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56. 帝国 『二つの影』 その①


 一匹の猫と一人の少女が心を通わせた、その夜。安寧を手にした二人の裏側で、ある男は人生のドン底に突き落とされていた。

 

 その男の名は「バーカス・ギルバート」。元B級冒険者。

 彼はディビナス帝国内で多発している、能力者失踪事件の実行役、兼、現場の指揮役を務めていた。この男の後ろ盾は、この国そのものだ。彼がどんな荒事を起こそうとも、その事実が明るみに出る事は決してない。騒ぎ立てる被害者家族の処分までも、この国は黙認していたのだ。


 バーカスは冷酷で荒っぽい男であった。女子供を手にかけることにも、全く躊躇ちゅうちょしない。無能力者である自分が、幼いとは言え能力者の命をもてあそぶことのできるこの仕事に、愉悦さえ覚えていた。その歪みきった性格を活かして彼は、これまでその辣腕らつわんを存分に振るっていた。


 

 ただしそれは、能力「魔導者」を所有する齢十三の少女「ティナ・エイミス」を標的にするまでの話だ。


 

 彼はこの仕事で失敗を犯した。それも二度もだ。

 汚れた道を歩み続けたバーカスには戻り道などない。「魔導者」を捕らえられなかった彼に残された道は、死臭漂う地獄へ続く道だけだった。


 

   ***

 


 ディビナス帝国帝城内に備えられた一室。認識阻害と防音の魔法がかけられたその部屋には、窓も灯りも存在しなかった。通気性もこの上なく悪い。むさ苦しいよどんだ空気と魔力が、室内に滞留していた。


 その男、バーカスはこの部屋の中央に設置されている、鋼鉄製の椅子に縛り付けられていた。首元、二の腕、手首、腹回り、腿、足首から手足の指全て、彼の身体は隅々まで鋼鉄製のベルトによって固められていた。

 更に彼の頭部には機械的な魔導装置が被せられ、目元も、この世界にはそぐわないVRゴーグルの様な装置がかけられ視界も塞がれていた。

 闇しか見えない高い天井からは鋼鉄製の太いパイプが伸び、彼の頭部の装置に接続されている。これがいったい何の装置なのか知るものは、この帝国でも片手で数えられる程しかいない。



 一片の明かりも差さない、静寂に包まれたこの異様な室内で、バーカスはようやく目を覚ました。

 


「…………? …………――っ!?」


 

 バーカスは冷水を浴びせられた様に、すぐさま意識を覚醒させた。目を覚ましても、眼前に広がるのは暗闇だ。状況が測りきれない彼は、立ちあがろうと咄嗟とっさに足腰へと力を入れた。


 

「な、なんだよこれはァ!? クソッ!! クソォッ!! こんのッ! は、外れねェ……!」

 


 ガチャガチャと鳴る金属音と、ドスの効いたがなり声が室内に反響する。どれだけ激しく抵抗しようとも、彼は指一本たりとも動かせなかった。可動が許されているのは口だけだ。彼は呼吸を荒くし、背中に冷や汗を滲ませた。

 


 彼は自身が清廉潔白な生き方をしていない自覚していた。多くの人間から恨みを買っている自覚もあったが、自分を捕らえられる存在など、思い当たるところは一つしかなかった。


 ここで逃げられなければ、死より恐ろしい目に遭うかもしれない。その直感的恐怖は男の頭を冴えさせた。物理的な抵抗は無駄だと悟ったバーカスは、即座に思考を切り替える。彼は意識を集中させ、転移魔法を試みた。


 彼は詠唱をしようと口を開き、魔力を込める。

 ――その瞬間のことだ。彼の頭部に被せられた装置が突如として、禍々《まがまが》しい赤色の光を放った。


 

「っ――〜〜〜!!?」


 

 彼の全身を駆け巡る、身が切り裂かれる様な激痛。彼は全身をガタガタと痙攣けいれんさせながら、飛びそうになる意識を歯を食いしばり堪えた。咄嗟とっさに彼は、魔法陣の展開を中断する。

 やがて頭部の装置から発せられた赤色の光も、徐々に収まりを見せていた。


 

「(ど、どう言う事だ、こりゃあ……? これじゃあまるで俺が…………いや今はそれよりもっ……!)」

 


 顔を青くしながら、バーカスは思考を巡らせた。

 けれどこの状況を解決できるような都合の良い案など、男の頭では思い浮かぶ訳もなかった。



 それからいくらか時が経った頃のこと。

 コツンコツンと、金属製の床を歩く音をバーカスは捉えた。誰かが自分に歩み寄ってくる。しかし、それが何者なのかなど、バーカスには既に察しがついていた。

 


