87. 族長様とのご相談 その①
ティナが化猫の村で暮らす様になって、体感二週間の時が流れた。最初はティナがこの村に馴染めるのか心配ではあったけど、それも全部杞憂に終わって本当に良かったと思う。
ティナは『動物の意思を人の言語に変換する魔法』が使える。だからなんら問題なく、猫相手にもコミュニケーションが取れるのだ。まぁ実際に話して分かり合えるかは、当然本人の気質によるところが大きいけどね。ティナには人間だから上だ、とか言う驕りもないし、猫と話す時はしゃがんで対等に話しをしてくれる。
ティナは村の猫達のために、それは献身的に動いてくれてる。村のお掃除から、食糧庫の管理のお手伝い。それから子猫達のお世話まで幅広く、自分が出来ることをしてくれている。
嫌な顔もしないで精一杯尽くしてくれるティナに、村のみんなも自然と信用できる人間として受け入れてくれた。
正直こんな優しい子が、人間の社会で虐げられていたことが信じられない。それがティナの持つ「能力」が原因だったとしても、そんなの許容していい理由にはならない。
ティナの持つ能力は「魔導者」。
「この世界に存在するあらゆる魔法知識の会得と、魔法の行使を補助する能力」。
『人類が理解している魔法知識の会得』じゃなく、『この世界に存在する魔法知識の会得』というのが、この能力の最も壊れている点。要するに、ティナは未だ人類の知り得ない魔法知識を持ち、行使する事もできるわけだ。
もしティナの魔力が潤沢だったのなら、一時代を大きく変えることすら容易なのだろう。
でも、そうだとしても。
ティナが人間社会で「能力」しか見られず、人格すら尊重されずに、挙句には「家族を殺してお国のモノにしてしまおう」なんて考えをする人間がいたことは、元人間として本当に許せない。一般野生化猫が許せないからなんだ、って話ではあるけど。想像しただけでも、頭に血が昇りそうになる。
ティナは能力なんてなくてもすごい子だ。誰にも分け隔てなく優しいし賢い。獅子や虎としか見えない大人の化猫達にも、怖気付かずに接しようとする勇気も持ってる。
そして何より、かなりの猫好きだ。認めるのも悔しいけど、猫の撫で方は前世の僕より上手い。猫を可愛がるために猫のストレスになる様な事だってしない。
まぁここ最近、僕に対してだけは、獣人姿の時ですら頭を撫でたりしてくるけど、ティナが心から僕の事を信頼してくれてるってことがだから、それはまぁ、許すことにしてる。
なんだかんだこの猫生だと、僕の方が八つ年下だからね。断じて、決して、ティナに撫でられるのが心地良いから受け入れてるわけじゃあない、と思うことにしてる。
でも、改めてティナは心の強い子だって思う。僕だったらきっと、ティナみたいに立ち直れてない。今だって前世の家族が頭にチラつく事もある。
家族を失って、猫の魔物に拾われた身でありとても苦労が多いはずなのに、ティナは僕達に馴染もうと努力して、何より笑顔で日々を過ごせている。
僕はそれが、とても嬉しかった。
そろそろ頃合いなのかもしれない。
ティナも村での生活に慣れてきた事だし、僕は族長様の元を訪ねることにした。ティナの家を建てた時に黒のお兄さんが、『族長様が会いたがってる』みたいな事を言ってたし、個人的にもティナのことを相談したいとは考えていたのだ。
「ねぇレイ。族長様ってどんな猫なの……?」
ティナは少し不安そうに、少し前を歩く僕を覗き込む。今からこの村の長に会いに行くのだ。まだ幼いティナが緊張するのも仕方ない。
僕は軽く振り返って、意識的に尻尾をピンと張らせて見せる。決してブンブンと震わせたり、への字にひん曲げたりしない。何も心配いらないことを尻尾で示して見せた。
『うーん、実は僕も詳しくは知らないんだ。初めて狩りに出る時に挨拶して、後はちょこちょこ顔を合わせた事があるぐらいかなぁ。でも全然、怖い猫じゃないよ? 優しいおじいちゃん猫。僕とお父さんと同じ能力猫らしいけど、どんな能力なのかは知らないんだよねー』
