9. どうやら僕は能力猫でした その②
あれからまた数日。ひとしきり村の中を駆け回り大人達に挨拶し回ったところ、ものすっっっごい可愛がられた。猫を可愛がるんじゃなくて、猫に可愛がられるというのもまた乙なものだ。ここ最近は子猫として可愛がられる生活に自己肯定感を満たしていた。
けれどそんな生活をいつまでも続けるわけにもいかない。
次に僕がすべきことは理解できていた。今の家族とまったり猫可愛スローライフを夢見る僕だけれど、ぐーたらしているだけではこの世界では生きていけない。
今僕は一心不乱に飛んでる虫をひたすらに追いかけ回している。決して本能とかそんなんじゃない。僕は飼い猫じゃない。これから野生で生きなければいけないんだ。当然野生の生き物として狩りができなきゃお話にならない。
でもこうしていると生前のことを思い出す。愛猫と遊んだひと時の思い出。紐を追いかけてそんなに楽しいものなのかと思っていたけど、これは確かに楽しい。弟妹たち相手と違って爪もだしておけるし力加減もしなくて良い。これは癖になりそう。
いや決して本能ではないんだけど。
ただここは上空だ。虫だってそんな数はいないし、この蝿も速いだけで動きが直線的ですぐに捉えられてしまう。退屈はすぐに訪れた。
空を見上げる。空には鳥が飛んでいた。
『空蹴りが使えれば、届くのかな?』
空飛ぶ鳥めかげて地面を蹴り上げてみる。跳躍力は普通の猫。空中でもう一度空気を蹴る様に足を動かしてみた。けれどそう簡単にうまくいくものじゃない。ポスッという軽い音はしたけれどせいぜい一センチメートル伸びた程度だった。
僕もまだ幼い子猫という事だろう。流石の感覚能力でも身体スペックが足りていないのか、そもそも何が足りて無いのかすらわからないのだからできるはずもない。
少し尻尾を垂らし弟妹達の元へと向かおうとしたその時、首根っこを噛まれ体が宙にプランと浮いた。そう言えば虫遊びしてる最中にお父さんが密かに見守ってくれてたことを思い出した。ニオイからちょっと怒られそうな雰囲気を覚えちょっと身構える。
『元気があることはいい。だが、お前にアレはまだ早い。少し落ち着きなさい』
お父さんに言われて自分がクラッキングしていたことに気が付かされた。こういうことを無意識でしてしまうところ、僕も猫の体での生活も慣れてきたようだ。それに少し安堵しつつ心を落ち着ける。
ちなみに、クラッキングとは猫が獲物を狙い興奮した時にする喉を小刻みに鳴らす行為を言う。うちは家猫だったけれど、窓の外の鳥に向かってカカカカッと喉を鳴らしていたのも今はもう懐かしい思い出だ。
とか叱られてる中で物思い耽っている場合じゃないよね。
『…ごめんなさい。でももう虫遊びも飽きてしまったんです。それにお父さんみたいにかっこよく空を蹴ってみたかったんです』
お父さんは僕の言葉を理解しため息を吐いたかのような感情のニオイを漂わせた。
『お前は他の子達よりも格段に成長が早い。それは認めるがまだ幼いんだ。せめてもう少し大きくなってからだ。そしたら俺が直々に狩りを教えてやるからな。今は虫で我慢してくれ。ごめんな』
『…わかりましたお父さん。僕こそごめんなさい』
お父さんからの優しいお叱り。
確かに考えなしではあった。もし僕みたいなちっこい猫がカラスに向かって行ったらと思うと、その末路は語れる内容じゃない。
僕は凹みながら地に落ちた虫を転がして遊ぶ。でもやっぱり落ち着かなくてお母さんの元へと戻った。お父さんはと言うと僕をお母さんの元まで見送った後村のパトロールを再開していた。
お母さんに寄りかかり一息つく。
『お母さん。お父さんに怒られた』
即座にチクった。
百で僕に非があることはわかってるけど、心の内ぐらい吐き出しておきたかった。元の世界では遠慮しがちな性格で、本心を曝け出して誰かに相談することも苦手だった。例えもやもやしたことがあっても、人間だった頃は内に溜め込み続けてた。でも、そんな見栄に良いことなんてない。生き物なんていつ死ぬかわからない。自分の思いを伝えられないまま亡くなることだってあることを知ってしまったから。
今度は僕のことわかってもらえるように僕の方から歩み寄らなきゃいけないんだ。
まぁちょっとしたお父さんへの仕返しもあるけど。
