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70. 自分の好きな居場所


『だいたいこんなところか。耐久も申し分ないだろう』


 黒のお兄さんは完成したばかりの木造家屋の屋根上を一頻ひとしきり歩き回り、身軽に僕の目の前へと降りた。

 

 黒のお兄さん――この村で族長の次に地位の高い戦士長をしている化猫だ。鋭い耀きを見せる金色の瞳に、黒一色のゴツゴツとした逞しい肉体。その姿は猫というよりも黒豹と言える。

 僕やお父さんや族長様と同じく、「能力」持ちの化猫。そして、この化猫の村でも蔓延はびこっていた「黒猫は不吉の象徴」とか言う、一切何の根拠もないふざけた戯言を、その圧倒的なフィジカルとカリスマ性だけで払拭した功労者でもある。

 その質実剛健な佇まいは、正に「戦士長」と呼ばれるに相応しい。


 ティナの家も完成して浮かれ気分な僕。それとは裏腹に、僕の少し後方で分かりやすく視線を逸らす豹柄のお兄さん。

 無理もない。だって話を聞く限り、黒のお兄さんの許諾を取らずに人間の家を建てる手伝いをして、あまつさえ、大勢のゴブリンを村に招き入れてしまったのだから。


 

 因みに、この木造一軒家が完成したのは、僕が合流してから一時間経たずの事。まさか陽も暮れない内に――黒のお兄さんが帰ってこない内に、全て片付くなんて流石の僕も予想外だった。

 確かに昨晩の内に、家の間取りから家具の設計図、組立イメージまで図示していた。そのため残っていた作業は、描き上げた図面通りに組み立ててるだけではあった。尤も、その"だけ"が、どれ程労力を費やすものなのか。更に異種族が混ざる中で、何も問題も起こさず作業が終わった事を考えると、驚嘆するばっかりだ。


 さて、それじゃあ何故、ゴブリン達を村に招き入れたことが黒のお兄さんバレてしまっているのか。お兄さんが帰ってくる前にゴブリン達には帰ってもらっていたから、お兄さんはこの村で彼らと対面はしていない。けれど、痕跡というのはどうしても残ってしまうものだ。



 猫の嗅覚は、人間の数千倍と言われている。ゴブリンがこの村で、汗水垂らして働いていたニオイなんて誤魔化せるはずもなかった。

 実際、森から帰って来た黒のお兄さんを、黒一と二匹で出迎えた時には尻尾を立ててくれた。でもそれも一瞬だけ。次の瞬間には、村に残るゴブリンの臭いに気がついて眉根を寄せていた。


 でも流石は戦士長。お兄さんは決して冷静さは崩さずに、僕達の話を最後まで黙って聞いてくれた。

 

 そしてお兄さんは一通り話を聞き終えると、胡乱な目を僕達に向けた。ゴブリン達が真面目に、化猫のために尽くしてくれた。そしてそんな状況を、ゴブリンの事件の一番の被害者である黒一が容認していることが、何より受け入れ難いみたいだった。


 けれど、黒のお兄さんは僕達が嘘をつく様な猫じゃないことをよく知ってくれている。お兄さんは一先ず、僕には『建てた家を見せて欲しい』と溜息混じりに言った一方で、息子である黒一に対しては『弟達の面倒を見てやれ』と言い放った。

 黒一は父親からの命に少し不満げな顔をしながらも、自分の父親の様子からもう心配いらないことを悟ったのか、黙って去って行ってしまった。



 それから僕は豹柄のお兄さんとティナ、そして灰柄のお兄さんもティナの家へと連れて来て、そして今に至ると言うわけだ。



 黒のお兄さんは完成した木造家屋を改めて見ると、呆れるわけでもなく、ただ感心する様に僕に視線を向けてくれていた。僕は少しの気まずさを覚えつつ、ゆっくりと瞬きをして応える。猫のゆっくり瞬きは、信用と信頼の証だ。

 


『なんかすみません、勝手に進めてしまって……』

 

『何、村に建造物を増やすんだ。関わらんわけにもいかん……――それよりも豹柄。俺の言いたいこと、分かってるな?』



 黒のお兄さんに気圧され、尻尾が垂れ下がる豹柄のお兄さん。心当たりしかない、と言うのはその萎縮した表情を見れば明らかだ。とはいえティナの家の建築の件は、僕が思いつきで始めてしまった事だから、内心僕もヒヤヒヤだ。



