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66. 決意『もう誰も手放さないために』


『そりゃあ、レイに言われたからか? それとも、嬢ちゃんの意思か?』


 

 豹柄をしたお兄さんは、鋭い視線を私へと向けた。ギラリと光る黄色の瞳に、少しだけ身が震える。それでも、このお兄さんに会いに来た時点で、私の覚悟は既に固まっていた。目の前にいるのは、私よりも大きくて逞しい猫の魔物。それでいて、とても優しくて頼りになるお兄さんだ。


 私は臆することなく、一歩前に踏み出す。私のためじゃない。レイのために、私ができることをしたい。ただその一心だった。


 

『私の意思、です。レイはたぶん「誰かに頼る」ことを、「迷惑なこと」だって思ってると思うんです。私も、よく一人で抱え込むことが多かったから、その気持ちはよく分かるんです』



 レイとはまだ出会って二日。それでも私はレイという猫がどういう子なのか、なんとなく分かった気がしていた。

 レイは間違いなく、自分の事を大切に思ってない。出会ったばっかりの私はもちろん、この村の仲間のためなら、レイは自分の命を軽く投げ打ってしまうような危うい存在なんだって気がついてしまった。


 そんなレイだからこそ、誰かが「自分のために」何かする事に良い顔をしない。だってレイにとっては自分の事なんてどうでも良い事で、その誰か手を煩わせる事の方がいけない事だって思ってる様な節があるから。

 ただの決めつけかもしれないけど、今のレイを見ていると、少し前の私の姿と重なる様な気がしてならなかった。

 お兄さんは私の言葉に、眉をピクリと動かした。


 

『レイはこの村で、たくさんの仲間ねこ達から大切にされてると思うんです。レイ自身、それにあまり気がついてないのが、よく分からないんですけど…………レイが無理ばっかりするのは、村のみんなも良く思わないと思うんです』



 昨日、眠った――正しくは、私が魔法で眠らせた――レイを膝の上に乗せて、レイの家族と寛いでいた時の事。レイの様子を心配した多くの仲間ねこ達が私の元を訪れた。レイと同い年ぐらいの子猫達だけじゃなくて、体の逞しい大人の化猫達から、歩く事だって辛そうな老猫も、老若男女、数多くの猫達が心からレイのことを心配してた。


 でも、レイは周りのそんな仲間達の想いを気にせず、自分を追い詰めてまで、私のために何かしようとしていた。それが「一人の人間を命を助けた責任」からの行動なのか、元々のレイの性格なのかは私には分からない。でも、もしも前者だったら、私はこの村に長居すべきじゃないのかもしれない。それはレイだけじゃない、レイを大切に思ってる仲間ねこ達のためにならないから。

 お兄さんは少しの間黙り込んでいたけど、この空気に耐えられなくなったみたいで小さく息を漏らした。でもその顔はとても穏やかだった。


 

『…………流石、幼くてもティナぁ人間だな。俺もその通りだと思う。そして本来それは、俺らが教えてやるべきだったんだがなぁー…………はぁ、あの野郎。何でも一匹でこなせちまうから、尚のことタチが悪ぃんだ』


 

 お兄さんは苦虫を噛み潰した様に顔を顰める。それはレイに対する嫌悪の現れなんかじゃなくて、心底自分の不甲斐なさを嘆いている様だった。

 お兄さんは私にかまわず、重く言葉を紡ぎ続ける。


 

『正直俺ぁ、レイのことが分からねぇ。アイツは誰にも。それこそ自分の家族にすら、心の内を明かそうとはしねぇんだ。表面上は俺のことも、頼れる兄貴みてぇに接してくれてるがぁ…………このザマだからな。ったく情けねぇ話だよ』



 お兄さんから伝わるその意思は、聞いてて胸が痛くなった。たぶんレイがもっと小さい頃から、色々と尽くしてきたんだろうと思う。それでもレイは基本一匹でなんでもしようとするし、全く自分を大切にしようとしなかった。そして、お兄さんの声色からたぶん、レイは周囲のその努力を知った上で、気がついてないフリをしている。

 でもそれはなんだか、レイらしくないと思った。なんとなくそう思ったけど、それを理由つけられるほど私はレイのことを知らない。たぶんお兄さんも、それを踏まえてレイのことが分からないって言ったのかもしれない。

 

 お兄さんは私の顔を見るとハッとした様に、ブルブルと体を震わせて仕切り直した。

 


