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60. 僕の悩みは杞憂でした


 僕はあれから、一頻りティナに猫じゃらしで遊んでもらってしまった。気がついた時には陽も傾き、空は茜色に染まり始めていた。心地の良い涼しげな微風そよかぜが、僕の火照ほてった体とたかぶった心を徐々に冷ましていった。

 

 初め一緒に遊んでもらっていた弟妹二匹は僕が混ざってから早々に、満足した様子でお母さんの元へと戻ってしてしまった。僕が寝ている間も二匹は遊んでもらっていたから当たり前ではあったけれど、気分が舞い上がり始めていた僕には、少しの消化不良感が残ってしまう。でもだからと言って、僕はこのままティナと二人きりで遊び続けるわけにはいかなかった。僕にはやらなきゃいけないことが山ほど残っている。遊んでる暇はないのだと。

 そう思っていたものの、結局僕は猫としての本能には抗えなかった。


 

 ティナの猫じゃらし捌きは、お世辞を抜きにして神業だった。ティナの能力が「猫を可愛がる能力」と錯覚してしまえるほど、彼女は猫の扱いに長けていた。


 猫心をくすぐる、緩急のある揺さぶり。そのスピードから挙動まで、全てに彼女のこだわりを感じられた。特に、弟妹達二匹を相手をしていた時は左右に大きく揺さぶりをかける動きをしていたのに対して、僕一匹だけになった途端にティナは、上下左右の動きを駆使して、普通の猫では捉えられない不規則かつスピーディーな挙動で僕を翻弄し始めた。


 ティナは見抜いていたのだ。

 僕が弟妹達二匹に合わせて遠慮していたこと。そもそも僕が猫じゃらし相手に本気を出す気がないことを。たぶん、それがティナの猫好きとしてのプライドを刺激したんだと思う。それは感覚能力なしにしても確信していた。

 だってもし僕が人間で、同じ立場にあったのなら僕もムキになる自信はあったから。



 だからこそ僕は忖度なしに、ティナとの遊びに向き合った。能力や技能を使えばもちろん、猫じゃらしを捕えることなんて容易い。視覚の能力「未来予測」で軌道を読むことも、技能『反応速度強化』で時間の進みを遅くして、猫じゃらしの挙動をコマ送りの様に観察する事だってできた。



 でも僕から言わせれば、そんな手段に頼るのはナンセンスだ。猫好きなティナの挑戦に、そんな小細工で応えることは、一匹の猫のしてのプライドが許さなかったし、楽しませてくれようとしてくれてる彼女に対して失礼極まりないと思った。


 

 まぁ結局そのおかげで、こんな時間までティナの掌の上でじゃらされてしまったわけなんだけどね。でも、ティナにも楽しんでもらえたようだから良しとしよう。

 徐々に体に籠った熱は涼しげな風に流されていって、僕はようやっと我に帰った。



『ご、ごめん。ちょっとムキになりすぎちゃった。ありがとう、もう大丈夫だよ』



 僕はゆっくり瞬きをしながら、更に「サイレントニャー」をして遊んでくれた感謝を重ね重ね伝えた。猫のゆっくり瞬きは信頼の証。そして人には聞こえない様な声で鳴く、所謂いわゆる「サイレントニャー」も、猫が親に甘える時や信頼を寄せるときに用いられる行動だ。もちろん、ティナにはこんなことを説明しなくても分かってくれることは確信していた。



『うんん。私も久々に楽しかったからいいよ。レイが満足してくれたなら、私はそれでいいの』


 

 ティナは僕の意を汲み取って、その柔らかくて小さな手で僕の頭を撫でた。その表情や声色はとても柔らかかった。ほとんど無意識的に僕は喉をゴロゴロ鳴らして、リラックスモードに入る。今のサッパリとした気分のまま昼寝をして、ゆったりと一日を終えるのもやぶさかではないと。そう思ってしまったのは一瞬だけだった。



 ティナは両親を亡くしてから、まだ一日程度しか経っていない。心だってまだ安定しないであろう中で、ティナは快く僕達家族の相手をしてくれたんだ。元人間としてこのまま、はいお休み、と振り切れるほど僕は薄情にはなれなかった。

