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52. 決意『襲撃の後に』


 化猫二匹が馬車襲撃現場から立ち去った。

 その数時間後のこと。


 数多の死体が転がり、生物的な嫌悪感を抱かせる錆の臭いが漂う惨状の中で、女性が一人。その現場を彷徨さまよっていた。女性は黒色のローブを羽織り、瞳が隠れるほどに深くフードを被っていた。その姿を背後から見ても、性別を判別することすらも難しいだろう。しかし、ローブからでも浮き出る胸部のラインや、その優美な足取りから、その人物が女性である事を体現していた。


 

 ピチャリピチャリと、彼女は血溜まりの上を歩ていく。悪臭に顔を歪めたり、鼻を摘むと言った素振りすらも見せることはない。ただ無表情に、現場に残っている痕跡を注意深く観察し周っていた。


 そして馬車からは少し離れた場所、炎魔法によって焼け焦げた地面に目をやると、彼女は深く嘆息する。

 


「相変わらず。あの子は無茶するわね」


 

 誰もいない惨状の中で、ポツリ呟く。

 すると次の瞬間。さっきまでそこにあったはずの、炎魔法の痕跡が粗方消え去った。それこそ、黒く焼け焦げた地面の跡から、魔法を使用した事による魔力の痕跡まで。

 唯一残ったのは、丸焦げになった魔法使い三人の遺体のみ。彼女は自身の魔力を飛ばして、彼の魔力の痕跡を上書いた。それはまるで、実行犯が自分であることを、分かりやすく示すかの様に。

 


 その後数分、彼女は一頻ひとしきり現場を見周り、他に犯人を特定できる様な痕跡がないことを確認すると、胸を撫で下ろした。

 彼女はきびすを返して、一直線、馬車にもたれかかる女性の前へとしゃがむ。透き通る白銀の長髪をした可憐な女性。倒れる彼女からはもう、鼓動の音は聞こえない。

 

 

「貴女達の勇気には、感謝をしなきゃいけないわね。世界のために死んでくれてありがとう。約束通り、ティナへは指一本触れさせはしなかったから」



 彼女は、生き絶えた女性の頬を優しく撫でる。その冷たい感触に、初めて彼女は顔を少し歪ませた。

 


「こんな手段しか選べなくてごめんなさい。後のことは私に任せて」


 

 物憂げに呟いて、重たい腰を上げた。

 そして彼女は最後の仕上げと言わんばかりに、大規模な魔法を構築しようとした、その時。


 崖上にある森から、とある人物の気配を彼女は察知した。彼女は警戒を強めるわけでもなく、呆れたように嘆息する。


 

 次の瞬間。

 黒色のローブを羽織った猫人の青年が一人、崖上の森から勢いよく飛び出した。黒色の短髪の中に、前髪の一部がワンポイント白色に染まっている。灰色の瞳に、猫らしい縦長の瞳孔にはどこか、尖った印象を与える。

 


 彼は馬車襲撃現場に着地し、状況を理解するや否や、歯を強く噛み締めた。尻尾も大きく膨れ上がっている。彼は彼女の目の前まで迫ると、そのまま胸ぐらに掴み掛かった。


 

 その勢いで彼女のフードははだけ、その顔が日の本に現れる。

 

 

 その端麗な顔立ちは一見すれば、貴族令嬢とすら見違う程だった。肩ほどまであるサラサラな瑠璃色の髪に、髪と同色の氷のように冷たい瞳。感情を感じさせない刺すような視線と表情だけが、彼女が良いとこ生まれのお嬢サマではないことを体現していた。

 彼は彼女の冷たい瞳にも気圧けおされることはない。彼の掴み掛かった腕は、怒りに震えていた。


 

「どう言う事だよこれはっ!? 聞いてた話と違うっ!!」


 

 声を荒げる猫人に、彼女の表情は一切揺らぐ事はない。

 


「ここには来るなと、言わなかったかしら? 待ての指示ぐらい聞いて欲しいのだけど」


「ふざけるなっ……! 俺はティナのためだって言うから手を貸したんだよっ!! なのに、どうしてティナの家族を見殺しにしたんだ!? お前なら助けられただろ!? これ以上、ティナに苦しい思いをさせたくないから、俺はぁっ……」


 

