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58. 睡眠は大事でした


 吾輩は化猫である。名前は「レイ」。

 人間の少女「ティナ・エイミス」と出会った事をきっかけに、僕は四歳にして名前を持つこととなった。化猫という種族はコミュニケーションにおいて「言語」を用いないから、人間と関わらない限り名前を持つこともないのだ。


 

 僕は夜空を見上げた。標高が高く、空気の澄んだ化猫の村から見える夜空はとても綺麗だ。空に浮かぶ煌めく星々に見惚みとれながら、僕は物思いにふけっていた。思い返すのは、名乗ってしまった自分の名前の事だ。

 

 僕が名乗った「レイ」と言う名前、それは「前世飼っていた愛猫の名前」なのだ。これからも猫として生きる覚悟を込めてこの名を名乗ったものの、今更になって自分の抱いていた感情の重たさに気がついた。前世から極度の依存体質だって自覚していたつもりだったけど、その性格が死んでも治っていないことに、自然とため息が溢れた。


 

 僕は夜空から、自分のふところへと視線を移した。

 ふわふわモコモコな僕の身体に、ティナはその華奢な体を埋めている。僕は技能『変化』によって身体を肥大化させて、ティナをしっかりと包み込んでいた。ティナの落ち着いた鼓動と寝息が、僕の毛肌に伝わる。どうやら僕の身体は、心傷の少女に少しの安らぎを与えられてるみたいだ。


 

 内心で胸を撫で下ろす。

 ティナの様子からもう、僕が気を張っている必要もなさそうだ。これで頭を悩ませる心配事もサッパリ消え去った。心の強い彼女ならきっと、この先立ち直れるはずだ。僕もしっかり彼女をサポートして、これからどうするのかを族長様やお父さん達に相談しないといけない。これからやることは山積みだ。


 

 僕も明日に備えて眠りにつこうと目を瞑った。


 

 けれどダメ。全く寝付けなかった。

 猫という生き物は、一日の大半を寝て過ごしている。「猫」の名の語源は「寝る子」なんだという定説さえある、わば睡眠のスペシャリストだ。付け加えて、僕の能力「上感覚」は眠気に対しても非常に敏感なのだ。それこそ少しでも眠気を感じると、その瞬間に気絶したように寝てしまうような体質で、技能『変化』によって睡眠に対する耐性をつけなければ、猫の中でもまともに日常生活が送れないほどなのだ。

 


 そんな僕が今寝付けないと言う、異常事態に見舞われている。

 しかしその理由は実に明確。実はまだ、気にせざる終えない問題が、一つだけ残っていたからだ。いいや、問題という程大層なことじゃない。本当につまらないことなんだ。けれど僕はどうしても、その問題を無視する事ができなかった。


 

 現実逃避をするように再び空を見上げて、僕は心の中で密かに叫んだ。

 



『お、お、お、女の子に抱きつかれながら寝られるわけないっ!!!」


 


 よこしまな気持ちがあるわけじゃない。前世は猫にしか興味がなかったから、女の子に対する免疫を得る機会なんてなかったんだ。

 それに僕の能力「上感覚」はしっかりと、彼女の安心し切った感情を伝えてくれている。直に伝わるくすぐったい寝息。生きてる事を実感させる鼓動。標高の高い場所のため気温も低く、人の身には少し肌寒いのか、ティナは僕のモフモフな体をギュッと抱きしめていた。ティナを安心させるためベット代わりになろうと包み込んだけど、僕は完全に上がってしまっていた。



 まぁでも良いんだ。お母さんからの話だと、この村の猫達全員がティナを歓迎しているわけじゃ無い。初日ぐらいは監視体制ぐらいは必要だろう。

 と、そんな思っても無い適当な理由をつけて、僕は変に高まったテンションで徹夜を決心した。



 それから僕は、一睡もしないまま朝を迎えた。



 まばゆい朝日が、僕に現実を押し付けてくる。

 徹夜を覚悟した時の高揚していた気分は、朝には見る影を落とした。「一日ぐらい何とかなる!」なんて半ば深夜テンションで思っていたけど、こうして朝を迎えてしまった時の後悔たるやなかった。

