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79. 深層『蠱毒の支配』


 意識が朦朧とする中、俺は仲間の肩を借りて地底湖の先へと抜けた。魔毒に侵され足元がおぼつかない。視界も不明瞭で今一状況が掴めない。ただ俺達が地底湖を抜けるまで、暗殺魚共は俺達に攻撃を仕掛けて来ることはなかった。

 俺達を迷宮の奥へと誘うことは、迷宮の王の意思。奴等もそれに逆らう様な行動はしないのだろうし、逆に俺達が地上へと戻る意志を見せれば、この魚達は容赦なく俺らを仕留めに来ることだろう。

 


 俺達は地底湖の先の細い道を抜け、腰を下ろした。迷宮の王からの干渉のせいもあってか、未だに頭痛は治らない。吐き気も酷い。分かっていたことではあるが、既にB級冒険者が立ち入ってはいけない領域に立ち入ってしまっているんだと、激しく実感する。

 


「解毒の魔法は使ったけど、体調はどう?」


 

 腰を下ろし休んでいると、カリスタが上から俺を覗き込んだ。魔法で灯りを灯しているが、迷宮内の暗闇のせいもあって、彼女の顔色もあまり良く無い様に見える。B級冒険者パーティ『風の共縁者』のリーダーである俺がこんなになってしまって、全く申しわけが立たない。

 


「あぁ、幾分かはマシになった。助かったよ。他のみんなは?」



 カリスタは苦虫を噛みしめる様に眉を顰めた。

 その反応で犠牲者がいることを、なんとなく察せてしまう。確かに攻撃を受けた時、誰か湖へと落ちた音が聞こえた気がする。それが間違いじゃなければ、あんなS級のバケモノが潜む湖の中に飛び込んで助け出す、なんてことはできなかったことだろう。

 カリスタは悔やむ様に拳を握りながら、他の皆を見回した。

 


「無事、とは言い難いわね。的確に各メンバーの頭を狙ったみたいだけど…………『日向の旅人』の子がまた一人っ」


「…………そうか」



 カリスタの視線の先には、冒険者パーティ『日向の旅人』の二人。リーダーであるイーサンと、魔法使いのテトラ。『メンバーの頭を狙って』と言った事から恐らくあの瞬間、咄嗟にイーサンのを庇い撃ち抜かれたのだろう。


 イーサンは頭を抱えて沈み込んでいた。これまで数々の冒険をしてきた仲間を二人も失った悲しみは、底知れないだろう。テトラもただ彼に寄り添うことしかできない様だった。


 そしてその一方で『黒鉄の鎧』のエリオット。『白刃の集い』のルーファスも俺と同じく傷を負っている様だ。

 あの時、俺も初めの一撃目を防げたのはマグレだ。湖からの発射角が悪ければ、致命傷になる事だってあり得た。相手は単体でもS級相当の魔物擬〈ノンスター〉。もし、迷宮の王があそこで俺たちを本気で仕留めにきていたとしたら、確実に、誰も生き残りはしなかっただろう。


 そして今、そんなS級のバケモノよりも恐ろしい『迷宮の王』からの最奥へと誘われている。気分はさながら、処刑台へ向かう囚人と言ったところか。


 重苦しい空気が場を支配していた。それを裂いたのは、俺と同じパーティの剣士フィリップだ。


 

「オイ、アーサー。この先どうするよ。ここならあの魚の攻撃は届かない、はずだ。あの自称『迷宮の王』の言葉をそのまま受け取るなら、迷宮が死ぬのをここで耐え凌ぐのも手じゃないか?」



 フィリップの提案に、アーサーは取り合う気がない様に鼻で笑い返す。アーサーは迷宮の王からの接触の後から、目に見えて機嫌が悪い。迷宮の王から見下されたことが心底気に食わないらしい。今更そんなこと気にしている場合ではないだろうに。


 

「それを許す様な生優しい王であれば苦労はない。魔毒が癒え次第先へ進む。それでいいな?」


 

 アーサーはフィリップを睨みつけ言い放った。

 確かにこの場が本当に安置なのかは疑わしい。地底湖を抜けた先の、三階層目の入り口の前。あの暗殺魚をけしかけらたことから、ここだって戦場になりうるだろう。


 

「……クソッ。何が迷宮の王だ。この俺を養分としか思っていないあの態度ッ。必ず、この手で斬り殺してやる」


 

 歯軋りを立てて怒りを露わにするアーサー。相変わらず、こちらを気にかける様子はない。戻ってもダメ。止まってもダメ。先へ進むにしてもリーダーがこのザマだ。唯一のA級冒険者ではあるが、相手はS級は確実の魔物擬〈ノンスター〉。あまりに救いがなさすぎる現状に、俺は深く嘆息した。


 

「……ッどうしてッ……なんでッ……! 俺が、俺が死ぬべきだったのにッ……どうして、俺はまたぁッ……」


 

 アーサーに連れられ、ほとんど無理やりこの迷宮攻略に連れて来られた『日向の旅人』。そのリーダーであるイーサンは声を震わせただ絶望に打ちひしがれていた。魔毒が癒えても俺は、彼に何の慰めの言葉もかけられなかった。

