63. 頼れる豹柄猫のお兄さん
『実はさ。この化猫の村に人間の家を建てようと思うんだけど、どの辺りが良いかなって。それと、家の作り方についてもイメージが欲しくて』
豹柄のお兄さんは僕の言葉に瞠目した。一瞬僕が何を言ったのか理解できなかったみたい。だけど次の瞬間、お兄さんは勢いよく吹き出す。そして、心底面白いものを見た様に大笑いしたのだった。
『――あっはっはっは! 相ッ変わらずお前は規格外でいいなぁ! 最高だ! 確かに人間がこの村に暮らすためにゃ必要だわなぁ。それで建てようなんて発想になるのは、お前ぐらいだろうが。……だが家のイメージってんなら、その嬢ちゃんの方が詳しいんじゃねぇか? 嬢ちゃん、俺らと意思疎通できるんだよな?』
豹柄のお兄さんの問いかけに、ティナは少し肩をビクッと震わせた。お兄さんも人間の子供の扱いは苦手だと言っていたのは本当みたいで、困った様に尻尾を揺らしている。
『は、はい。言葉はわかりますし、確かに私も人の家には住んでたので、形はわかるんです、けど…………でも、レイ。あの……』
ティナは助けを求める様な視線を僕へと向けた。豹柄のお兄さんもティナにどうやって接したらいいのか探り探りで、側から見てる分にはとても微笑ましかった。でも助けを求められたからには、そんな呑気はしていられない。僕はすかさずフォローに入る。ティナの言いたいことは、考えなくてもわかっていた。
『うん。家の形とか、内部の間取り的なことは分かるんだけど、そもそもの建て方がわからないんだよね。例えば食糧庫が一番、人間の家に近いと思ってるんだけどさ。それをどうやって作ったのか知りたいんだよね。知識があれば、後は僕の「感覚」でどうにかするから。ね?』
豹柄のお兄さんは僕の言葉に、目を細めて考え込んだ。お兄さんは僕の能力「上感覚」がどれほど万能なのか、よく知ってくれている。それこそ『お前なら家の作り方ぐらい知っててもおかしくない』とでも思っていそうな節すらあった。
一方ティナはと言うと、困惑した様な視線を僕に向け続けていた。少しだけどその瞳には、疑念の感情も混ざっている様な気がした。まぁ確かに、側から聞いてればあまりにも楽観的な言葉に聞こえたことだろう。
『なるほどなぁ。とはいえ、俺もその手の専門家って訳じゃあねぇ。人様が長い間住むような家なんて作ったこたぁねぇし…………建てるにしても金物は仕入れねぇと、今この村に在庫がねぇかもしれねぇな』
唸り声をあげながらお兄さんは少しの間考え込むと、彼はそのままティナへと視線を流した。
『なぁ嬢ちゃん。あんた今、魔法使って俺らと話してるが、鋼属性の魔法は使えたりするか? 人間がよく建築やら物作りに使ってる、金物を作ってもらいたいんだがぁ……』
豹柄のお兄さんが言っているのはたぶん、魔法によって無から釘やら金具を生成できるかって話だろうか。それがメジャーな魔法かは分からないけど、ティナの能力を持ってすればできなくはなさそう。とは言えティナの話を聞いてしまったからか、やっぱりティナに魔法を使わせるのは、どうしても少しの抵抗感を抱いてしまう。
ティナは豹柄の兄さんの問いかけに戸惑った様子だったけど、掌に小さな魔法陣をスムーズに展開させた。
――キン
構築完了の音と共に、ティナは自分の掌に釘を数本か生成して見せた。まるで市販品かと思うほどの精巧な造りだ。ティナの能力を知ってる僕でも、無からものを生み出す芸当に思わず目を瞠った。
『えっと、あんまり私も詳しくない、ですけど。こう言うのなら出来ます。でも魔法で作ってるので、時間が経ってしまうと――』
