69. みんな勢揃いでした その②
黒一も立ち去り、一匹になってしまった僕は頭を悩ませていた。これからどうしたものか。黒一の弟達を探して顔を見せるのも悪くは無いかもしれないけど、やっぱりその前に、今のこの状況ついて問いただしておくのが先だろうか。
そう思い直して僕は、豹柄のお兄さんとティナの元へと駆け寄った。
『豹柄のお兄さん! これどう言うこと!? ゴブリンなんて村に呼んで、何かあったらただじゃ済まないよ!?』
焦り散らかす僕を見る豹柄のお兄さんの顔は、少し引き攣っている様な気がした。お兄さんからしても、どうやらこの大所帯は予想外だったみたいだ。
『おぅレイ! いやぁ俺もこんな大所帯になるとは思わなくてなぁ。事前に族長様への許可はもらってたんだがぁー…………黒の兄貴にどう言ったもんかなぁこりゃあ』
お兄さんは尻尾を垂らして、僕から目線を逸らした。その後ろでティナも、僕たちの様子を気にする様に目線を送っていた。
やっぱり問題は黒の戦士長についてだろう。自分の可愛い息子がゴブリン達に痛めつけられているのだ。命に別状はなくことは収まったとは言え、受け入れられるかは心の問題だ。黒一の話を聞いた直後ですら、ゴブリン達の縄張りにカチコミに行きそうな勢いだった。確実に荒れることは間違いないだろう。
まぁそれは黒一もフォローしてくれるらしいし、大丈夫と思いたいところだけど。
『まぁ、あのゴブリン達も馬鹿ではないので、僕の目の届くところで暴れたりはしないでしょうけどね。それにしても……ゴブリン抜きにしても多すぎません?』
それより僕は今一番気になっていることを問うて見た。明らかに過剰な人員――ならぬ猫員、ゴブリン員だ。
僕たちの周囲では、化猫とゴブリン達が力を合わせて建築作業に取り掛かってくれていた。みんな真剣だ。悪ふざけをしている様な声や意思も飛んでいないし、作業の指示がそこかしろで飛び交っている。これなら日が暮れるまでには、ティナの家は完成することだろう。それ自体はとても喜ばしいんだけど、流石に数百以上の手は流石に過剰だと思う。
お兄さんは相変わらず気まずそうにしながら、周囲へと目線を移した。
『流石に気付いたか。俺もゴブリン連れて戻って心底驚いたもんだ。村の動ける奴ら全員集めちまうんだからな。ホント大したもんだ、ティナもな』
お兄さんは遠い目をしながら、そっと隣のティナへと視線を移した。ゴブリン達に声をかけたのはお兄さんだって話だけど、どうやらこの村の猫達への声かけはティナがしてくれたみたいだ。お兄さんが村から離れたことを察するに、きっと一人で村を歩き回って仲間達をかき集めてくれたんだろう。それで、僕にこの事がバレない様に足止め要因を送ったり、と。
やっぱりこの子、天才なのかもしれない。
そんな思いを抱いている僕を横目に、ティナは何か負い目がある様に顔を伏せてしまっていた。
「いえ、そんな事ないです。お兄さんの力添えと、レイの人望……猫だから猫望? があったからだよ。みんなレイのためって言ったら快く受けてくれたの…………勝手なことして、ごめんなさい」
深々と頭を下げるティナに、すかさず技能『空蹴り』を使ってティナの肩に乗る。そしてこのフワフワの頭を擦り付けた。ティナはゆっくりと顔をあげる。けれどその顔は、少し曇っていた。
『うんん、確かに驚きはしたけど、迷惑なんて思ってないよ! 僕のためを思ってしてくれたんだよね? 僕こそ、心配かけてごめん。これからは少し、身の程をわきまえる事にするよ』
できるだけ明るく振る舞う僕の頭を、ティナは優しく撫でてくれた。やっぱりティナの猫を撫でる技量はプロと称しても過言じゃ無い。心地良さに自然と僕の喉もゴロゴロと鳴る。
それでもまだ、ティナの曇った表情は晴れることはなかった。僕はティナの撫でる手に頭を擦り付ける。ティナの気持ちを晴らすためには、どうしたら良いんだろうか。
そう思考を巡らせた時、僕の頭にふと名案が朧げに浮かんだ。
『それとさ! ティナから見て、僕が無理してるって思ったら、容赦なくあのリラックスする魔法をかけてくれて構わないからね! あの魔法で寝落ちする時って、たぶん結構限界近いと思うからさ!』
けれど僕の名案に、ティナの顔は晴れるどころかさらに曇ってしまった。それがなんだか予想外で、お兄さんへと視線を移した。するとお兄さんもティナと同じように少し気まずそうに苦笑いを浮かべている。
『う、うん。でも、その…………ごめんなさい。実は私、昨日レイにその魔法使ってたの。だから、全然レイが反省することなんてなくて…………』
ティナは弱々しく僕にそう告げた。
そう言えば昨日、寝落ちする直前に何か起きた気がしたけど、もしかすると魔法を使った音を聞いたのかもしれない。ただその音を聞いた直後、急激に意識を持ってかれて色々曖昧になっていたみたいだ。
