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88. 族長様とのご相談 その②


「この世に生を受け、五年程だったか。本来であれば親を同席させ、お主と人の子の意思に沿った選択を、我々大人が整え導くのが、本来あるべき姿であったろう。しかしお主であれば、その必要もないのであろう?」


 

 族長様からの問いかけに、僕の心臓は大きく脈打った。

 族長様は気が付いている。僕が普通の化猫じゃ無いことを。族長様はおそらく「転生」と言う現象まで知っている。まるで魂まで見透かす様な力強い視線が、僕にそう確信させた。


 でも今更怯むことはない。これからの僕の猫生、ティナの人生について考えるなら、しっかりこの問題には向き合うべきだ。僕は族長様の双眸を見つめ返し、しっかりと胸を張る。


 

「はい。この場に置いて、何の遠慮も必要ありません。お気遣いいただいてありがとうございます」



 族長様がこの場に僕の両親を呼ばなかったのは、一種の優しさなのかもしれない。僕が元は人間だったことを明かすことになったとして、そして僕がこの村を離れる選択をしたとしたら。最悪、家族との関係はギクシャクしたまま、疎遠になってしまう事もあり得る。


 ティナをこの化猫の村に一生、留めさせておくことはできない。ティナはまだ幼いし、人間社会の中で学ぶべき事も多いはずだ。今は良くても、この村でたった一人の人間となれば、疎外感を覚える事もあるだろう。


 けれどティナをたった一人で、人間の社会に戻すことはできない。

 ティナを元いた帝国に帰すのは論外として。見も知らぬ地にティナ一人を放つなんて、あまりに無責任が過ぎる。それなら僕もティナと一緒に人間社会に降りる事は、十二分に視野に入れるべき選択だ。


 族長様は僕の決意を感じ取ってくれたのか、少し申し訳が立たなそうに眉を下げて微笑んだ。

 

 

「儂もいささか早計だと言うことは承知している。レイ、お主もまだ、色々と整理もつかん事も多いだろう。しかし人間と関わりを持った今、そう悠長にはしておれん。それは分かっておるな?」


「もちろん。なあなあにしちゃいけないってことは分かってます。ティナのためにも、決断は早い方が良いでしょうし……」


 

 そうは言っても、僕も完全に覚悟が決まってるわけじゃない。ティナのためを思うのなら、早くこの村を離れる準備をしておくべきだ。

 

 でも前世の後悔が、どうしても脳裏に過ぎってしまうのだ。


 前世の僕は、家族や友達にお別れを言う間もなく生を終えた。常日頃もっと感謝の言葉を伝えられていれば、もっとくだらないことでも話せてれば。もっと一緒の時間を過ごせられたらなんて、どうしようもない後悔に未だ胸が苦しくなる夜がある。


 今世の僕は、前世以上に家族や仲間に執着してしまってる。ティナも僕の守りたい仲間の一人だし、元人間として幸せにしたい思いも強い。それでも、他の猫の仲間達を置いていく勇気が持てないでいるのだ。


 族長様はそんな僕の臆病さを見透かす様に、優しく微笑みを返した。


 

「今、人の子には大きく三つの選択肢がある。一つは『この化猫の村で一生を過ごす道』。もう一つは『元々のティナの目的地であった、セント・ウォーリルで暮らす道』。そして最後『儂のツテを生かし、獣国セリアスで暮らす道』。後者二つに関して、レイが共に行くかは、レイが決めてくれて良い」


 

 族長様は三つ指を立てて、選択肢を示して見せた。

 僕個人としては、ティナが僕を求めてくれるなら、最終的にはこの村を離れる選択をすると思う。

 城塞国と呼ばれる「ウォーリル」か、獣国「セリアス」か。正直、野生育ちの僕にはどっちでも変わらない。だってどっちにも行った事もないし、良し悪しもわからないから。


 

 ――ただちょっとそんなことより。


 