『おいおいマジか嬢ちゃん!? その年で大したもんだよアンタ! あー……いや怖がらせちまって悪ぃな。いやだが、これは中々。今の一瞬でここまで精密にモンを作れんのかぁ…………なるほどな。"茶の兄貴が言ってた"のはこう言う』
豹柄のお兄さん思うところはあるようで、興奮した気持ちを抑えるため、深く息をついた。因みに茶の兄貴、とは僕のお父さんのことだ。ティナのことは族長様に相談したって言うし、豹柄のお兄さんもその報告の場に居合わせていたのだろう。
けれど僕は豹柄のお兄さんの意思に、少しの違和感を覚えた。けれどそんなことも問う間も無く、豹柄のお兄さんは言葉を続けた。
『すまね。んでもってよ。嬢ちゃんの懸念なんだがそりゃ問題ねぇ。確かに普通の魔法なら、この金物は時間が経てば脆く崩れちまう。どんなに優れた魔法使いでも、一日そのままの形を保てりゃあ上出来だろうさ。だが、この村には特殊な結界が貼られててな。正確には魔術的な結界じゃなくて、族長様の能力なんだが…………まぁこの村の中で作ったもんなら、魔法で使ったものでも半永久的に残るんだよ。なんなら普通の鋼より耐久は保証できる』
内心で僕は感嘆した。族長様の能力について、僕も詳細は少ししか知らない。ただ「雨風をこの村に通さない結界を張っている」とか「この村の戦士達に力を与えている」とか、噂では「能力猫がこの村でよく生まれる」のも族長様の能力のおかげなんじゃないか、って言われてたりする。雄の三毛猫であり、能力猫でもある族長様はやっぱり格が違う様だけど、もし機会があるなら族長様の能力について、直接本人に聞いてみたいところだ、
豹柄のお兄さんは昂った気持ちが抑えられなくなって、口角を少しあげて上機嫌に尻尾を揺蕩わせた。人間の子供に対する緊張は、もう解けたみたいだ。
『よし嬢ちゃん! ここは一つ、取引といかねぇか?』
『取引、ですか?』
ティナは聞きなれない言葉に、思わず聞き返した。僕もお兄さんのことは信用しているけれど内心で気を少し引き締めた。お兄さんは僕達の様子を全く気にせずに言葉を続ける。
『あぁそうだ。子供のあんたにゃ、少し難しいかもしれねぇが、そんな大層なことじゃねぇんだ。俺らぁこの村の住人で、今アンタもこの村で過ごす仲間、つまり立場としちゃあ対等だ。だから何が言いたいかってぇとな。アンタに「茶の息子の労力」と「家を作るための知識」、そして大本命の「家」を提供する代わりに、アンタは家を作るための「金具」と後一つだけ、お願いを聞いてほしいんだ』
流石の僕もお兄さんの意思に少しの緊張が走った。
お兄さんはおそらくティナの話は聞いているはずだ。これは予測でしかないけれど、ティナが襲撃を受けたのは、彼女の持つ能力が原因だって線が一番濃いと思っている。そんな中で、ティナに能力を酷使させる様な提案は、流石に許容できない。僕は密かに固唾を飲んで、一人と一匹を見守る。ティナも僕と同じで少し緊張している様だ。
『………はい。私にできることなら』
『あぁ、アンタにしか出来ねぇ』
豹柄のお兄さんは何か迷った様に顔を伏せていたけれど、決意を決めた様にキリッと顔を上げる。
『時間がある時でいいんだがぁ…………人語について教えてもらいてんだ』
『あれ? お兄さんって人間の町に出歩いてるんじゃなかったでしたっけ?』
思わずティナが反応を返す前に、間に割って入ってしまった。僕の疑問に豹柄のお兄さんは、気まずそうに苦笑いを浮かべていた。