族長様はこの化猫の村を維持するために結界を張ってくれてる、みたいなことを聞いた事もあったけど、その詳細は村の誰もよく理解はしていない。でも結界については、僕にも思うところはあった。
この化猫の村は、地上よりも雲の方が近い高所にある。本来であれば空気も薄いし、もっと気温も低い筈なんだけど、この猫生そんなことは気にした事もなかった。まぁそもそも、この異世界で前世と同じ常識が通じるのか、野生育ちの僕には分かった事じゃないんだけど。
ティナは僕の答えに俯いて、苦虫を噛んだ顔をしていた。
「…………私の事で迷惑かけたら、ごめんね」
「ティナを助けたのは僕の意志だよ。ティナが負い目を感じる必要なんてない。それにもし、ないとは思うけどね? 族長様がティナを責めるような事を言ったとしたら、僕は絶対にティナの味方でいるから。心配しなくて大丈夫だよ」
僕は間髪置かずティナに言い返す。
ティナは何も悪いことはしてないんだ。何も謝ることなんてない。
ティナはその翡翠色の瞳を潤ませていた。
「ありがとう、レイ」
掠れた声で呟くティナ。僕はコツンと、ティナに頭を擦り付けて猫として応えて見せる。
ティナが不安でいるのに、僕まで弱気でいたらダメだ。僕は内心で決心を固めて、族長様の元へと歩みを進めた。
***
『呼び出して悪いの。茶の息子に人の子。そう構えんでも良いぞ。ただの老いぼれの暇つぶしよ』
眼前で三毛柄の老猫がお座りをして、僕達を出迎えた。威圧感はない。朗らかな印象は以前顔を合わせた時から変わらず、敵意を示す様な臭いも感じない。いつも通りの族長様だ。
ティナは急いで翻訳の魔法陣を構築していた。僕はゴブリンが使っていた技能『言語翻訳』があるからティナと普通に会話できるけど、族長様相手にはそうはいかない。
「あの、色々と迷惑をかけてしまってごめんなさい」
手早く翻訳の魔法を完成させて、ティナ深々と頭を下げた。族長様はと言うと、そんなティナを目の前にゆっくりと瞬きをして見せた。それは紛れもない信頼の証だ。
『良い良い。お主の経緯は全て聞いておる。君を責めるものなど、この村には誰もおらんよ――さて、このまま話すのも良いが、それでは人の子に負担になろう』
族長様はそう言うと技能『変化』によって、獣人の姿へと変えた。長い癖っぽい白髪に、顎には長い白髭。一見すると仙人っぽい印象がありながら、近所の面倒見の良いお爺ちゃん感もあって、なんだか不思議な雰囲気だ。
族長様は顎髭を撫でながら、自信ありげに胸を張った。
「これで良かろう?」
そして当たり前の様に、族長様は人間の言葉を話した。森のゴブリンや僕とは違う。人間の言語を技能や魔法に頼らずに習得しているみたいだ。
それに僕が人間の言語を理解できる事は、既にお見通しの様だ。それなら僕もと、技能『変化』を使いいつもの獣人の姿へと化ける。
「族長様、人間の言葉を話せたんですね」
「若い頃は地上に降り、人間と交渉することもあったものよ。今ではこの村で言葉を扱えるものなど、儂と豹の奴しかおらんのだが…………しかし流石は茶の息子。人間の言語も会得しているとは、全く恐れ入る」
「い、いえそんな、僕もまだ勉強中で。ゴブリンの持っていた技能で誤魔化してるだけですから。僕こそ、あんまり挨拶に来れなくてすみませんでした」
僕も族長様に頭を下げる。そう、本来頭を下げなきゃいけなかったのは僕だ。お偉いさんからの呼び出しを、二週間も放置してしまった。理由があったとしても、一回顔を見せることぐらいはしておいた方が良かったと、今更ながらに気がついた。
族長様は一瞬目を瞠ったかと思うと、気の良さげな笑い声を上げた。
「ほほほっ。何、気にすることはない。そんなことを謝ろうとする猫など、お前さんぐらいよ。儂なぞ普段は陽を浴び、寝ているだけのただの老猫。儂とて若い衆の時間を奪いとうない」
族長様は仕切り直しと言わんばかりに、一つ手を叩いた。能力のせいで聴覚が過敏な僕は、ビクッと体が震える。ティナも緊張は解けたみたいで、優しく微笑んでいた。なんだか気恥ずかしい。