 

 それにここ最近は、能力や技能を酷使し続けたおかげで疲労がかなり溜まっていた。北の森のゴブリンの縄張り侵害の件から始まって、それから地下迷宮ダンジョン攻略、ティナを帝国兵から救い出したりと、この直近二日間は猫には似つかわしくないハードスケジュールだった。自分の行いに後悔はしてないけど、身体に残る倦怠感は無視できなくなっていた。



 僕がそんな自業自得な後悔にさいなまれているとは露知らず、ティナは僕の懐の中で眠たそうな声を漏らして目を擦った。

 ティナは寝ぼけ眼で周囲を見回すと、そっと立ち上がって軽く伸びをした。寝起きはいいみたい。僕も眠たい気持ちを振り払って、お尻を上げて両腕をピンと伸ばしながら欠伸をする。更に技能『変化』によって、子猫のほどのサイズに身を縮めた。



 ティナは僕の様子を横目で見ると、朗らかな微笑みを浮かべて僕の頭を撫でた。出会った時も思ったけど、やっぱりこの子相当猫を撫で慣れている。元人間の人格は残っているから撫でられるのには抵抗があるはずのに、それを吹き飛ばすほどの技量テクニックがある。何かコツとかあるのか人に化けた時にでも聞いてみてもいいかもしれない。

 そんな呑気なことを考えながら、僕はティナの撫でてくれている手に頭を擦り付けた。

 


「おはよ。レイ」

 


 ティナは優しい声色で僕にささやいた。

 この笑顔を見ただけで、徹夜によって増幅された倦怠感はどこかへと吹き飛んだ気がした。


 

「みぁー」



 今ティナは翻訳の魔法は使ってないから、僕の意思は伝わらない。僕は猫らしく鳴いて呼応した。



 さて、少し気分も晴れたことだし、ここからが本番だ。睡眠をとるのは全て片付いた、その後にしよう。

 今はまだ朝も早いから弟妹達は寝てるだろうけれど、お母さんならきっと起きてるはず。ひとまず僕の家族の所に戻って、お母さんに状況を話す。それで、お父さんが村に居るなら、お父さんと一緒に族長様の元を訪問して、今後の方針について相談。後はティナ関連で言えば、「魔法の杖に残されていたメッセージ」の件だって、これ以上目を背け続けるわけにもいかない。一部内容は伏せる必要はあるけど、話しはしておかないとね。

 よし、これで大体の方針は固まった。プランはバッチリだ。

 


 そんなことを思案する僕の傍ら。ティナは僕が猫の鳴き声で返したことに、キョトンとした表情を浮かべながら首を傾げる。けれどすぐハッとなって、空中に円形の魔法陣を展開させた。


 

 ーーキン


 

 比喩でもなく一瞬の出来事だった。ティナの組み立てた魔法陣から、構築完了の音が聞こえる。やっぱり能力もあってか、魔法の構築速度はものすごい早い。

 でも昨日ティナから聞いた話もあって、彼女に魔法を使わせてしまっている現状に、どうしても申し訳なさを覚えてしまう。コミュニケーションの手段として僕には技能『言語変換』があるわけだから、その事は今日中にでも打ち明けておかないといけなさそうだ。



『ごめんね。言葉分からないの忘れてた』


 

 ティナは少し気恥ずかしそうに頬を掻いて、昨日と同じように化猫のコミュニケーション方法で僕に意思を伝えた。僕はティナへとゆっくりと瞬きをして、気にしてない素振りを見せる。猫のゆっくり瞬きは、信頼の証だ。


 

『うんん、気にしないで。おはようティナ。まだ眠いなら体大きくするよ?』


 

 僕の提案にティナは、静かに首を横に振った。

 でもおかしい、ティナの様子が少し変な気がする。さっきまで浮かべていた朗らかな微笑みは消えている。まだ昨日の襲撃から一日も経っていないこともあって、僕も緊張から肩に力が入る。ティナは僕を撫でる手を止めて、僕の目線に合わせるようにしゃがんだ。