 


    ***



 俺達は足取り重く下の階層へと進んだ。魔毒から回復したとは言え、体調は万全とは言い難い。

 この先には間違いなく、S級の化け物が待ち構えている。人間と意思疎通を出来る知能を持つ魔物擬〈ノンスター〉。迷宮が死んだことで弱体化でもしていれば、とも思うが流石に望み薄か。

 俺らが生かされたのはただの気まぐれだ。さっきの地底湖エリアで全滅させられたんだ。わざわざ弱体化している中で、自身の元へ呼び寄せる意味がなさすぎる。

 

 そして俺達はまた開けた空間へと出た。これまでの空間とは異なり、毒沼や入り組んだ道もない。視線を遮る石柱すらない、見通しの良い空間。何の特徴もない岩壁に囲まれた巨大な地下空洞だった。


 

 ただし一点。明らかに異常な点があるとするなら、このフロア中央にある『迷宮の王の残骸』ぐらいだろう。

 

 

「な、なんだよこれッ……し、死んでんのか?」


 

 眼前の現実に驚嘆するしかない。

 それは巨大な百足の死骸だった。百以上はあろう鋼鉄の様な鋭い脚。背に光る紫色の鉱石の様な外殻。そして、裂けた体節部から滴る体液。


 俺達は恐る恐るその巨大な死骸へと近づく。近づくに連れて、その異常なまでのデカさを実感する。

 それこそドラゴン数匹をまとめて締め殺せる程にはデカいだろう。こんな魔物がもし、地上で暴れたとしたら、一晩で国が壊滅する事が優に想像できる。



 そして何より恐ろしいのは、こんな魔物擬〈ノンスター〉を狩れるバケモノがついさっきまでこの場にいた現実だ。人外とは言え、こんな芸当ができるバケモノなんてかなり限られる。それこそ、人類にその名を轟かせる様な脅威的な魔物――「魔王」と関わりを持っている可能性が現実味を帯びる。

 それなら魔石を求めて迷宮を攻略した、と言う目的もはっきりする。


 皆、戦々恐々としつつ、このフロアの中央まで進む。やはり近くで見ると、まるで城でも前にした様な迫力がある。


 

「的確に急所を裂かれているわね。こんな相手にどうやって…………いえそれより。これ、確実に死んでる、わよね? え? それじゃあさっきのは何だったの? ここに誘い込むための罠だった、なんて事ない?」


 

 カーラは若干声を震わせ目を細めた。確かに、今に目にしている迷宮の王は既に死んでいる。それならさっき接触してきた『自称迷宮の王』は何者なのか。俺達が訪れる直前に生き絶えたとは考えづらい。迷宮の王を騙る何者かがいる、なんてことはあるのか。

 それこそ、この迷宮を攻略したバケモノの可能性だって――いやないか。だとしたらさっきの暗殺魚を操れる訳がない。

 


 皆がそれぞれ黙考し口を閉ざす中で、魔法使いのケイシーは顎に手を当てながらカーラの問いに応える。


 

「魔物擬〈ノンスター〉は迷宮内の魔素が尽きるまでは生成され続けるんです。例え魔石を失ったとしても、迷宮内にある程度の魔素が残留していれば、迷宮の主だろうが再生成されます。これほど大規模な迷宮ならば、それ程不自然なことではありませんが…………記憶まで残して再生成できる、というのはこれまでにない発見かもしれませんね。とても興味深いです」


 

 相変わらず彼女だけは、狼狽える様子を全く見せない。高度な探知魔法に加えて、迷宮に対する知見も深い。おそらく彼女が冒険者活動に身を入れていたなら、確実にA級には昇格出来るポテンシャルはあるのだろう。


 そしてそんな彼女とは裏腹に、苛立った様子を隠せない現A級冒険者のアーサーは、腕を組みながら舌打ちをした。

 


「あれだけデカい態度をとっておいて闇討ち狙いとはな。迷宮の王が聞いて呆れる」


 

 無駄に周囲へ威圧を撒き散らさないで欲しい。周囲の気配を読み取るのに、かなりのノイズになっている。まぁ事前に察知できていようが、S級のバケモノ相手ならどうしようもなさそうではあるが。

 


「みなさん。間違ってもあの百足に『ステータス』は使わないでくださいね。相手は再生成したばかりとは言え、S級の魔物擬〈ノンスター〉です。私達を確実にやれることを見越して、この場に誘い込んでいるのですから」

 


 相手の情報を見る『ステータス』だが、これは相手の精神に多少なりに干渉する魔法だ。精神に干渉する術を持つ迷宮の王に対し、『ステータス』を使ってしまうのは、つけ入る隙を見せるのと変わらない。俺と同じパーティである魔法使いのスージーが身構えながら皆へと警告を飛す。


 

