6. 猫の家族は温かでした
この世界への理解は諦め、僕は昼寝に興じていた。色々気になることはあるけど、折角猫として生まれ変わったんだ。細々したことなんて考えず、猫としての優雅なスローライフを送ることにしよう。
それに、ここ数日はこの村のことを知ろうと歩き回ったおかげかかなり疲れが溜まっていた。一歩一歩が小さいし体力もない。側から見てる分には可愛いけれど当事者となるとこの上なくしんどい。さんざっぱら歩き回った後は、体力が切れてお母さん猫に首根っこ咥えられ半ば呆れられながら寝床に戻る。そんな生活を繰り返していたところ、今日は母猫のモフモフな体に包まれ逃がさないスタイルで取り囲まれてしまったのだ。こうなったらもうこの幸せを心から受け入れる他ない。
僕の三毛のお母さん。
夜寝る時は体を包み込んでくれるし村の外に落ちてしまわないように子供達をずっと見守ってくれている。まぁこんな高所から落ちたら無事じゃ済まないことは、転生して理性ある僕じゃない子供達もしっかり理解してる。
それと早々にトイレの場所や寝床を覚えた僕に『この子天才か!?』という感情を向けたり感情豊かな一面もあったりする。僕の印象『家族思いで優しくて、それで面倒見のいいお母さん』って感じかな。
そんな幸せな時間を過ごしていると僕の隣にコテンと何かが寄りかかる。見なくても分かる。僕の妹だ。
僕は所謂五つ子だった。妹が三匹と弟が一匹。ちなみに『弟』『妹』と表しているのは、僕が長男として扱われているからだ。
僕には人として生きた記憶があるからね。当然それは大きなアドバンテージになっていた。親からしても僕の成長速度おかしいのが丸わかりらしく、いつしか長男という位置が築かれていた。まぁ他の子達ももふもふで可愛いから悪い気はしないし、尻尾とかで遊んであげると喜んで飛びついてくるのがすごいかわいい。
まぁこういうことしてるから兄の位置に着いてしまったわけなんだけど。
因みに今隣に寄りかかって来たのは青目の三毛猫。
長女としての立ち位置で、両親に次いで僕が他の子と違うと気がついた大天才。遊ぶ時は遊ぶけれど、ご飯時や就寝時とかはちゃんと大人しくするし、よく僕の行動を見て学習しようとしている。物覚えもいいし自分の主張もしっかり伝えられる賢い子だ。僕なんかより親はこの子を可愛がるべきだと常々思ってる。早くコミュニケーションを覚えこの子をもっと可愛がれ!と伝えてあげたい。
青目の妹は僕に頭を擦る。愛おしい。猫として転生したけれど果たして僕の心臓は幼少期時代を乗り越えられるのだろうか。今だに自分から毛繕いするのは抵抗あるから僕も頭をスリスリでお返しをする。
グルグルと幸せそうな喉の音が聞こえる。
『はぁ〜可愛い。可愛さに心臓が痛めつつもグルグルで心が整う。それはそう、例えるならばサウナの後の水風呂。真夏に長蛇の行列を並んだ後のフワフワパンケーキ。テスト前日、夜中の長編漫画読み返し。プール終わりの、国語の授業、なんて、ね………何適当こいてるんだろうね』
とか物思いに耽っていると頭をポンと小突かれた。所謂猫パンチである。こんなことをするのが誰なのかも分かる。『赤色目の三毛猫』の次女だろう。
そう思いながら上を向くと予想通り。彼女はつまらなそうに猫パンチを構えていた。
この子はかなりお転婆な子だ。僕の遊びにすぐ食いつくしよく走り回ったりして、お母さんに首根っこ咥えられて戻ってくるランキングとしては僕を抑えて一番だと思う。自分の主張はしっかり伝えるタイプで僕たちの中で一番鳴き声をあげている印象がある。今は遊び盛り真っ最中。偶に朝早い時間に猫パンチで起こされることもしばしばあるけれど、そこはまぁ、可愛いければOKです。
僕はお母さんの顔を見る。視線で「遊んでいい?」と思いを浮かべながら尋ねる。お母さんは赤目の妹を見たのちに僕に顔を向けてゆっくりと瞬きをした。
この意味は前世の知識として知っている。
信頼の意だ。
とりあえず許可は得たし心も整ったから軽く体を動かすことにしよう。僕はお母さんに人には聞こえないほどの音で軽く鳴き声を上げたのちに青目の妹の鼻に鼻をチョンと当て立ち上がる。
因みに、人には聞こえない鳴き声を元の世界ではサイレントニャーと言ってこれは子猫が母猫に甘える時に出す声である。人間の頃これの意味を知った時から、愛猫に対して目をゆっくり瞑りながら口パクでニャーとよくやっていたものだ。伝わってたのかは定かじゃないけどね。
後、鼻チョンもこれは猫の挨拶の一つ。親しい間柄のみで交わされるこれも好意を伝える手段の一つだね。確か鼻キスとも言ったはず。うちは多頭飼いじゃなかったしあんまり人に鼻チョンをする子でもなかったから、こう言うことができてちょっと幸せ。
