59. 爽やかな寝起きでした
それから僕が目を覚ましたのは、陽が高く登りきった頃のことだった。前世を含めても、こんなに深い眠りについたことがないと思うぐらい気持ちの良い熟睡だった。
ゆっくりと瞼を開けて、徐々に意識を起こしていく。僕は家族がいるいつもの寝床に戻っていた。三毛柄のお母さんに包まれて、隣では妹二匹が身を丸めてうとうとしていた。暖かな日差しにフワフワな猫の身体。お日様に当てられた猫のニオイに安心して、僕は再び瞼を閉じかけた。
けれど、自分のするべきことを思い出して僕はギリギリのところで踏み止まる。
頭がフワフワする中、僕はゆっくりと立ち上がり伸びをした。お尻を高くあげて両腕をピンと伸ばし、そこから今度はお尻を下げて後脚を伸ばす。
体がいつもより軽い。これまで溜まっていた睡眠負債が、綺麗さっぱり吹き飛んだ様な爽やかさを覚える。きっとこれもティナが使ってくれた、リラックスさせる魔法のおかげなんだと思う。
僕は眩い日差しに目を細めながら、大きく欠伸をする。空は雲ひとつない快晴だ。
あれからどれぐらい眠ってしまったのか、流石に一日寝たきりじゃないとは信じたい、と。そんなことも考える間も無く、僕は眼前の光景に瞠目した。
そこには楽しそうに遊んでいる、赤目で三毛柄の妹と黄色目で白黒柄の弟の姿があった。以前に僕が作った、木の枝と抜け毛の猫じゃらしで、ティナが二匹と遊んでくれていたのだ。
ティナが僕の家族に受け入れられてることに胸を撫で下ろしつつ、これまで何を過度に心配していたのかと、僕は肩を竦めた。
そんな様子を見ていてたお母さんが、後ろで薄く笑うような意思を漏らした。
『おはよう、よく寝れた?』
お母さんはゆっくりと瞬きをして、僕の鼻に鼻をチョンと当てた。
そう言えばここ最近はやる事が多すぎて、夜にしか寝ない人間的な生活を続けていた気がする。子猫という身でありながら夜しか寝ずに駆け回る僕のことを、お母さんは心配してくれてたみたいだ。
僕も信頼の意を込めて、お母さんにゆっくりと瞬きをし返した。
『うん。ちょっと無理しすぎてたみたい。でも、そのー…………ごめんなさい。僕にあの子の事任せてくれたのに、結局。お母さんに任せることになっちゃって、その……」
お母さんは口籠る様な意思を伝える僕に、ゆっくりと首を横に振った。
『気にすることなんてないわ。貴方は十分に頑張った。今あぁやってあの子が笑顔でいられてることが、奇跡みたいなものなんだから。貴方は自分のしたことに誇りを持っていいのよ』
お母さんから伝わる暖かい気持ちに、僕の心は満たされた。ここ最近は両親の優しさに、支えられてばっかりな気がする。でも、これが本来あるべき姿なのかもしれない。これまで色々なことをしてきたけど、僕はまだ四歳の子猫なんだ。そんな子猫が危険を顧みない行動ばっかりするんだから、親からしてみれば、さぞ気が気じゃなかったことだろう。これからはもう少し、身の振り方について考えないといけなさそうだ。
『うんん、ありがとうお母さん。それにティナのことも、受け入れてくれてありがとう』
『……「ティナ」。あぁ、あの子の名前ね。ええ、この村に来た時はどうなるものかと思ったけど、あの調子なら心配はなさそうね』
お母さんは眼前で子供達と遊んでいるティナ達へと視線を向けた。お母さんは優しく目を細めながら、ゆっくりと尻尾を揺蕩わせている。その様子からは全くの警戒の心はないみたい。僕もティナ達へと視線を向けた。本当に楽しそうに遊ぶ二匹と一人を見て、密かに心が潤った。
『うん。まだ思うところはあるみたいだけど。でも、ティナなら大丈夫だと思う。例え村のみんながティナに敵意を向けたとしても、絶対に僕が守ってみせるから』
思い出すのは昨日の事。僕がこの村に帰ってきた時、村の仲間達はティナへ『恐れ』の視線を向けていた。それだけこの村の化猫にとって、人間という存在は未知で馴染みがないのだ。それにお母さんから聞いた話だと、ティナを受け入れるかどうか意見は割れているって話だ。
村のみんなが手荒な真似をするはずないと思ってるけど、未知に対する恐怖にどう行動するのかは、正直読みきれないところではある。
僕の警戒する様子に、お母さんは薄く笑っていた。
『ふふふ、頼もしいわね。でも、村のみんなのことも信じてあげてね? あの時は状況もよく分かっていなかったし、貴方のことが心配でみんな気が立っていたのよ? 『茶の息子が人間に手を出した! もしかしてその人間に変なことされたんじゃないか!』ってね。貴方が帰ってきた時も酷い顔をしていたから余計に、ね』
そういえばあの時は初めて人間を手にかけて、先のことも真っ暗で気も滅入っていた。周りから見てそれが『人間が何かしたせいで茶の子が落ち込んでる』と思われたのだろうか。まぁ猫に囲まれたこの村で、僕は基本テンション高く振る舞っているから、もしかするとそのギャップのせいでそう思わせてしまったのかもしれない。
『そう、だったんだ。うーん…………そっか。そこまで気が回らなかったよ。それじゃあみんなにはちゃんと、僕は大丈夫だって伝えなきゃね。少ししたら挨拶回りにでも行ってみるよ』