『そんでレイの手助け、だったよな? 俺としては断る理由ぁねぇ。だが、ティナの独断でってのが引っかかる…………レイの奴、あぁ見えてプライドたけぇぞ?』


 

 お兄さんは少し口角を上げて冗談めかして言ったけれど、私からして見れば全て承知の上だった。私は真っ直ぐ、お兄さんの瞳をしっかり見つめ返す。その反応が少し意外だったみたいで、お兄さんは少し眉を上げた。


 

『分かってます。レイの気持ちを無視してるってことも。それでも、いくらお節介だって思われても私は、レイ一匹に抱え込ませたくないんです。もう私は…………私のせいで誰かが傷ついたり、辛い思いをしたりしてほしくないから』



 私はあの日に、あの夜に、レイに生きる勇気をもらった。そして決心した。これ以上、大切な人や猫に辛い思いをさせない様に生きようって。もう誰も失わない様に、誰も傷つかせない様に、私はもう受け身でい続ける事はやめにした。

 レイが一匹で道を無理を通そうとするなら、私だってレイと同じ方法で無理を通す。それがあの夜、レイが私に教えてくれた自由な生き方だから。



 声も震えずに言い放った私に、お兄さんは目を見開いていた。でも私の言葉を理解すると、私から顔を背け俯くと、重苦しく私へ意志を飛ばした。

 

 

『…………そうだよな。すまねぇ意地の悪ぃこと言った』



 確かにまだ心苦しさはあるし、死んじゃったお母さんやお父さんのことを思うと、声をあげて泣きたい時もある。レイの家族に温かく迎え入れられて、家族っていいなって思った時、胸が苦しくてたまらなくなった。正直羨ましいって、思ってしまった。


 でも今はそんな苦しさに気がついて、支えてくれるレイがいる。親身になってくれるレイのお母さんや、化猫の仲間達がいる。決して元のお母さんやお父さんの代わりにはならないけど、立ち直るための元気はみんなから分けてもらった。心にゆとりが生まれた今は、今の私をお父さんとお母さんが見てくれていたらって考えられたりして、自然と悲しい気持ちも抑えられていた。


 暫く申し訳なさそうに俯いていたお兄さんだったけど、揺るがない私の態度を見て、乾いた笑いを浮かべた。

 


『まぁ、その、何だ。いつもレイには機会は与えてやってはいたが、向こうが俺らを頼る気ねぇなら仕方ねぇよなぁ! こっちの心配無碍にしてんのはアイツだもんなぁ。文句あんなら、意地張らずに俺らを頼りやがれって言ってやるさ! …………ティナ、アンタぁ立派だよ』


 

 お兄さんはそういうと、変化して人の姿へと化ける。私よりずっと高い身長で、それなりに筋肉もある体。でも全く威圧感とかはなくて、目つきだって鋭さはあるけど、その顔つきは優しさが滲み出ていた。

 お兄さんは私の頭を撫でた。昨日もそうだったけど、あんまり人は撫でられてないみたいで、お兄さんが手を動かすたびに私の頭がグラグラ揺れる。でも不思議と嫌な感じはしなかった。


 

『そんなことないです。レイの方がずっと、私より色んなこと考えてくれて、私が今前向きに生きようって思えてるのだって、レイのおかげなんです』


 

 それでもレイは、自分は何もしてないって言うんだろう。私の命を救ってくれたのも、心を救ってくれたのもレイなのに。レイはあまりにも自分に厳しすぎると思う。私がレイにできることといえば、こうやって少しの手助けをして、ちゃんと感謝の気持ちを伝えることぐらい。

 私はお兄さんの撫でる手を両手で包み込んで、お兄さんの胸の前に戻す。



『だからこの件が終わった時は、レイのこと、たくさん褒めてあげてください。そしたら、きっとレイも自分がそれだけ凄いことをしたんだって、分かってくれるって思うから』



 お兄さんは微笑ましく顔を綻ばせて、私に視線を向け続けていた。それで何だか急に自分の言ってることが恥ずかしくなってしまって、お兄さんからそっと手を離して目を逸らした。

 


『お、お願いばっかり言ってごめんなさい。その、このお返しは絶対しますから。困ったことがあったらなんでも言ってください』


『いいや。本来俺らが気にかけてやることをティナに背負わせる気ぁねぇさ。だが敢えて、お願いっつぅんならぁ――――これからも、レイのこと可愛がってやってくれ。そう言うのは俺の性に合わねぇ』


 

