50. 緊張の弁明でした
『僕がこの子を連れて帰りたい理由。それを一言で言い表すのならば、「化猫がこの件に関わっていることを悟らせないため」です』
丁寧にプレゼンテーションでも行うように伝える。
まぁ前世は高校二年生、就活前に死んだからそれっぽい雰囲気を醸し出しているだけだけど。それでも、お父さんは黙って僕の意思を受け取ってくれていた。
一方で僕の背中に乗っている少女はと言うと、この場から動こうとしない僕達に首を傾げていた。
そんな彼女を横目に、僕はお父さんの真っ直ぐな黄色の瞳にしっかりと向き合った。
『それを語るためにも、大前提から話していきましょうか。まずは「あの現場に残された痕跡」についてです』
そうは言っても、背中に乗せた少女にあの惨状を見せるわけにもいかない。僕は崖下の現場を直視はせずに、技能『精神干渉』によって、お父さんへと馬車の襲撃現場の映像を脳内へと送り込んだ。
お父さんは僕から送り込まれた脳内の映像にビクッと反応見せたけど、何か呆れたように肩を竦めた。
『この襲撃を実行に移す前、お父さんからも忠告いただいたことですが、僕はあの兵士六人を屠るのに、色々と細工をしたんです。一人を技能『鋭牙』で首を噛みちぎり、一人を技能『尖爪』で身体を切り裂き、一人を技能『圧水射』で脳天を撃ち抜きました。更に、残り三人の魔法使いに対しては炎魔法で焼き尽くしています。少なくともこの痕跡を見て「化猫がやった」なんて、気狂いな判断を人間が下すわけがない、と思ってますが認識あってますか?』
おっと危ない。人間とはここで初対面したっていうのに、知った様な口を聞くところだった。お父さんは僕の問いかけに唸り声を上げた。
『……人間もそこまで馬鹿じゃないか。爪や牙の痕跡も、上手く『変化』でカモフラージュしているし、過去の事象を見る様な魔法ってのも、俺は聞いたことがない』
『それは尚のこと良しですね。となれば、人間はこの場をどう考察するのか。まず第一に挙げられるのは、ここ最近の西側の森の騒ぎ、でしょうね』
西の森の騒ぎ。それは僕達化猫も暮らしている森の西側に生息する魔物が、活動域を広めていた問題だ。
もしかすると僕が西側で暴れすぎたせいなんじゃないかって、ここ最近の悩みの種でもあった。まぁそれも、地下迷宮の主である魔毒王のせいだって判明して、その元凶も僕が昨日討伐したから、時期に落ち着いてくれるとは思っているけど。
当然、人間達はそんなこと露ほども知るはずもない。
お父さんは確信を持って語り続ける僕に、真っ直ぐ向き合ってくれていた。
『ほう? その心は?』
『お父さんも知ってのことだと思いますが、ここ最近は西側の騒ぎのおかげか、森から近いこの通行路を行き来する人間は減っていたと認識しています。もし、そんな状況下でこんな現場を見たとしたら? 運悪く数多の魔物に襲われ、その最中で魔法の得意な賊が漁夫った…………えー、つまりは最後に美味しいところを狙って襲撃した、と理解するのが自然な流れだと思っています』
「能力」という規格外を除けば、常識的に考えて化猫がやったとは思われないよね、って言うのが今の主張だ。
伝えるべき問題点はまだまだあるけれど、今のところお父さんの反応は悪くなさそう。まずこっちの流れを作ることが大切だ。
お父さんは僕の推論に、また唸り声をあげた。
『なるほどな。しかし、あんな大規模の魔法をただの賊が扱えるかってのは、疑問なところだが…………いや。それを言うなら、ただの化猫が扱える魔法でもなかったか、ははっ……』
お父さんは僕に遠い目をしながら、渇いた笑みを浮かべた。
僕はただ魔法を発動させるために、魔力の色を赤く染め上げただけで、実際に炎魔法を発動させたのは、僕の体内にしまいこんでいる魔法の杖だ。なんだか最近はバケモノ扱いされることが多いって言うのに、お父さんにまでこんな反応されるとちょっと凹んでしまう。
しかし僕はそれを表に出さないように、一度フルフルと頭を振って気持ちを整える。
『と、ともかくです! ちょっとしたノイズはあるものの、余程のトンデモ理論を捏ねくり回されない限りは、化猫がやったなんて人間達は思わないでしょう…………と、ここまで都合の良いことばかりにフォーカスを当ててきましたが。僕達化猫がやった事を示す痕跡について、実は明確なものがこの場に一つ、残ってしまっているんです』
僕の言葉にお父さんは、すでに答えを知っているように感嘆を漏らした。
『なるほどな。それがその子ってわけか』
『はい。もう僕達はこの子に接触してしまっています。なんなら頭も撫でられもしました。とても心地よかったです。たぶんこの子、生粋の猫好きなんだと思います』
『…………そうか。それはなんだか、微笑ましいなっ』
お父さんは半ば興奮気味な僕に、柔らかい微笑みを浮かべていた。僕の嗅覚からも、お父さんが今何を思ってるのかしっかり伝わってくる。
これは『珍しく年頃っぽいなぁ』とか、絶対思われてる。僕は顔を熱くしながら、心の中で一つコホンと息をつく。
『……は、話を戻しますが! えー、もしも。彼女をこのまま現場に置いて行ってしまったら、目撃者である彼女から、化猫の関連が浮き彫りになってしまう可能性は、捨てきれませんよね? …………何より、この子の命を狙っているのは、何を隠そう帝国兵です。この場に彼女を置いていってしまえば、彼女はまず助からないでしょう。ここで彼女を見捨てるのは、僕達の襲撃の意味すら失いかねない行為だと思ってます。それに、猫好きな彼女を、これ以上酷い目に遭わせたくはありません』
この後、ゴブリンロードの持っていた技能『言語変換』を使えば、化猫の関わりについ口止めをすることはできる。
けれど、そんな行為にはなんの意味はない。
そんな口約束をしても、確実に口外されないと確証もなければ、先にお父さんに伝えた通り、この場に彼女を置いていくことは、彼女を見殺しにすることと同じなのだから。
お父さんは考え込むように、崖下の現場へと目を向けた。
『…………私情がいくつか混ざった気もするが、概ねお前の言う通りだな。彼女は、俺らが関わったことを示す大きな痕跡であり、俺らがこの襲撃を行った理由そのものだ。連れ帰るってのも、彼女の安全の確保のためであり、俺らがここにいた痕跡を残さないため、ってわけだ』
『はい。抜け毛や足跡なんかは残っていますが、そんなものは些細なことです。僕達化猫族の立場から、お溢れ目当てで現場を漁ったとしか思われるのが関の山…………ただ、少女を連れ帰って絶対的に安心かと言われれば、実は少し違うんですがね』
『まだ、何かあるんだな?』
お父さんは試すように僕に問いかける。
けれど、お父さんからはもう疑念の感情のニオイはこれっぽっちも漂っていなかった。どうやらもう僕のこの行動を咎める気なんてなくて、一匹の戦士として不都合を包み隠さずに「事実」を報告出来るのかを見極められているみたいだ。
僕はまた一呼吸おいて、心を落ち着かせる。
ここから先が真に本番だ。
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