ティナのことを大人達に相談したいところではあるけど、それより先にティナの安全の確保が優先だ。そんな僕の様子にお母さんは目を瞬かせると、また薄く笑った。
『本当に、貴方はしっかりしてるわね。でも大丈夫よ。貴方がスヤスヤ眠ってるところを見に来た仲間もそれなりにいたから。珍しく子供っぽいって、みんな安心して帰ってったわよ』
お母さんは揶揄う様に言う。
人の姿だったらきっと今の僕の頬や耳は、真っ赤に染まっていたことだろう。体がものすごい暑い。寝顔を見られるのを間接的に伝えられるって、思ったより恥ずかしい。
『そ、そうなんだ。それでティナには、どうだった?』
『悪い人間じゃない、って事は分かってもらえたと思うわよ? 感覚の鋭い貴方が身を預けて膝の上で眠っているんだもの。意思疎通もできるようだし、ティナを追い出す様な動きはもう無くなったんじゃないかしら』
『それはいいんだけど。いいんだけどさぁ……』
顔から火が出るというのは、こういうことを言うのだろうね。散々ティナに撫でられて愉悦に浸っいた僕だけど、これでも前世十七年人間として生きた人格はあるのだ。
眉に皺を寄せて不満げな表情を浮かべている僕に、お母さんは優しい微笑みを浮かべ続けていた。
『良いじゃない。普段は大人顔負けの貴方も、寝てる時はちゃんと子供だって事。私以外にも知られてしまったのは、ちょっと残念ではあるわね』
『もぉーお母さん!』
また少し揶揄う様子のお母さんに、僕は分かりやすくムスッとしてみる。なんてことない会話だけど、この時間がとても幸せに思えた。
そんな風に和んでいたのも束の間、さっきまでティナと遊んでいた赤目で三毛柄の妹が、こっちに駆け寄って来た。気分がかなり高揚しているみたいで、ピンと張った尻尾を小刻みに震わせている。うち一番の元気っ娘の姿は、さっきまで僕の抱いていた恥ずかしい気持ちまで吹き飛ばしてくれた。
赤目で三毛柄の妹は溌剌としながら、僕に顔を擦り付けて心地良さそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
『ねぇ茶にぃ! 茶にぃも一緒に遊ぼうよー! あの人間、遊ぶのとっても上手なんだよ!』
遠くではまだ黄色目で白黒柄の弟が、ティナと遊んでいた。
確かにティナの猫じゃらし捌きは、目を見張るものがあった。闇雲にブンブンと振り回すだけじゃない。しっかりとした緩急がある。
初めはゆっくり動かしつつ、自分の背中側に猫じゃらしを回して猫からその動きを見えなくしたりして、猫が食いついてくれるのを待つ。やがてその動きに釣られて、猫がお尻をフリフリして飛びかかろうとするその瞬間に、素早く猫じゃらしを動かす。そしていくらか追いかけさせた後に、ちゃんと捕まえさせてあげてもいた。実にニャンコファーストかつ、ストレスフリーな遊び方だ。この遊び方ができるだけで、ティナはやっぱりかなりの猫好きなんだと確信できる。
僕もやる事が山積みなのはわかっていた。それでも可愛い妹からの遊びの要求に加えて、猫心を擽る猫じゃらし捌きに、我慢なんてできなかった。
『ふふふ、もぉ〜、赤三毛はしょうがないなぁ〜。青三毛と橙茶はどうする?』
僕は静かにくつろいでいた二匹の妹。青目で三毛柄の妹と、橙目で茶柄の妹に意思を飛ばしてみた。二匹とも今は日向ぼっこな気分みたいだけど、兄としてのフォローは欠かすことはないのだ。
それと僕も「レイ」っていう名前を得たことだし、弟妹達も名前を持つのもいいかもしれない。この五匹兄弟姉妹の中で僕だけ名前持ちって言うのは、あまりに不公平だからね。遊び終わった後、名前についてはお母さんに相談してみよう。と、勝手に心の中で思っておく。
妹二匹はお母さんの懐の中で、顔を見合わせた。
『んー、私はもう遊んでもらったから良いかなぁ』
『私も、うん。今日はゆっくりしてたい』
妹二匹はうとうと気分で答えた。
青目で三毛柄の妹は満足げな様子だったけど、橙目で茶柄の妹はティナにちょっとだけ警戒しているみたい。でもそれが当たり前の反応なのだ。生まれてから初めて人間と出会って、その日の内に心を許して遊べる野生の猫なんて、前世でもそういなかったからね。
『そっか。それじゃあまた今度ってことで! それじゃあー、赤三毛! 準備はいいねー!?』
僕はそっと立ち上がって体をブルブルと振るった。尻尾もピンと立って気分は絶好調だ。
赤目で三毛柄の妹も僕の様子を見て、目をキラキラと輝かせていた。相変わらず僕の妹は可愛い。
『もちろん茶にぃ! いつでもオッケーだよ!』
『よぉーし! それじゃあー突撃だー!』
僕は赤目の妹と一緒に、ティナの元へと駆け出した。勢いよく向かってきた僕たちに、ティナはちょっと驚いていたけど、結果的に僕たちは日が傾くまで遊び尽くすこととなった。
野生の魔物を狩る僕にとって、猫じゃらしを捕らえることなんて容易いことだ。でも、この弟妹達と遊んでいる時だけは、心の底から猫でいられる気がした。能力も技能も使わない。ただありのままの猫として僕は、この幸福な時間をしっかりと満喫するのだった。
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