74. 攻略『牙を剥く廃迷宮』 その①
これまで冒険者として数多くの依頼〈クエスト〉を熟してきたが、こんなにも胸糞の悪い依頼〈クエスト〉は初めてだ。
俺達は今、『蠱毒の地下迷宮』の第一階層ボスフロアから更に下の階層と続く螺旋階段を降っていた。人工的な構造物ではなく、自然にできた階段のため頗る足場が悪い。油断すると滑り落ちてしまいそうだ。
更に、迷宮"攻略"を行うメンバー間に流れる空気も冷え切っていた。
『引き返すと言うなら止めはしない。但し、この先の迷宮攻略に於いて誰か命を落とした場合、お前らの事は『仲間を見捨て途中離脱した、信用の置けない冒険者』としてギルドへ報告させてもらう。今後まともな依頼〈クエスト〉は受けられなくなるだろうが、仲良しこよしの冒険がしたいだけならば丁度いいのかも知れないな』
あの時のアーサーの言葉に怒鳴り散らかさなかったのは、怒りよりも諦めが勝ってしまったからなのだろう。コイツに何を言っても無駄なんだと悟ってしまった。
冒険者にとって「信用」は生命線なのだ。冒険者になるための手続きなんて、そう難しいものじゃない。親の補償さえあれば、年端の行かない子供だって冒険者になれる。身元の保証さえできれば誰にだってなれる。それが冒険者という職だ。
そんな冒険者だからこそ、「信用」が得られなければ、それはただの一般人と変わらない。誰が悪い噂のたつ一般人に依頼〈クエスト〉を頼みたいと思うのか。実力さえ保証できればそれで良い、と言う依頼主もいなくはないのだが、そういう依頼〈クエスト〉の大半は冒険者の命を使い捨てすら思うような割に合わないものばかりだ。
A級の冒険者まで昇り詰めたアーサーという男から、「信用できない冒険者」の烙印を押される事は、冒険者活動の終わりを意味する。
「日向の旅人」もアーサーの本性をやっと理解したのか、奴の言葉にメンバーの皆顔を青くしていた。彼らも探索はここまでにすべきだと主張していたが、今後の活動を引き合いに出されては引かざる終えなくなっていた。かく言う俺達「風の共縁者」も、アーサーに逆らうことも出来ず結果、この迷宮攻略に付き合わされることとなったのだから情けない話だ。
そして何より、アーサーの言葉に嫌悪感を抱いたのは俺達だけではなかった。奥へ進むことへ賛成していた冒険者パーティ「黒鉄の鎧」「白刃の集い」の面々も一瞬、顔を顰めた。それも当たり前だ。アーサーは一概に「この先、この中の誰かが死ぬ可能性がある」事を示唆したのだ。勿論アーサーの態度から、自分達をフォローする気がないことも感じ取ったことだろう。
この先、二階層以降の情報は一切ない。二階層目に立ち入った者は、皆誰も生きて帰って来れなかったからだ。いくら迷宮の活動が大人しくなっていて、A級の実力者であるアーサーがついているとはいえあまりに準備不足が過ぎる。
そんな心配を抱きながらも、俺達は開けた空間へと足を踏み入れる。ピチャリという音が足元から伝わる。周囲に広がるのは巨大な沼地地帯。泥濘んだ地面に、毒々しく泡立つ紫色の水面。ジメジメとした嫌な空気。鼻を刺す様な刺激臭に思わず眉根が寄る。
「相も変わらず毒か、芸がない。足元には気をつけろ。魔法使いは毒の対処を怠るなよ」
アーサーは淡白に告げて黙って歩みを進める。相変わらずこちらを気にかける様子はない。このフロアに対して何も情報がないというのに、我が物顔で進める胆力は流石というべきか――協調性皆無というべきか。俺は内心嘆息しながらスージーとカリスタに視線をやる。スージーは少し困った様に苦笑いを浮かべ、カリスタは大きなため息をつくとすぐに解毒の範囲魔法を展開する。それを皮切りに、各パーティの魔法使いも同様の魔法を発動させ、効果範囲をさらに広げていく。これで毒に関する脅威は抑えられるはずだ。問題なのは、このフロアにどんな魔物擬〈ノンスター〉が潜んでいるのかだが、それは相対して見ないことには分からない。初見殺しな魔物擬〈ノンスター〉でないことを祈るしかない。
