71. 化猫村の人の家
僕はティナの手を引いて、出来立てホヤホヤの新築へと足を踏み入れた。扉を勢いよく開けると、新築特有の木の匂いが僕の鼻腔を擽った。野生で馴染み深いはずのその匂いは、達成感も相まってかいつもよりも心地よく感じられた――と言っても、僕がしたことはアイディア出しと工程設計だけで、実作業は任せっきりになってしまったんだけど。
部屋の構成は至ってシンプル。玄関から居間を直結させている1LDKの一軒家。居間はおおよそ十五畳程の広さ。部屋の中央には人間が四人食卓を囲えるほどの木製テーブルと、木製の椅子が二つ。木のささくれで怪我をしない様に、僕が技能『甲化』と『変化』を使って、掌をヤスリ状にして丁寧に磨き上げている。
そして森に生息している魔物『尖爪烏〈クローレイブン〉』の羽毛を使ったクッションも椅子の座面に敷いている。クッションカバーについては元々、猪皮でも使おうかと思っていたけど、豹柄のお兄さんが人間の町から仕入れていた布素材を提供してくれたおかげもあって、市販品と何ら変わりない出来だ。
キッチンと暖炉周りに関しては流石に木製で仕上げるわけにもいかず、そこだけはレンガや粘土を使っている。もちろん、煙対策の換気口や窓とかも配置してある。
ただやっぱり火事とかは怖いから、火を使う時は一声かける約束は必要かもしれない。
それと、食器棚や調理棚も併せて作って置いてある。そこには既に、木製のスプーンやフォークやお皿。コップなんかも生活に困らないぐらいには作った。ティナが料理をするかどうかは分からないにしろ、あって困る物ではないからね。
因みに各部屋の扉には、猫が出入りするための正方形の通り穴は開けてある。もちろん、プライバシーやセキュリティの観点から、内側から鍵がかけられる設計にしてあるから、開けっ放しにするかどうかはティナ次第だ。
ティナは僕に手を引かれながらも辺りを見回すと、感嘆の息を吐いていた。
「ほ、本当にすごいね。ちゃんと人の家だ……これ、レイが考えてくれたんだよね?」
「うん。実際に物にしてくれたのは村の仲間とゴブリンだけど、部屋と家具の配置は僕考案だね! 完全に感覚任せだったんだけど、気に入ってくれたら嬉しいな」
目を丸くしたティナに、胸を張って応えてみせる僕。確かに、野生育ちの猫が人間の家を作ったのだから驚くのも至極当たり前だ。
だからこそ、僕は勢いで誤魔化す。流石に僕が元人間だと、明かす勇気は持ち合わせてない。僕のスタンスとしては、自信満々に万能能力「上感覚」で何とかなったと言い張る他ないのだ。
「色々案内したいからさ! ちょっとついて来てよ! まずはティナの部屋からね!」
僕はティナの手を握ったまま、居間から繋がっているティナの部屋にも案内する。と言っても、まだタンスとベットしかない、これまた簡素な部屋だ。
まず、ゆったり過ごすためのセミダブルサイズのベット。ベットフレームも自作している。布団や枕も『尖爪烏〈クローレイブン〉』の羽毛で仕立て上げた。フワフワな出来に僕も満足だ。
ただ寝具周りを作るのにも、布をかなり消耗してしまった。豹柄のお兄さんは気にするなと言ってくれたけど、ブランケットまでもらってしまって感謝しかない。
豹柄のお兄さんには、お返しを考えておかないといけない。
それから僕は一通りティナに説明を済ませて、居間で一息ついた。
「どう、かな? 家具の配置とか気になるなら直すけど……」
自作の椅子に腰を落ち着けて、僕は恐る恐るティナに視線をやる。僕が持ってる知識は別世界の人の家の知識だ。この世界の人間の生活なんて、見たことはないのだ。だから何か不足してるとか、致命的な欠陥があるとも限らない。
そう少し低姿勢に構える僕に対して、ティナはブンブンと首を振った。
「全然そんなのないよ! ベットもあって、お布団もあって、机も椅子も。それに、キッチン周りもちゃんとしててビックリしたよ」
キッチンへと視線を向けるティナ。確かにこの家を作るにあたって一番気を遣ったのはキッチン周りなのだ。それを分かってくれて、何だか少し嬉しい。
僕は多少のドヤ顔を抑えつつ、冷静に語ってみせる。それにティナの表情も柔らかくなっていた。
