61. 弟妹達は天使でした
『はいみんなー、せいれーつ!』
僕は弟妹達がお母さんの元に帰ってきたのを見計らって、少し遠くからみんなに呼びかけた。みんなの耳が一瞬ピョコンと跳ねると、僕の目の前までトコトコと歩み寄って、横一列に整列してお座りをした。
相変わらず僕の弟妹達は賢い。こんな物分かりの良い弟妹達を持って、僕も兄として鼻が高い。
僕は自慢げに小さく鼻を鳴らす。僕の少し後方、女の子座りをしているティナも、にこやかに僕達子猫の姿を眺めていた。猫好きとしてはたまらない光景、自然と表情も緩んでしまうことだろう。と思っていたけど、ティナの視線は眼前の弟妹達じゃなくて、自慢げな僕を見てるような気がした。
一旦ティナの視線には気がつかなかっことにして、僕はひとつ咳払いをして仕切り直す。
『えー、みんな。ティナのために動いてくれてありがとう! それで早速で悪いんだけど。今みんなに集まってもらったのは、とても大切なお話があるからです』
僕の意思に、みんなは真剣な面持ちで付き合ってくれていた。そういえば弟妹達を集めて真面目に話をするのは、とても久々だった。確か一年前ぐらいに「お父さんが狩りで怪我をしたので、無理は言わないように」って事を伝えたのが、最後だったこと思い出す。きっとそれで今回も重要なお話だって、みんな思ってくれてるのだろう。
僕はティナを一瞥する。ティナは少し緊張した様子で、コクリと頷いてくれた。僕は視線を弟妹達へと戻した。
『えー、実は! 今日からこのニンゲン、ティナがこの化猫の村で暮らすこととなりました! 良い子だからと言って、あまりわがままは言いすぎないように!』
僕の意思に、弟妹達四匹はお互いに顔を見合わせた。特に赤目で三毛柄の妹と、黄色目で白黒柄の弟は目をキラキラと輝かせている。
赤目で三毛柄の妹はお座りをしていられずに、ティナへ駆け寄っていった。心はもう完全に許しているみたいで、尻尾を立て小刻みに震わせながら、ゴロゴロと喉を鳴らしてティナにスリスリと体を擦り付けた。これにはティナもニッコリである。
赤目で三毛柄の妹は僕とティナを交互に見やって、半ば興奮状態で意思を伝える。
『ねぇ茶にぃ! このニンゲン、ここにいてくれるの!? ずっと!? 私、このニンゲンのお姉ちゃんになるの!?』
『ずっとかはー、まだ分からないかなぁ。詳しい事は族長様が持ち帰って考えてくれてるからね…………だけど、赤三毛がティナのお姉ちゃんって柄かなぁ?』
僕の揶揄う様子に気がついて、赤目で三毛柄の妹はムッとした様に眉を寄せた。素直に可愛い。
『あー笑ったぁー! それなら茶にぃだってそのニンゲンの弟だよー! なんだかんだ一番はしゃいでたじゃん!』
『そーだそーだ! そしたらついでに俺が茶にぃと赤三毛と、そのニンゲンのにぃになるんだぁー!』
赤目で三毛柄の妹に便乗して黄色目で白黒柄の弟も、意気揚々と意思を伝えてティナへと歩み寄る。そしてそのまま、ティナの膝の上に我が物顔で座ってみせた。
これで自分が兄というのだから、愛おしいたらない。思わず僕の頬も緩んでしまう。
『ふっ、そんなことしてるから白黒は弟なんだよー。その内、橙茶がお姉ちゃんになっちゃうかもねぇ』
『……私は妹でいる方が、気が楽なんだけどなぁ』
橙目で茶柄の妹は、困った様に苦笑いを浮かべた。この子はあんまり積極性がなくて末っ子扱いされているものの、しっかりしてる度合いで言えば僕より上だと常々思ってる。いつも後方でみんなを見守ってくれる、影のお姉ちゃんなのだ。
そんな和やかな空気の中で、僕よりもしっかりしてる、青目で三毛柄の妹は考えがまとまった様にそっと顔を上げた。
『ねぇ茶にぃ。一個だけ聞いて良いかな?』
首を傾げながら、青目で三毛柄の妹は僕に問うた。こんななんて事ない仕草も、なんて可愛いことだろうか。僕はまた自慢げに鼻を鳴らして胸を張る。
『うん、なんでも聞いてよ!』
『茶にぃ、そのニンゲンのこと「ティナ」って呼んでるけど、もしかしてそれってニンゲンが持ってる言う「名前」? 柄とか、目の色とか。ニオイの特徴じゃないよね?』
青目で三毛柄の妹の疑問はごもっともだった。
弟妹達を前にすると、どうしても兄らしく仕切りたくなってしまう。人を紹介するのに当人に自己紹介を促すのを忘れて、そのまま自分中心に話を進行させてしまうとはなんたることか。僕は内心、そんなに自分に密かに嘆息した。
『あっ! ごめんごめん。それを最初に言うべきだったよね』
僕はまたティナへと視線を送る。ティナは膝の上の弟と、落ち着きなく擦り擦りする妹を両手で可愛がっていた。これこそ正に両手に猫だ。
