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54. 少女『ティナ・エイミス』 その①


 膝を抱えてうずくまる少女の隣。僕は猫の獣人へと姿を変えて、少女に寄り添った。愛する家族も、心休まる居場所も、生きる希望も、全てを失った少女へ僕が出来ることを、一心に熟考した。



 まずはこの子の名前が知りたいところだけど、いきなりそれは踏み込みすぎかな。困った時は天気の話、っていうのは、あまりに呑気がすぎる。家族の話や、元いた帝国の話なんて出来たものじゃない。僕を見た時に呟いてた「オセロ」っていう名前もダメ、たぶん家族の話題に次ぐ地雷だろう。かと言って、急に自語りをしても仕方がない。

 

 家族を想起させてしまうような話題じゃない。踏み込みすぎず、それでいて途切れる事のない、そんな都合のいい話題。うなり声を堪えながら、僕は手探りで目前のわらすがりついた。

 

 

『この魔法は、能力? 魔法の扱いを補助する、みたいな』

 


 俯く少女に、軽く目線を合わせて問うた。散々考えたけど、なんだか無難なところに落ち着いた気がする。けれど、彼女が魔法を使ってくれたこの状況で、僕から切り出せる話題なんてこれしかなかった。

 彼女は僕へ一瞥いちべつもせずに、俯いて考え込んだ。


 

『……よくわかんない。でも、他の人より魔法とか詳しいみたい。教えてもらう前から知ってた』

 

 

 今にも消え入りそうな意思が彼女から伝わる。同時に、僕は彼女の拳に力が入ったのを目端で捉えた。


 彼女の言葉をそのまま受け取るなら、「魔法知識を先天的に得て、魔法を扱い易くする能力」と解釈できる。その魔法知識がどの程度なのかにもよるけど、もし全知相当なのだとしたらそれこそ、たった一人で世界の常識を覆してしまえる様な存在、と言えるかもしれない。

 僕の能力「上感覚」も相当に万能だけど、彼女の能力は別次元だ。


 

 そう思ったのと同時、僕は真に彼女の今の状況を理解して、内心で青ざめた。



『…………そっ、か。ごめん。そんな能力使わせて』


 

 思わず彼女から目を背けた。

 これで翻訳の魔法の効果を切られても、文句は言えない。僕はそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。


 

 彼女から伝わる感情を、僕の「上感覚」は鋭く捉えきっていた。彼女は自身の能力を、これっぽっも誇らしいなんて思ってない。それどころか、憎しみに近しい感情を抱いている。



 これは伝わってきた感覚からの推測となるけれど、この子はたぶん、「普通に生きたかった」だけなんだ。世界を変えてしまうような能力なんて望んでない。父親と母親と、愛する猫と幸せな生活を送りたかった。ただ、それだけだった。


 けれど、周囲の環境はそれを許さなかった。

 能力の恩恵さえ受けられれば、彼女の身なんてどうでもいいと言った、身勝手極まりない悪い大人の都合に振り回されて、彼女は全てを失ったんだ。

 口が裂けても、全ての元凶であるこんな能力を「すごい」なんて言えないし、能力の話なんて持ちかけるべきじゃなかったことを痛感していた。


 

 僕は自身の無神経さに、肩をすくめた。

 そもそも、心底から彼女のためを思うのなら、人の姿になんて変化をするべきじゃ無かったんじゃないか。技能『言語変換』を押し付けがましいと控えていたけど、今やってることはそう変わらないだろう。

 僕から行動を起こすんじゃなくて、彼女が落ち着くのを待つべきだったんだ。



 結局のところ、僕が彼女を放って置けないのは、前世の未練を押し付けてるからだ。善意を盾にして、僕は前世の償いをこの少女にぶつけている――



 ――あぁダメだ。こんな時に僕までネガティブなってどうするんだ。



 そう思って前を向こうとしたけれど、夜の冷めた空気は思考さえも凍えさせた。落ち込みたいのは彼女なのに、何を勝手に自己嫌悪に陥ってるんだろうか。

 僕は深く息を吐いて平静を保とうとした、その時。


 

『…………どうして、助けてくれたの?』

『へ?』



 予期せぬ少女から問いかけに、腑抜ふぬけた意思で返してしまった。

 少女は横目で、僕の様子をうかがっていた。涙を滲ませたその翡翠ひすい色の瞳は、月明かりによって一層のこと際立っていた。



 凍てついた意識の底から、一気に現実に引き戻された気がした。

 僕は内心で自分に喝を入れる。こんな時に視野を狭めてどうする。善意だろうが偽善だろうが、自分の行いに責任を持つんだ。こんなんじゃ、この子を任せてくれた僕の両親にも、天国のこの子の両親にだって顔向けできない。

