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12/17

⑪壮行会



こうしてめでたく、みやびさんとお付き合いをする事となったのだが、彼女も翌月に控える車掌見習いに入る為、研修センターに行く準備もしなければならず、非常に多忙な為、流石に一度もデート等には行けずにいた。そんな中でも日勤業務の日など、互いに仕事の終わる時間が被る日には、一緒に電車に乗って帰宅する事だけが、今、互いにとってのデートの代わりのような小さな楽しみとなっていた。二人の交際は、もちろん同僚の誰にも話さず、内緒にしており、唯一、佐藤くん一人だけが、以前の「ポンちゃん呼び事件」からずっと二人は付き合っているという認識を持っていた。


今回、研修センターの方には、車掌見習いでA駅管轄内から、みやびさんと福元くん、C駅所属の女性社員の森さんの三名が入られる。


そして今月の終わり頃、その三名の壮行会がC駅最寄りのいつもの居酒屋で行われた。もちろん、自分も参加し、みやびさんや福元くんの門出を盛大に皆で祝う。


そして壮行会も盛り上がり、宴も竹縄。夜も更け、会もお開きとなり、店を出ると、その店の前で佐藤くんや福元くんら数名が何やら話をしている。そして、



「お二人も、二次会行きましょうよ?!」


みやびさんと共に誘われるも、



「いや、遠慮しとくよ。」


すると佐藤くんが、



「あっ、そうだ!お二人共に明日、駅の泊まりだったんじゃなかったでしたっけ?ですよね?」


実際は、泊まり勤務ではないのだが、



「えっ?あっ、うん。」


すると、福元くんが、



「そうですか、残念です。宮島さん、本当に色々とお世話になりました。」


「いやいや、こちらこそだよ。車掌、頑張ってね。」


「ありがとうございます。」


そう福元くんにエールを送ると、佐藤くんや福元くんら二次会のカラオケ参加組が、



「じゃあ、お疲れ様です!」


そして自分はみやびさんと一緒に、



「お疲れー。」


とその場を後にする。佐藤くんの計らいもあって、そのままみやびさんと二人で帰る事に。夜も更け、人通りも少なく、静かないつものアーケードをC駅に向かって一緒に並んで歩いて帰る。



「みやびさん覚えてます?」


「なに?」


「みやびさんと一番最初に出会った日。」


彼女に尋ねると、



「一番最初に出会った日か…。ごめん、記憶にない。」


それを聞いてその場でずっこけそうになり、



「マジですか?!初日ですよ!着任初日!」


結構ショックを受けつつ話すと、



「いや、ポンタはそうかも知れないけど、私は全然気にしてないじゃん?その時は。」


温度差のある彼女の話しを聞いて、



「で、初日からみやびさんに怒られたっていう。」


そう言って一人苦笑いすると、



「えっ、何したっけ?」


彼女もこちらへと微笑みかける。



「着任初日なんで、先輩方に付き添って窓口業務の見習いに入ってたんですけど、初日なんで緊張してるじゃないですか?だからお客様への声出しとかもそんなに声が出てなかったんですよ。」


「そしたら、あんた今は声出す事くらいしか出来ないんだから、お客様への声出しくらいちゃんと元気にしなさいよ!って。」


それを聞いた彼女は、



「私、そんな事言った?!」


驚いた表情で笑みを浮かべる。



「はい。でも、実際そうだよなぁって思って。」


「あの時はマジで恐かったですし、つい最近までそのイメージだったんですけど、不思議ですよね。その二人が今はこうして、付き合ってるんですから…」


彼女の横顔を見て、少し口を滑らせたかもと思い、



「…いや、けど、今はかわいい面もあるなってちゃんと思ってますよ。もちろん。」


ちゃんと一応、彼女にフォローは入れておく。そして、



「思い出すとやっぱり、寂しい気持ちにはなります。」


素直な自分の気持ちを話す。すると、



「…ポンちゃん。」


「はい。」


みやびさんは真面目な表情で自分を真っ直ぐに見つめ、



「もう一回、私に付いてきてくんない?」


「…はい?」



そのままみやびさんに腕を引かれ、着いた先は、この前の飲み会後にみやびさんに連れて来られた、あのラブホテルの入り口前。



「またここですか?」


「そんな焦る必要なくないですか?」


みやびさんは、また険しい表情でホテルの入り口の方を見つめている。



「ポンちゃん…」


「私は、一刻も早くここでの事を『上書き』したいの。」


みやびさんの自分の手を握る力が次第に強まる。はっきりと「ここでの事」と彼女が話した以上、やはりここで何かがあった事には間違いなさそうだ。



「けど、まだ付き合って間もないですし、それにまだキスだってしてないのに…」


それを聞いた彼女は深く深呼吸をし、こちらを振り向くと、自身の唇に力強いくちづけを交わしてくる。彼女は重ねた唇を離すと、



「よし、行くよ!」


と一言気合を入れたかのように自分に告げ、繋いだこの手を引いて、ホテルの入り口の方へと向かって行く。突然のキスに、呆然とする自分は、



《…何か、思ってたのと違うなぁー…》


と思いながらも、そのまま彼女に手を引かれ、入り口の方へと進み、一緒にホテル内へと入って行く。



“カチャン。”


エレベーターのドアが開き、受付で選んだホテルの部屋へと二人で向かう。彼女は、自分の手を強く握りしめ、その腕に抱き付くようにして自分の後ろへと隠れながら、こわばった不安げな表情で廊下を進んで行く。まるで遊園地デートでお化け屋敷に入ったカップルのようだ。