それから俺たちは順調に歩みを進めていた。一階層の道中と同様、魔物擬〈ノンスター〉に襲われることはなかった。気になることといえば、足元が泥濘んで少し歩きづらい程か。それにここまで気を張り続けていたおかげか、ジワジワと疲労感が押し寄せてきているぐらいだろう。
そんな中でふと、「日向の旅人」の魔法使いのテトラが控えめに手を挙げた。その顔色はあまり優れていない。
「あ、あのすみません。私、入口のところで休んでても良いでしょうか? ……何だかこの沼地に来てから、体が重くて…………」
彼女は背を少し曲げながら、オドオドと発言した。確かに、この迷宮探索から魔法使いへの負担が多いとは感じていた。一階層から灯を灯す魔法を常に発動させ、パーティメンバーへの身体強化の魔法だって常に維持させなければいけない。B級として活動してきた俺ですら疲労が垣間見えてきたのだ。彼女を責めることは誰もできなかった。
とは言え、もうそれなりに沼地地帯を進んでいる。ここから入口に引き返させる事は安全面で良しと出来ない。
それは皆も同意見の様で、「白刃の集い」のリーダーであるルーファスが彼女へと答えた。
「一人引き返すのは許容できないな。まだ何がいるのかもわからないんだ。少し我慢してくれ」
「未だ魔物擬〈ノンスター〉が襲っては来る予兆はありませんが、毒沼の中に何かが潜んでいるのは確かです。よろしければ私の魔力を少し分け与えましょうか? このフロアを歩き抜ける程であれば、問題ありませんから」
ルーファスのフォローに続いて、ケイシーが彼女の背中に手を添えて優しく微笑んだ。その微笑みに、さっきまで疲労に満ちていたテトラの顔が少しだけ晴れる。
「あ、ありがとうございます! 助かります!」
このフロアは一階層と比べるとあまり広くはない。現時点で既に、フロアの中心部近くまで到達している。この調子で行ければ、二階層のボスフロアまでは問題なく辿り着けそうだ――この調子で何事もなければ、だが。
そんな思案していると、同じパーティメンバーである魔剣士のフィリップが訝しげに呟いた。
「それにしてもこの毒沼フロア、魔素が乱れすぎじゃないか? 普通、地下迷宮の魔素は上層から下層に向かって流れるものだろ? なんでこんな渦巻いているんだ?」
その指摘に、俺も言われて初めて気がついた。確かに、この階層の魔素の流れは一階層目と比べると異様だった。このフロア全体でまるで濁流の様に魔素が渦巻いている。通常はフィリップの言う通り、魔素は下層に向けて流れていく。一回階層目の攻略は、その性質を利用して数多の道からボスフロアまでを導いたと言う。
しかしこのフロアにはその性質が感じ取れない。毒沼から発生している毒ガスに気を取られていて魔素の流れまで意識できていなかった。
「まぁ普通は、な。この迷宮はすでに攻略された可能性があるんだ。魔石が壊されたか持ち去られたかすりゃあ、流れも乱れるだろうよ。これまで迷宮なんぞ攻略したこともねぇから知らねぇが」
「黒鉄の鎧」のリーダー、エリオットが半ば投げやりに言い捨てる。一見無責任な返答に思えるが、実際迷宮の攻略なんてB級冒険者の領域じゃない。迷宮なんて基本、浅層で湧く魔物擬〈ノンスター〉を狩り続け素材を調達。小規模な迷宮であればそれだけで魔石の魔力がつきて攻略完了。こんな正面から迷宮攻略するなんてやり方、まともじゃないのだ。今更ながらそんなまともじゃないことに付き合わされている状況に頭が痛くなる。
それからまた少し歩みを進めていると、B級ソロ冒険者であるカーラの足が止まる。