『そうなの?それで何をして怒られたの?』
お母さんは他の弟妹達を囲いながら優しい感情で話しかけてくれる。因みに弟妹達はまだコミュニケーションははっきり取れない。お母さん曰く三歳ぐらいにマスターするのが標準らしい。つまり僕の成長速度は他と比べると約九倍ってそれは確かにいつも冷静なお母さんがあんな反応したのも頷ける。
『鳥に向かって空蹴りしたんです。ちょっとしか飛べませんでしたけど』
『ちょっとしかってことは……ふふ、まだ小さいのにすごいわ。流石お父さんの子ね』
お母さんは僕の頭を毛繕いする。
猫になってから感覚が敏感になりすぎて、今や人間の感覚が思い出せないほどだ。この毛繕いも人間感覚が残っていたらくすぐったかったりしたのだろうけど、今はとても心地いい。
『ありがとうお母さん。でも虫取りはもう飽きました。大きくなるまでお父さんはしちゃいけないって言ってたけど早く地上に行って遊びたいんです』
その意思を伝えるとお母さんは少し困ったような感情を僕に向けた。
『そうね。でも貴方はまだ幼いし仕方ないの。殆ど自立してるようなものだけど、体はまだまだ身体は小さいし地上には危ない魔物が沢山いるのよ?せめて私が一緒にいければよかったのだけど、まだこの子達はステータスも見れないし今の貴方みたいに意思疎通もちゃんと取れないからここを離れるわけにも……』
お母さんはそう伝えると毛繕いをやめて何か閃いたような反応を見せる。
『そうだ! 虫狩りならここから少し離れた場所にとても素早い虫がいるって聞いたわ。確か空蝿〈スカイフライ〉とかいったわね。素早いし小さいしで大人でも捉えるのに苦労するって言うしそれを狩ってみたらどう?』
空蝿〈スカイフライ〉か。
そういえばさっき仕留めたのって蝿だった様な。
僕はお母さんにステータスを共有する。普段は頭の中に浮かぶステータスだけど、共有することも可能なことはお母さんから教えてもらった。なぜ今ステータスを共有したのは、僕がこれまでに狩ったことのある生き物を共有するためだ。
これもお母さんから教えてもらったんだけどこの『ステータス』というの、命を奪った数すら把握できる。まったく物騒な機能だけれど、人間社会においてはかなり重宝されてるのだろうと思う。まぁ猫である僕にはただ物騒なものでしか無いけど。僕はお母さんにありのままステータスを共有する。
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証:
空蜂〈スカイビー〉 :1
空甲虫〈スカイビートル〉:163
空蚊〈スカイモスキート〉:587
空蝿〈スカイフライ〉:13
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確かに全体数から見て空蝿〈スカイフライ〉の数は少ない。
お母さんが言うように少し珍しい蝿のようだ。
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いや別に飛んでるもの見つけ次第飛びつく特訓をしているだけで決して本能とかではない。
そんなリストを見てお母さんも少し反応も返ってこなかった。それもそうだろう。生まれて間もないはずの息子が気がついた時には大人でも苦戦するような虫をやっちゃってるんだから。
『ねぇ。空蜂〈スカイビー〉を狩ったのはいつ?』
神妙な面持ちでお母さんは僕に問いかけた。あぁ、確かにお母さんからしたらそれは気になるよね。その理由はなんとなく理解できた。
『えっと、二日前ぐらい。大丈夫! 仲間を呼び出させる前に仕留めたからね!』
『…そ、そう』
その反応は若干引いていた。少し曝け出しすぎただろうか。ちなみに『空蜂〈スカイビー〉』の特性というのは「攻撃を受けた時フェロモンを超広範囲にばら撒き攻撃してきた対象を死ぬまで集団で追い続ける」というもの。僕が見つけたのは元々弱っていてはぐれ個体だったから、後ろから技能『隠密』を使って一撃で猫パンチして仕留めた。これも狩りの練習だ。決してフラフラ飛んでる虫を見つけて本能的にパンチしたら死んでたとかそんなんじゃない。
まぁ特性を理解したのは仕留めた後で冷や汗ダラダラだったわけなんだけど。