 思わず聞き返してしまった僕に、彼女は気まずそうに俯いて、指で地面を弄っていた。


 

『君は魔物。助けたって何にもいいことないのに。どうして……?』

 


 少女は軽く首を傾げながら僕へと問うた。

 その意思は、少女の身なりから想像できる年齢にしては、悟っていた。おそらく生まれて十数年ちょっと。こんな能力も相まって、近寄ってくる悪い大人も多かったんだろう。彼女の身の上を想像すればするほど、僕の心も締め付けられる想いだった。



 今、そんな彼女が歩み寄ってくれたんだ。僕も真摯しんしに向き合わなきゃ、彼女の勇気に失礼だ。僕は一瞬、ギュッと目を瞑って仕切り直す。

 もちろんあの兵士達の低俗な行いを、そのまま伝えるわけにはいかない。頭の中で言葉を選びながら、ゆっくりと、静かに少女の瞳に向き合った。



『…………ただ、見殺しにしたくなかった。良いとか悪いとか、そんなんじゃない。命をけがそうとしたアイツらが許せなくて。君を大切に思ってた人達が、報われないって思った』


『でも、君だって危なかったのに……私なんて見捨てても、何も変わらなかったのに……』

 


 彼女は僕を心配する意思半分、諦め半分に僕に意思を伝える。その意思は「助けてくれなくてもよかった。この先、生きていくつもりもない」と言っているのと同じだった。まだ年端としはもいかない少女が、恐怖も躊躇ためらいもなくそんなことを伝えられたことに、僕の心は酷く痛んだ。



 世の中に絶望している少女に、僕がしてあげられることは何だろうと。そう思ったのは一瞬で、僕は自身の傲慢ごうまんさに気がついた。



 僕は何を自惚うぬぼれてるんだろう。僕は彼女の何でもない。彼女の境遇に同情しただけの、野良の化猫にすぎない。今僕にできることは、彼女の疑問にまっすぐ答えることだけ。それ以外の親切心は、今の彼女にはノイズにしかならないだろう。



 僕は彼女の瞳を、曇りなく見つめ返した。


 

『実は僕もね。君と同じ、能力持ちなんだ』


 

 僕の意思に少女は目を丸くした。

 一方で、僕は身勝手に傷ついた心を表に出さない様に、できる限り表情を緩めながら言葉をつむでいく。

 


『あっ、でも魔法とかはあんまり得意じゃないけどね? 簡単に言うと、「普通よりも感覚が鋭くなって、色々と感じやすくなる能力」を持ってるんだ。その名も「上感覚」って言うんだけど、これが中々、制御できなくてさ…………損得とか考えずに、たまに感情に身を任せて突っ走ることがあるんだ。特に最近はそんなことばっかりでさ。仲間達には我儘わがまま聞いてもらいすぎて、頭が上がらないよ、あはは……』



 緩めていた表情が少しずつ崩れるのを自覚しながら、僕は苦し紛れに苦笑い浮かべた。万能能力「上感覚」も、感情を隠す事に関してはだけは、器用にはなれないらしい。

 少しの静寂の後、少女は再び指で地面を弄り始めた。けれど、視線はまだ僕へと向いてくれている。

 


『能力が、嫌にならない?』


『…………ならない、って言ったら嘘になる、かな。自分の考え方とか、感情が理解されないのは、この上なく辛いよ。それに、どんなに努力しても『お前には能力があるからー』って目で見られる事はあるからさ。何の気兼きがねもなく、普通の化猫として生きたかったって思いは、少なからずあるよ』



 自嘲気味に語る僕に、少女からの反応はなかった。ただ今の彼女に対して、マイナスなことを語り続けるのは気が引ける。

 僕は間髪おかずに、彼女へ次の言葉を紡ぎ続けた。


 

『それでも、この能力があったからこそ辿り着けた居場所がある。感じ取れた世界がある。お父さん達と肩を並べて狩りに出たり、ちょっとお兄ちゃん面して、妹や弟と遊んであげたり………それに、この能力があったから、今こうやって君と話す事もできてる。きっとそれは、この能力を持つ僕にしかできなかったことなんだ』