『そりゃあな。だが『変化』で誤魔化せるのは外見だけで、発声やら言語はまた別の問題なんだよ。一応若い頃に独学で習得はしたんだが…………人間からしてみると変な訛り? っつうのか。そんなものがあるらしくてそれを直してぇんだよ。な? 悪い話じゃねぇだろ? なんなら読み書きも追加してくれんなら、食料を人の町から下す件も少しサービスしてやるぜ』
ティナも豹柄のお兄さんからの要望が意外の様で、目を瞬かせていた。もうお兄さんに対する恐れの感情は収まっているようだ。
『それでいいなら。それぐらいなら、私は良いんですけど、あの…………私、能力で魔法とか得意なんですけど、本当にそれだけで、いいんですか?』
『ん? あぁ。確かに今アンタがしてるみてぇなことが俺もできりゃいいんだがなぁ。魔法覚えるぐらいなら、言葉覚えたほうが手っ取り早いだろ? 流石にあんな事件があって、アンタを近隣の帝国に連れ歩くわけにもいかねぇしな。自分のことぁ自分でやるさ』
豹柄のお兄さんはサラリと答えて見せる。ティナが言いたいことは「言語の他にも、魔法で色々なことができるけどそんなお願いで良いんですか」と聞いたんだろうけど、豹柄のお兄さんがその意図に気がつかない訳がない。その意味を汲み取った上で、お兄さんは気がついてないふりをしているのだ。
僕のニヤニヤした表情に豹柄のお兄さんは気がつくと、プイッとそっぽを向いた。一方でティナも、伝えたいことが伝わってないことにあわあわしている。
どうやら僕が間を取り持ってあげる必要がありそうだ。
『だってさ。それなら交渉は成立ってことで! 取り敢えず、今僕の住処から近くて、空いてそうな場所で言うとー…………あそこあたりかな。建て方のノウハウを教えてくれれば後は僕で建てるよ』
僕は技能『精神干渉』を用いて、豹柄のお兄さんへ特定の場所のイメージを送った。豹柄のお兄さんは肩を竦める。僕がまた変な技能を使ってることに、呆れ果てているみたい。彼は軽く嘆息した。
『なんだ場所もしっかりおさえてんじゃねぇか。そこなら問題ねぇはずだ。っで、どうする? 今からなら俺ぁ空いてるが、お前のコンディションが問題なけりゃ付き合うぜ』
『ありがとうお兄さん! 体力は大丈夫! …………ティナ、ちょっと無理させちゃうかもしれないんだけど。その金具をいくつか作ってもらいたいんだけど、お願いできるかな?』
僕の申し訳なさそうな意思を感じ取ると、ティナは表情を緩めて首をゆっくりと振った。
『うんん。気にしないで。私が暮らすための家のことだから、手伝うのは当たり前だよ。ありがとう、レイ。それと、お兄さん』
ティナは首を軽く傾けて、笑顔で僕たちに感謝の旨を伝える。本当にティナは心も開いし優しいし、できた子だと思う。
豹柄のお兄さんはまた少し恥ずかしがる様に、顔を背けてパタンと尻尾を揺らしていた。
『お、お前らはまだ子供なんだからいいんだよ! ほら、行くぞ茶の息子! 早速下見だ』
『はいお兄さん!』
豹柄のお兄さんは遂に耐えきれなくなった様に、僕達を一瞥もせずに、僕の伝えたその場所へと歩みを進めた。僕もそんなお兄さんの後ろにトコトコとついて行き、その少し後ろ。ティナも僕達に着いてくる。
もう陽も落ちきって空は暗闇に覆われていた。もうそれなりの時間になっている様だけど、たっぷり睡眠をとって、たくさん遊んだ僕の意識はこれ以上ないぐらいに覚醒していた。できればティナには無理はしてほしくないけれど、置いていくわけにもいかない。
僕達二匹と一人で軽く歓談しながら、ティナの家を建てる予定地へと赴いたのだった。
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