65. その責任は重圧でした その②
僕は家族の元へと戻り、さっさと食事を済ませた。昨日はティナからサンドウィッチを分けて貰ったけれど、今日は普段通りの猫の食事だった。
野生の化猫故に、料理なんて概念はない。味付けはもちろん、肉に火を通すことすらしない。最低限血抜きされた生肉を僕は、極力噛まずに胃の中へと放り込んだ。もはや食事とも言えない、死なないためのエネルギー補給、それが今の僕にとっての食事だ。
口内にじわじわ広がる鉄の味。生臭さが鼻から抜けて、油断していると胃がひっくり返りそうになる。
けれどこれまで僕は、この食事に対して特別対策を講じることはなかった。能力「上感覚」によって研ぎ澄まされた味覚と、前世の人間としての感性が残る僕にとってこの食事は、耐え難い苦行でしかない。それは確かだ。
でもこの化猫の村にはこれまで人間は住んでいなかったし、人間の食べ物も当然この村には置いていない。わざわざ僕だけのために、化猫の仲間を人間の町に駆り出させて、人間の食べ物を融通してもらうなんて気はおきなかったのだ。
でもそれも、ティナとの出会ったことで改善の兆しが見えてきた。
ティナはこの化猫の村で生活を営むことになった。そのおかげで、豹柄のお兄さんが人間の町から食べ物を卸してくれることになったからだ。もちろん、ティナが第一優先ではあるけど、ほんの少しだけ。せめて一食だけでも普通の食事を味わえられれば、僕はそれ以上求めはしないつもりだ。
そんな事を黙考しながら僕は、食事に夢中になる弟妹達をお母さんと一緒に眺めていた。
『ティナ、戻ってこないね。大丈夫だと思うけど、何してるんだろう』
尻尾を大きくバタつかせて不安を滲ませる僕に、お母さんは優しく僕の頭を毛繕いした。転生したばかりの頃は、ザラザラとしたその舌に擽ったさを覚えたものだけど、今となってはただ心地良い。僕は顔を緩めながら、お母さんの愛情をなすがまま受け止めた。
『あの子も色々あるのよ。詮索してあげないのも優しさよ。それよりレイ、ここ最近無茶ばかりしてる様だけど、本当に大丈夫なの? あの子を想う気持ちは分かるけど、ほどほどにしなさいね?』
『ありがとうお母さん! でも大丈夫! 眠気で意識が切れることもあるけど、具合が悪いとかは全然ない! 逆に、最近はやることがありすぎて絶好調まであるね』
お母さんは自慢げにそう言い張る僕に顔を顰めた。お母さんがこんな分かりやすく難色を示すことはそうない。勢いで誤魔化そうとしたけど、僕は内心で後悔した。
お母さんは僕へ鋭い視線を向けている。僕は自然と尻尾を股の間にしまいこんだ。その尻尾が表す感情は一種の警戒だ。
『レイ。私は真面目な話をしているの。お母さんの話、ちゃんと聞いてくくれる?』
『は、はい……』
お母さんは僕の反応に肩を竦めた。それでも全く手心は加えてくれるつもりはないみたいで、目つきの鋭さも失われていない。お母さんはため息を吐いて、僕の正面へと回り込んでお座りをした。僕もそんなお母さんを前にお座りをしたけれど正直、お母さんの真っ直ぐな瞳を直視することできず、そっと顔を俯けた。
お母さんは凛々しく、言葉を続ける。
『貴方は能力も相まって、感覚的なことであればすぐ覚えてしまうし、基本的に一匹でなんでもできてしまう。だからこそ、これまで誰かに頼るっていうことを、してないんじゃないかと思うの。あの人間のこともそう。最初貴方は、村のことからティナのお世話まで、その全てを貴方一匹で取り持とうとしていたでしょ?』
『で、でもそれは、僕が助けた命だから。それに、ティナのことはお父さんからも頼まれてことだし……』
『そうね。貴方の能力的にも、責任を感じていることも分かっているわ。でも、貴方はただの「義務感」で、ティナのお世話をしてあげてる訳じゃないでしょ?』
お母さんのその言葉に思わず顔を上げた。そして初めて、お母さんの表情が少し柔らかくなっていることに気がつく。お母さんも心からそう思っているわけじゃないみたいだった。
『当たり前だよ! 義務感なわけない! ティナには幸せになってほしいって、人としてちゃんとやり直せるように力を貸したいって、心から思ってるんだ』
『それなら尚更、貴方はもっと周りを見て、仲間達を頼るべきね。ティナも心に少し余裕ができてきたとは言え、まだ心の傷は癒えきっていない。貴方の身を削る様な頑張りが、逆にあの子の負担になってしまう事は分かってほしい』
お母さんのその口振りは、すでに何かを知っているかの様だった。
僕はこれまで自分の能力「上感覚」もあって、周囲の感情には気を張っていたつもりでいた。でも、前世の人間の頃からの性分なのか、一つのことに集中しすぎると周りが見えなくなるきらいがあるみたいだ。前世もその性分を自覚して、改善しようと思っていたはずなのに、結局僕は今世でも同じ過ちを繰り返していたらしい。自然と何も変わっていない自分自身に対して、内心で嘆息した。
『うん。その通り、だね。ごめんなさい。僕、そっか………僕の行動でティナに責任を感じさせたら、訳ないよね』
お母さんはやっと納得した様子の僕を見ると、目を細めてゆっくりと首を横に振ってくれた。その仕草はいつもの優しいお母さんに戻っている様な気がした。
『謝ることなんてないわ。貴方はまだ四歳なんだもの。私こそ、貴方に期待を押しつけてしまってごめんなさい。できれば直接伝えるよりも、貴方の力になれることを行動で示ればよかったんだけど…………優秀すぎるのも、考えものね』