「それは、承知してます…………ですがあの、話の腰を折ってごめんなさい。細かいことで申し訳ないんですけど、ティナのことを「人の子」なんて呼んであげないでください。慣れないのはわかりますが、僕だけ名前で呼ぶのは流石に不平等です」


 

 族長様からティナに対して悪意があるわけじゃない。幼い人の子に対して、距離感を測り兼ねてるだけだと思うんだけど、元人間としてどうしても気になってしまった。人間だって「お前」って呼ばれるのは気分良くなかったりするからね。実際ティナも呼ばれるたびに少し思うところがあるみたいで、モヤモヤしてる感情のニオイが微かにして、流石に聞き逃せなくなった。


 族長様は一瞬目を丸くすると、困った様に頬を掻いた。

 

 

「………う、うぅむ。確かに、レイの言う通りか。儂の感性もなんと鈍ったことよ。ティナ、か。良い名前を持っていると言うのに、申し訳なかった。ここに謝罪しよう」


 

 深々と頭を下げた族長様に、ティナはおどおどした様子で軽く会釈を返した。うん。たぶんというか、確実に余計な事を言った。せめてティナの居ないところで言うべきだった。すぐ感情任せに突っ張ってしまうのは僕の悪い癖だ。こればかりはちょっと反省しなきゃ。


 そんな中族長様は顔を上げると、一つ咳払いをして場を整え直した。


 

「それでは改めて話を戻そう。ティナよ。お主は元々「セント・ウォーリル」を目指していたと認識しておるが、具体的にどこの誰に助けを求めていたかなどはわかるかな?」


 

 族長様は優しくティナへと問いかける。

 するとティナは魔法陣を簡単に組み立てて、その魔法陣の中から手紙の様な物を取り出した。物を魔法空間的なところに格納し取り出せる便利な魔法。この魔法のおかげで、ティナの荷物類は全部この村に持って来れたのだから、本当にありがたい魔法なのだ。


 ティナは少し逡巡をした後に、決心した様に手紙の封を切って族長様へと手渡した。


 

「えっと……ごめんなさい。詳しい事はお母さんとお父さんに任せてたから……でも、確かこのお手紙を冒険者ギルドの受付に渡すって、言ってた様な気がする」


 

 僕は族長様の隣に並んで、その手紙に目を通す。

 

 

【ウォーリルへの動線は整えた。後の事は全て、女王に委ねる。この役割は貴女にしか任せられない。貴女でなければ、あの子を御しきれないでしょう】

 

【魔導士ケイシー・バーネット。彼女には、本当に申し訳なかったと伝えて欲しい。私の目的のために、余計な労力をかけさせてしまったし、ティナを危険に晒す選択をさせてしまった。けれどこれも必要な工程だった。この手紙が読まれる頃には、この意味も全てを理解できる事でしょう】

 

【魔導士フランより】


 

 要約するとだいたいこんな所だ。

 族長様を一瞥すると、族長もまた眉間に皺を寄せている。その気持ちは痛いほど分かる。

 僕は眉間を摘んだ後に、ティナへと視線を送った。気になる事は多過ぎるけど、一先ず聞くべき事がある。

 

 

「………………ねぇティナ。ティナの家って、ウォーリルの王族とかにコネとかってあったりする? 後、ケイシーとフランって人には心当たりある? フランって人は、この手紙を書いた人っぽいんだけど」


 

 ティナは静かに首を振る。うん、ティナは特殊な家の生まれじゃないって事は前に聞いた事があった。他国の王族に取り計らってもらえるとは思えない。

 ただし、もしもウォーリル側が「魔導者」と言う能力の情報を掴んでいて、ディビナス帝国の思惑を察知していたとしたら、あり得ない話ではないけど。

 


「……分かんない。でも、フランって魔法使いの人は見たことある、と思う。たぶん瑠璃色の髪をした女の人」



 ティナの狼狽える様子から、フランという人物はティナにさえ名乗ったりはしていないようだ。

 族長様は熟考する僕を横目に、一つ嘆息をした。


 