当然、ティナのこの思いやりを責めようなんて気は、これっぽっちも起きなかった。
『全然、そんなことないよ……! 不安だったんだよね。きっと、僕と同い年の子猫が僕と同じようなことやり始めめて、それで止める手段を持ってたら、僕も止めたと思う』
僕はそのまま子猫の姿から、獣人の姿へと『変化』した。
ティナは本当に賢い子だ。僕が十三歳の頃なんて、人の気持ちの機微に頭を悩ませたことなんてなかった。猫は人の心を無条件に癒す力はあるけど、理屈が絡むことであれば人の姿の方がきっと受け入れやすいだろう。
僕は正面からティナの両手を握って包み込む。
『打ち明けてくれてありがとうね! すごい、勇気がいることだって思う。中々できることじゃないよ』
その時、ふと僕はあることを思い出した。そう言えば、ティナにはまだ打ち明けてないことがあったんだった――勿論、転生のことは置いておくとして。特に深い理由もなく、ただ気まずくて言えてなかった事。
僕はティナの手を握ったまま、深く息を吐いて心を整える。こんな小さい事でも心が落ち着かなくなるんだから、さっき打ち明けてくれたティナの勇気は、心から尊敬できると思う。
そして僕はこの時、気が付かなかった。ティナの両手から伝わる熱が少し増していることを。
『あのさ、実は僕も一つティナに言えてないことがあってさ。別に隠してたわけでもないんだけど、言うタイミングも逃しちゃって…………』
そして、僕は真っ直ぐティナの翡翠色の瞳を直視する。
『実はその――僕、技能『言語翻訳』があるから、ティナがわざわざ言葉を翻訳する魔法を使わなくても、言葉は理解できるし伝えられるんだよね。ティナに魔法をあんまり使わせたくはなかったけどその…………ティナと初めて話したあの夜のこともあって、言い出しずらくて…………』
ティナはあの夜、自分の能力「魔導者」と「魔法」が嫌いだと伝えてくれた。だから僕もティナのその心を汲んで、ティナには魔法を使わせない様に立ち回ろうって思っていた。
けれどティナと初めて言葉を交わしたあの夜は、野生の猫である僕から話しかけても怯えさせるだけだと思って、ティナの翻訳の魔法を頼った。だけど『魔法を使わなくても技能で話せるのなら、どうしてあの夜わざわざ魔法を使わせたのか』問いただされたらどうしようと言う想いも少なからずあったりして。それでズルズルと言い出すタイミングを逃してしまっていたのだ。
翻訳の魔法はあんまり魔力消費は激しくはなさそうだけど、ティナが全てを失う要因となった能力や魔法を使わせるのには、どうしても負い目を感じざる終えなかった。
そう気弱になった僕だけど、ティナは全く気にする様子も見せずに軽く首を傾げていた。だけど、どうしてか頬が少し紅潮している気がする。今日は色々歩き回ってくれたくれたし、色々と疲れが出てるんだろうか。
そしてティナは少し緊張した僕へと、朗らかに微笑んでくれた。
『私、レイのために使う魔法は嫌じゃないよ。私のために黙ってた事だし、気にしないよ私』
『ティナ……! やっぱりティナは良い子すぎるよー! お兄さんもそう思うよね!?』
突如として振られたお兄さんは、ビクッと体を震わせた後、肩を竦ませた。僕の能力「上感覚」を使わなくてもひしひしと伝わる。こっちに振るなと言うお兄さんの顔に、さっきまで感じていた緊張は完全に解けていた。
ティナもお兄さんの反応に優しい笑顔を崩さない。でも、なぜだか視線が少し泳いでいる様な気がした。
お兄さんはゆったりと僕たちに近寄ると、僕と同じ様に『変化』で大人の獣人の姿に化けて、僕とティナの頭に手を乗せた。
『おうおうこっちも暇じゃねぇんだぞ? この繊細な天才児共め。駄弁ってねぇでさっさと残作業にし掛かるぞ。当事者がサボるわけにもいかねぇんでな』
そしてお兄さんはそのままの軽い調子で、化猫とゴブリン達の波の中へと消えていってしまった。僕はティとお互いに顔を合わせると、ティナ一つ頷いた。
『私達も行こっか』
ティナは僕の右手を握り直して、僕を引っ張ってくれた。
綺麗な白銀の長髪に、整った顔立ち。翡翠色の瞳はまるで宝石の様で、彼女の見た目の雰囲気だけで言えばとても儚げな印象を覚える。
でもそんな見た目とは裏腹に、彼女の心はしっかりと芯が通っていた。十三歳の少女というには大人びすぎていて、きっともう僕の猫の手なんて借りなくても、彼女は前を向いて生きていけるとすら思える。
でも、こうやって手を握られて。少し強引に引っ張られて。僕のことを信じてくれるこの子の傍に、許される限りは一緒にいられたら良いなって、心から思うのだった。
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