「うん、火の扱いもあるからね。色々と考えたんだよー。流石に木製じゃマズイし、この村で火を扱うことってあんまりないからね。考えるのにも神経使ったよー。でも、火傷には注意だよ。火を扱う時は僕か大人の誰かには、声をかけてね」
「ありがとう、レイ。この村の猫達の安全のためにも、約束はちやんと守るよ――そうだ。今度、豹柄さんが食べ物とかくれたら、私が何か作ってあげるね」
ティナの言葉に思わず、ガタリと腰を上げてしまう。それにティナは肩をビクッと震わせたけど、クスリと笑ってくれた。まるで小さな子を見守る親の様なその視線に、何だか僕も少し恥ずかしさを覚えて少し顔が熱くなる。
「い、いいの!? ティナの手作り料理!」
「うん。あんまり、ちゃんとしたものは作れないかもしれないけど。でも、レイが美味しいって思えるものが作れるように、私頑張るよ」
ティナは変わらず、優しい微笑みを浮かべくれていた。本当にティナは良い子だと思う。賢くもあるし気遣いもできる。
確かにティナの持つ能力「魔導者」は、この世界の均衡を崩しかねないほどの代物だ。でもそんな能力が霞んで見えるほど、ティナは一人の人間として魅力的だと思う。これまでティナは、「家族以外には能力しか見られず、私自身のことなんて誰も見てくれなかった」と言っていたけど。本当にそうだとしたら心底、ティナの周りにいた人間は見る目がないまで思ってしまう。
僕が内心で少しヤキモキしていると、ティナはキッチンを見回して、少し声を漏らした。
「ねぇレイ、あの桶は何に使うの?」
ティナはキッチンの少し奥に置いてある木製の桶を指を刺した。確かに、細かな物の使い方については説明は省いていた。
「あー、うん! それはね。食べ終わった後の食器とか、水に浸すためにつくったんだ。後、濡れタオルで体を拭く時にあったら便利かなって、ストックも置いておいたんだ…………できれば浴槽とか作ってあげたかったんだけど、排水の問題はどうにもならなくて。そもそも素材とかもなくて…………」
そう気落ちする僕に、ゆったりとティナ首を振った。
「うんん、その気持ちだけで十分だよ。それに体を清めるなら「清浄化〈クリーン〉」っていう魔法もあるから大丈夫。私のために、色々ありがとね」
確かに数日間野外にいるのに、ティナの白銀色の長髪はいつも綺麗だった。それに土汚れも、他の猫の匂いもあまり残らないなぁ、と内心思っていたけど。魔法で何とかしていたことに内心密かに納得した。
「そんな感謝されるほどのことはしなてないよ。安心できる居場所は、誰にだってあるべきだしさ。僕は自分のやりたい事、やるべき事をやっただけだよ」
僕の言葉に、ティナは少し目を潤ませる。
「レイは本当に、優しい猫なんだねっ。それなら私も、私の好きな猫が幸せに過ごせる様に、精一杯頑張るよ」
声を少し震わせながらも、強い意志のこもった視線をティナ僕へと向けた。数日前会った頃のティナは、この世界に絶望して生きることを諦めていた。そんな彼女がそう語ってくれてることに、僕も胸が熱くなる。それに、ティナが僕のことを好きな猫と言ってくれてることも素直に嬉しい。
「お互いに、無理はしない程度でね。それと、何か気になることがあったら遠慮なく僕を頼ってよ。僕がどうにも出来なくても、ここには頼れる仲間達があんなにもいるんだからね」
ティナにはこれまで、両親と愛猫しか味方がいなかったんだと思う。それが帝国兵による馬車襲撃の一件で両親を失い、自分の居場所すらも失ってしまった。
でも、今この化け猫の村には、ティナの家を作るために動いてくれる猫達がいる。この村の外には――素直に信用していいのかは微妙だけど――ゴブリン達もいる。
僕はきっと、彼女の両親の代わりにはならない。でも、僕のことを一匹の愛猫と思ってくれたら嬉しいなって、心から思う。
「うん。レイも、それにみんなも。頼りにしてるよ」
ティナのその言葉はさっきよりも震えていた。
でもそれと同時に。その言葉が今日一番で、力強い意志が込められていた。
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