『お父さんには虫のことは伝えてるの?』
『うん。でもまだ地上はダメだって。空蹴りも覚えてないから行って帰ってくるだけで体力がもたないって』
『それもそうよね。ええ……もう少しステータスを見てもいい?』
『うん!』
そして僕は伝えたいステータスを母親に共有する。まぁ技能とか能力とかで良いだろう
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能力:上感覚
技能:『空蹴り』『変化』『隠密』
『甲化』『反応速度強化』
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お母さんは僕の技能を見て疑問に思っていることだろう。
『甲化』『反応速度強化』
これいつ覚えてんだこいつと。
それを説明するには僕の持つ能力「上感覚」について説明する必要がある。
この世界に生まれて僕はありとあらゆる感覚が敏感になっていた。少しのことで飛び跳ねるほどビックリするし、少しの音でも耳が痛くなるし便所の臭いだってたまらない。それが猫として普通なのかと思っていたけど、どうやら周りは僕ほど敏感じゃないことに最近気がついた。
そう、この感覚の敏感さこそが『上感覚』!
僕がこれまで虫狩りで把握できた範囲で言うとこんなところだ。
視覚の能力『未来視』
体の動きや癖を見て数秒先どう行動するかを予測できる能力。そしておまけの異常な程の視力。
因みに本来猫は色彩感覚があまり高くはなくて認識できない色とかあったはずなんだけど、化猫はそれに当たらないっぽい。元々『名前』っていう文化もなくて毛色や瞳の色で個体を識別してるしその影響なのだろうか。この世界の進化の歴史については、人間に化けれたら調べてみるのも面白いかもね。
嗅覚の能力『感情嗅』
感情をニオイで感じ取れる能力。他の仲間達もいくらかニオイで感情を読み取れるようだけど、僕ほど詳細にはわからないらしい。
触覚の能力『技量模倣』
触れた対象の技能を完全再現できる能力。勿論羽がないと無理なような『空中停滞』と言ったものは無理だったけど、もしかすると『変化』を応用すればできるようにもなるのかも?
因みに『反応速度強化』は空蝿〈スカイフライ〉が持っていた技能。『甲化』は空甲虫〈スカイビートル〉が持っていた技能だ。この2つは今の僕の体でも再現可能なことは検証済みなのである!
後の残り聴覚と味覚。これは感覚が鋭くなるだけで他応用の効いた能力はないっぽい。ただただ煩いだけなのと、味覚に至っては敏感すぎて嫌になる。獣肉にチャレンジしたこともあったんだけど、口の中が血の味でいっぱいになって食べれたものじゃなかった。大人になった時が全く憂鬱である。
ただ、僕がどうしてこんな能力を手に入れたのかはなんとなく感覚で分かっていた。僕がこの能力を研ぎ澄ませている時の感覚は、前世死ぬ前に体験した『あの走馬灯』の感覚に近かった。転生する時にでももらってきてしまったのだろうか。
そんなことを考えているとお母さんはひとつ息をつくような感情のニオイを漂わせた。
『これも、お父さんの血なのかしらね。それとも感覚的にわかってしまってるのかしら。いえ、両方なのかもね』
お母さんは何か決意を決めたような瞳で僕を見る。その瞳はいつもの優しさの色は薄い。何か覚悟のように思えた。
『分かったわ。このまま暇させているのも悪いし、大人がついていれば問題ないわよね。次狩りに出る時は連れて行くようにとお父さんには私から言っておくわね』
『いいの!? 本当に!? 地上に降りていいの!!?』
『ええ。ただし条件があります』
『はい!』
『決して、二足歩行の動物。人間には近づかないこと。それだけは約束して』
それはあまり予想していなかった言葉だった。
普通狩りで気をつけることといえば「怪我をしない」とか「無理をしない」とかそう言うことを言われる物だろう。それより先に『人間』に気をつけると言うのはどう言うことなんだろうか。
『はいお母さん。でも、どうして?』
『…その理由はきっと、貴方が大人になればわかることよ。この世の中には私たちには理解もできない悍ましい考えを持った動物がいるの。利用できるものはなんだって利用し、自らの欲のためには同族の命すらも弄ぶ。私たちの理解の及ぶことのない恐ろしい生き物なの。それだけは覚えておいて』
