84. 救済『弱者の善意』 その①
ケイシーの打ち明け話に、俺らは息を呑むしかなかった。
彼女はあれから悠長に自身の秘密を語った。何もやましい事等ないと言わんばかりに、ペラペラと止まることもなく。確かに深入りしすぎた俺らも俺らだが、明らかにお国の機密事項も混じっていて気が気じゃない。
彼女の目的はこの帝国で起こっている『能力者失踪事件』についての調査。その一環として、『蠱毒の地下迷宮』の探索依頼〈クエスト〉に同行したと言う。「生命を操る能力」を持つ迷宮の王が利用されている可能性がないか探りたかったとの事だ。
『蠱毒の地下迷宮』については、過去に彼女の同僚が最下層まで探索した事があったため、迷宮内の情報は熟知していたらしい。彼女がウォーリルの宮廷魔導士というならば、その同僚もそれなりの身分の人間なのだろう。流石に突っ込む気はないが。
しかし彼女は本当に止まらなかった。
その割になぜ俺らにそんなことを話しているのか、という事には全く触れないのも怖いし、彼女から放たれる魔力の圧が収まらないのも怖い。
「――あ、あのそれで。そんなご多忙なウォーリルの宮廷魔導士様が、どうして俺らなんかに? 俺らはウォーリル出の冒険者じゃない。軽々しく明かして良い情報じゃない、でしょうに」
隙を見つけて俺は『能力者失踪事件』の裏事情を語ろうとしていた彼女を静止させる。彼女は不思議そうに小首を傾げた。悪戯っぽく浮かべるその笑みは、確実に俺らを揶揄っていた。
「いえいえそんな事は。実は私も、産まれはウォーリルではないんですよ? 身寄りもなく彷徨っていた私を、女王様が拾ってくださったんです。今更出身や立場などは些細な事じゃないですか。大切なのは貴方方が善良で、そして"非力"な冒険者であることです」
少し含みのある言い方に、背から嫌な汗が吹き出す。口封じのために殺される事はなさそうだが、別の面倒事には巻き込まれそうだ。つまり彼女は俺らに対して、ウォーリルの宮廷魔導士として勧誘したい、という事だろう。
それと地味に「非力」という言葉を強調しないで欲しい。俺らもあの迷宮攻略でそれは実感させられているんだ。それなりに効く。
しかし何故だか、彼女の笑顔に少しの陰りが差した。
「よく、冒険者として活動していてそこまで真っ当な感性を維持できたものだと感心しているのです。これまで純粋に冒険を楽しみ、仲間を守るために実力を磨き、一時的にパーティに加わっただけの仲間にすら命を賭けるその精神性は、間違いなく貴方方の強みでしょう」
確かに、一般的に『冒険者』には真っ当な人間が少ない、と言う話は嫌でも耳にする。まぁ申請さえすれば成れる職であるから特に反論する気はないし、実際に冒険者と活動していて人間性に問題はある奴は少なくはないのは事実だ。よく『社会に馴染めなかった力自慢がなる職業』やら『浪漫を求める馬鹿がなる職業』と揶揄される事もしばしばある。
ケイシーは素直に感心しているようだった。それには何の裏もない。揶揄う様子も消え去っていた。
「私に対する違和感だって、貴方方は見過ごすこともできたはずです。しかしそれをしなかった。女王様との通信を盗み聞いた後でも意思は曲がらなかった。それは私が迷宮に属する存在、または魔に属する存在である可能性が捨てきれなかったから。迷宮の王レベルならともかく、B級魔法使い一人ぐらいならなんとかなるだろう、という見通しの甘さはありましたがね。善意が先行しすぎて先が見えなくなる点も、貴方方の特徴の一つですね」
彼女の的を射た指摘に、俺はぐうの音も出なかった。
彼女の実力は迷宮攻略で知っていた。明らかにB級を超える実力を持っている事は分かっていた。それなのに、もしもの時は俺ら四人でも無力化できると見積もったのは、正直甘かった、と言わざる終えない。
更に言えば、彼女が本当に女王様に支える魔法使いだった時のことも、あまり考えていなかった。それも向こう側がうまく誤魔化して伝えてくれるだろう、と半ば匙を投げていたのだ。
結局、俺の本質は迷宮攻略の時から変わっていない。『善意の先行』と言えば聞こえはいいが、言い換えればただの『考えなし』。