もちろん、これらの好意の行動は個体差があるからね。されたことがないから好かれていないわけじゃないし鼻チョンも、もし猫が嫌がってたら人間から無理強いするのは御法度であることに注意だ。
赤目の妹は立ち上がる僕にわかりやすく眼を光らせている。大人しい猫も好きだけど、こういう遊びたい盛りの元気な猫も大好きだ。元人間ではあるけど僕も彼女と遊ぶのはとても楽しい。
そして赤目の妹はお座りをしながらゆっくりと尻尾を揺らす。早く大きく揺れる時は機嫌が悪い意思の表れだけど、ゆっくり揺れる時と小刻みに震える時は期待の表れ。彼女が何を待ってるのかは分かる、けれどその前に。
僕は軽く鳴き声を上げ少し遠くらへんでくつろいでいた弟を呼ぶ。
『黄色目の白黒猫』。この子も赤目の妹に次いで元気があって可愛いんだけど、加減を知らずに噛んできたり他の姉妹達にちょっかいかけたりまだまだ幼さの残るやんちゃっ子だ。まぁ生まれて数ヶ月。色々と学ぶのはまだまだこれからだからね。ここは兄として、噛んだら痛いということもちゃんと教えてあげなければいけない。
それと、弟を呼んだのは簡単なことだ。
弟は僕の呼びかけに全速力でこちらに突進して来る。
これだ。前にも赤目の妹と遊んでいたらコレをされて思いっきり吹っ飛んだ。比喩じゃない。爪を剥き出して牙も立てて来るし、勢いもあるから直撃するとかなり痛い。それを不意打ちでして来るから遊ぶ時この弟は必ず視界に入れときたかった。まぁ元気がいいことはいい事だからね。ここはやめさせるんじゃなく、伸ばしてあげることが大切だと思うんだよね。うんうん。
多分僕猫の兄としては向いてないと思うんだよね。
僕は弟をギリギリで避けてお母さんの目の届く範囲で駆け回る。その際尻尾を少し下にピクピクと垂らし妹を食いつかせる。弟は僕の尻尾ではなく、僕の身体を全力で追いかける。心底楽しそうにする弟を見ると、僕も人間の気持ちなんか忘れて楽しめる。この時間がこの上なく好きだ。
弟の突進をヒョイと飛んで避けたり、妹からの尻尾への引っ掻きには尻尾をまっすぐ立てたりぶんぶんと大きくふったりして避けたり、わざとちょっと捕まってみたり。人の頃には絶対にできない動きに気持ちが高揚する。
一応、弟妹達と比べたら僕の方が体力的には上だった。多分人としての思考力が動きにも出て体力消費を最小限に抑えられてるのだと思う。
とは言え、数十分もすれば弟妹二人の体力も限界が近くなる。本当に最低限のラインとしては口呼吸だね。犬はよくハァハァ舌を出して口呼吸するけど、猫の口呼吸は相当苦しい時にしかしない危険な合図。遊んでる時に猫が鼻呼吸から口呼吸に切り替わったらそれは遊びすぎだから、一回休憩が必要となる。当然、口呼吸を確認してから止めるじゃなくて、その前に切り上げるのがベストだ。
僕は二人の残体力を見越してわざと弟の突進を食らい戯れながら、尻尾も緩急をつけて動かす。すると妹も僕に戯れて飛んでくる。
このわちゃわちゃとした時間がたまらなく好きだ。僕もこの子達と一緒なんだと心から安心できる。
けれど刹那。尻尾に尋常じゃない痛みが走った。
多分噛みつかれた。なんとも言いようもない感覚に身を捩りニ匹から脱出する。ギニャァ!という猫らしい悲鳴をあげるところだったけれど、妹弟達を驚かせたくはなくなんとか声は我慢できた。
弟妹二人は僕の反応に尻尾が垂れ下がってしまう。せっかく楽しんでたのにビックリさせてしまったようだ。と、少し僕自身も落ち着いてしまったけれど、ここは長男らしくしっかり怒らないといけない。あの噛み方は弟だ。僕じゃなかったら痛い目に遭うのは妹達だからね。僕相手だからいいやで放っておくことは残念ながらできない。
僕はゆっくりと弟に歩み寄って『今のは痛いからやめて』という思いを込めてうぅーと低めに一鳴きする。弟も完全に落ち込んでしまったようで目を合わせない。『敵意はありませんよー』の意志を感じる。わざとじゃ無くて気分が昂ってついやってしまったようだ。
うん。反省してるみたいだしこれ以上落ち込んでる顔も見たくない。ちゃんと厳しい意思は伝えたことだし、これ以上は僕の心も痛い。もうちょっと優しく言っても良かったのかもしれない。後は存分に甘やかしてあげよう。僕は二匹に体を擦り付けお母さんのに体を向けて『行くよ』と軽く鳴き声をあげる。
この後また絡まれるだろうから一旦は休憩と言ったところかな。赤目の妹と黄色目の弟は僕にトコトコとついて来た。これだけで可愛いからもうなんでも許せてしまう。そして、もう一度まるまる母親の元に体を傾けようとしたけれど、まだ長男としてやらなければいけないこともあった。
