64. その責任は重圧でした その①
僕は豹柄のお兄さんとティナと一緒に、ティナの家の建築候補地まで足を運んだ。
しかしながら大前提として、人間の家をこの村に建てるのには、大きな問題があったりする。この化猫の村に家を建てることで、化猫達の居住スペースを圧迫してしまう、と言うのも一つの問題ではあるんだけど、最たる問題はまた別にあった。
大樹の上に位置しているこの村の"地盤"は、あまりにも脆弱だった。この村は大樹の幹を中心として螺旋状に建てられていて、全五階層で役職や年齢等で住み分けをしている。族長様が百歳を超えることから、この村もそれなりの歴史はあるんだと思うけど、この村の足場は言ってしまえばただの木板だった。大樹から伸びる無数の太い枝の上に、木板を敷き詰めただけで足場。その耐久力については、正直疑問視せざる終えなかった。尤も、この世界には魔法や技能、能力といった異能が存在しているから、単純な物理的強度の問題じゃ推し量れなくはあるんだけど。
それでも適当な場所に家を建ててしまって、ティナだけじゃなくこの化猫の村の仲間達も危険に晒すことだけは避けなければいけない。
そこで、僕が目をつけたのはこの村の内側――つまり、大樹の幹側に位置する場所だ。そこなら比較的、太い枝に支えられているから安定感はある。更にこの村は、大樹の頂点に位置しているわけじゃないから、村の内側は大樹から伸びる枝葉によって日差しが遮られてしまっている。基本的に、僕達化猫が日常生活を営んでいるのは、日の当たる中央から外側にかけてだ。そのため内側であれば、居住スペースの圧迫問題についても問題はないはずと考えていた。
現にこの化猫の村にある食糧庫に関しては、村の内側に立地していたし、豹柄のお兄さんからも僕の考えはそう間違えではないと言ってくれた。
ただお兄さん曰く『そこまで考えなくとも、族長様の能力なんとでもなる』らしいから、とんだ心配損であったけど。
僕達は目的の場所まで、何の問題もなく辿り着いた。
夜も老けて、空気も冷え込んでいる。更に星明かりは枝葉によって遮られて、視界は真っ暗だった。ティナは暗闇が怖いみたいで、僕へ助けを求めるような視線を送っていた。僕とお兄さんはこの村での生活が長いから暗順応も早いけど、ティナからしたら足元もおぼつかないしとても心細いんだろう。
家を建てる時、灯りや暖の問題についてもどうにかしてあげないといけなさそうだ。
僕は一度、豹柄のお兄さんへと視線を向ける。豹柄のお兄さんは僕の視線に気がつき黙考すると、一つ頷いてくれた。どうやら立地は申し分ないらしい。
けれどこれ以上ティナに、怖い思いをさせるわけにはいかない。
僕は技能『変化』によって、子猫から獣人の姿へと化ける。サラサラとした濃いめの茶髪。月の様な黄色の瞳は猫の時から変わりない。ティナへ威圧を与えない様な、ある程度の肉付きはあれど華奢な体つき。その身長もティナと肩を並べる程度には低い。齢十三の少女と同じ、大体百五十センチほどだろうか。
化けて直ぐに僕は、闇夜に怖がるティナの手を握った。少し震えていた彼女の体は、徐々に落ち着きを取り戻していく。それと同時に、その手の温もりが一層と増していった。夜も冷えてきた事だし、このままティナの手は握ってあげることにする。
その一方で豹柄のお兄さんはと言うと、当たり前の様に獣人に『変化』した僕に目を瞬かせていた。まるでフレーメン反応の様に、口も半開きになって唖然としている様だった。
そして豹柄のお兄さんは大きな溜め息を吐くと、僕と同じく『変化』により獣人へと化けた。僕と違って高身長かつ少し筋肉質な外見。金と黒の入り混じった癖っ毛気味な短髪に、その目つきはまさに狩人に相応しい鋭さを持つ。でも威圧感があるわけじゃない。その鋭さの奥には、面倒見のお兄さんの優しさも垣間見えた。
『あー……茶の子。お前には聞きたいことは山ほどあるんだが、そりゃまた別の機会にじっくり聞かせてくれ。いやただ一つ、その姿の時は「レイ」っつった方がいいのか?』
豹柄のお兄さんの指定に、今更ながら僕が「名前」を得たことを報告してないことを気がついた。ハッとした様子の僕に、お兄さんは頭を軽く掻いて嘆息した。
『えー、いや! 呼びやすい方でいいですよ。どちらでも伝わるので。ただ! この子には「ティナ」って名前があるので、それだけは覚えといてくださいね』
ティナとしっかり手をつなぎながら、僕は改めてお兄さんにティナを紹介する。お兄さんは僕とティナに交互に目をやると、少しの唸り声を漏らしていた。