「…………魔毒の対処はしているはず、よね? 何かしらこの違和感は。手に力が入りづらい……? 既に何かしらの攻撃を受けている……?」
彼女は掌を開閉させながら訝しげに呟く。俺としては、ただの疲労として片付けられる程度の違和感なのだが。彼女の剣の師は元勇者パーティ所属、「剣聖」と謳われるグリフォードだ。彼女自身の性格には多少の"癖"はあるものの、その実力はA級相当と称して違いない。そんな彼女が「力が入りづらい」というならそれは単なる疲労ではないということだろう。
俺はスージーとカリスタに視線をやる。二人とも俺の視線の意図に気がつくとお互いに顔を見合わせた。
「念の為、魔毒以外の毒もケアもしているはずだけれど確かに、いつもより魔力消費が多い気もするわね……魔素の乱れが魔法の効力にも影響しているのかしら? だとしたらあまり長居はしたくないわね」
カリスタはそう言いながらも、何か納得していない様子で考え込んだ。スージーは難しい顔をしたまま何も言わない。これまで大気中の魔素の乱れが魔法に作用するなんて聞いたことがない。魔法は基本的に、自身の魔力で完結している。転移魔法〈テレポート〉系統の空間に作用するような魔法ならばともかく、解毒効果の魔法が薄まるとは考えづらく思えた。
しかし、それ以外に原因が見出せないのも確か。もしかすると何かを見落としている可能性もなくはないが、現段階ではまだ何にも襲われてはいない。攻略された可能性があるのならさっさとこの沼地地帯を抜けてしまうのが賢明だろう。
しかし、その判断は半分誤っていたことに俺たちは分からされることとなる。
カーラの発言から少しして、エリオットが眉間に皺を寄せて乱暴に頭を掻く。
「オイ。本当に解毒の魔法はかけたんだよな? これ、効力切れてんじゃねぇか?」
その視線はエリオットの近くで魔法を維持していた「白刃の集い」の魔法使いフローラに向けられていた。彼女は自身の魔法にケチを付けられたことに、少し苛立ったように、彼を睨みつけた。
「そんなはずないわよ! この先ももう長くないんだから、文句は後にしてくれない?」
「んじゃこの倦怠感は何だってんだよ……ックソ気分悪りぃな」
エリオットは彼女からの返答に舌打ちを返して、機嫌悪くそっぽむいた。それを側で見ていたアーサーが少し奥でやっと足を止めて振り返った。その表情はいつもよりも険しいように見える。
「…………なるほど。活動が弱まっていてこれほどとはな。B級冒険者が数いても帰還すら出来ないわけだ」
何かを納得したようにアーサーは呟くと、腰に携えていた剣に手を添えた。俺らに敵対した、とは思わない。奴は性格が悪いだけで人類の敵ではない。俺も――いや他の皆もその仕草に周囲への警戒を強める。
「絡繰は分からんが、おそらく魔法や技能の効果を弱める『何か』がこの毒沼フロアに存在している。不調の原因は解毒魔法が薄まったことによる作用だろう――ここからが迷宮攻略の本番だ。来るぞ」
アーサーは大剣を腰から引き抜き構えを取る。それだけのことで一瞬にして空気を変えた。腐ってもソロA級は伊達ではないらしい。
ヒリつくような空気に俺とフィリップも剣を構え、スージーとカリスタの近くに位置取る。魔法の効力の薄まりがどの程度なのか分からないが、このフロアでは魔法使いはまともに戦えないと思っていた方が良いいだろう。
敵の姿は今も見えない。情報も何もない。
俺は頬に汗を伝わせながら剣を構える。
そして間も無くして、攻略されたはずの迷宮は俺達に牙を剥き始める。
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・27. 攻略『蠱毒の地下迷宮』 第二階層①