「…………レイよ。お主はこの手紙、どう見る?」



 そんな急に問われても、考えは未だまとまっていない。

 僕は能力「上感覚」と技能『反応速度強化』を使って感覚を研ぎ澄まし、体感時間を引き延ばして擬似的に時を止めて熟考する。

 戦闘時の咄嗟の判断が必要な時はもちろん、こういう考え込みたい時にもこのチカラは有用だ。いくら考えても時間は進まないのだから、背伸びし放題なのだ。


 僕は一通り頭を整理させた後、族長様に視線を返した。


 

「そうですね。筆跡から嘘は書いてなさそうですけど。正直、このフランという人物は信用しきれない、っていうのが僕の第一印象ですね。あまりに不審な点が多すぎます」

 


 僕は能力「上感覚」のおかげで嘘にも敏感だ。

 筆圧、文字の癖からだいたい書いてあることが真実か嘘かぐらいは簡単に読み取れる。その時、どんな気持ちを抱きながら手紙を書いたのかもね。


 この手紙には「悲しみ」の感情が強く込められてる。書いてることにも嘘はない。ただし、できる限り真実を隠そうとする意思も、この手紙からは感じ取れるのだ。


 

「この手紙、『冒険者ギルドの受付』に渡す予定のものだったんですよね? それにしては書いてある内容がウォーリルの『女王様』に向けたものすぎませんか? 冒険者ギルドを経由して、女王様にこの手紙を渡す手配をしていたなんて、いくら何でも回りくどい気がします。冒険者ギルド内に女王様とのツテを持った人物がいるとも考えられますが、特定の関係者がいるなら『受付』に渡すのではなく、その『特定の関係者』に渡す様に指示をしていたはずです」



 このフランという人物がなぜ『冒険者ギルドの受付』という、誰が担当するかわからない人物に手紙を預けようとしていたのか。このフランという人物像があまりに不明瞭で、ここに関してはいくら考えても答えは出なかった。

 


「何よりこのフランって人。たぶんどこの勢力にも属していない。単独で動いてるところも気になります」


「属していないとな……? それは一体どういう事だ?」


 

 族長様が顎髭を弄りながら、訝しげに僕に問いかける。まぁ僕も体感時間を引き延ばしたおかげで、色々考えられたわけだ。この手紙を見て数秒で全部わかったら、僕の方がびっくりだ。

 僕は族長様から手紙を受け取って、手紙を指でなぞりながら族長様へ語って見せる。


 

「この手紙に書かれている「ケイシー」という人物。この手紙から彼女は『ティナを危険に晒さない様に動いていた』と読み取れますし、彼女はウォーリル側の人間なんでしょうね。もし彼女がディビナス帝国側の人間だったとしたら、ウォーリルの女王宛の手紙に彼女への謝意を書くのはおかしいです。このケイシーという人物は、それこそ女王に近しい存在――側近か、情報を収集専門の所謂『影』的存在である可能性が高いんじゃ無いかなって思います」


 

 族長様は僕の考えに感嘆を漏らす。

 ケイシーがウォーリル側なのは、ほぼ確実と見ていい。この手紙に書いてある事は真実であるし、おそらく女王からティナを保護するために派遣された人物と見るのが自然。しかしこのケイシーとフランの関係については、一考の余地がある。

 僕は言葉を紡ぎ続ける。


 

「しかし何より不自然なのは、謝意をわざわざ手紙に残している点です。フランとケイシーに直接的な繋がりがあったのなら、謝罪なんて直接伝えればいい。でもそれをせずに手紙に残した。つまりこのケイシーという人物も、フランという詳細の掴めない人物に警戒して、探りを入れてたんじゃないでしょうか」


 

 その探りこそが『余計な労力』と書いてあると解釈するのが、僕の中では最もしっくりきている。 

 族長様は僕の推測に唸り声をあげていた。


 

「なるほど。フランという人物について、筆跡から嘘を書いていない事からディビナス帝国側の勢力ではない。そしてウォーリル側のケイシーという人物との接触を避けていたことから、ウォーリルの勢力でもない、第三の勢力というわけか」

