90. 感覚派の魔法使い
撫でられて恥ずかしがる僕を見て、ティナは悪戯っぽく笑って僕の頭から手を退いた。気を抜くと見惚れてしまいそうになる、快晴の空みたいな澄んだ笑顔。そんな顔されてしまったら、僕はもう許すしかなくなってしまう。
猫形態の時はもう慣れたものだけど、獣人形態の時は感性が人間寄りだから、どうしても抵抗感を抱いてしまうのだ。まぁ周りからしてみれば、五歳の猫が撫でられて恥ずかしがる、なんて状況自体が可愛らしく思えるんだろうけど。
族長様は暖かい視線を僕達に向けていたけど、仕切り直す様にポンと手を叩いた。
「これこれ。あまり揶揄ってあげるものじゃないよ。しかし、なるほどなぁ……茶の奴が言うてた事はこう言うことか」
「茶の奴って…………ちょ、ちょっと待ってください!? 僕、お父さんからなんて言われてるんです!?」
「まぁまぁ、そんなことはさておいて。本題に戻ろうではないか」
族長様は簡単に僕を窘めてみせると、ティナへと視線を移した。あぁそうだった。元の本題は、ティナの持つ能力「魔導者」と向き合ってみようって話だった。
流石にこれ以上、話の腰を折ってしまうのは申し訳ない。僕は悶々とする気持ちを抑えつつ、一歩後ろに下がる。
けど後でお父さんの事は問い詰めてやる。絶対に。
「それではまず、儂からティナに問おうか。お主の能力「魔導者」は「世界に存在する魔法知識を知ること」と耳にしているが、それは「知識の理解」まで及んでおるのかな? そう固くならんでも、話しやすい話し方で構わんよ」
顎に蓄えた髭を手持ち無沙汰に触りながら、族長様はティナに問うた。この物腰の柔らかさから、族長様と言う身分すら忘れてしまいそうになる。
でも族長様の疑問は気になるところだろう。
ティナは自分の能力を「魔法行使の補助」と「この世界に存在する魔法知識を知る能力」と把握していた。この時、知識を「知っていること」と「理解していること」には明確な違いがある。
まぁもし後者なのだとしたら、人格形成にも大きく関わりそうだし、概ね前者なんだろうとは思ってるけど。
族長様からの問いかけに、ティナは一つ深呼吸をして族長様を見据えた。
「えっと、はい、うん。実はあんまり、よく分かってないんです。「人級魔法」ぐらいなら理解できてると思うけど、「覚級魔法」は何となくで使ってます」
僕の知らない魔法の言葉がいくらか出てきているけど、概ね僕の認識とは違わなさそうだ。族長様はティナからの答えに、眉根を寄せ考え込んでいた。
後、話とは関係ないけど、偉い人から敬語は使わなくていいって言われて、でもやっぱりマズイんじゃないかって敬語を使っちゃうところ、内心すごい共感できる。僕も同じ立場だったら、口調を崩すのに数日数週間単位かかると思う。
「魔法を扱い始めたのは、いつ頃からかな?」
「物心つく頃には使ってました。言葉を話すのと同じで、みんなそうだと思ってました」
族長様はティナからの答えに黙考する。
僕も魔法知識は全くないから、今の答えに何の問題があるのかイマイチ理解できていない。でも、族長様から漂う疑念のニオイは濃くなる一方だ。野生の魔物や幼い子供には分からない様な違和感が、確かにあるのだろう。
族長様はふと顔を上げる。その顔はまだ、晴れていなかった。
「…………なるほど、面白い。普通、知識というものは、『ある場合を除いて』生まれつきに備わるものではないのだ。儂も世界各地を渡ってきた身ではあるが、これまでに「知識を会得する能力」など見たことも聞いたこともない…………ティナは自らの能力を「解析鑑定〈アナライズ〉」したことはあるかな?」
族長様は深刻な様子で、目を細めてティナへ再度問うた。
それとさっき『ある場合を除いて』と言った時、族長様は間違いなく僕へ視線を流した。やっぱり族長様は「転生」と言う現象を知っているのだ。
まぁ僕がただの猫じゃ無いって事は、村の猫達――いやティナもか。みんな僕に対して違和感は覚えてるみたいだし、「転生」と言う知識さえ知ってれば、その結論に辿り着くのは当たり前なんだろう。