そして改めて、族長様は咳払いをした。
「さて、それはさておき茶の息子よ。お主、自身を『レイ』と名乗っているそうな。それは人の子から名付けられたものかな?」
ティナではなく僕に対しての質問に、思わず小首を傾げてしまった。質問の意図もよくわからない。ただ族長様の表情に少し影が見えて、少しだけ肩に力が入った。
「い、いえ。僕が何となく、感覚で名乗ってみました……何かまずかったてしょうか?」
族長様は静かに唸る。名乗ることが魔物にとって、それだけ大きなことだったんだろうか。いやだとしたら、ティナが何かしら知っていそうな気がする。
僕はそっと唾を飲むと、族長様はまた顎髭を撫でて語り始めた。
「…………名持ちの魔物というのは、あまり縁起の良いものではないのだ。名前を持つこと、すなわち宿命を背負うこと。それが古から語り継がれておる。故に、この村で他に名を持つものはおらんだろう?」
「た、確かにそうですが。僕てっきり、種族として言語を使ってないからだと思ってました」
「もちろんそれもあるが、今この村に名持ちがいないのは儂の意図するところ。しかし化猫族の中には、人間の社会に紛れて暮らす者も多い。化猫と言う種族からしてみれば、名前を持つ者もそれなりにおる。更に言えば、進化し猫人となれば、名を持たない方が不自然というのも事実」
進化というのには馴染みはないけど、確かに獣人姿で人の町に降るなら、名前はあった方が何かと便利だ。でも、それだとどうして名前について問われているのかが、イマイチ分からない。
「えー、それでは族長様としては気にしたいところだけど、化猫族としては気にしなくていい? ってことでしょうか?」
僕の問いかけにまた唸り声を上げる族長様。
そして落ち着きなく、顎髭をくるくると意地らしく弄りはじめる。
「いやな、これでも儂は数百年生きておる。この村から出て行き、獣人に紛れる選択を持った者に対し、数々の名づけをしてきたものよ。いやそれだけではない。力を見込まれ獣国「セリアス」で生きることを選択した者にも、名を与えることもあったかのぉー」
「…………えー、あ、あの。族長様?」
「そうか、「レイ」といったか。本当に良い名を思いついたものよ。流石の感性と言って良い――しかし、やはりなにか。名を名乗るというのであれば、一度儂に相談はしてほしかった、かのぉ? お主はこの村に収まる器ではない。人を深く理解し、人の子の下に着くこともなく、対等な関係を保っておる。いくつか、候補は考えておったんだが、なぁ…………まぁそれも過ぎたこと。これからは胸を張ってレイと名乗るが良い」
「あのー。もしかして本題って、その件なのでしょうか?」
肩を竦ませる僕に、族長様はまた一つ咳払いをして首を振った。
今まで族長様の事は雲の上の、格式高い存在だと思っていた。でも思ってたよりは、茶目っけのある猫だったみたいだ。
まぁこの化猫の村には娯楽が無さすぎるのは、僕も深く実感してる。そう思うと楽しみを一つ無くしてしまったのは、ちょっと申し訳なかったかもしれない。
ただ今名乗ってる「レイ」の名は、僕が猫としての生を決心するためにつけた名前――僕の前世の愛猫の名前だから、今更変える気はないけどね。
「もちろん本題は別だとも。名付けなど老人の密かな楽しみ。呼び出した本題――それはレイ。お主と人の子の今後についての話」
どうやら名前の件は、適当なアイスブレイクだったみたいだ。しかし、空気が急に冷え込んだ気がする。族長様の双眸には、鋭い光が宿っていた。ここからは、僕の猫生とティナの人生に関わる話になる。
僕はティナを一瞥する。
さっきまで少し戸惑っていた彼女も、敏感に空気の変化を感じとっていた。僕はティナの手をそっと握り、少し冷えた指先をそっと包み込んだ。
大丈夫。何も心配する事なんてない。その思いを一心に、僕はティナに力強く頷いて見せた。
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