81. 終幕『救いの一太刀』
アーサーに右腕を斬り飛ばされ、苦悶の表情を浮かべるイーサン。
しかし腕を斬り飛ばされた割には出血量が少ない。ポタリポタリと滴る血液。その切断面は紫色の結晶の様に輝いていて、傷口を徐々に塞いでいった。
カーラの攻撃を防いだのも、今出血を抑えているのも、この結晶のおかげなのだろう。
しかしだとすると、迷宮の王は既にイーサンの体内を作り変えている事になる。これでは仮にイーサンをあの肉体に戻せたとしても、元のイーサンが生命を維持できるのかも怪しい。
今も踏み切れない俺ら『風の共縁者』を横目に、他の冒険者パーティ『黒鉄の鎧』『白刃の集い』の面々はイーサンに向けて敵意を露わにしている。カーラも蹴られた腹部を押さえながらも、再び剣を構え直している。アーサーは言わずもがなだ。
「ヴァイスさん達は私の後ろへ」
本来後衛職である魔法使いのケイシーは、俺らの前に位置取る。どこまでも真っ直ぐな眼差し。その中に微かに見える悲哀の思い。もう俺達も、覚悟を決める必要があると言うことだろう。
これまで魔物を討伐した経験はあるが、人間を手にかけた事は一度だってない。しかし今はその躊躇いが致命的になる。今この場でイーサンを殺さないと、殺されるのは俺達なんだ。
イーサンは痛みに顔を歪めたまま、呻き声をあげ膝をつく。その姿をアーサーは鼻で笑ってみせた。
「首を刎ねなかったのは、単に俺の気が済まなかったからだ。お前は、俺に生かされたんだ。感謝しろよ」
余程、迷宮の王の態度が気に食わなっかのか、アーサーはこれ見よがしに嘲笑の意を顕にする。地底湖のエリアで命を見逃されたこと。そして「警戒するに値しない人間」扱いされたのが余程悔しかったのだろう。
迷宮の王もここまで見下された経験はないのだろう。屈辱的だと言わんばかりに、イーサンは更に顔を歪めた。
「……ッあまりいい気になるなよ。たかが腕一本落とした程度で勝ちほこりおって」
「二本しかない腕の一本。致命的だろう? …………これ以上、時間稼ぎなどセコイ事をするな。さっさと迷宮中からかき集めた魔素を、その肉体に宿したらどうだ?」
アーサーの発言に耳を疑った。まさかと思い俺も迷宮内の魔素の流れに意識を向ける。
そして感じる違和感。確かにこの場の魔素濃度が明らかに濃くなっている。いや、それだけじゃない。イーサンを中心として、このフロアの端で魔素が濁流の様に渦巻いている。なぜこんな分かりやすい変化に気が付かなかったのか、と疑問に思う程だ
蜂の大群に俺らを襲わせていた時からか? イーサンの肉体を奪った後からか? 最早そんな疑問は些細な事。
問題なのは、この膨大な魔素を取り込まれても勝てる根拠がアーサーにあるのか、だ。いいや、そんなことを考えられる男だったなら、ここまで無謀な迷宮攻略など実行に移さなかっただろう。
イーサンもアーサーの発言に瞠目し、乾いた笑いを漏らした。
「ッ気がついていた上で、首を刎ねなかったとはな。全くッ、馬鹿な男だ」
「ここで全力の貴様を倒さなければ、貴様を殺したという猫より俺の方が弱いと言われている様な気がしてならなくてな。俺のプライドのために無様に死んでくれ」
イーサンへ剣を突き立てるアーサー。そのエゲツない威圧感から、俺らとの格の違いを改めて思い知らされる。アーサーも決して弱くはない。これだけのことを言えるだけの実力は持っているのだ。
しかし、冷静に考えて迷宮内の魔素を全てを吸収したS級の魔物擬〈ノンスター〉相手に通じるのか。俺らB級冒険者には、手を出すことも叶わない。俺らはただ見守る事しかできなかった。
イーサンは立ち上がり、アーサーからわずかに距離を取る。その顔には気味の悪い笑みが張り付けられていた。
「クククッ、無様を晒すのはお前だアーサー。俺の『魔毒装甲』を破るそのパワーは驚異的だが、言ってしまえばそれまでの事」
周囲に渦巻いていた魔素がイーサンへと流れ込む。暴風吹き荒ぶ荒野にでもいる様に、足を踏ん張らなければ吹き飛ばされそうになる。想像していたよりも莫大なチカラに、自然と身が震える。
俺もアーサーに言われ気がついていたつもりになっていた。でも、ここまでとは思わなかった。現にアーサーですら気圧され眉を顰めている。
全てが罠だったのだ。アーサーが「迷宮の魔素を集めている事に気がつく事」すら迷宮の王は見透かし、おそらく精神干渉系統の技能で、かき集めた魔素量を誤魔化していたのだろう。
「感じるか、この圧倒的な魔力をッ!! 迷宮の全ての魔素を取り込んだこの俺に勝てるモノなど、この世界に存在しないのだッ!」
「ッ――チィッ!!」
イーサンの左手にはいつの間にか、紫色の剣が握られていた。薄く光り輝くその剣は、右腕の傷を塞いでいる結晶と同じ物質の様に見える。おそらく奴が言っていた『魔毒装甲』によって作り上げたのだろう。