 僕は身振り手振りを加えて、できる限り明るく振る舞って見せた。けれど少女からの反応は、変わらず芳しくはない。

 それでも僕は語るのを辞めなかった。これが今の僕にできる、精一杯だから。


 

『全部が全部、納得できてるわけじゃないけど。この能力含めて、今の僕だから。自分の嫌なとこばっかに目を向けてグルグル考えるよりも、この能力を利用して誰よりも自由に生きてやるんだ! って思う事にしたんだ。それでもまだ全然、嫌な感情には悩まされることは多いんだけどね』



『…………そっか』

 


 少女は弱々しく返事をしてくれたけど、気が付けば僕から目を背けていた。「理解はできるけど、簡単なことじゃない」と言う彼女の気持ちは、「上感覚」を使うまでもなく伝わってきた。

 でもその気持ちは僕も痛い程、理解できる。人間時代、僕は愛猫が亡くなった現実を受け止めきれなくて、数ヶ月間引き篭もったことだってある。この少女からして見れば、唯一の心の支えだった両親を失ったその直後に、見も知らぬ猫から『前を向こう』と言われてるのと同じだ。きっと今の意思なんて、綺麗事にすら聞こえななったのかもしれない。


 

 落ち込む彼女を前にして、このままじゃいけないと思う。でもこれ以上、僕からしてあげられることなんて思い浮かばなかった。自分の無力さに、拳に力が入る。

 

 

『そう、だよね…………そんなことができれば、苦労しないよね。それが出来ないから考え込んじゃうんだし…………大切な人とのお別れは…………辛いから……』

 


 僕とこの少女の境遇は真逆だった。

 前世に全てを置いて逝った僕と、今世に一人残ってしまった少女。永遠の別れの悲しみって点では似ているけど、僕と彼女じゃ生きてきた環境が違う。悪い大人に目をつけられて、能力で苦しんでいるこの少女にとって両親は、唯一の生きる希望だったはずなんだ。

 僕も家族や友達や愛猫のことは好きだったし、お別れは寂しかったけれど、今の僕には新しい家族という受け皿もある。それもその受け皿を得たのは、死んで化猫として転生したからだ。



 そんな僕から、正真正銘全てを失った彼女と肩を並べて悲しんで、『この先も頑張って生きていこう!』なんて言える資格は、ないのかもしれない。



 僕は唇を噛み締めて、溢れかえりそうな悲しみを内心に抑え込む。もうこの悲しみが彼女のなのか、僕のなのかすらも分からない。



 少女は不安定な僕の意志を受け取って、再びその顔を上げていた。

 


『……君も、なの?』

 


 予想外に突っ込まれて、僕の頭は一瞬真っ白になった。どうやら人に化けたおかげで、外面に分かりやすく出てしまっていた様だ。


 僕は乱れた感情の中、必死に頭を回した。

 今この場で、僕には人間として生きた記憶があることを明かしてしまうか。いや、その選択だけはない。この世界の宗教観は知らないけど、そんな素っ頓狂なこと言ってしまえば、茶化してるとでも思われかねない。


 

『ち、違うんだっ。でも……ごめん。君の気持ちが分かるなんて、簡単に言っちゃいけないのは分かってる。でも、これが僕なんだって割り切って欲しい。不快に思わせて、ごめん…………』


 

 必死に取り繕おうとしたけど、全然上手くいかない。僕は、弱々しく本音を漏らすことしかできなかった。

 


『……うんん。ありがとう』

 


 少女は何の嫌味もなく、僕の感情を受け止めてくれた。あまり不快感は感じてないみたいで、落ち込みながらも内心、ホッとした。



 けれど、これ以上僕からこの少女にかけてあげられる言葉なんてなかった。結局、僕がこの能力を受け入れられたのは、周囲の環境に恵まれていたからだ。それを理解してしまった今、僕から差し伸べられる猫の手じゃあ、彼女の心には――



『私、どうすればよかったのかな…………』


 

 ふと、少女からそんな意思が漏れ出した。さっきまでと同じ様に弱々しさはあるけれど、これまでとは感情の毛色が少し違っていた。

 『後悔』と『悲しみ』だけだった感情の中に、ほんの少しだけ『希望』が込められている様な気がした。



 暗闇の中に見えた微かな光。

 その光は僕の沈んでいた心を少しだけ浮き上がらせただけじゃなくて、この先の道筋すら照らしているみたいだった。


最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


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