 

「ですね。しかしこのフランという人物には『ティナの保護』以外の、別の目的もあったみたいですし、真にティナの味方だとは言い切れないでしょう。その一方でウォーリルも、女王が主導してティナを保護しようとしている点を見ると、あんまりディビナス帝国と変わらない気もします…………でも、ティナの両親がティナのためにウォーリルへの逃げを選択したんですから、僕個人としては、ウォーリル側の勢力は信じても良いと思いのかなって思います。ただの希望ですがね」



 正直フランの『私の目的』というのがイマイチわからない。それに、フランがどうしてケイシーと手を組む道を選ばなかったのかも疑問だ。信頼される材料がなかった? ここまでウォーリルへの手引きを主導しておいて、そんなことあるのだろうか?


 これは僕の勘だけど、フランがケイシーと手を結ばなかった一番の原因は、『私の目的』のせいなんじゃないかって思う。

 族長様は沈思黙考する僕に対して、優しく微笑んでいた。

 


「手紙一つでそこまでの推察できるとは。流石よの」



 そして族長様は咳払いをして、ティナへと視線を移した。ティナはと言うと、若干小首を傾げながらも必死に考え込んでいる様だった。


 

「さて人間側の動きも気になるところではあるが、こう難しい話をされても、ティナも困るであろう? 一先ず今の話の結論として、ウォーリルについては信用できなくはない。しかし強行姿勢が見えたのならば逃避を検討する、と思ってくれていれば良い」



 その結論については僕も異論はない。今この手紙だけじゃウォーリルの姿勢は測れないから、考えても仕方ないのだ。

 それにこの手紙の書き手のフランについても、これ以上突き詰めても仕方ないだろう。もしも接触してくる様であれば警戒は必要だけど、それを僕がしっかり理解していれば一旦は問題はないはずだ。

 ティナは少し腑に落ちないながらも、ひとつ静かに頷いた。

 


「しかしティナよ。もし君の中で、ウォーリルでの生活に不安が残るのならば、獣国「セリアス」という道がある事を忘れんで欲しい。獣国には純粋な人間は少なかろうが、信用できる知り合いは紹介出来る。そしてレイの実力があれば、何不自由ない裕福な生活も保証できるであろう」


 

 族長様は一人の大人として、ティナへと向き合っていた。やっぱり族長様としてはセリアスを推したい様だけど、強制する様な威圧は感じられない。


 族長様は深い瞬きすると、改めてティナの双眸を力強く見つめた。

 


「しかし、人の幸福は裕福さだけでは図ることはできん。ティナ、レイ。君達がこの世界に何を求めるか。平穏か。自由か。力か。魔法か。生きるための指標を決め、進むのは紛れもない君達だ。儂ら大人はその選択を否定せんし、できる限りの援助は施すつもりだ」


「……あ、あの、私はっ…………」


 

 ティナは胸の前で手をぎゅっと握り、俯いている。その声は若干震えていた。

 ティナは年不相応には賢いけれど、人生を大きく変える決断なんて大人でもたじろぐものだ。


 族長様はティナに近寄り、優しく肩をポンと叩く。


 

「焦らんでも良い。まだ十数年程しか生きておらんのだ。整理がつかんのならば数年後でも良い。誰も答えを急いたりはしない。レイと共に考え、結論を出してくれれば儂はそれで」


「…………ありがとう、ございます」


 

 ティナはその瞳に涙を溜めて頭を下げた。

 能力のことには全く触れないで、将来を支えようとしてくれる大人。自分の思いを優先してくれる大人なんて、家族以外にいなかったのだろう。


 でもティナは決して涙はこぼさなかった。その瞳は力強く、将来を見据えている様だった。



最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


【関連話】

・15. 喪失『少女と化猫』

・52. 決意『襲撃の後に』

・57. 帝国 『二つの影』 その②

・84. 救済『弱者の善意』 その①

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