『あぁそりゃ良いんだがぁ……前々から懐っこい奴だとは思ってたが、いや少し、違うか? …………レイ。そろそろその手、離してやった方がいいと思うぞ。その子、人間とは言え女の子なんだぞ』
お兄さんからいったい何を指摘されたか分からず、キョトンと小首を傾げてしまう。僕はそのままティナへと視線を流した。ティナは、これまでずっと下を向いていた。暗闇が怖いのかと思っていたけど、ティナの手から伝わる"熱"が、どういう意味を秘めているのか、僕はこの時やっと気がついた。彼女の鼓動もいつもよりも早い、気がする。
いやなんか昼間よりちょっと感触暖かいなぁ、とは思ってた。でもそれ以上に、暗闇に怯える子供を放ってはおかなかった。そして何より、自分が女の子に一切の免疫がないことすら忘れていた。今更ながら自分の行動を自覚して、僕の耳が真っ赤に染まる。けれど暗闇の中では僕のそんな変化には、誰も気が付かない、はず。
僕は拒絶の意を示さない様にそっと、優しくティナから手を離した。彼女は恥ずかしそうに、そして少し名残惜しそうに、僕の離れた手に視線を流していた。
『ご、ごごごめんティナ! そうだよねティナもそんな子供じゃないよね!? 僕の方が年下なのに、大人ぶってごめん……』
ティナは僕の謝罪に顔を上げた。彼女は少し困惑した様子で小首を傾げる。
『う、うんん? それは気にしてない、よ? レイがそう思ったなら、私は気にしない……』
けれどそう言ったティナの顔は、何故か不満気だった。ティナの言葉の真意が掴めない。僕はお兄さんへと視線を向けた。お兄さんはヤレヤレとでも言う様なジェスチャーをして、そっと嘆息を漏らした。
『敏感なのか、鈍感なのか。変に頭が回るっつぅのも、困りもんだよなぁ』
どうやら何もわかってないのは、僕だけみたいだ。お兄さんは目を細めてしみじみ呟いた。
確かに僕は能力「上感覚」の嗅覚の能力によって、生き物の感情のニオイを嗅ぎ分けられるけれど、それは常々研ぎ澄ませているわけじゃない。特に、ティナが近くにいる時は極力、嗅覚をあまりに研ぎすまない様に意識しているのだ。だって相手は女の子だから、鼻を効かせすぎるのは、あまりにもデリカシーに欠けるだろう。
僕は少しの腑に落ちない気持ちを抱きつつ、心改めるために自分の頬を軽くパンと叩いた。
『そ、そんなことよりお兄さん! ここにきた目的、だよ。早速取り掛からない?』
『日ぃ改めてでもいい気もするがぁ、まぁお前がいいなら付き合うぜ? ティナも、眠い様だったら無理して起きてんな』
お兄さんはニンマリしながら、ティナに近づいて優しく頭を撫でた。ティナも特に抵抗する気はないようだった。
だけどお兄さんは僕に目を向けた途端に、ティナからすぐに手を離す。まるでおっかない魔物でも見た様な顔だった。僕もその視線が気になって、周囲を見回して見たけど、特に危険な魔物の気配はない。何より、お兄さんの視線は僕の周囲じゃなく、僕に向けられたのが更によく分からない。
お兄さんが驚いたことは感じ取れても、その理由をどう解釈するかまでは「上感覚」の範疇じゃないのだ。
あまり釈然としない気持ちと、いつしか抱いていたモヤモヤした気持ちにそっと蓋をして、僕は早速ティナの家作りに取り組むのだった。
***
あれから豹柄のお兄さんから軽くレクチャーを受けて、基本的に何をどうすればいいのかは感覚で理解した。僕自身、自分の能力「上感覚」の便利さに我ながら呆れてしまった。
今お兄さんは、家を建てるために必要な木材を取りに行ってくれている。ティナは木材以外の金物を必要数生成してくれて今は、僕の後ろでうとうとしていた。
その一方で残された僕は、簡単な設計図を描いていた。どれぐらいの大きさの家を建てるのか。どう言った部屋をどこに配置させるか決めておかないと、歪な様相になってしまいかねないからね。
僕は爪を尖らせて、自分の頭の中にあるイメージをそのまま木板に描いた。定規? コンパス? そんなのは必要ない。僕の能力「上感覚」があれば直線から真円、黄金比までフリーハンドで描写可能なのだ。そんなこともあってか基本となる図面はお兄さんが帰った頃には仕上がっていた。
帰ってきたお兄さんは、僕の描いた図面を見ると瞠目して、次の瞬間にはもう笑うしかないと言う様に苦笑いを浮かべた。
だけど、お兄さんには既に沢山仕事をさせてしまった。運んでもらってきたのは家一軒分の木材だ。それなりの量がある。もう夜も遅い事だし、お兄さんには今日は帰ってもらうことにしよう。そのついでに、ティナを僕の家族のところに連れて行ってもらえたら、後はなんの気兼ねなく僕も作業にも移れる。
お兄さんは僕の提案に半ば納得いかない様子だったけど、僕がこう言う時に絶対折れないことも知ってくれていた。お兄さんは夢現なティナを背中に乗せて、不本意気味にこの場を去った。