 

『ありがとう、レイ…………もしかして。ちょっと眠い?』



 急に図星を突かれて、ギクっと肩を揺らしてしまった。僕はティナから視線を背けて、どう誤魔化そうか頭を回転させる。


 

『え?! い、イヤー? そんな事、ナイヨー。ウン、ナイナイ。ほら! 元気元気!』



 僕は眠気を誤魔化して、ちょこちょこピョンピョンと跳ね回ってみせた。そう言えばティナは、表情の裏側を鋭く感じ取れる子だった。僕も能力「上感覚」のおかげで、自分の感情を隠すのはこの上なく苦手。隠し通せるわけもなかった。

 ティナは僕の見え透いた空元気にムスッとしていた。

 


『無理しなくてもいいんだよ? 鳴き声も掠れてたし、尻尾も立ってない。目もしょぼしょぼしてるよ』


 

 うろちょろと跳ね回る僕の脇の間に、ティナは手を差し込みそっと僕を抱き上げた。変化のおかげで今の僕は子猫サイズだ。十数歳の少女でも持ち上げるのは容易なのだ。僕はこれ以上誤魔化しきれないことは悟りつつも、心配をかけるのも嫌だからおとぼけを続行させて見る。

 


『そ、そうかなぁー? 僕、あんまり朝強くないんだよー。だいじょーぶ! もうちょっとすればいつも通り――』



 ――キン


 

 その瞬間。魔法構築完了の音を感知したのと同時に、僕の身体が暖かい魔力に包まれた。瞼が一気に重くなる。それにとても心地良い。油断すると意思が持ってかれそうになる。ティナが魔法を使ってくれたのはなんとなく分かるけど、あまりにも油断しすぎて対応しきれなかった。

 


『これはね、お母さんがよく使ってくれた魔法なの。暖かい魔力に包み込んで、心を落ち着かせる魔法。私が無理しようとした時に、よくこの魔法を使って落ち着かせてくれたの』


 

 遠のく意識の中で、ティナの言葉を薄らと認識する。どうやら強制的に意識を落とす魔法じゃなくて、リラックスさせる魔法ってことみたいだ。なんともそれは「上感覚」持ちの僕特攻なことか。技能『変化』で睡眠に対する耐性は高めてこれとなると、これ以上抵抗のしようがないし、この魔法に抵抗するのはいけないと思った。

 だってこの魔法は、ティナとティナのお母さんの思い出の魔法なんだから。


 でも今だけは寝ちゃいけない。この眠気に呑まれてしまったら、それこそ丸一日意識を失ってしまいかねない。

 最低でも僕の家族の場所ぐらいは伝えなきゃ。


 

『ありがとう。私のために人の姿になって、体も朝までずっと大きくしてくれたんだよね? 私はもう大丈夫だから。レイにはたくさん、勇気をもらったから。だから、私のために無理しないで…………レイには、元気でいて欲しいの』


 

 ティナの優しくて柔らかい声に、頭がフワフワする。目を開けるのも辛くなって、全身はもう脱力しきっていた。今度は僕の方がティナにこの身を完全に預けた。彼女の切な願いに、僕は抵抗することもやめた。

 もう数秒もしない内に意識が途切れる。そう直感して僕は咄嗟にお母さんの姿を思い浮かべて、技能『精神干渉』でティナへ明確なイメージを送る。

 これが僕のできる、最後の足掻きだった。

 


『…………ティナ。僕のお母さんの場所を、送るね…………お母さんなら頼れるから、目を閉じて………』


 

 そして僕は気絶するように意識を落とした。

 ちゃんとお母さんの姿を伝えてから眠りについたのかも、はっきりとしなかった。

 

 でも、不思議と焦りは感じない。僕の痩せ我慢と違って、ティナの言う「大丈夫」は本当に大丈夫なんだって、僕の「上感覚」がしっかりと伝えてくれていたから。

 

最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


【補足情報】

・魔法の杖のメッセージ:43話. これにて一件落着(?)でした 後半部参照

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