部屋の前に付き、渡されたカードキーで部屋に入ると、とてもお洒落で大人な雰囲気の綺麗な内装の部屋。



「結構いい部屋ですね。」


自分の声にも一切反応せず、彼女は無言でベッドに座る。


自分も彼女の横に座り、



「何で、そんなに焦るんです?」


自分が彼女に尋ねると、彼女は言葉では無く、自分の唇にゆっくりと自身の唇を重ねてきた。自分は、それが彼女の答えなんだと思い、彼女の唇が離れた余韻の中、自分も答えを返すかのように彼女の唇にゆっくりとキスをする。お互いにそのくちづけで気持ちを伝え合うように、会話し合うように、しばらくコミュニケーションをとる。そして彼女が自分をギュッと抱きしめてきたので、彼女の頭を少し撫で、互いにスーツの上着を脱ぐと、ベッドに二人で横になり、目を合わせながら、互いにもう一度、唇を重ね合わせる。そして、自分が彼女のシャツのボタンに手をかけ、そのボタンを外し始めると、彼女は目を閉じ、ボタンに手をかけた自分の右手を急に握ると、その手を強く握りしめる。自分は空いた左手でゆっくりとボタンを外そうと試みる。すると、彼女の握った手が少し震えている事に気付く。驚いて彼女の顔を見ると、少し身体を震わせ目を閉じたまま、彼女の頬に涙がつたっていくのをこの目で目の当たりにした。

きっと、嫌な事をされたんだ。自分はそう思った。今もこうして彼女の心に深く残るようなそんな酷い事を。言葉にしたくないような事を。


彼女の涙を見つめて、自分は手を止め、



「今日は、もうここまでにしましょ。」


みやびさんにそう伝えると、



「無理しなくていいんですよ。僕らもう恋人同士なんですから。」


みやびさんの小刻みに震える手をしっかりと握りしめ、



「焦る必要なんてないんです。僕はこの手を離さないですから。ちゃんと握ってますから。」


彼女の頬を伝う涙をそっと指で拭い、



「だから、大丈夫です。大丈夫ですよ、みやびさん。」


そのまま、おでこの辺りから前髪の方へと、自分の左手の甲から指で撫でるようにして目を閉じたままの彼女をそっと愛でる。


そして、手を繋いだまま二人横に並んでベッドに仰向けに寝そべり、天井をじっと見つめる。彼女の手の震えも止まり、しばらく無言のままでいると、彼女に少し話をしたくなった。



「みやびさん。今から話す事は、僕の独り言だと思って聞いてて下さい。」


彼女にそう伝えると、言葉を紡ぐ。



「自分は、…好きな人と『初めて』を出来なかったんです。それが、ずっと自分の中でコンプレックスで。サークルの先輩に女性と付き合った事がないってのをすごくからかわれて。それがその時はすごく嫌で。ある日、その事を面白がった先輩に連れられてそういう大人のお店に行ったんです。とにかく奢るから、嫌なら部屋で会話してればいいだろってそう言われて。

本当馬鹿だからその時は確かにそうだなって思って。お店の人も何にもしないでお金が貰えるんだし、説明すれば大丈夫だろうって。本当に時間が終わるまで、会話するだけのつもりで相手にもそう伝えたんです。けど、その相手の人がそれにキレだして。あんた何のためにここに来たの?とか、私をなめてるの?さっさと服を脱ぎなさいよ!って責め立てられて。なかば強引にされて。それが自分の『初めて』だって言うことが本当に嫌で。その後、早くその事を『上書き』したくて、別の所に行ったんです。けど、全然上書き出来なくて。ただ、別の所に傷を増やしただけになってしまって。」


「けど、その時のお姉さんが、自分の事を察してくれたんです。自分の心を傷付けるような事をしてちゃダメだって。sexは本当に大切な人とするから意味があるって。

君は大切な人が嫌がる事をしたいと思う?君は大切な人が傷付く事をしたいと思う?sexは女性の身体の中で行う行為でしょ?だから相手との心のコミュニケーションが一番大切なんだよって。人にとって一番大事なのは、気持ちや心なんだよって。だから君に本当に大切な人が出来て恋人になれたなら、その時はこういう事をしてあげてみて。そしてこういう事はしちゃダメだよって。」


「なんかその人が、学校とかじゃ教えてくれない性の本質というか、考え方を自分に教えてくれたんです。

それから、もうそういう所には行かなくなったんです。こんな事してちゃダメだって。本当に大切な人とじゃなきゃ意味がないって。」


「だから、今、本当に大切な人が、やっと自分にも出来たから。だから、この手を離したくないんです。」


彼女と繋いだその手を上にかざし、



「みやびさんのこの手を、絶対に離したくないんです。」


繋ぐその手をじっと見つめる。

自然と涙が頬をつたってこぼれて行く。



「だから、だから大丈夫です。」


彼女の方を見つめ、



「絡まった心の糸を一緒にほどいていきましょ。みやびさん。」


「ね?大丈夫ですから。大丈夫。」


力強く彼女の手を何度も握りしめる。


すると、話を聞いていたであろう彼女が自分の方へとすり寄り、そっと自分の頬にキスをしてくれた。


その瞬間、彼女の気持ちが自分に伝わってきて、涙が、感情が、一気に溢れてきた。そして、この胸の中に彼女を抱きしめると、そっと頭を撫でて、



「大丈夫。…大丈夫ですから。みやびさん。」



互いに絡まった心の糸を、ゆっくりとほどき合っていた。




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