僕は妹と弟がお母さんに寄り添ったのを確認してから『いつもの場所』へと向かった。
いつもの場所。
それはこの村から外の森が一望できる場所だ。その荘厳な光景はとても新鮮で、僕もよくその場には訪れていた。ただこの村は地上から数百メートル以上も離れた場所にある。弟妹達と遊ぶことの多くなった今は安全を考えて訪れる機会は減っていた。
では誰にとって『いつもの場所』なのか。
それは残る最後の妹。彼女は寝そべりながら地上を眺めていた。
『橙色目の茶トラ』の三女。
この子はザッ大人しいタイプの猫だ。元気がないわけじゃないんだけど、他の子達と比べるとかなり落ち着いている。ただ落ち着きすぎててあんまり自己主張しないおかげか、親からは気にかけてあげないといけない一番下の扱いされてる。まぁお腹が空いた時は赤目の妹がいつも主張してるし、遊びも僕が絶え間なくしてるから自分から主張する必要がないだけなんだろうけどね。ただ僕もこの子のことはまだよくわかってなくて、ちょっと気にかけてあげたいと思うような子だ。
橙目の妹は僕に気がつくとゆっくりと伸びをした。僕が一緒に行こうと鳴き声を上げる前に、僕の意図を読んで行動もしてくれる。察する能力は高いんだけど、そのおかげで自分の主張を我慢したりはしないでほしいと思うのは人間だった僕だからこそ抱くエゴなんだろうか。そこのところはやっぱりコミュニケーションができない弊害だ。多分もう少し大きくなればちゃんと意思疎通はできるようになるだろうから、その時彼女がどう思ってるのかちゃんと聞いて今後どうするのかは決めたいと思う。
そんなこんなで五つ子全員集合でお母さんの元に戻りゆったりとした時間を過ごした。
それから時間が経ち夜となる。
空はすっかり暗くなり、弟妹達は寝息を立てスヤスヤと眠っていた。僕はと言えば、この弟妹達の姿を見たいがために、というのもあるけれどもう一つ理由があって起きていた。
――ガリッ ――ボスッ
木に爪が食い込む音と、何か軽いものを蹴る音が聞こえる。やっと帰って来た。そう。
やっとお出まし僕のお父さんだ。
その姿は月明かりにシルエットを模った。この村は地上から数百メートルはあり猫であれ駆け上るのは苦労が多いはずのに、いつも難なく大人たちはこの村まで駆け上る。まるで空でも飛んでるかのような跳躍力。それは猫というよりも翼の生えた虎のようだ。
お父さんは村に着地しお母さんに顔を向けた後僕にも顔を向ける。僕は『おかえり』と軽く意志を伝えゆっくり瞬きをする。お父さんはそれにすこし呆れた感情を僕に向けながらも僕の頭をざらついた舌で毛繕いする。
茶虎柄のお父さん。基本日が出ているうちは村にはいない。地上で狩りをして、深夜ぐらいに自分の体より大きい獲物を加えて村に戻ってくる。今日は一足獲物は食糧庫へ置いて来ているようだ。狩りをしているせいか基本血生臭いけど、顔を合わせると必ず僕たちの毛繕いをしてとても子供思いなのが伝わる。夜は夜で見回りをしたりして所謂村の警備員的な存在でもあるようで、こうやって遅くまで起きていても少ししか姿を拝むことはできない。ちょっと寂しい。
お父さんは僕の毛繕いを終えるとまた直ぐどこかへ足を向けたが、僕の顔を見て歩みが止まった。
なんだろう、と思う間もなくお父さんはこちらへと歩み寄り、ゆっくりとお母さんの近くで丸まった。どうやら少し寂しさが伝わってしまったのかもしれない。お父さんのことは少ししかまだ知らないけど、こういう優しいところを見て、僕はこの家族の一員として生まれてよかったって思えた。
これから僕はこの村でこの家族の元、生を過ごすことになる。正直なところ完全に踏ん切りがついているわけじゃない。人間としての未練はタラタラだ。きっと元の世界で僕が死んだことを友達や両親は悲しんでくれているだろう。無謀すぎたって怒られてるのかな。車道に出て行ったバカだと罵られてるのかな。
残された人たちのことを思うとこの上なく胸が苦しくなる。けれどその分救えた命もあった、はずだ。
僕が命をかけて救った命。優先席に座っていた妊婦とお腹の中の子供。生き延びられていればあの子は大切に育てられることだろう。僕の命は繋げられなかったけれど、僕はちゃんの命をつなげられた。
友達や両親にこんな我儘を聞いてもらうのは酷かもしれない。でも、その命を大切にして前を向いてほしいと心から思う。
僕もこの世界で、今度はそんな我儘を残さなように。悔いが少しも残らないように頑張って生きるから。
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