「オ、オイ! い、いったいこれはなんの冗談だァ……? テメェの仕業なんだろ? なァ!?」


 

 震えた声は恐怖か怒りか。男は唇を噛み締め、その男の名前を吐き捨てる様に言い放つ。

 


「プリシエラっ……!」

 


 それはバーカスの推測通りの人物だった。

 白いスーツを着こなす、高身長で糸目をした黒髪の男性。彼の名はプリシエラ。彼は高位な貴族でもなければ、騎士でもない。この男こそ、バーカスをこの部屋に捕らえた張本人であり、この帝国内の全てを支配していると言っても過言ではない支配者だった。

 プリシエラは目を細めたまま、ニタリと口角を吊り上げた。


 

「おやおや、目を覚まされたのですねぇ。流石、無能力者でありながら、この身一つで数多の能力者を捕縛してきた名将バーカス殿。しぶとさだけは、対したものですねぇ」


「馬鹿にしてんのかァ!?? さっさと外しやがれッ! なんだよこりゃあ!? どういうつもりだテメェはよォ!?」


 

 バーカスの言葉にプリシエラは、クスクスと嘲笑を漏らす。

 


「どう言うつもりか、ですか。面白いことを言う人だ貴方は…………前に言ったはずでしょう? 次はない、と」

 


 冷たく言い放たれた言葉に、バーカスは身を凍らせた。強気に出ていた態度が、一瞬にして身を潜める。彼は更に呼吸を荒くし、ダラダラと多量の冷や汗を垂らす。彼は前のめりに、プリシエラへと弁明を始めた。

 

 

「ッ! ま、待ってくれ! 違う! 違うんだよ!? またあの青い髪の……! あの女に邪魔されたんだッ! お前の「能力」じゃ探知できねぇ人間が確かにいんだよ!? こ、これじゃあ誰がやったって同じ事だぜ!?」

 


 プリシエラは深く嘆息する。彼の言い訳に呆れ果てたわけではない。事実を何も把握できてない、愚鈍な男へ失望していたのだ。

 


「嘘はいけませんねぇ。少なくとも、「今回は」違うでしょう?」


「………ぇ、は、はぁぁ? ち、違わねェよ!? 俺は、あの青髪の女の尻尾を捉えんだっ! だから今度は邪魔されねぇ様に、俺があの女を足止めて! その裏で「魔導者」のガキをさらおうとしたんだよ!? だかあの女ァ、交戦中に急に姿を消しやがって! そんで襲撃を任せてた部下からの連絡が急に途絶えたんだ!? あの女以外に邪魔される要因なんて……!」


 

 バーカスは口早に言い訳を続けたものの、プリシエラから放たれる威圧に黙らされた。プリシエラは、ヤレヤレとでも言うように首を振った。

 

 

「もういいです。貴方の言い訳はぁ、もう耳が腐るほど聞いてきました…………貴方は失敗したのです。その理由など今更、私にはどうだっていいのですよ」


「っ……! お、俺は散々テメェらに手を貸してきたッ! 高々能力者のガキ一匹取り逃したぐらいであんまりじゃねぇか!? なぁ? 次は絶対に失敗しねぇからよォ……だからもう一度だけ、チャンスをくれねぇか……? 今度こそ抜かりなくやる! ガキだと油断もしねぇ! だから……!」


 

 バーカスは声を震わせながら必死に命乞いする。その様子にプリシエラは一切動じることはない。

 プリシエラは見下すように鼻を鳴らした。

 


「貴方ぁ、何か勘違いをしている様ですね。私は、まだ貴方には頑張っていただきたいと思っているのですよ?」

 

「っ! そ、そんじゃあ……!」


「あぁ。正しくはぁ、貴方の『にくたい』に、ですが」

 

「…………は、はぁ? お、お前何言って」


 

 言葉の意味が理解できず、半ば頭が真っ白になるバーカスに、プリシエラは顎に指を当てて考えるような素振りを見せた。


 

「そう言えば以前に説明はぁ…………してませんよね。貴方の様なモルモットには」

 


 嘲笑混じりに言い放たれた言葉に、バーカスは何も言い返すこともできない。変わらずプリシエラから放たれ続ける威圧に、彼は自分が喰われる側の人間であることを、本能から理解したのだ。

 プリシエラは眼前の木偶の坊と化した男など、気にも止めず独り言を語り始める。

 

 

「生物には必ず、「魂」が存在しています。その機能は様々ぁ、なのですがぁ…………まぁ。「人格と能力を溜め込んでいる器」とでも思ってください」


 