残された僕一匹だけだ。
さぁ、ここからが本番だ。
夜の冷え切った空気とは裏腹に、僕の心は熱く燃えていた。少しの眠気はあるけれど、そんなもの全く気にならない。
ティナにはこの一日、我慢してもらっている。元人間として、これ以上幼い女の子に不便を強いたくはない。何より、僕はお父さんとお母さんからティナを任された身だ。いや、僕の両親だけじゃない。彼女の幸せを一番願っていたのは、今は亡き彼女の両親だったはずだ。
僕も彼女には笑っていてほしい。もう何も苦労なんてさせたくない。そんな想いが一層、僕の決意を確かなものにしていた。
今日は昼頃まで寝溜めしたんだ。この夜、一日ぐらい徹夜してもおつりはくると、この根拠のない自信が正に深夜テンションの表れだと薄ら分かっていながらも、僕は気がつかないふりをした。
僕は一点集中、家造りに精を出す。こうなった僕は誰も止めることはできない。ただみんな寝静まった時間。物音を立てすぎない様にしながら、目の前の作業を黙々と熟していく。
この分なら朝までには出来上がってるかもしれない。
――キン
とか、そんなことを意気込んでいたわけだけど「上感覚」は、眠気にも敏感だった。慣れない獣人の姿に化ていたこともあってか、作業中に寝てしまっていたみたいだ。意識を失う前に何かがあった気がしたけど、寝る間際の出来事なんてそうそう記憶には残らないものだ。目を覚ました時には、ティナの膝の上で猫の姿になっていた。
陽は上りきり、暖かな日差しがまた僕を眠りに誘おうとしている。油断すると、また眠りについてしまいそうだ。
『頑張ってくれてありがとう。私は大丈夫だから、ゆっくりでいいからね』
ふと、僕を膝に乗せたティナの優しい声が聞こえた。彼女の柔らかい声に、さらに眠気が強まる。けれどせっかく話しかけてくれたんだから、僕もしっかり意識を覚醒させる。
『うんん、ごめんね。今日の朝頃までには完成させておきたかったんだけど。獣人への変化に慣れてないみたい。他の変化とかはそんなことないんだけどね……』
僕の意思にティナは少し気まずそうに、苦笑いを浮かべた。何もティナは気負うことはないんだけどまぁ確かに、ただの野生の猫が一日で人間の家を作るなんて荒唐無稽な話聞かされれば、苦笑いしたくもなるかもしれない。
『昨日は寝起きでたくさん遊んだからね。きっと疲れてたんだよ。それにしても、昨日の夜だけでここまで作れるのは、すごいね』
僕達の眼前には骨組みだけの木造の建造物があった。まだ壁や床なんかも組み立てきれておらず、僕からするとその進捗度はあまりに中途半端だ。
それに家だけ造ってもあまり意味はない。家具がなければ、ほとんど野外と大差ない。例えばベットフレームとか、食器棚とか机とか椅子とか。その辺りも加味すると今の進捗状況は総合三割ぐらいと見ていいかもしれない。でも寝落ちしてこれなら、今日中にはなんとかなりそうだ。僕は内心で胸を撫で下ろした。
『うんん、そんなことないよ。僕こそ、あんまり役に立てなくてごめんね。もう少し、気合いを入れ直さないと』
『――ねぇレイ』
ティナは少し顔を強張らせていた。その声色も、いつもの優しくて柔らかいものとは少し違った様な気がする。何かまずいことを口走ったかもしれないと、僕も少し体に力が入った。
ティナは僕の耳が少し横に傾いた――所謂、イカ耳になった僕を見て、少し怯えた様な表情を浮かべてしまった。僕の様子を気にしてか、ティナは僕の頭を優しく撫でる。でもその手つきはいつもより、ぎごちない気がした。
『やっぱり、なんでもない。私今日、やることあるから、もう行くね』
ティナはそう言うと僕の脇の間に手を差し込んで、僕の体をそのまま持ち上げて膝上から下ろした。僕はティナに何か声をかけたかったけど、寝起きなこともあってか気の利いた言葉も思い浮かばない。
『……うんん! 膝貸してくれてありがとね。僕もご飯食べたら作業に戻るけど、何かあったら呼んでよね。どこにいても、絶対駆けつけるからさ』
この村に来てまだ日の浅いティナの"やること"について、気になりはしたけどあまり心配はしていなかった。昨日仲間達への挨拶回りは昨日終えたし、存外ティナはしっかりしてる。
今僕がすべきことは、ティナの一挙手一投足を気にかけることじゃない。ティナが安心してこの村で過ごせる様にサポートするのが、今の僕が唯一できることだ。
そうして僕は軽く伸びをして、自分の家族の元へと戻ったのだった。
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