7. 回想『大蛇 vs 猫』
森の中を全速力で駆ける。
青々と茂った草木を避けながら小さな身体で風を切っていく。足元も視界も悪いけれど、そんなものは全く気にはならない。猫としての反射神経と機動力は偉大なものだと心底実感する。
今は狩りの真っ最中。対峙するは全長ニ十メートルはあろうアナコンダのような蛇の魔物。それに立ち向かうは体長ニメートル、高さ一メートル程の猫科の仲間四匹。内一匹は僕のお父さん。そして後は灰色のサバトラ柄、豹柄、全身黒色の猫の三匹だ。かく言う僕はといえば、大蛇と仲間達を中心に旋回し全体の様子を伺っていた。
遠目で見てもその体格差は軽く十倍近くある。もしここが僕の知る世界であれば、どちらが捕食者であるかは明白なものだけど。ここは普通の世界でもなければ、僕達もただの猫科の動物じゃない。
今のところ状況はこちらが優勢だ。大蛇の体には無数の生々しい傷がつき、黒光りする鱗が一部禿げている。一方僕たちは今のところ無傷。まぁ一度でも攻撃を受けてしまえば、ひとたまりもないのだから油断できる状況ではない。
草木に視界を遮られながら僕は大蛇の動向を観察し続ける。今や野生として順応した僕の感性は微かな変化も見逃すことはない。
『――ッ! お父さんにターゲット向くよ気をつけて! 灰柄のお兄さんは尻尾に注意! 黒のお兄さんと豹柄のお兄さんは隠密で気配薄くして下がって!』
筋肉の動き。視線、反応から大蛇が動き出す予兆を感知しお父さん達に伝達する。みんなは僕の意思に軽く尻尾を揺らし応えた。
『おうよ! 相変わらず頼りになる! 黒の兄貴! 豹柄! 灰柄! 俺が動きを止める! 畳み掛けるぞ!』
お父さんは意気揚々と大蛇に対し正面に位置取る。やはりその体格差は一見無謀のようにも見えるけれど、こんな蛇なんて敵じゃないってことは息子の僕が一番よくわかってる。
一方灰柄のお兄さんはすぐさま後ろへステップを踏む。その直後大蛇は尻尾を薙ぎ払うが虚しく空を切った。
灰柄のお兄さんの俊敏性なら尻尾見てから回避余裕だったかな?いや、僕の役割は危険があれば伝える事だ。そんな曖昧な判断で怪我をさてしまっては元の子もない。
大蛇は黒のお兄さんから視線を外し、お父さんへと向き返った。自らの確殺射程範囲内に踏み入れた餌を逃すことはない。蛇はゆっくりと大きく頭を後ろへ引く。
そして瞬時に、お父さんへ牙を剥き出しに突撃した。
お父さんすらも丸呑みできてしまうほどの大きな口。猫に負けず劣らずの俊敏性。並の生き物であれば、なす術もなく丸呑みにされてしまうことだろう。
当然今になってもお父さんに対してそんな心配は一切ない。
大蛇はお父さんへ接触することすらできなかった。
その寸前、空中で蛇の身体は静止した。
まるで「見えない壁に衝突したかのように」阻まれ、その勢いは完全に失われた。開いていた大口は百八十度までかっぴらき、ある一定距離を境にまるで絡まったイヤホンのように蛇の身体は空中で螺旋を描いた。
相変わらずすごい「能力」だ。僕も最初見た時は理解を諦めたものだ。今見ても理屈は理解はできてないけど。
当然、狩りに慣れた獣達はこの隙を見逃すことはない。
灰柄のお兄さんは爪を剥き出しに、持ち前のスピードを活かして蛇の身体を縦横無尽に切り刻む。豹柄のお兄さんは前足につけていたベルトから野球ボール程の球体を大蛇の口の中に蹴り落とした。瞬間、白いモヤのようなものが漂い周囲に冷気が発生する。豹柄のお兄さんが人間の街で手に入れたという『狩道具』。衝撃を与えると極低温を瞬間発生させるという謎の球。
その原理は…………よく分からない!
口を大きく開けたまま大蛇の顔が固まる。口を閉じることすらできず、冷気が体内にまで侵食しているようだ。
後は決定打だけ。
いつもなら黒のお兄さんがやってくれるんだけど……
黒のお兄さんは僕の顔を見て顔をクイッと蛇へ向けた。その視線や仕草で意味は伝わる。『トドメはお前がやってやれ』とのことだ。
『齢二歳の子猫にはかなり重圧なんだけどなぁ。期待されてるなら全力で応えるけどね!』
僕は大蛇へ方向転換し『空中を駆けながら』距離をつめる。顔面が冷気で固まり切った蛇は僕を認識すらできていないようだ。
前足に力を込め『爪を尖らせて身体を硬化』させる。「感覚を研ぎ澄ませて」攻撃にも備える。もちろん認識できないものに反撃なんてできるわけもないけれど、トドメこそ一番慎重になるべき時。確実にやる。
『僕は猫としてまったりスローライフを送れればそれでよかったんだけどなぁ。まぁこれはこれでいっか!』
そして僕は開ききった口から脳天を抉り切り裂いた。
さて、なぜ僕がこんなことをしているのか。
それは一年前、とある事に気がついたことから始まる。
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