 彼は言葉を詰まらせて、彼女を掴む拳にさらに力を込めた。彼女の表情は今も変わる事はなく、その身をなすがままにしている。

 

 

「…………私を殴って気が済むのならば、いくらでも殴ると良いわ。それだけ非情なことをしたという自覚はある」


「それならどうしてっ!?」


「残念だけど、今の貴方にはそれを知る資格はない。前にも言ったでしょう? 今の貴方では、どう足掻いても彼女を救えないと。下手に知識を与えて、身勝手に動かれても迷惑なのよ。独りよがりな行動をして、失敗した貴方にならそれが分かるでしょう?」


 

 彼女は胸ぐらを掴む彼の腕にそっと手を添えて、冷たく彼の名前をささやく。


 

「ねぇ? オセロ」

「……っ!!」


 

 彼は掴んでいた胸ぐらから手を離し、そのまま突っぱねた。彼、オセロは自分の胸に手を当てて、呼吸を荒げて体を震わせた。


 彼女はそんな彼の反応を見ても、表情を動かす事はない。ただ心を乱す彼に、冷たく哀れみの視線を向けていた。


 

「貴方のその気持ち、それ自体を否定する気はないわ。心から愛した人間に幸せになってほしい。彼女の平穏のためなら、命だって惜しくはないと。とても立派な精神だと思う。そんな想いを抱いているからこそ、私は貴方を協力者として選んだのだから」

 


 彼女は責め立てることもせずに、かと言って優しく寄り添うわけでもなく、極力感情を乗せずに事実だけを言い放った。

 

 オセロはうつむき、身体を震わせ続ける。

 何もできなかった自分への不甲斐なさに、掌から血が出るほど拳を強く握りしめた。


 けれど、彼は決して涙までは流さなかった。

 ここで立ち止まってる場合ではないことは、彼もよく理解していていたからだ。


 

 オセロは心の中で、自身の生きる目的である彼女の笑顔を、強く想い浮かべた。

 彼の口から、ふと言葉が漏れる。


 

「…………化種族マガイモノだとバレたら何されるか分からない環境で、日々怯えながら暮らしてきた。野生で生きていけるほど、俺は強くないから。だから死ぬまで人間の住処で、ただの猫として生きるつもりだった。ティナはそんな、妥協の中で出会った、唯一の光だったんだ」


 

 オセロはゆっくりと顔を上げ、目の前の哀れみの視線を向ける彼女と向き合った。彼女は、彼の独白を静聴する。


 

「ティナと一緒にいるだけで、心が安らいだんだ。ただの猫として生きていても、弱い立場の俺を虐めてくる人間は少なくなかったから、俺にとっても彼女は安心できる居場所だったんだ。もちろん、飼われることには少し抵抗はあったけど、それでも彼女になら俺の一生を預けたいって思った。だから、俺はあの日っ…………」


 

 オセロは言葉に詰まり、怒りと悔しさに体を震わせ、灰色の瞳に涙を溜めた。


 思い返すのは、あの日のこと。オセロにとっても大切な日だった、彼女の生誕を祝うおめでたい日。そんな大事な日に、彼は取り返しのつかない間違いを犯してしまった。


 

 それは彼女へプレゼントを贈るために、盗みを働いたことか。否。それは事実とは異なっていた。


 

 オセロはあの日、自分が化猫であることと、ティナの側で一生を過ごしたいことを打ち明けようとしていた。

 けれど彼は元々、路上商店の看板猫であり、店主には食事を恵んでもらっていた。だから最低でも店主には挨拶はしておかないとと思い、彼はその店主へも自身の正体を明かしたのだ。


 

 初め店主は目を丸くしたものの、オセロの思うよりも反応は柔らかかった。彼はその心の内も知らずに、選別として店主からプレゼントを、受け取ってしまった。

 後に、そのプレゼントを彼が盗んだ事にされて、奴隷として売られるなんてこと露程も思わずに。


 

 オセロはそんな不甲斐ない過去を思い返して、血の滲む拳をさらに強く握りしめた。彼の瞳は今も死んではいない。


 

「…………俺はもう、あんなみじめな思いなんてしたくない。お前にだって認められるぐらい強くなって、絶対にティナの元に戻ってやる! もう軽はずみな行動で、破滅なんてまっぴらごめんんだ!」

