⑩見習い
「来月、移動されるんですか?!」
みやびさんからの急な話に自分は驚きを隠せずにいた。
今日は、富山さんと互いにA駅での日勤業務だった為、帰りをご一緒する事に。その際、富山さんから少し帰りに話さないかと言われ、互いに電車の乗り換え地点であるY駅で降り、駅の外に出て、駅前にあるカフェでお話をする事に。店内のマルテーブル席に二人で座り、彼女からのその話が突然だった為、自身は驚きを隠せずにいる。一方、本人の反応はというと至って冷静で、彼女は左手に持つティーカップに注がれたラテを口にし、
「移動というか、車掌見習いに入るから、研修センターの方に行くんだけどね。」
動揺する自分の姿を見つめ、状況を説明してくれる。
「…車掌になられるんですね。」
自身も彼女にそういう時期が近い事は理解していた為、話を聞いて納得せざるを得ない。彼女は続けて、
「まぁ、正社員になったら、車掌になるのはキャリアアップに繋がるからね。」
「そうなんだ…」
彼女は、溜息をつく自身の表情をじっと見つめて、
「さみしい?」
「…はい。」
彼女の質問に間髪入れずに正直に答える自分の様子に、
「ちょっと、そんなに落ち込まないでよ?!」
少し彼女も動揺を見せる。
「いや、会えなくなるのかなって。」
自分が今回の話で、一番気になっている事を彼女に率直に話すと、
「車掌になるまでは会えないだろうね。」
「いや、なってからも会えないでしょ?!」
「なんで?」
「連絡先知りませんもん!」
その場で互いに連絡先を交換する。
「これで会えるじゃん。」
「いや、会わなくなりますよ。きっと。」
自分は更に深く溜息をつき、
「そっかー、車掌見習いかぁー。」
「なんか、めちゃくちゃ落ち込んでない?」
「いや、だって話が急なんですもん。」
椅子から前のめりになって彼女と話す。
「まぁ、急に駅長に言われたからね。」
「はぁー、車掌かぁー。」
「だからショック受けすぎなんだって。」
「富山さん。」
「ん?」
「僕と付き合ってもらえませんか?」
「いいけど、何処に付き合うの?」
「あの…言い方を変えます。恋人になってもらえませんか?」
突然の自分からの告白に、
「は?」
しばらく彼女も沈黙し、困惑しつつもその状況を飲み込み、
「ちょっ、冗談やめてよー。…怒るよ。」
自分から目をそらすようにして小声で囁くように話す彼女に向かって、
「僕は、本気です。」
真剣な表情で彼女を見つめる。
「ちょっと、本当に怒るよ。」
それを聞いて、彼女も真剣な表情で自分を見つめる。そして今日、この瞬間、自分がやっと気付いたからこそ、今、彼女に伝えたい。
「この前の水族館の帰り、駅で手を繋いだ時に思ったんです。今、富山さんと繋いだこの手を僕は離したくないって。」
この自分の想いを。
「自然と会わなくなるくらいなら、ちゃんと告白して振られて会わなくなる方がいいと思って。」
「今すぐにとは言いません。返事待つんで。だから…」
「…この前、私もポンタと手を繋いだ時、こんなに気持ちが安心するんだって思った。」
「温かかった。私の心が。」
「ずっと、ずっと、ポンタの事が…好きで。好きなのに、その気持ちを悟られたくないからきつく当たってて…ごめん。ごめんね。」
富山さんの頬を涙がつたう。彼女のその目をじっと見つめて、
「…そんなことないです。」
自身も涙がこぼれる。
「私もずっと、その手を繋いでいたい。」
涙が溢れる彼女をそっと抱き寄せ、
「ありがとうございます。みやびさん。」
自分も溢れる涙が止まらなかった。