表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/90

85. 救済『弱者の善意』 その②


 ケイシーは自身から殺気が漏れ出している事に気がつくと、一瞬ハッとした様子を見せ大きく嘆息し殺気を収める。そして少し申し訳なさそうに、声を弱め話し始めた。



「魔物側、人間側、ですか…………いえ、良いのです。ごめんなさい。一般的な人間として育った貴女達の感性は間違っていません。それが正常な反応なのでしょう」

 


 彼女はまるで、世界を憂いているように天を仰ぐ。悪意は全く見えないし、俺らをどうにかしてやろう、なんて意思も感じない。彼女はもう一度深く嘆息すると、仕切り直す様に優しい笑みを浮かべた。

 


「抵抗感があるのは初めだけです。私もそうでしたから」



 彼女は闇魔法を維持はしているものの、少し拘束を緩めた。これで呼吸ぐらいは安定してできるようにはなった。といっても、全く動けないのは変わりないが。

 彼女の様子を見るに、魔物に対する抵抗感から反発されることを見越して俺らを拘束しただけで、危害を加えたいわけではなかったようだ。

 俺は黙って彼女の言葉に耳を傾ける事にした。



 彼女も俺らが少し落ち着いたところを見ると、薄く笑って見せた。

 

 

「――私は元々、魔法使いの適性のある人間ではありませんでした。魔力も少ない。学習できるような環境もない。家族もいない。骨と皮だけの身体で、日々の飢えを凌ぐのがやっとで………………こんな弱者を、大人達は誰も救ってはくれませんでした。肉体が貧相だったお陰で、女としては見られなかったのは不幸中の幸いでしたが、それでも大人達のストレスの捌け口になる事しか、私の存在意義はありませんでした」



 当時を思い出しているように、彼女は胸の前でぎゅっと拳を握る。俺はこれがただの作り話だと思えなかった。口を挟む事もできず、黙って聞き入るしかできなかった。それは皆も同じ。少しの間沈黙が流れる。


 そして彼女は、落ち着いた様子で語り続けた。

 

 

「そんな暗い絶望しかない世界を、女王様が照らしてくださったんです。私に魔力を、学べる環境を、知識を与え、そして私に生きる意味を与えてくださったんです。『死んでいない』事と『生きる』事は別なんだと、女王様が示してくださったんです」


 

 彼女の心酔した様子も、やはり偽りとは思えない。しかし、魔物が人間を助けた、なんて話はこれまで冒険者として活動してきたが聞いた事がない。いやそもそもの話、知性を持つ魔物に対して恵みを受けよう、なんて考える人間なんてこの世界に存在しないのだ。


 人間よりも肉体強度があり、魔力があり、そして同等の知能がある。それだけで人間にとって脅威なのだ。だからこそ、そんな魔物が実在するとしても、普通の人間は受け入れない。

 ただ、人間に虐げられ選択の余地すらなかった彼女であれば、或いはあり得ない話ではないのかもしれない。


 

「あの迷宮攻略において、女王様の命令を優先し、弱者を見捨てた私に説得力なんてないですし、今の話を全て信じていただかなくて結構です。魔物は絶対的な悪であり、人間が絶対的な善。それも一つの価値観であり、私はそれを否定はしません…………貴方方はきっと、過去の私のような子供を見捨てたりはしないでしょう? だからこそ貴方達には力を持って、何の気兼ねなくその真っ直ぐな善意を貫いて欲しいと、心から思ってしまったんです」

 


 そして彼女は俺らにかけていた闇の魔法を解いた。しかし俺らは彼女に向けて攻撃を仕掛けてやろう、なんて思えなかった。


 もちろん彼女の話を全て信じたわけじゃない。

 今までの価値観を改めろ、なんて急に言われてできることでもない。魔物の中には人間を助けるような良いやつも居る。そう言われても、これまで魔物に負わされた被害がなくなるわけじゃない。

 彼女が利用されているだけ、とも今の所は言い切れない。


 彼女はこれまで放っていた魔力を収めて、深くお辞儀をする。


 

「もし次の行き先が決まっていないのでしたら、ウォーリルにお越しください。もっと込み入ったお話をさせてください」

 


 そう言いながら彼女は、俺らに背を向け歩き出す。

 かと思うと慌ただしく、何かを思い返したように顔だけ振りかえった。

 

