68. みんな勢揃いでした その①
灰柄のお兄さんの昔話に興が乗り始めてきた頃。一匹の見知った化猫が、ゆっくりと尻尾を揺蕩わせながら僕達へと近づいて来た。
今日何匹目になるのかも分からない、僕当てのお客さん。元人間で極度の猫好きの僕としては、猫から求められるなんて至高ですらあるんだけど、来訪の目的が僕の足止めだって言うんだから、素直に喜んで良いものか悩ましいものだ。
一方、灰柄のお兄さんはその来訪猫を視認した途端、降ろしていた腰を上げて静かに伸びをした。どうやらこれで昔話はお終いみたい。僕は少しの名残惜しさを堪えつつ、その客猫を迎えるため重たい腰を上げた。
『灰の兄貴、それとレイも。場は整った、とのことだ』
けれどその来訪猫は素っ気なくそれだけ伝えると、そそくさと踵を返して立ち去ってしまった。僕は訳もわからず小首を傾げて、灰柄のお兄さんを一瞥した。お兄さんはと言うと、僕の視線に気づいていないフリをして、すぐさまその来訪猫が去った方向へ歩みを進めてしまう。
『レイ、暇なら一緒にくるか? 程々にお前の猫手が欲しい』
お兄さんは軽く振り返ってくれたけれど、深く説明はしてくれないみたいだ。まぁ僕としては、今日の予定は真っ白になった訳だし、着いて行かない理由もない。
けれど僕はお兄さんの問いに、直ぐには頷けずにいた。
『あのー、でもティナがまだ帰って来てなくて……』
あれから灰柄のお兄さんとは、それなりの時間お喋りをしていた。陽の傾きから、それこそお昼時はもう過ぎていた。それなのに朝出かけたきりのティナは、未だ帰ってくる気配すらない。まだ明るい時間帯だし、ティナも年齢不相応には賢い子だ。何なら人間として十七年生きた僕よりも、精神面は大人だと思ってる。
だから僕が過剰に心配する様なこともないんだけど、ティナがここに帰って来た時には、ちゃんと『おかえり』って言って出迎えてあげたかった。それが今の僕にできる、せめてもの居場所づくりだって思うから。
お兄さんは躊躇う僕に対して、表情一つ変えはしなかった。
『今からそのティナのところに行くんだ。気になるなら着いてくると良い』
やっぱりお兄さんはそれ以上を語るつもりはないみたいだ。けれどお兄さんの尻尾は今もゆっくり、大きく揺れ動いている。その尻尾は、心が落ち着いている現れだ。
今日、僕の見知らぬところでティナが何をしようとしているのかは、あんまり想像はつかない。でもお兄さんが今話さないというなら、それを変に詮索するのも野暮なのかもしれない。
僕はそれ以上は何も言わずに、そのまま灰柄のお兄さんの後を着いて歩いた。
***
灰柄のお兄さんの後ろを歩くこと数分。
僕は眼前に広がる情報の嵐に、完全にフリーズしていた。まるでフレーメン反応の様に、開いた口を塞がらない。
灰柄のお兄さんに連れて来られたのは、造り途中のティナの家の建築現場だった。そこには額に薄ら汗を浮かべるティナや、現場の指揮を取ってる豹柄のお兄さんの姿もあった。けどそれだけじゃない。
僕はこの化猫の村にいるはずの無い、その魔物へと思わず駆け寄った。
『――いやいやいやいやこんな所で何してんの!? 縄張りは!? なんでゴブリンがこの村にいんのさ!?』
僕は眼前にいる特徴的な赤色の肌をしたゴブリン二匹へ詰め寄った。彼らはこの大樹の下に広がる森の、その北部を支配しているゴブリン達の頂点。ゴブリンロードの兄弟だ。
そんな彼らが今この化猫の村にいる。いや王の二匹だけじゃない。森にいるゴブリンの大半が、この村に出向いているみたいだ。
確かに、ゴブリンの縄張り侵害の一件は解決してはいる。ゴブリン達は僕のことを、この大森林の王として認めてくれている――半ば勝手にだけど。
ゴブリン達は、僕たち化猫族に危害を加える存在ではなくなったのも事実ではある。
それでも、ゴブリン達が黒の戦士長の長男――黒一にしでかしてくれた事は、どうしても頭の隅に残ってしまう。元を辿れば僕が悪いんだけど、彼らは黒一を痛めつけた挙句に『魔毒』という特殊な毒を使い黒一の生命を蝕んだ。
今ゴブリン族とは敵対してはいないものの、心まで許して良い相手かと言われれば違う様な気もする。