 心を落ち着かせるために、体をブルブル振るって気持ちをリフレッシュさせる。仕切り直しだ。



 遊びに区切りがつかせて、僕はお母さんの元まで足早に駆け寄った。お母さんは遊び尽くして興奮気味な僕に優しく目を細めていたけど、要件はわかっている様で少し呆れた様な感情のニオイも漂わせていた。僕の能力「上感覚」により研ぎ澄まされた嗅覚は、感情のニオイを的確に嗅ぎ分けることができるのだ。

 僕はお母さんの反応を気にもせずに、「ティナの今後のこと」について相談したい旨を伝えた。



 でも同時に僕はとあることに気がついた。

 僕の弟妹達四匹全員、お母さんの元にいないのだ。もともと活発な性格をしている赤目で三毛柄の妹と、黄色目で白黒柄の弟は兎も角として、青目で三毛柄の妹と、橙目で茶柄の妹までいないのはかなり珍しかった。



 お母さんは僕が気にしていることを全て理解している様に、今の状況について詳しく語り始めた。


 

 お母さん曰く、僕が一番気にしていた「ティナの今後や現状の不明点を、族長様や戦士長に報告と相談する件」について、お父さんが既に済ませているから気にしなくて良いってことだった。ティナをこの村でどう扱うかも、族長様が持ち帰ってくれていて、今はその返事待ちってことみたい。



 確かに、僕はお父さんへ現状の問題点と不明点については全て共有していた。

 ティナの家族が帝国兵に襲撃を受けていた時、技能『熱探知』によって捉えられた不可解な人影のことや、地下迷宮ダンジョンから持ち帰った魔法の杖に残されていた「"魔導者"を求めている」メッセージのことまで。

 お父さんがとても聡明な猫なのは、よく理解してる。それなら確かに、わざわざ僕が改めて報告に行く必要がないと言う、お母さんの主張はごもっともだった。



 ただし、僕も簡単には引き下がらない。

 このままだと僕は、お昼まで惰眠を貪った上に、守るべき相手に遊んでもらって、その後また昼寝に興じる、実に猫らしくはあるけれどこの村の化猫の戦士としては、あまりに無責任な猫に成り下がってしまう。


 

 それならばと。僕は取り急ぎ確認が必要となるティナの食事事情や、村での生活についてもお母さんへと問うた。


 流石に人間のティナに、生の蛇肉や蛙肉を食べさせるわけにはいかない。こんな森のど真ん中で火を扱うのはあまりに怖い。

 村にある食糧庫には干し肉なんかも置いてあった気はするけど、長期保存が聞くだけで塩分を多量に含み猫の腎臓に良くない干し肉なんて、猫の村ではそれほどの量は備蓄もしていなかったはずだ。森の中にある湖に生息する魚なら、辛うじて生でも食べられなくはないかもしれないけど、この化猫の村には生魚を長期保存する術なんてない。もし魚を獲りにいくなら、日が暮れる前には動いておかないと今日の食事には間に合わないだろう。


 それに村での生活のことだってそうだ。ティナをこの村から追い出す動きはなくなったとは聞いたけど、僕はこの村の全員から好かれているわけじゃない。能力を持って幼いながら活躍する僕に対して、敵愾心を抱いている仲間は少なからずいる。あまり考えたくはないけれど、僕への嫌がらせとしてティナが危害を加えられることだけは避けないといけなかった。


 

 でもどうやらそんなことも、お母さんは考慮済みみたいで涼しい顔をして続けて答える。と言うのも、弟妹達四匹がいないのは正に、そのためとのことらしい。


 

 まず赤目で三毛柄の妹と、黄色目で白黒柄の弟は今村中を駆け回り、僕が元気に遊んでることと、ティナは危険なニンゲンじゃないことを広めてくれているらしい。

 一方で青目で三毛柄の妹と、橙目で茶柄の妹は、人間の住処へよく足を踏み入れている豹柄のお兄さんの所へ出向いて、人間の食糧について相談してくれているとのことだ。

 淡々と語るお母さんの顔は、とても凛々しく見えた。

 


 僕のお母さんに付け加える様に、ティナも僕を気にかけて補足してくれた。僕が寝ている間、どうやら二人でもう話し合いは済んでいるようだった。


 