目で捉えるのがやっとな攻防が、俺らの眼前で繰り広げられる。剣が交わるたび、甲高い金属音が迷宮に響き渡る。手出ししようにも隙がない。何より俺らの力では、イーサンの肉体に傷すらつけられない。
アーサーは巨大な大剣をまるで短剣でも扱う様に、軽々しく振いイーサンからの猛攻を防ぎ続ける。本来であればその一撃一撃は、常人では受け止められないほどに強力なはずだが、イーサンは全くものともしていない。
逆に大きすぎる剣に小回りが効かず、アーサーの方が徐々に後方に下がっている。
「クククッ、どうしたA級冒険者ァッ! 片腕を失ったC級冒険者相手に押し負けているぞッ?!!」
イーサンは勢いよく剣を振り抜く。アーサーはその一撃を受け止めてみせたが、その衝撃で大きくノックバックする。一瞬体勢が崩れたものの、すぐに立て直し構え直した。
イーサンは間髪置かずに地を蹴り、一瞬にして間合いを詰め再び剣を乱雑に振い続けた。
「まるで木枝を振るう餓鬼のソレだなッ。手数だけで押し切れるほど俺は甘くはないッ!」
しかしその言葉とは裏腹に、アーサーはイーサンに剣を弾かれ仰け反ってしまった。これ見よがしにイーサンはアーサーはトドメを刺そうと、更に距離を詰めようとした。
しかしアーサーは仰け反りながら両手で剣を握り直すと、勢いよく剣を振るった。
技能『絶対切断』
弾かれた様に見せたのは隙をつくるためのブラフだったのか。この間合いならば確実に直撃する。案外呆気ない終わりだと。
――――しかし迷宮の王は、抜かりなかった。
アーサーの一撃は、振り切らることはなかった。
イーサンへ直撃するその直前、イーサンの「切断された右腕」から紫色の結晶が槍の様に伸び、アーサーの横っ腹を貫いたのだ。イーサンもアーサーの仰け反りがブラフだと気がついていたのだ。
アーサーは思わず膝をつき口から血反吐を吐く。その姿を、今度はイーサンが見下し嘲笑した。
「ククククッ、あの一撃を俺が警戒していないと思ったか!? マ ヌ ケ めェッ!! どうだ俺の魔毒の味はァ? 他の虫共とは一味違うだろう?」
アーサーは地に剣を立て立ち上がろうとするが、あまりにフラフラして意識も覚束無い様に見えた。その姿を煽る様に、イーサンはアーサーの顔を覗き見て更に口角を釣り上げた。
あのイーサンの握る剣も、そして傷を塞いでいる結晶も『魔毒』で出来ている。腹を貫かれただけでも致命的であるのに、更に格の違う魔毒を喰らわせられていたとしたら、もう勝負がついたも同然だ。
アーサーはギリギリと歯を食い締めている。
そんな姿を俺らは、側で見守っているだけだった。このままでは俺らも、イーサンの姿をしたバケモノに殺されるだけだ。
俺はここに来ていったい何をしているんだ?
この迷宮に立ち入って、初めは『日向の旅人』を守るだの息巻いておいて、結局何も出来ていないじゃないか。イーサンの肉体を奪った迷宮の王と対面した時だってそうだ。俺ら『風の共縁者』だけが、「イーサンを助ける手立てはないか」。そう思案して、本来後衛であるはずのケイシーに前に立ってもらってしまっている。
分かってるだろう。失った命はもう戻らない。起こった事実は覆らない。それなのに俺はいつまでも、「それでもなんとかなるんじゃないか」と淡い希望を持ち続けて、今も立ち止まってしまっている。今生きている者達の命を更に危険に晒す様な、そんな中途半端な態度を取り続けている。
そんなんでいいのか俺達は。頭で考えてばかりで、行動に移せない理由ばかりを探して。他の情のない奴らとは違うんだと、人間的には俺らの方が正しいんだと悦に浸ってるだけじゃないか。
目の前にいるイーサンは、もう俺の知る人間の冒険者イーサンじゃない。体内は『魔毒装甲』によって固められている。そもそもこれほど狡猾な迷宮の王が、イーサンの魂を生かしているはずがない。
イーサンはもう死んだ。
迷宮の王によって肉体を弄ばれ、生を侮辱され、そして更に、これから数多くの人間の命に手をかけようとしている。
起こった事は覆せなくとも、起ころうとしている事ならまだ間に合う。ウジウジしている暇なんてない。
俺は覚悟を決めて、周囲のメンバーに視線を送る。
俺と同じく狼狽えていた他の面々、フィリップ、カリスタ、スージーは俺の目を見ると、静かに頷いてみせた。
三人は俺の背中に手を当て、魔力を預ける。
「クククッ、もう終わりにしてやろうッ。ジワジワと毒で身を溶かしながら、技もクソもない餓鬼の剣で命を散らすんだなァッ!!」
そしてイーサンばトドメと言わんばかりに、右手で握る紫色の剣をアーサーの首めがけて振るう。
「ッ――――アーサーッ!! 構えろッ!」