 顔を見なくてもお兄さんがニヤニヤしてるのは何となく分かってしまった。そしてパンッとお兄さんは一回手を叩く。その音にちょっとビックリして、思わず顔を上げた。

 


『よぉーし、そうと決まればさっさと取り掛かっちまおうか! あの自分を大切にしようとしない分からず野に、目にもの見せてやろうぜ!』


『は、はい!』


『いい返事だ。そんじゃあ仲間集めから始めたい所だが、ティナはこの階層の仲間たちに声かけを続けてくれ。俺は別で、レイの奴が作ってくれたツテを最大に利用させてもらう事にする』


 

 お兄さんの言うレイが作ったツテ、って言うのは気になるけど、どうやらこれから別行動になるみたい。私もこれまで強気でお兄さんと接していたけど、まだ私はこの村に来て一日ぐらいしか経ってない。レイが村のみんなに私のことを紹介してくれたとはいえ、少しの不安はあった。


 

『わ、私一人で…………はい! やってみます!』


 

 それでも私は折れない。レイのためなら、こんな不安になんて押しつぶされたりはしない。けれど、お兄さんは私の言葉に少し気まずそうに、頭をぽりぽり掻いた。


 

『あぁーすまね、言葉足らずだった。せっかく俺を頼ってくれたんだ、もちろん手助けはさせてもらうぜ。これ、持ってけ』


 

 お兄さんはそう言って私に一本の毛の様なものを差し出した。私はそれを受け取ってマジマジと見てみる。

 細くて硬い金色の毛が一本。お兄さんの毛にしては明るすぎる気もするけど、この毛の触り心地には身に覚えがあった。



『? これは、髭?』


 

 自然に抜け落ちた猫の髭は、お守りになるってお母さんから聞いたことがあった。それで昔、私の可愛がってた野良猫のオセロの抜け落ちた髭を持ち歩く様になった。実は今も魔法で仕舞い込んだ荷物の中に、その髭はまだ残ってる。私の唯一の友達で、勇気が出せず助けられなかった命。オセロが確かに存在していたことだけは、忘れたくなかったから。

 お兄さんは感心する様に息を漏らして、ニヤリと口角を上げた。

 

 

『おう、俺の抜け落ちた髭だ。それも『変化』で金色に変えてるから、無理やり俺から抜き取ってもこうはならねぇ。よく俺がモノ頼むとき仲間に咥えさせんだ。これがあれば、俺が後ろにいるって分かってもらえるだろうよ』


『あ、ありがとうございます!』


 確かにこれがあれば、みんなの説得もスムーズに進みそう。私はその髭を折れない様に優しく指でつまんで、しっかりと頭を下げた。頭を下げた私の頭上で、ヤレヤレといったようなため息が漏れる音が聞こえる。


 

『いいんだよ。これぐらいさせてくれねぇと大人として顔が立たねぇよ。ほら、レイのやつに悟られる前にさっさと行動だ。村のみんなのことは任せたからな』


 

 確かにそうだ。レイならご飯を食べた後、すぐに家造りに戻ってしまうことだろう。できればレイが動く前に仲間達は集めておきたい。そうだ、レイを足止めするような猫達にも声をかけるのがいいかもしれない。

 これからお兄さんがどこに行くかはわからないけど、私は私のできることをしよう。私は顔を上げて、もう一回軽くお辞儀をする。お兄さんは肩を竦めていたけれど、相変わらずその顔は優しかった。



『そうですね。わかりました。本当に、レイのためにありがとうございます!』


 

 私は駆け出した。

 暖かい日差しに身を当てられて、私の気持ちはとても穏やかだった。まさかあんな事件に巻き込まれてこんな気持ちを抱けるなんて思っても見なくて、それが何だか少し可笑しく思えた。

 

 お父さん、お母さんが今の私を見たらどう思うのかな。野生の魔物と一緒に生きるってなって、心配してくれてるかもしれない。それでも、だからこそ見守ってるかもしれないお父さんとお母さんに顔向けできるように、私は、これから精一杯生きようと思います。

 

 

 私が立ち去った後、一人になったお兄さんは大きくため息をついた。そして遠い目をしながら、私の遠ざかる背中を見ながら静かに呟く。もちろん私へその言葉が届くことはなかった。


 

『恋する乙女ってのは、逞しいもんだなぁ』


最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


補足:

主人公主体の話の時の「〜でした」調のタイトルに無理が出てきたので順次タイトル修正予定。

(結構こう言うタイトルに統一感あるの好きなんですが、中々うまくいかないものですね)

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