 ティナは数日かけて、あの馬車で違う国へと移住する予定だったことを教えてくれた。かなり長期的な旅行を想定していて、数日分の食料は持っているとのことだった。ティナはそう語りながら、とある魔法を使ってみせた。



 ――キン



 魔法構築完了な音を感知したと同時に、ティナは何もない空間から小さなお弁当を取り出した。その中には、サンドウィッチのようなものが敷き詰められていた。この世界でも「サンドウィッチ」って名前なのかと言われれば、その言葉の由来から考えるとたぶん違いそうだけど。

 かなり状態も良くて、鮮度の劣化は全く感じさせない。僕も技能『食貯蓄』によって、異空間にものを収納しておけるけれど、ティナの使っていた異空間にものを収納する魔法は、状態を保存することに長けているみたいだ。

 地下迷宮ダンジョンで手に入れた魔法の杖があれば僕でも使えそうだし、『食貯蓄』で溜め込んでいたものは全部、この魔法に移した方が良いかもしれない。

 


 そんなことを考えていたんだけれど、転生してから久々に見た人間の食事に、僕のお腹からぐ〜と音が鳴った。



 油断していた。恥ずかしさから一気に顔が熱くなる。お母さんとティナはそんな僕の様子に顔を合わせると、その顔を綻ばせた。

 それからティナは僕へ、その人間の貴重な食べ物を両手に乗せて差し出した。



『たくさん遊んでお腹すいたよね。レイなら、食べていいよ。猫が食べちゃいけないものは、入ってないと思う』



 ティナは軽く首を傾けながら、優しく目を細めた。その声色はとても柔らかくて、油断するとその優しさに甘えたくなってしまう。でも、これは貴重なティナの食べ物だ。僕もそう簡単には曲げられない。



『そ、そんないいよ! べ、別に人が食べる食べ物なんて……全然、興味ないし……』



 僕の意思とは裏腹に、能力「上感覚」はとても正直だった。僕はばつが悪くなって、ティナから目を背けた。



 この猫生において、僕が食べたことのある固形物なんて生肉や、森にある小さな果物ぐらいだった。勿論、味付けや調理なんて概念は野生の猫にはない。お肉に火を通そうにも、扱い慣れてない炎の魔法を扱って森林火災にでもなったら目も当てられない。



 僕の「上感覚」は味覚にも反映されるから、猫としての食事は正直苦痛でしかなかった。

 僕は生唾を飲んで、必死に堪える。ティナは僕の様子を見て、両の手に乗せたサンドウィッチを半分に分けて、片方を僕へと差し出した。



『それじゃあ、半分こしよ。今日一日、私と一緒に遊んでくれたお礼。だから、受け取ってくれたら、嬉しいな』



 ティナはにこやかに微笑んで、僕と目線を合わせる。ティナの揺るぎない翡翠色の瞳は、その意志の固さを物語っている気がした。彼女の白銀の長髪と、穏やかな印象を与える彼女の容姿からは、可憐で儚い雰囲気を感じさせるけれど、彼女の心にはしっかりとした芯が通っているようだった。それは紛れもなく、良い両親に恵まれていた証拠なんだって思った。


 こんな瞳を向けられたら、もう断ることなんてできなかった。本来猫が食べる食べ物ではないけど、技能『変化』を応用すれば塩分の問題は僕にとってなんてことない事だ。僕はお母さんに視線を移すと、お母さんはゆっくりと瞬きを返した。『乙女に恥をかかせるな』とでも言いたそうな顔つきだ。



 僕は人の姿に化けるか一瞬だけ逡巡して、結局猫の姿のままティナに差し出されたサンドウィッチを口に含んで咀嚼した。



『っ――……うん。美味しい』



 瑞々しい野菜に、濃すぎない味付けの甘酸っぱいソース。久々に食べる生じゃない、調理されたお肉の味。外側のパンはサクサクとしていて食感も楽しい。

 転生してから美味しいと思える食事を摂ったのは、これが初めてだった。前世人間として染みついた味覚は、未だ慣れることなんてない。今、獣人の姿に化けていたらきっと、感動で涙を流していたとさえ思う。

 


 勢いよくサンドウィッチに食らいつく僕を、一匹と一人は優しい目で見つめていた。


最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!

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