いやそんなことよりも、「転生」と言う現象すらも把握してる族長様ですら、「知識を会得する能力」を知らないと言う。これまで前例がなかっただけとも言えるかもしれないけど、この「魔導者」が規格外で異質な能力というのは確かな事なんだろうと思う。
族長様からの問いかけにティナは、気まずそうに少しだけ俯いた。
「えっと、そのことなんですけど…………あることにはあるんです。でも、よく分からないんです」
「……? よく分からない、とは?」
ティナは昔を思い出す様に顎に手を当て、記憶を辿る様に言葉を紡ぐ。
「――私が今よりもまだずっと小さかった頃に、国に仕えてる魔法使い達が家に来て、私の能力を調べようとしたんです…………でも、できなかったんです。無自覚の妨害、みたいなものが働いてしまってるみたいで…………なので私が自分で解析をしようとしたんですけど、出てきた解析の結果が歪で、魔法使いの人達がその解析結果を調べ上げて、そう言う能力なんじゃないかって…………」
「なるほどのぉ。しかし無自覚で自身の魔法すら妨害するなど、あり得るものなのだろうか…………それでは解析の結果が真であるのかも、判断できかねるなぁ。しかし現にティナは「覚級中位」相当の「解析鑑定〈アナライズ〉」を詠唱すらなく使えておるしなぁ。魔法の発動速度も尋常ではないし、否定する材料もない、のか」
「はい族長様! カクキュウ、チュウイってなんでしょうか。魔法の等級づけ? みたいなものとかですかね?」
このまま何となくの理解でも話しにはついていけそうだけど、認識違いとかあったらマズイだろうし割り込んでみる。
話を聞いてる限り、現代魔法の技術じゃ「魔導者」を解析することはできないし、それこそティナが「魔導者」を極めない限り、この能力の真実は誰にも分からない、という事だろう。いや、解析に長けた能力者でもいれば違うかもしれないけど、能力者がそもそも稀だという世界。そんな存在するのかすらも分からない能力者を探すのは、あまりに現実的じゃない。
そして、今の僕は魔法に関しての知識がなさすぎる。
こんな機会でもないと僕はきっと、感覚でしか魔法を理解しようとしないだろう。それで困ることは少ないだろうけど、ティナと一緒に過ごす未来もあるなら、魔法について理解しておくに越したことはない。
族長様は僕の問いに目を丸くすると、申し訳なさげに頬を掻いた。
「あぁそうか。それは申し訳なかった。しかし、うむぅ…………教えると啖呵を切ったものの、儂も畑違いではあるのだが……まぁ――」
「まず魔法って大きく四つに区分されてるの。一番簡単な、魔法の基礎さえ分かれば使える魔法が「人級魔法」。次に魔法を専門に勉強したり研究してる、所謂魔法使いが使える魔法が「覚級魔法」。そしてその魔法使いの中でも、魔法を極めた一部の人だけが使える魔法が「聖級魔法」。そして人知を答えた魔法って言われる「天級魔法」。その四種類からさらに、「下位」「中位」「上位」の位分けがされてて、その中でも「天級上位」の魔法は別名「神級魔法」って呼ばれてるの。人も魔物も歴史の中でも、誰も使えない魔法だから名前だけだけどね」
族長様が「教えてやらんこともない」とでも言いそうだったのを、ティナが遮り丁寧に教えてくれた。まぁ、うん。族長様は少し気の毒だけど、とてもわかりやすかったので結果的によしだ。
能力や技能やこの世界に関しては族長様の方が知識はありそうだけど、魔法に関してはティナに聞くのが一番いいのかもしれない。
それと、ティナが積極的に僕に魔法の事を教えてくれようとしたのが、内心とても嬉しかった。
「へぇ〜、なるほどね。流石はティナ! 魔法の知識だけじゃなくて、理解もちゃんとできてるね! ただ、神級魔法は誰も使えない魔法とは言うけど、天級下位とか中位は人が扱えるようなものなの?」
嬉々とした僕の様子を見てか、ティナは穏やかない微笑みを僕に返した。この世界に猫として生を受けて、これまで癒しに困ったことはなかったけど、ティナと出会ってからは、この笑顔ほど僕の心を癒してくれるものはないって心底思う。