しかし彼女は俺らの特徴を嘲笑っているわけでもない。そして何も言い返さない俺らに対して、何の含みもない微笑みを俺らへ向けた。
「そうですね。これ以上立ち話もなんですから。次のステップに進みましょうか。次は私の話――ではなく、貴方方についてのお話です」
彼女は両手を合わせて嬉々とした様子を見せる。この仕草だけを見れば無邪気そのものだが、彼女の纏う圧倒的な魔力の圧が俺らを安心させてはくれなかった。
彼女は薄く笑い声を漏らした。
「皆さんはあの迷宮攻略で、色々なことを学んだことでしょう? 身の丈に合わない善意は身を滅ぼしかねないと。そして、自分達がどれだけ非力な存在であるかを、あの攻略作戦で痛感したでしょう? 実現できる見込みのない善行は理想にとどめておくべきです――――なんて、力を持っている私からお説教されても、響かないですよね?」
笑顔も崩れていないし声色も変わらない。しかし彼女から放たれた言葉の棘は、的確に俺らを刺していた。
さっきから黙り込む俺らを横目に、ケイシーは人差し指を顎に当てて、悪戯っぽい微笑みを深めた。
「そこで、私からのご提案なのですが――――」
俺達の欠点を冷静に見抜く彼女からの要求。俺達はそっと息を呑んだ。
そして次に、彼女は軽々しくこんなことを口にした。
「――――みなさん。私に魂を預けてはいただけませんか?」
「「「「ッ――?!?」」」」
一瞬の出来事だった。
言葉の意味を汲み取れずフリーズしている中で、足元から影のような『黒い何か』が這い伸びると、俺の全身をキツく締め上げた。いや俺だけじゃない。さっきの反応、スージーやカリスタ、フィリップも同じように拘束されたか。
一歩たりとも動けない。呼吸が苦しい。動かせるのは指数本といった程度だ。
「ッ……く、クソッ……う、動けねぇッ……!」
全身に魔力を込め、力任せに解こうとしてもビクともしない。いったい何なんだこの拘束魔法は。
闇夜に魔法を隠して居たか。いや違う。そもそもこれは『魔縄捕縛〈バインド〉』とは別の魔法。
そう、これは――――
「嘘っ……! こ、こんなのあり得ないっ。どうして闇属性の魔法をッ……し、しかも無詠唱でッ……?」
俺の考えを肯定するように、スージーが驚きの声を上げた。そう、この魔法は『闇属性』の魔法としか思えなかった。だが、そんなことはあり得ない。
そもそも『闇属性』の魔法は、基本的に「人類には扱えない魔法」とされている。それは人類と魔物の魔力の性質の問題で、その性質を変えるのは至難の業だ。
しかし現実、彼女はその『闇属性』の魔法を軽々しく扱っている。況してや詠唱すらせずに、だ。
そもそも『闇属性』と言えば、魔法の最高峰と言われる『光』と並ぶ属性。そんな属性の魔法をいとも簡単に扱って居る彼女は、それこそ「魔王」に近しい存在だと示している様なものだ。
そうだ、俺らは勘違いしていた。
彼女は確かに「ウォーリルの宮廷魔導士」という立場を明かした。しかしだからと言って「自身が魔物に属する存在」であることは否定していてなかった。
そして俺らの「ケイシーが魔物か魔物擬側の勢力である可能性がある」と言う推測に、彼女は八十点と点数をつけていた。単に「ウォーリルの宮廷魔導士である」と言う事実だけなら高すぎやしないか。
つまりあれは、一種の肯定だったのではないか。
そう考えると頭が痛い。
それじゃあ今ウォーリルはどうなっているんだ? 既に魔物に堕とされているのか? そもそも、ケイシーの打ち明け話しが嘘だった? いやだとすると勧誘の流れに違和感がありすぎる。俺らが魔物に魂を売る人間じゃないことぐらい、彼女も分かっているはずだ。
「貴女ッ、魔物に魂を売ったのねッ……!? やっぱり貴女は魔物側のッ……!」
カリスタの叫びに、ケイシーが冷たく睨みつけた。
一瞬漏れ出した彼女の殺意に、カリスタも口を結ぶ。ケイシーはその反応に、一瞬ハッとした様子を見せると、後悔した様に大きく嘆息した。
今はもう、彼女の全てが分からない。
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