ティナは僕の視線に気がつくと、少しあわあわした。僕はティナの隣に歩み寄ってお座りして、ゆっくりと瞬きをする。猫相手に無敵なティナなら、何も心配なんていらない。僕はそう確信していた。
『青三毛の言った通り! このニンゲンには「ティナ」っていう名前があります! だから、みんなもこの子を呼ぶ時は「ニンゲン」、じゃなくて「ティナ」って呼んであげるように!』
僕はティナに目線を送って、ひとつ頷いて見せる。
ティナは両手で弟妹達を可愛がりながら、僕の意を読みとって一つ深呼吸をした。
『えっと、あの、私。ティナって言うの。みんな名前って慣れてないだろうから、「ニンゲン」って呼んでも良いよ。私はここに来たばかりだから、みんなの妹でも、いいからね?』
ティナはすこし緊張しながら、恥ずかしそうに指で頬を掻いた。
一瞬だけ沈黙が訪れる。かく言う僕も黙ってしまったのは、ティナの放つ儚くて暖かい雰囲気に飲み込まれてしまったからだ。もしかするとこの場には、僕を除けば可愛い生き物しかいないのかもしれない。
赤目で三毛柄の妹も一瞬、動きが固まっていたけど、直ぐにティナへと頭を擦り付けた。
『…………うんん! やっぱ私が妹でいいや! 「ティナ」! 覚えたよ! ティナねぇだ!』
『……うん! これからよろしくね』
反応が返ってきたことにホッとするティナに、僕も内心で胸を撫で下ろした。更に今日何度目かの咳払いするような意思を伝えて、僕は場を仕切り直す。
『いちおう念押しで言うけど、みんなティナが優しすぎるからって、わがままは言い過ぎないように! それと! 実は大事なお話はまだまだ終わりません!』
無駄に壮大な伝え方してみたものの、赤目で三毛柄の妹と黄色目で白黒柄の弟は、もう真面目モードのスイッチが切れててしまったみたいだ。二匹ともティナの元を離れるつもりはないらしい。
内心とても羨ましい。でもその気持ちを抑え込んで、僕は次の本題へと心を切り替えた。
『えー、実は僕。「レイ」っていう名前を得ました! だからこれから僕のことは、「茶にぃ」じゃなくて「レイにぃ」と呼んでくれたまえ!』
高々と意思を伝えた僕に対して、黄色目で白黒柄の弟がティナの膝から降りて僕へと駆け寄った。その顔はどこか不満げだ。
『あー! お前一匹だけずるいぞぉ! ティナねぇとお揃いなのずるいー!』
もちろん、弟のそんな不満は予想していた。だからこそ僕は自慢げな姿勢は崩さずに、毅然とした態度で弟と向かい合う。
『ふっふっふー。そう言うと思って実はぁー、みんなの「名前」も考えてきました! お母さんにも、もう許可はもらっているのだ! もちろん、今まで馴染んでる伝え方でもいいから、そこは自由だからね』
人間と関わりのない野生の猫にとって「名前」というのは、とても新鮮に思えるみたいだ。僕の意思に、弟だけじゃなくて弟妹達みんな、目をキラキラと輝かせていた。
『お、俺もニンゲンになるのか……!』
『名前をもらうだけでニンゲンには、ならないんじゃないかな?』
橙目で茶柄の妹は、冷静にツッコミを入れる。青目で三毛柄の妹も、優しい目で二人を眺めながら感慨に耽っていた。
『さすがレイにぃは行動が早いなぁ。私に名前、かぁ……覚えられるかなぁ』
『それも安心して。ちゃんと覚えやすい様に、短い名前を考えたからね! それと、変な意味も含んでないかもティナに監修してもらってるから、そこも安心したまえ! えーそれじゃあ、お姉さんお兄さん順で発表していきます。みんな並んでー』
僕はコホンと咳払いをする。
赤目で三毛柄の妹と黄色目で白黒柄の弟も、流石に真面目モードに切り替え直して、最初の座り位置へと戻って行った。
僕は二匹が並び直したのを確認して、トコトコと弟妹達の前に歩み寄った。名前を与えるという重大な決め事に、僕も内心でドキドキしている。
そして僕は一度深呼吸をして、ティナと一緒に考えた名前を発表していった。
『まず青三毛は、広く穏やかな心をイメージしました。その名は「ウミ」!』
『うん、覚えられそう』
『赤三毛は、曇りのない底なしの明るさをイメージしました。その名は「ハレ」!』
『うん! よく分かんないけど、いい響き!』
『白黒は、太陽みたいな元気さと逞しさをイメージしました。その名は「ソル」!』
『ソル! なんか、カッコいいな!』
『橙茶は、落ち着いた心と思慮深さをイメージしました。その名は「リン」!』
『いいと思う。私っぽい、名前だね』
僕はみんなに名前を告げて、ティナの横へと戻った。みんなの概ね好意的な反応を返してくれて、内心ホッとする。