自嘲気味にお母さんは呟く。でもお母さんが何も気負う事なんてない。僕はすかさずお母さんへと近づいて、尻尾を立てながら体を擦り付けた。
『お母さん、僕は全然優秀なんかじゃないよ。感情のまま動いちゃうし、猫同士との付き合い方だって、そんなに上手くない。それに僕が本当に優秀な猫だったら、こんな一匹で突っ走ったりしてないよ』
お母さんは僕の言葉に何も返さず、優しく僕の体をコロンと転がした。そしてお母さんは身を伏せて、僕をそのフカフカの体で包み込んだ。
『分かった。今日は、一日休むことにするよ。最近ちょっと気張りすぎててさ。家を造った後でじっくり休もうと思ったんだけど…………その間は、豹柄のお兄さんに頼んでみる。それでダメだったらー…………それは、その時考えてみるよ』
『ええ。私も可能な限り、貴方の力になるわ』
僕はそれからティナの帰りをゆっくり待つことにした。お母さんの確信めいた言い方や、寝起きにティナと話した感じから、あんまり僕に無理して欲しくなかったんだろうと、今更ながらに気がついたから。
だから僕はひたすらに待つ。
けれど食事を終えてから数時間経っても、ティナは僕達家族の元に帰って来なかった。
***
『……? ティナか。一人でどうした? レイの奴は? 一緒じゃねぇのか?』
私はレイと別れた後、昨日お世話になった豹の柄をしたお兄さんの元に訪れていた。その体はとても大きくて逞しい。その見た目は猛獣そのもので、もしお兄さんのことをレイから紹介されていなかったら、今日こうやってこのお兄さんの元に訪れることもなかったと思う。
私は若干震える体を抑え込む。でも、勇気を振り絞ってお兄さんへと向き合った。
『はい。あの、昨日のこと、しっかりお礼言えてなかったかなって。それに色々迷惑をかけちゃったし、"昨日の夜中のことも"我侭言っちゃって……』
少し引け腰の私にお兄さんは、のそのそと私へと近寄った。お兄さんは尻尾を上機嫌に揺蕩わせている。お兄さんは昨日の件もあってか、レイの家族の次に私の事を認めてくれているみたいだった。
『子供がそんなこと気にすんなって。今は嬢ちゃんも辛い時だろ? 種族は違えど俺ぁ大人だ。無理はさせられねぇ』
そしてお兄さんは面白いものを見る様に、私へ視線を向ける。多分昨日の夜のことを思い出してるんだと思う。お兄さんは気にせず言葉を続けた。
『――それにだ。レイの奴、大人しい様に見えてメチャクチャに頑固なんだよ。ティナが魔法で眠らせでもしなきゃ、それこそぶっ倒れるまで打ち込んだだろうぜ。逆に、アイツを止めてくれて感謝したいのは俺らの方だ』
実は昨日レイと別れた後、レイの言い分に納得がいかなくてお兄さんにその事を相談した。レイは昨日「もう夜も遅いから二人は帰って良い」って言って、私達二人を帰そうとした。それを言うならレイも家造りなんて切り上げても良いと思ったんだけど、レイは全く聞く耳がない様子だった。
だから私は一昨日と同じ様に、リラックスさせる魔法を使うことにした。でも夜ももう遅くて、レイの元まで一人で戻れる自信もなかったから、意を決して魔法のことまでお兄さんに伝えた。
お兄さんは私の提案を聞くと、気前よく乗ってくれた。そこからはすぐだった。お兄さんは技能『隠密』を使ってレイの背後に回って、私がそっと魔法を使う。レイの集中力は凄まじくて、一昨日の様にすぐに意識は落ちはしなかったけど、数分も経つとウトウトし出して意識が途切れた様にパタリと倒れて、技能『変化』も解けていつもの猫の姿へと戻った。
それから私は膝の上にレイを乗せて朝を迎えた。レイは夜のことについて少し違和感を覚えていた様だけど、起きてからもレイの頑固な姿勢は一貫してた。
レイが優しくて、責任感の強い猫だって分かってたつもりだった。
私はレイが自分の身を犠牲にしてまで、私のために何かしてほしいとは思わない。レイは「感じやすくなる能力」を持っているから、私のそんな気持ちもいつかは理解してくれると思っていた。でも、レイの抱いた決意は私の想像を遥かに越えていて、このまま私が何もしなかったら、きっとレイはこの想いに気がついてもくれないって思った。
だから私は、私が精一杯出来ることをしようと思う。きっと私の「大丈夫」って言葉を聞いても、レイの耳には届かない。それなら昨日みたいに、強引な手を使ってでもこの想いを伝えるしかないと思った。
お兄さんも私の意図を分かってくれてるみたいで、目を眇めて私に視線を向けていた。
『そんで昨日の交渉話とは別で、俺に要がある、って顔つきだな。本題はなんだ?』
『あの。えっと……はい。すみません。お兄さんもこの村でたぶん、かなり立場の高い猫だって――』
『いいいいそんな仰々しくすんな。いったろ? 俺ぁ大人でお前は子供。お前は俺と同じこの村に済む住人だ。細けぇこたぁいいんだよ』
吐き捨てる様にお兄さんは言い放つ。それに少し圧を感じてしまうけれど、彼の言っていること自体はとても頼りになる大人のそれだった。
『ありがとう、ございます……あの。早速で悪いんですけど、お兄さん』
お兄さんの目つきは鋭い。でもその奥には優しさもちゃんとある様な気がした。私は深呼吸して、自分の決意をさらに固める。決してレイの決意に負けてしまわない様に。
そして私は勇気を振り絞って、お兄さんの目を見据えて、はっきりとその言葉を言い放った。
『レイに、手を貸してあげてくれませんか?』
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