゃあ、頼むぞー。お疲れさん。」
《はぁー、行きたくねぇー。》
帰りの電車の車内、窓に映る外の景色がトンネルに入ると窓を見つめる自分の姿へと変わる。耳にイヤホンを付けながら、携帯で音楽を聴いている自分のその顔をじっと眺める。
地元の最寄り駅に着くと、駐輪場に置いていた自身の自転車に乗って帰宅する。
いつも通る広い空き地と集合団地に挟まれた静かな細い通り道。途中自転車を降り、片手で押しながら携帯を手に取り、帰り道を少し立ち止まって電話をかける。
帰りの電車内で、くるりの「ばらの花」という曲を聴いていたせいか、何だか無性にみやびさんの声が聞きたくなった。
「…あっ、もしもし。みやびさん?」
久しぶりに彼女の声を聞いて、
「…体調は、どうです?」
空を見上げると、今夜は空気も澄んでいて、夜空の星がまた綺麗だ。