因みにみんなの名前の由来は、僕の前世の名前『夏希』から考えた。と言っても連想ゲームの様なもの。「夏」といえばで思いついたのが「海」「快晴」「太陽」「森林」だったのだ。それが丁度、弟妹達四匹のイメージとぴったりマッチしたのだ。
自分の前世の名前から名付けるという、少し重めな感情の思い付きに内心気恥ずかしさはあった。でも今はそれよりも、みんながその名前を気に入ってくれたことの安堵の気持ちが、僕の心を満たしてくれていた。
『みんな気に入ってくれたみたいで良かったよぉ。ティナもありがとう! 僕一匹だったら絶対夜通し考えてたところだったよ』
ティナは静かに首を振った。
『うんん、レイの力になれて良かったよ。私ばっかり助けてもらっちゃってるから。私にできる事があるなら、なんでも言っていいからね』
『うん! 僕もティナのお願いならなんでも応えてあげるからね! こう見えて僕、結構なんでもできるから!』
自慢げな僕の様子を見て、ティナは優しく微笑んだ。僕もティナの純真無垢な笑顔に、心が癒される。
さて、これで弟妹達に名前も与えられたし、ティナのことも受け入れてくれてる。弟妹達をこの場に留めている理由は、もう何も無ない。僕は今日一分かりやすい咳払いをして、みんなの注意を引く。
『おっほん! えー、それじゃあ今日のお話はこれでおしまい! それじゃあー、もう解散!』
僕は雑に解散の意を伝えると、弟妹達四匹はトコトコとお母さんの元へと戻って行った。途中、ハレとソルがティナの方へ体を向けたみたいけど、しっかり者二匹に半ば強引に誘導されて連れてかれて行った。
ティナも僕の弟妹達の様子に表情を緩めて、暖かい眼差しを向けていた。
けれど、ふとその視線を僕へと流した。
『レイはお兄さんなんだね』
とても優しくて、落ち着いた声色だった。
そっと吹いた爽やかな風に、ティナの白銀の髪が揺れる。ティナは風に流れた長髪を、そっと耳裏にかけた。茜色の空が身を潜め、薄暗くなり始めた黄昏時の雰囲気も相まってか、僕は一瞬彼女に見惚れてしまった。
僕は機嫌良く尻尾を大きく、ゆったりと左右に揺らしてティナと目を合わせる。
『まぁね。でも、みんなしっかりしてるから、僕みたいなのでも兄が出来てるんだよ。僕なんかより、ウミとリンの方がよっぽど大人だと思うよ』
ティナはゆっくりと首を振る。
その眼差しはさっきまでの優しさの色は薄れて、とても真面目な意思が読み取れた。
『うんん。二匹ともレイのことをお兄さんって認めてるから、着いてきてくれてるんだと思うよ。それにハレちゃんとソル君をまとめられるのは、レイだからこそだって思うな』
『…………そうかなぁ。うーん』
『うん。もっと自信持って良いんだよ』
ティナは両手で僕の両頬を優しく撫でながら、曇りのない笑顔で優しくその言葉を囁いた。
『レイお兄ちゃん』
完全に不意打ちをくらった。心臓が大きく高鳴る。ティナから囁かれたその言葉が、頭の中で反芻される。「お兄さん」ならまだ耐えられていたんだ。でも、こんな美少女からの「お兄ちゃん」呼びなんて反則だ。あまりにも、破壊力が高すぎる。
僕はティナから目を背けて、なんとかその衝撃を受け流そうとした。でも、早まった鼓動は落ち着くことはなかった。
『…………そ、それは。あの……それじゃあ、ティナは、だって……』
言葉に詰まる僕に、ティナは首を傾げる。こうなってくると彼女の仕草、その全てにドキドキしてしまう。
もう自分が何を言いたいのかもはっきりしなかった。でも、何も返さないのは失礼だからと、僕は必死に言葉を紡いだ。
『そ、それなら、そんな僕を励ましてくれるティナは…………ティナお姉ちゃん、だね』
そうして絞り出されたのは、あまりにも恥ずかしいセリフだった。今日で何度目だろう。顔だけじゃなくて、全身から火が出そうなほど体が熱くなる。
ティナは僕の言葉に目を瞬かせると、彼女はうっすらと頬を紅潮させて僕から視線を逸らした。言葉選びを間違えた事は、最早言うまでもなかった。
『ご、ごめん変なこと言ったよね!? 今の忘れて!?』
慌てて弁明した僕に、ティナは少しの間沈黙した。その空気に耐え切れなくなって、僕は顔を伏せることしかできなかった。
『うんん……忘れない』
彼女の少し恥ずかしがるような、そして嬉しそうな意思は能力「上感覚」もあって、しっかりと僕に伝わった。
僕の心は緩やかに暗くなる空と相反して、乱されるばかりだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!