 ――しかし、その時は突如として訪れた。


 俺達の頭上から微かに聞こえる虫の羽音。皆それを察知し上空に視線を移した。更に、魔法使いフローラ、カリスタ、スージー、ケイシーは天井へ向かって光源を飛ばす。


 それは一階層に生息していた、蜂の魔物擬〈ノンスター〉の大群だった。とは言え、一階層目に比べてその数も少ない。他に警戒する様な魔物擬〈ノンスター〉もいない様に思える。

 

 

「はっ! 何かと思えば一階層の蜂かよ! 今更こんな奴ら相手になるかッ!」


「数もそこそこ。こんなことするぐらいなら、さっきの地底湖で俺達を射抜いた方が早かったはず。どう言うつもりなんだ……?」


 

 意気揚々と剣を構える短剣士ヴィンセント。一方で懐疑心を隠せないながら構える剣士フィリップ。俺も何か裏があるとは思うが、この蜂も決して弱くはない。俺も皆と同様剣を構え迎えつ姿勢を整えた。



 空から無数に飛んでくる毒針。被弾すれば、また魔毒の苦しみを味わうことになるが、さっきの魚の攻撃に比べれば生温い。


 しかし心配なのは『日向の旅人』のイーサンだ。

 ここまで二人の仲間を失い、瞳から光が消えている。万全だったなら相手取れただろうが、今の心身状態だと危ういか。

 俺は同じパーティメンバーへ視線を送ると、皆一つ頷いてくれた。意図はしっかり伝わった様だ。



 俺はイーサンの元へと駆け寄り、更に前に出て剣を振う。二人は目を見開く。

 しかし、同様は一瞬だけだった。テトラは瞬時に俺へと身体強化の魔法をかけ、イーサンは俺のサポートする様に立ち回りへと変えた。



 そして結果的に、今度は誰の犠牲もなく無理の大群をいなした。特に体力の消耗もない。迷宮の王からの闇討ちにも意識を向けていたが、襲ってきたのは蜂の魔物擬〈ノンスター〉だけだった。


 

「…………終わった? ほ、ほんとに何だったんだ?」


 

 意気込んだものの拍子抜けだ、と言うのは俺だけではなかったらしい。エリオットは軽く頭をかきながら、討ち漏らしがないが天井を見上げていた。しかし、俺も探ったがやはり何もいない。ケイシーも何も言わないし、これ以上は何もなさそうだ。


 

「目的があんのかは分からんねぇが。俺らを馬鹿にしてんのは確かだろ」


「そうね、消耗狙いだとしても中途半端。いえ、逆に魔物擬〈ノンスター〉を倒したおかげで、消耗してた魔力は幾分かは補えたかもね」


 

 不完全燃焼と言わんばかりに、不満を漏らすサイモンにカーラ。確かに、今の襲撃で蜂の魔物擬〈ノンスター〉を狩った事で、消費していた魔力が多少なりに回復した様な気がする。

 ただ気になることがある。一階層目の蜂や蟻を狩っても、ここまで魔力は回復しなかったはずだ。特別さっきの蜂共が魔力を多く秘めていたのか。いや、だとしても、さっきの蜂にそこまでの手応えもなかった気がする。

 襲撃を抑えても、迷宮の王から何か接触があるわけでもない。俺達で遊んでいるだけ、にしてはおかしい。迷宮の残り少ない魔素を、さっきの蜂に割いたのだから何かしらの理由があるはずだ。



 一体何がしたい。何が目的なんだ。

 俺は周囲への警戒を保ちつつ逡巡していた。


 

 ――次の瞬間。


 

「ッ! 待ってください皆さんッ! 天井から巨大な蜘蛛がッ!!」


 

 ふと天井を見上げていたテトラが、悲鳴に近い声を上げた。警戒していたはずなのに全く気がつけなかった。それにケイシーの探知魔法にもかかっていないはず。

 俺も彼女の声に合わせて視線の先を見やった。


 

 しかし――

 


「ッ! もうっ、もう誰も失わせてたまるかよッ!!」


 

 イーサンは怒り混じりに俺の後方からテトラの元へと駆け寄る。咄嗟にイーサンの腕を掴み静止させようとしたが間に合わなかった。


 

「お、オイ待てイーサンッ!!」

 


 二人の仲間を失い、最後の仲間の危機に直面したイーサンには、俺の声など届かない。イーサンは剣を構え雄叫びを上げる。だがダメだ。止めないと。明らかにこれは罠だ。嫌な予感に冷や汗が頬を伝う。


 

 だって――

 


「蜘蛛なんてどこにもいないッ! 止まれッ!!!」



 

 そしてイーサンはテトラの元まで駆け寄ると――


 

 

「…………えっ?」


 


 ――その勢いのまま、その剣でテトラの心臓を背後から貫いた。



最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


【関連話】

・31. 攻略『蠱毒の地下迷宮』 最終階層①

・32. 攻略『蠱毒の地下迷宮』 最終階層②

・33. 決戦『化猫 vs 魔毒王百足』 その①

・34. 決戦『化猫 vs 魔毒王百足』 その②

・35. 決戦『化猫 vs 魔毒王百足』 その③

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