『い、いやぁー、すまねぇ兄貴。一応族長様には了解は得ていたんっすがぁー………っスゥ――…………ゴブリン共巻き込むなら、兄貴戻って来た後が良かったっすよねぇ……』


『当たり前だろう。俺の知らん所でゴブリン共を動かして、問題が起きたらどうしたつもりだ。フットワークの軽さはお前の強みではあるが、人間の子供も居たんだぞ。事を急ぐ必要もなかっただろう』


『……いやぁ全く持って、その通りっすわ』



 豹柄のお兄さんは黒のお兄さんからのお説教に終始、身を縮こめてしまっていた。けれど黒のお兄さんはそれ以上詰める気もない様で、軽く息をついて肩を竦めた。

 そして黒のお兄さんのその鋭い視線は、何故だか僕へと流れてきた。



『――それに、茶の息子もだ。相談事があるなら豹柄ではなく、まず俺にして欲しかったな』



 珍しく拗ねた様に黒のお兄さんは口篭った。こう言う言動を見ると、いつも逞しくて頼りになるお兄さんも猫なんだって、内心で和でしまう。


 そう僕が和んでいるとも梅雨知らず、さっと僕の横に位置取る灰柄のお兄さん。その顔は何故だかやれやれ顔だ。



『あまり嫉妬事を言ってやるな。レイ、何かあったならまず俺に言え。俺なら豹柄の奴よりも慎重に動ける』

 

『あー、はははー……そうですよね。今度大きいことやる時は、黒のお兄さんと豹柄のお兄さんと灰柄のお兄さんの三匹に相談しようと思います』



 そうやって何とか調和を保ってみせる僕だけど、ふと僕はある事に気がつく。



『それであの、すみませんお父さんは……?』



 黒のお兄さんが森から帰って来たというのに、僕のお父さんの姿が未だ見えなかった。お父さんは黒のお兄さんと行動を共にすることが多い。黒のお兄さんが帰って来たと言うのに、お父さんの姿が見えないのには、少し違和感があった。


 それにティナと出会うきっかけとなった、帝国兵による馬車襲撃の件を考えても、嫌な想像はどうしてしもしてしまう。

 そんな尻尾を垂れ下げる僕の様子を気にかけてか、黒のお兄さんは柔らかな視線を僕へと向けた。



『お前の父親なら心配しなくても大丈夫だ。今、帝国周辺の様子を『隠密』で探らせてるんだ。お前の見立て通り、馬車襲撃があったにも関わらず、大きな騒ぎにはなっていないそうだ。何か動きがあればその内連絡があるだろう。今度連絡が入った時は、お前のことも呼んでやる』


『っありがとうございます! そっか。ひとまずは、よかったです』



 完全に安心できる状況ではないにしろ、お兄さんの気遣いに少しだけ心のモヤモヤは取れた気がした。そう胸を撫で下ろした僕だけど、ふとティナが呼吸を整えている事に気がついた。

 ティナは大人しい様に見えて、その実は年齢不相応に賢くてしっかりした子だ。僕はティナに視線を向けてゆっくりと瞬きをする。

 ティナは僕のその仕草に気がつくと、優しく微笑んだ。


 そして一歩、ティナはお兄さん達三匹の前に踏み出した。



『あ、あの! 今回は私のために力を貸していただいて、ありがとうございます! 種族も違くて、自分勝手なことばかりしちゃったし、これからも迷惑かけちゃうと思います、けど…………あの、私にできることがあったら、何でも言ってください!』



 深く頭を下げて言い切ったティナ。それに僕は親心にも似た、温かな気持ちで心がいっぱいになった。それはお兄さん達の三匹も同じ様で、ティナに敬意を払うように三匹でゆっくりと瞬きを返していた。



『いいって事よ。俺らが好きで手伝ったんだ。そんより家の中がどうなってんのか見てやんな。まだ家の中には入ってねぇんだろ? レイ渾身の出来だぞ?』


『うん! 楽しみです! …………うん』



 けれど、豹柄のお兄さんの言葉に少し突っかかりを覚えたのか、ティナは顔を俯けてしまった。ティナはとても責任感が強い子だ。それにとても義理堅い子でもあるとも思ってる。きっと今思うことがあっても、「こんなに尽くしされたんだからこれ以上は烏滸おこがましいんだ」って、抱え込んでしまう事は容易に想像できた。