 


 光り輝く灰色の瞳に、彼女はオセロに対して、初めて表情を和らげた。



「その意気や良し。そんなまっすぐな貴方だからこそ、私は貴方をパートナーに選んだのよ」



 彼女はオセロの肩をポンと叩く。いつもよりも感情を表に出している彼女に、オセロは唖然としてしまう。


 

「貴方のその意志に応えてあげる。その代わり、私に貴方の五年を預けなさい。そうすれば、獣国の戦士長にも負けない程には鍛え上げてあげる」


「五年、もか…………それまでティナに会えないのか」


 

 分かりやすく落胆するオセロに、彼女は一瞬眉根を寄せる。


 

「当たり前でしょう? まぁもしも貴方に、触れるだけで技能や技量を覚えられる才があったり、見ただけで大規模な魔法を無詠唱で扱えるような才があったのなら、話は別だけど」


「そ、そんなデタラメな才あるわけないだろ!? 何だその、お前の考えた最強の魔王像みたいなやつ。馬鹿にしてんのか!?」


「あら? 私はそんな化物と肩を並べられるぐらいには鍛えるつもりなんだけど。実は良い当てがあるのよ」


「その当て、ってのは?」


 

 オセロは尻尾を大きく速く、ブンブンと揺蕩たゆたわせて彼女へ問うた。

 彼は彼女が何者なのか、はっきりとは知らない。少なくとも、ティナのために動いていることだけは分かっていて、奴隷として売られるところを助けられた身として、敵とまでは思っていないものの、人間不信気味な彼は懐疑的にならざるおえなかった。

 彼女はそんな真意まで理解して、少し口角を上げた。

 


「世界七大迷宮の内の一つ。山大迷宮『スマラグドス』。元々商店の看板猫の貴方じゃ聞いたことないでしょうけど。言ってしまえば「蠱毒の地下迷宮ダンジョン」の主、魔毒王百足〈スコルペンドラ・レックス〉が浅い階層にうじゃうじゃいるような地下迷宮ダンジョンとでも思いなさい」


「…………それ、絶対地上の生き物が立ち入っていい場所じゃないだろ」

 

「あら? もしかして怖気ついたかしら?」


 

 肩をすくめるオセロに対して、彼女は冗談めかしく言い放った。彼はそんな、いつもにもない彼女を鼻で笑う。


 

「俺の覚悟を舐めるなよ。やってやるよ! 世界に七つある三代迷宮? だかスマ、何だか知らないが。それでティナを護れる力を手にできるなら、俺はどこにだって行ってやる!」


「それはまぁご立派な事。それで、意気込んでいる所悪いんだけど、私もまだやることがあるの。一旦この場から退いてくれない? 人が来る前に済ませておきたいの」


 

 彼女の言葉にオセロは、自分がどこにいるのかを思い出してタジタジする。彼女はそんな彼の反応を遠い目で、変わらず柔らかい笑みを浮かべ続けていた。けれど、彼はこの笑みが真の微笑みではないことを何となく察した。


 

「ご、ごめん。それじゃあ俺は先で待ってる」


 

 オセロはそう言いながら、片腕を彼女の前に差し出した。彼女は嘆息して彼のその手を掴む。


 すると、オセロはこの場から一瞬にして姿を消した。いや、彼が拳を握り締め滴ったり落ちた血。そして、さっきまであったはずの帝国兵以外の死体。その全てが、現場から一瞬にして消えていた。

 魔法や技能ではない。彼女の「能力」によるものだ。



 彼女は彼が居なくなると、大規模な風魔法を上空に展開させた。これが最後の後始末。

 馬車を中心に、まるで嵐の様に周囲の風が渦巻く。



 彼女は上空に展開した魔法を見上げて、物憂げに呟いた。

 


「…………私だって。五年なんて待たず会いたいわよ」


 

 魔法によって風が吹き荒れる中。

 誰も居ない場所、誰にも聞こえない声で彼女は、一人か将又はたまた一匹か、心に思う彼の名前をささやいた。


 

「ナツキ……」

 


 風によって巻き上がる馬車の残骸と死体の中で、彼女の言葉は風音によって掻き消される。

 帝国の人間も、化猫達も、彼女の真意など知る由もない。


最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


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