『…は、はい』
元人間である僕としてはちょっと複雑だ。でも、理解もできない人間については僕も人生の終わり際に体験したからよく分かる。ただ何と言うか主語が大きいというか、もちろん全ての人間にそれが当てはまるわけではないし、魔物のいる世界なら人間だけに当てはまる話ではないと思うんだけど。
でも、今の僕は人間じゃなくて猫だ。この世界の人間のことを知りもしないのにお母さんの言葉を無碍にはできない。
『分かりました。地上で人間を見かけても絶対に近付かきません。お父さんも一緒なのできっと大丈夫です!』
『ふふふ、そうね。ごめんなさい脅すようなこと言ってしまって。こんなにも賢い貴方とお父さんがいれば何も心配することなんてないわよね』
お母さんは自信満々な僕の姿に少し安心して僕の頭を毛繕いする。今もまだ不安な感情は残ってているようだけど、それも当たり前の話だ。
僕たちは野生で生きている。もしかしたら今日、お父さんが狩りに行ったまま戻ってこないなんて事だってあり得るんだ。しかもそこにまだ産まれて一年すら立たない子猫が同行しようとしてるんだから、許してくれただけ本当に心の強いお母さんなんだって思う。
『うん! でもお母さん。僕あんまりお父さんのこと知らないんだけど、お父さんってそんなにすごいの? いつも大きな獲物捉えて帰ってきてるけど』
『ええ! それはもう――』
そこからの話はとても長かった。前々からお母さんはお父さんの話となると分かりやすく元気になる。今の僕にできる慰めは一旦忘れさせる事ぐらいだろう。
しかしながらお母さんがお父さんへ向けるこの好意の感情。僕が心の中で荒ぶってる時と通じたところがあってちょっと嬉しい。
それと、話を聞いてみるとどうやら僕のお父さんはこの村の偉い戦士の一匹らしい。立場としては切込隊長。何かあった時仲間を率いて先陣を切る一番危険な役目だ。
もちろんそれに相応しい力は持ち合わせており、ここら辺に住む魔物程度なら難なく一人で倒せてしまう程という。そう思うと能力だけじゃなくて血筋にも恵まれてるようだ。
後これも以前お母さんから教えられて分かったことだけど「能力」について。これはこの世界で万人が持っているわけではなく、逆に持って生まれるものはとても珍しいと言う。その確率はおよそ一万分の一程でありながら、この村で僕以外の能力持ちは三匹もいるらしい。『族長様』と『戦士長』と『お父さん』だけ。お父さんの能力について聞いてみたけどお母さんは狩りの時のお楽しみとして教えてくれなかった。
とまぁ何から何まで恵まれた生を受けたものなんだけど。
そんなことより!
僕はッ!! 変化の仕方が知りたい!!!
……ただ、それもさっきの「人間に近づくな」で尚のこと人間への変化の道が更に遠ざかってしまった。これで人間になってみたいなんてどの口が言えた物だろうか。
『そうなんだ。お父さんとっても強いんだね』
『それはもう。貴方はきっと将来この村を守る立派な戦士になれるわ。だから早いうちにその能力でお父さんの技術をしっかり覚えるのよ』
お母さんの期待の眼差しに僕はしっかりと頷いた。
これはある種の本能なのだろうか。本来スローライフを送るためだけならば、わざわざこんな子猫時代に無理をする理由なんてない。けれど今僕はお母さんへの期待に応えたいという思いとは別に、単純に強くなりたいと心の底で願っている自分もいるような気がした。
お母さんは今の僕のことを狩場に出しても恥ずかしくないぐらいには強いと踏んでくれた。そして、偉大だと言う父親以上になってほしいという意思が伝わってくる。
これまではスローライフができれば危ない橋なんて渡らずにまったり暮らせればいいと思っていた。けれど、僕もこの心の強いお母さんと切込隊長であるお父さんに恥ずかしくない子として生きなきゃいけない。
そんなことを密かに心に留めるのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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