ゴブリンロード二人は慌てふためく僕に気がつくと、お互いに顔を見合わせた。
「何ッてそりャア、お前何モ聞いてネェのカ? あそこの班模様ノ猫ニ頼まれたンだヨ。ニンゲンの家造ンのに俺らの手が必要だッテナ」
「事情は全テ聞いタ。弁え知ラズのニンゲン共が、コノ森近くデ同族狩りしてタンだッテナ。種族も違う子供を助ケ、更には居場所マデ作ろうとするソノ姿勢。やはりオマエは、我ラが王に相応しイ……!」
まるで当たり前の事だと言わんばかりに語るゴブリンロード弟。そして僕に命を助けられた身であり、僕の行いに共感を示すゴブリンロード兄。相変わらず、二人は僕に対する忠誠心が色々オカシイ。
二人とも大木を片手に担ぎ上げながら、満面の笑みを一切崩さない。汗すらかいていないところ、労働力としてはこれ以上ないぐらい頼もしいし、僕のために働けていることに多幸感すら覚えていそうな様子だ。
それと、ゴブリンロード弟の言葉から察するに、ゴブリン達をこの村に招いたのは豹柄のお兄さんみたいだ。確かにこの村で人間に化けられる化猫はそれほど多くはないし、手先の器用さでもゴブリンは頼りになる助っ人である事は間違いない。
『あのー、誠意があるのは良いんだけどさぁ……』
『――茶の子!』
この目の前にいる忠誠心の塊に対して必死に言葉を選んでいると、ふと背後から溌剌とした意識が僕へと飛んできた。振り向かなくても誰だか分かる。
黒の戦士長家族の長男、黒一だ。
自然と僕の尻尾もピンと張り、その意思の方向へと僕も勢いよく振り返く。
『黒一も手伝ってくれてたんだね! あれから体は大丈夫? おかしいとことかない?』
全身真っ黒くて小さいその猫は、勢いよく迫る僕を軽く受け流した。黒一も尻尾をピンと立てて、顔を綻ばせる。
『あぁ、お前のおかげだよ。こんな程度の事であの時の借りが返せたとは思わないけど、少しでもお前の力になれたなら嬉しいな』
『そんな良いのにー! 僕は子猫が安らかに過ごせてるだけで、それでもう幸せなんだから』
黒一は僕の言葉に、呆れた様に軽く笑い返す。
『お前はやっぱり相変わらずだな。でも、これぐらいさせてくれよ。あぁそれと、弟達も茶の子を手伝いたいって来てくれてるんだ。後で顔見せてやってくれ。きっと喜ぶ』
黒一はそう言いつつ僕から視線を外して、後方にいるゴブリンロード二匹へと視線を移した。さっきまで穏やかだった黒一の顔が、一瞬にして強張る。黒一がゴブリン達の行いを許したおかげで、彼らは生きることを許されたのだ。とは言え、やっぱり対面するのには思うところもあるんだろう。まだ六歳の子猫――化猫の寿命は人間と変わらないから、人間の六歳と同様――が怖気付かずにゴブリンの王達と目を合わせられてることが、もうすごい事なのだ。
『茶の子のためだからな。お父さんには俺からも説得はするつもりだ。精々お前ら、全力で化猫族に尽くすんだな』
黒一は堂々と、一切怯む事なくゴブリンロード兄弟に意思を放った。やっぱりこの子は、あの逞しい黒の戦士長の血を引いている。体は小さくとも、その顔つきは立派な戦士だった。
ゴブリン達も黒一の態度に、少し目を見開いていた。
「……お前に言われなくてもソノつもりダヨ。今生きていられるダケでありがてェッてンダカラナ。そンじャア、俺らは作業ニ戻らせテもらうゼ」
ゴブリンロード兄弟二人は、僕たちへと背中を向けて去って行く。あの二人も、黒一に対しては思うところがあるんだろう。まぁ、もしもあの二人が黒い血を邪険に扱ったものなら、即座に僕の鋭利な爪が首を刎ね飛ばしてやったところだけど。
黒一は立ち去ったゴブリン達を見て、深く息を吐いた。
『茶の子、いろいろ大変みたいだけど、お前なら何も心配ないって思うよ。俺もアイツら監視しときたいから、今はゆっくり見回るといいよ』
何か疲れた様な顔つきの黒一は、僕に体に頭を軽く擦ると、そのままゴブリン達と化け猫達の並みの中へと消えて行ってしまった。
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