 それと同時に、俺らの足元に魔法陣が出現した。



「――あぁそうそう。最後にこれだけは」


 

 一瞬身構えたが、その魔法陣は光り輝いただけで、何か変化があったようには思えなかった。少し体が軽くなった気がするぐらいか。攻撃された様な感覚はなかった。


 俺はスージーとカリスタに視線をやる。二人は今の魔法に心当たりがある様だが、腑に落ちない様に考え込んでいた。



「今のは、精神回復〈メンタルヒール〉と清浄化〈クリーン〉……? どうして……」


 

 カリスタの呟きに、ケイシーは優しく微笑んだ。

 間違いではない様だが、今更何の脈略があってそんな魔法を使ったのかがよくわからない。確かにさっきまでかなり緊張状態ではあったが、だからと言って足を止めてまですることだろうか。

 一応どちらの魔法も発動の難度は高くはないし、助かる事は助かるんだが。


 

「イーサンが肉体を奪われた原因についてなのですが…………あれは『不安定な精神状態』も一つの要因ではありますが、決定打は別にあったんですよ」


 

 何故に今更迷宮の王の能力の話をするのか。

 意図がつかめず顔を見合わせる俺らに、彼女は目を細めて語り続けた。

 


「それは『魔毒王の魔力を、多量に取り込んでしまった事』です。あの最終階層にいた蜂は、魔毒王の魔力を多分に含んでいましたからね。魔毒王の魔力は、わば生物を操るための種。あの蜂は撹乱と同時に、種蒔きの意味でもあった、という事です」



 確かにあの時は俺も、異様に魔力量が多い蜂について疑問には思っていたから思わぬ答え合わせだ。つまりさっきの魔法は、その種を浄化させるためのものという事だろうか。


 いやいや待て。迷宮の王は既に死んだんだ。それならば、今更魔毒王の魔力を取り込もうが関係ないのではないか。

 沈思黙考する俺らにケイシーは、薄く笑い声を漏らし、人差し指を立てる。


 

「それで、思い出していただきたいのですが。アーサーがイーサンを殺した時――――彼の肉体から大量の魔力が噴出しましたよね? あの場にいた皆がその魔力を取り込み、その恩恵を実感しましたよね。特に一番近くにいたアーサーなんて、魔毒の槍で貫かれた腹部が完全に回復する程でしたからね」



「ッ――!? ま、まさかッ――」



 俺もやっと彼女の言いたいことを理解した。

 確かに言われてみればそうだ。アーサーはあの時、腹部を貫かれていた。それなのに帰り道それを庇う様な仕草もなければ、誰かが回復魔法を使った素ぶりすらなかった。


 あの時は皆、魔力を急激に取り込んみ気も昂ったおかげで気が付かなかったが、そんなことはありえない。魔力それ単体に回復効果はない。回復魔法の形式してやっと効果が現れるのだ。それにアーサーは魔毒の解毒に関して、人任せにしていた。そんな男が魔毒の槍で貫かれて、何事もなくいられるわけがない。



 そうなると考えられるのは一つ。

 あの時迷宮の王はイーサンから大量の魔力を噴出し、アーサーに種を植え付け乗っ取った。アーサーは迷宮の王から挑発され、その感情は怒りに満ちていた。

 更に、あのアーサーが俺からの助太刀を素直に感謝していたとは思えない。どうせ格下から手助けをされて屈辱的だと思っていてもおかしくない。



 つまりあの場面において、迷宮の王が生物を操るための条件は満たされていたのだ。



 だとしたら、今のアーサーは? 

 いや、問題はアーサーだけじゃない。アーサーが成り替わられているのだとしたら、あの場にいた他のメンバーだって――――



 思考する俺を横目に、ケイシーは人差し指を自身の唇へと当て悪戯っぽく笑った。



「――これが、残りの二十点です。それではまたご縁があれば。城塞国「ウォーリル」でお会いしましょう」



 ケイシーは意味深に笑みを深めると、今度こそ俺らに背を向けて森の中へと消えて行った。取り残された俺らは、ただ呆然とするしかなかった。


 次の行き先は、まだ決めていない。


最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


【関連話】

・79. 深層『蠱毒の支配』

・80. 憑依『余地のない交渉』

・81. 終幕『救いの一太刀』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