「うんん。人の限界は「聖級上位」って言われてる。過去に扱えた人もいだみたいけど、基本的には使えない。私も天級魔法の構築の仕方は頭にあるけど、仕組みが複雑すぎて全然分からなかった。後、本で読んだんだけど大昔の戦争で、魔法使いが集まって「天級下位」の魔法を扱おうとして、失敗したって事もあったんだって」
「そ、そうよの。あれはとても悲惨な出来事であったなぁ…………詳――」
「その戦争の事は『撃神槍の悲劇』って呼ばれていて、結果的に魔法が暴発して、その場付近にいた人達は、誰も助からなかったんだって。しかもその天級魔法が暴発した痕地とその周辺の地域は、今も人も魔物も生きていけないほど荒れちゃって。だからその出来事以来、天級魔法は使うこと自体ダメみたいな法律? もできたんだって」
「歴史まで抑えてるなんて、ティナは本当にすごいよ! 僕のために教えてくれてありがとうね! やっぱりティナは努力の天才だね!」
「……ありがとうレイ」
ティナは目を細めて、優しく僕の頭を撫でる。結局また撫でられてしまっているけど、今度はさっきよりも抵抗感はなかった。
ティナが能力に頼らず、自分の意思で勉強して身につけた知識なんだ。ティナが努力をして得た知識なんだから、ちゃんと褒めてあげたいし、これで幸せを感じてくれるなら、いくらでも撫でさせてあげたい。
そんなやり取りをする僕達を横目に、置いてけぼりな族長様は寂しそうに頭を掻いていた。
「あ、あのぉ、魔法について儂から教えられることは、特にない、のかのぉ?」
「………あっ、すみません、でしゃばりました。ごめんなさい。私もその、全部は理解できてないんです。魔法陣の構築の仕方とかは知ってるんですけど、そのもっと元の部分というか…………レイ」
ティナは族長様の様子に気まずさを憶えて、僕の頭から手を退いて、僕の服の裾をそっと指で摘む。可愛い。
もちろんティナの言いたいことぐらい、能力なんて使わなくても分かってる。
「えっと。魔法についての基本的な事は分かるけど、もっと根本部分の、そもそも魔力がなんなのか、とか土台部分があんまり分かってない、でいいかな?」
ティナ自信満々な僕にコクリと頷いた。
「魔導者」は魔法の知識の会得であり、魔力の知識は能力の領域外なのだろう。イメージ的に言えば、「数学の定理や定義とその証明のやり方」は頭に入ってるけど、基礎となる「算数の知識」が抜けてるから理解できないことも多い、ってことなんだろう。
族長様は僕達を一瞥すると、コホンと咳払いをした。
「そ、それならば良かろう。そして、儂の予想が正しければティナよ。君が扱える魔法は、覚級中位までではないかな?」
「はい。上位は扱おうとしたけど、どうしてか使えませんでした」
「そうだろう。つまりそれこそ、魔法に関しての理解が追いついていないと言う……――レイよ。決して彼女を蔑んでいるわけではないのだ。どうかその殺気は収めてほしい」
族長様からの指摘に僕は我に帰る。そして自分の魔力が溢れ出てしまっていたことに気が付かされた。
これはいけない。「上感覚」のせいで感じやすいと言っても、それは決して相手に殺気を放って良い理由にはならない。いつになっても、感情に振り回されてばかりの自分に嫌気が差してくる。
族長様からは困った感情のニオイはするけど、負の感情のニオイはしない。族長様の心の広さには、本当に感謝しなきゃいけない。
僕は族長様に深々と頭を下げる。
「…………はい、ごめんなさい……無意識でした」
「良いのだよ。まだまだ学ぶことの多い年齢。分かってくれれるだけで、ありがたいというもの」
すると族長様はパン、と大きく手を叩くいた。
その音にビックリして反射的に顔を上げる。族長様の顔は、いつも通り穏やかなものだった。
「さて! では気を取り直して。まず魔力がどういったものなのかから、説明してしまおうか」
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