間に合った。
俺は一気に駆け出して、イーサンの正面に位置どる。全然間合いからはかけ離れているし、向こうもアーサーのドドメを止める気はないらしい。
しかし、俺の中で一つ確信があった。奴の『魔毒装甲』の弱点。皮膚の下を装甲で固めているため、一見では「どこが装甲で守られているのか」は判別はできない。
しかし明確に「固められない部位」がある事は、百足の死骸や切断されたイーサンの腕を見てある程度推察が出来ていた。
「人を殺す覚悟もない臆病者に今更何ができるッ?! 死に晒せィィ!!」
「――『大風斬〈ブラストブレイド〉』ッ!!」
俺は皆から預かった魔力を剣に込めて、勢いよく風魔法を放つ。剣士カーラの使っていた心月流『一波』の様に、斬撃の衝撃波をイーサンへ向けて飛ばす。
奴の『魔毒装甲』の弱点、それは体の節を繋ぐ関節部。
そして――――
「――――ッぬぅグォッ!? グゥゥッ……! なんと姑息な真似をォォッッ……!! 」
俺の斬撃はイーサンの「眼球」に直撃する。
イーサンは痛みにもがき、右手に握る剣を落とし顔面を手で覆った。
技能『魔毒装甲』によって固められた部位は『薄紫色の結晶』となる。その装甲は並大抵の攻撃では傷一つつかないが、全身を固めてしまえば一切の身動きがとれなくなってしまう。
それでは今のイーサンの肉体は、どこまで『魔毒装甲』で固められているのか。肩や膝、肘などの関節部分については、迷宮の王の元の肉体――巨大な百足の死骸を見るに、固められない事には早々に気がついた。
しかし迷宮の王は狡猾な魔物擬〈ノンスター〉だ。そもそも体節部を裂かれ殺されたばかりの相手に、同じ手は通じないと思っていた。
イーサンは見るからに「呼吸をしていた」し、腕を裂かれた時「出血」もした。つまり心臓や肺は『魔毒装甲』によって固められてはいないし、血管も完全に塞いでいない。
つまり人間として生きるための「臓器」は固めていないのだ。
「骨」と、「一部の筋肉」――それこそ全身に血液を循環させるのに支障のない、生命活動に直結しない筋肉に魔毒を染み込ませ固めている可能性が高い様に思えた。
そこで目をつけたのが「眼球」だ。
イーサンの目は紫色に変化はしていなかった。俺は別に医学にはあまり精通はしていないが、たとえ回復魔法でも、完全に潰れた眼球を元に戻すのには相当な練度がいると言われている。
眼球はそれほど「複雑な作りをしている臓器」なのだ。
そんな眼球を『魔毒装甲』で覆ってしまって、正しく機能するものなのか。いいやしないだろう。
ただの思いつきではあったが、イーサンの視界は潰せた。人間の眼球をこの俺の手で切り裂いた。
しかし俺は日和らない。人間の肉体をした魔物に、これ以上好き勝手をさせるわけにはいかない。
イーサンは目から血を流し、大きな叫び声を上げた。
「馬鹿がッッッッ!! 目を潰した程度で吾輩を止めらるものかッ!! ここら一体を魔毒で吹き飛ばせばどうしようもなかろうよォッ!!!」
イーサンの肉体が紫色に発光し始める。とんでもない魔力だ。出来ればこの流れで関節部を裂き動きを封じてやりたかったが、これでは間に合わない。アーサーの傷も思っていたよりも深いのか。イーサンの射程範囲にはいるが、全く動けない様だった。
俺ができるのはここまでだ。これ以上の策は、ない。
万事、休すか。
「カハハハハハハッ! 今度こそこれでおしまいだァァッ!! 『強魔毒――――」
「――『絶対切断』」
そして奴が爆発するかというその寸前。
アーサーがイーサンの首を、大剣で刎ね飛ばした。
その瞬間イーサンから溢れ出す、毒に染まりかけの熱を帯びた膨大な魔力。足腰を踏ん張りなんとか堪える。中途半端な状態でこの威力なら、奴があの技能を発動させられていたらと思うと内心ゾッとする。
そして訪れる静寂。毒に染まった魔力に肉体が耐えきれない、と思ったが怪我の功名。大量に溢れ出した魔力をなんとか体内に取り込めた事や、これまで毒に染まった魔力を見に受け続けたためか、俺の肉体には『魔毒耐性』ができたらしい。
疲労感は一切なくならないが、漏れ出した魔力を吸収したおかげで肉体の状態もこれ以上ないぐらい整っている。
全てが終わった今になって、こんな力を手に入れても遅いというのに。
「…………無力でごめんな。せめて安らかに、眠ってくれ」
その声はもうイーサン達には届かない。俺の言葉は虚空に呑まれる。
そうして俺らの長い長い迷宮攻略は、終わりを迎えた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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