 プリシエラは苦い顔をしながら語る。

 眼前の男に対し懇切丁寧に説明したところで、理解されないだろうと大幅に説明を省いたのだ。彼にとって今の言葉は「便宜上べんぎじょう、円周率は3だと思え」と言うのと同程度の曖昧さを秘めていた。魂について専門的に研究していたプリシエラにとって、今の表現は屈辱ですらあったのだ。

 

 一方、バーカスは彼の思いなども露知らず、言葉の裏を探り続ける。プリシエラは彼の肩に、そっと手を置いて嘆息した。


 

「今ぁ、貴方の頭に被せているのは『魂から能力のみを抽出する魔導装置』なのです。魂の内部を『人格』と『能力』に分離させて、『人格』部分のみを外へと吐き出します。魂の内部に溜め込まれているモノは何と繊細なことか、外気に触れると崩壊してしまうのですよ。だから崩壊しても支障のない『人格』部分のみを吐き出し、『能力』部分は魂の中に残すのです。そして最後、『能力のみが残された魂』をそっと、体から引き剥がすのです」


 

 「しかし第一工程の分離については、まだまだ技術的に難があり――」と言葉を続けたが、ふと我に帰りプリシエラはパンと手を叩いた。


 

「…………???」


「魂は鮮度が大切なのです。生きたままこの装置にかけることが、抽出する「能力」の質を大きく向上させるのです。それは出力、つまり他者へ「能力を付与する」ことにおいても、同じだと私は考えています」


 

 裏を探っていたバーカスは、プリシエラの今の言葉に光を見出した。頬に冷や汗を滴らせながら、乾いた笑いを漏らした。

 


「あぁ、なんだ。そういうことかよ。紛らわしい言い回ししやがって。ビビって損したじゃねェか! 俺に能力を与えてくれるってことだな?」


「ええ、その通りです。素晴らしいでしょう?」


 

 プリシエラは量の手を合わせながら、両の口角を更に吊り上げた。


 

「これから貴方の『人格』を少しずつ吐き出し、魂に余白を作ります。その余白にこれまで抽出した『能力』と『有用な人格』で補填するのです。おそらく五分割程度で完全に上書きされると思いますので、貴方は安心して座っていてくださいね」



 希望に見えたその光は偽りだと、バーカスは瞬時に理解し顔を青くさせた。


 

「…………は? い、いや待てよ! 人格を、上書くだと……?」


「はい。何故、クソの役にも立たない貴方の人格を残す必要があるのでしょうか? 貴方ぁ、自分が特別な存在だとでも思っていたのですか? 私が貴方を利用したのは、貴方の『魂』が有用だったからです。貴方の魂の強度ならばぁ、おそらく耐えられるでしょう」



 救いなどない。逃げ場などない。

 バーカスは定められた自分の運命を受け入れるしかないことを悟った。体は恐怖で震え上がり過呼吸に陥る。半狂乱になりながらバーカスは声を荒げる。

 


「や、やめろ!! やめてくれお願いだぁ!! たかが二度失敗した程度で、あんまりじゃねぇかぁ!? な、なぁ? 俺ら仲間じゃねぇか!? 俺ぁもっと役に立って見せるから、もう一度俺にチャンスを――」


「――貴方を仲間だと思ったことなど一度もありませんよ。貴方のような野蛮人と一緒にしないでいただきたい、けがらわしい…………散々、能力者をこの椅子に座らせてきた貴方に、救いを求められる資格などあるわけないでしょう? これが運命だと、黙って受け入れてください」



 その瞬間、床に描かれていた魔法陣に光が灯った。

 同時に頭部に被せられている装置も、再び赤色の光を放ち始めた。その効果は、先程と変わらない。

 再び、バーカスは激痛に襲われた。しかし今度は、彼の手でこの痛みを止める手段はない。この光が収まるのは、彼が彼でなくなったその時だけだ。


 

 バーカスは泣き叫んだ。しかしその声はもう、眼前のプリシエラにすら届かない。地面に描かれた魔法陣によって、椅子に座る者から発せられる音は完全に遮断していたのだ。



「それではまた、生まれ変わった後でお会いしましょう」


 

 プリシエラはバーカスへ背を向ける。

 彼にはこんな愚鈍な男に付き合っている時間などなかった。彼は泣き叫び続ける男を一瞥いちべつし、部屋を後にした。



 残されたのは、無情に稼働し続ける魔導装置とバーカスだけ。床に描かれた魔法陣と頭の装置だけが光り輝くこの室内で、男の悲痛な叫びは誰にも届くことはなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


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