 だからこそ、僕は前に踏み出る。ティナが勇気を出して僕の手助けをしてくれた様に、僕もティナに返してあげなきゃいけない。



『ティナ、大丈夫だよ。ティナはまだ子供なんだから。気になることがあるなら僕が――』

『うんん! そうじゃない…………ただ、これからレイと、一緒に寝れなくなっちゃうのかなって思って……』



 恥ずかしそうに視線を逸らすティナに、思わず心臓が高鳴ってしまう。でも今の僕は猫だ。僕へ抱く想いも一匹の猫に対してのもので、決して異性として意識してるわけじゃないんだ。そこは間違っても、履き違えてはいけない。

 そして傍で見ているお兄さん達は、微笑ましく僕達を見守ってくれていた。僕は心を落ち着かせるため、深呼吸した後、ティナに向き合う。



『だいじょーぶ。寂しかったら一緒に寝ていいんだよ。ティナの居場所は、ティナが選んでいいんだからね』



 僕の意思に、目に涙を溜めて破顔一笑するティナ。



『――っうん! ありがとう、レイ……!』



 彼女の心からの笑顔は、太陽の様に眩しかった。僕は思わずその潤んだ翡翠色の瞳に、魅入られてしまった。

 これまで僕はティナの容姿の良さにはできる限り、目を瞑って接して来たつもりだ。何より、ティナを助けた理由が「容姿が良かったから」なんて、思いたくもなかったから。


 でも、こんなの反則だ。僕が能力「上感覚」を持っていようが、元人間としての記憶を持っていなくてもきっと、僕はこの気持ちを抱いた事だろう。


 

 ――この子をもっと、笑顔にさせてあげたい

 


『さて。何はともあれ一件落着の様だ。邪魔者はお暇させてもらうとするか。茶の息子――いや、レイ。ティナのことは任せていいな?』


 ポーっと惚ける僕を見かねたのか、黒のお兄さんは優しく僕へとそんな意思を飛ばした。僕は現実に引き戻されて、思わず体がビクッと震える。



『は、はい! 黒のお兄さん。改めて、ティナのこと受け入れてくれてありがとうございます!』


『礼を言われる程の事ではない。俺は俺の判断でティナを受け入れ、そしてティナは村の皆から信頼を獲得してみせた。それだけのことだ』



 自分のこと様に誇らしく語る黒のお兄さん。お兄さんも今日あった出来事を聞いて、ティナに対しては一種の尊敬の念を覚えているみたいだ。


 そしてお兄さん達は、僕たちに背を向けて去って行く。けれど黒のお兄さんは何かを思い出した様に、軽く振り返った。



『――あぁすまん。一つ、お前達に伝言がある。族長様からだ』


『え? 族長様からですか?』



 思わぬ人物、ならぬ猫物からの呼び出しに、素っ頓狂は意思を返してしまった。黒のお兄さんはコクリと頷いた。



『あぁ。その娘の事含めて、ゆっくり話がしたいそうだ。族長の住処は分かるだろう? 時間がある時にでも出向くといい』


『は、はい。落ち着いたら、お話に伺ってみます』



 そう応えてみせたけど、実は族長様と顔を合わせて話した事は、数えるほどしかない。それも顔を合わせるとしても、いつも隣にはお父さんにいた。今の状況を考えると、ティナと二人で出向く事になるだろう。

 族長様は悪い猫じゃないし、威圧感もない猫である事は知っている。でも、化猫の重鎮との顔合わせと考えると、何だか気落ちしてしまう。

 ティナも族長様という言葉に僕に不安そうな視線を向けた。



『そう構えるな。族長様とは言え、ただ気の良い老い猫だ。ティナも相手は人間ではなく化猫なんだ。そんな怯えなくても大丈夫だ。すまんが俺も出る。次何かあったらば、まずは俺に、言うんだぞ?』



 そうしてお兄さん達は立ち去って行ってしまった。残されたのは僕とティナだけ。

 僕は気を取り直して、技能『変化』によっていつもの獣人の姿に化けてティナと肩を並べた。


「……よーしっ! それじゃあティナ! 中、入ってみて! 家具から間取りまで色々とこだわったんだ! これまで通りの生活、まではいかないだろうけど。せめて人らしい生活は保証するよ」


「ありがとうレイ。うん。色々見せてくれると嬉しいな」


「うんそれじゃあ行こ!」



 そして僕はティナの手を握って、昨日今日で出来上がった、その家の扉を開いたのだった。



最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!

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