48. これが彼女との出会いでした
僕は深呼吸をし、心を落ち着かせる。
大人六人ほどが座れる程度空間しかない馬車の中で、鼓動を響かせているのは僕と少女一人だけ。
僕は使っていた戦闘系統の技能を全て解いて、身体を成猫程の大きさへと『変化』させる。こんな狭い空間の中で、自分と同じぐらいあろう野生の化猫と鉢合わせるのは怖いだろうからね。
僕は静かに、少女の震えがおさまるのを待った。
さっきド派手な炎系の魔法を使った手前、人間がこの騒ぎを嗅ぎつける前には逃げ帰りたいところではあるんだけど。それよりも、今はこの少女に寄り添うべきだと思った。
外であんな惨状があったのに、こっちの都合を押し付けてさらに怖い思いをさせるのは、あまりにも酷過ぎる。
馬車の外、僕のお父さんは身体を小さく変化させた僕に少しの疑念の感情のニオイを漂わせながらも、何か決意したように馬車の周囲を見渡し始めた。
とりあえず外の見張りは、お父さんに任せてよさそうだ。
だけど、この状況はどうしたらいいんだろうか。
技能『言語変換』で人語で話しかけてみるか。
いや。こんな肉球と口元を赤く染めた野生の猫から、いきなり人語で話しかけるのも怖いかな。
うーん。それならやっぱり。
「ミャー」
子猫のように、高くて威圧感のない声で鳴いてみる。心は人間だけど、この声帯は猫なのだ。
とは言え人間相手に猫の声で鳴くのは、ちょっと恥ずかしさもあったり。
少女は僕の鳴き声にやっと顔を上げた。
透き通る白銀の長髪に、宝石みたいな翡翠色の瞳。
年齢は幼く見た目からして十歳ちょっとぐらいか。よっぽど怖かったのか、目には涙を溜めてまだ小刻みに体を震わせている。容姿からして、やっぱり馬車の外に倒れていた女性の子供なんだろう。
少女は動かなくなった隣の男二人に困惑の感情を抱きつつ、目の前にいる子猫の姿を見つめていた。
こう言った時、どう行動するのが正解なんだろう。
下手に動いても怖がらせるだけだし、恐怖の感情が薄まるまでは、目は逸らしていた方がいいのかな。
「…………オ、セロ? …………ひっ……!」
少女は今にも消え入りそうな声で呟いた。
そんな少女の言葉に、僕は一瞬呼吸が詰まった。
彼女が呟いた「オセロ」という名前。
たぶんそれは彼女の愛した猫の名前だって、彼女の視線や少しの希望の感情がこもった声調から理解してしまった。彼女は僕の姿に、一瞬愛猫の姿を重ねたんだ。
けれど、今この馬車には他に猫はいないし、僕の嗅覚からも彼女から猫のニオイは嗅ぎ取れない。
僕は首を横にブルブルと振るわす。
今は彼女の気持ちに寄り添いあって、一緒に落ち込んでる場合じゃない。
僕は少女に向けて、ゆっくりと瞬きをする。
それは猫にとっての「あなたを信頼している」の表現。この少女が、この意味を知っててくれればいいんだけど。
少女は僕の様子を見て、キョトンとしていた。
「…………??? …………助けて、くれたの……?」
困惑のニオイを漂わせてながら、少女も同じようにゆっくりと瞬きを返した。どうやらこの意味は知っていたみたい。
でもここから先はどうしたらいいんだろう。
完全に勢いに任せたノープランだった。
僕は能力「上感覚」と技能『反応速度強化』を使い体感時間を引き延ばして、擬似的に時を止め思考する。
例えば、僕がこの少女を近隣の帝国まで送り返したとして、この少女に帰る場所はあるのだろうか?
いや、ないだろう。
何しろこの襲撃を行ったのが、本来国民の味方であるはずの兵士だったのだから。兵を動かせるほどの立場の人間が、何かしらの目的を持ってこの子を攫おうとした。
この家族が真っ白だったのかは、今となっては分からない。けれど、少なくともこの少女からはそんな嫌な雰囲気もニオイも嗅ぎ取れない。
どうして目を付けられたのか分からないけど、この子の家族も襲われることがわかってたから、魔物と出会すかもしれない、こんな危険な道を選んだのだろう。
つまり、少なくとも人間の元に帰すのは論外?
と思ったけど、何の計画も無しに馬車を走らせてたわけもないか。きっと行き先があったはずだけど。
それならこの少女から技能『言語変換』で行き先を確認して、その目的地に彼女を送り届ければ万事解決?
うーん、いや待て。
そもそも今日この日、この時間に兵を派遣できたんだから、行き先も割れてる可能性が高いのか。
それに、ここに彼女を置いていけば、この襲撃に化猫が関わっていたことがバレてしまいかねない。
更に言えば、この馬車の中にいたはずの人間の影の問題だって、何も分かってないんだ。馬車の中を見回して見ても、僕の感覚能力ですら一切の痕跡を感知できてないし。
技能『熱探知』から捉えられた熱の輪郭から、多分大人の女性っぽさはあった気がしたんだけど。
でも今重要なのは「どうやって僕の能力にかからずに、この場から去っていったのか」じゃない。
ここにいたはずの女性が「僕の敵になりうる存在かどうか」だ。
まぁそれが分かっていたら、こんな悩んでいないんだけど。
となると、一回この子を化猫の村に連れ帰って、族長様に後処理について相談するしかないかな。
族長様は結構、顔が広いって豹柄のお兄さんも言っていたし、もしかすると近隣の帝国以外でこの子の安全を確保できる案とか、僕でも感知できない何かに心当たりがあるかもしれない。
よし。これである程度考えもまとまった。
僕は技能『反応速度強化』をやめて、擬似的に止めていた時間の進みを元に戻す。
ひとまず僕は馬車の中で、香箱座りをする。
爪を引っ込めて、腕を胴体にしまいこむ。これも「貴方のことを敵だとは思ってませんよー」の意思表示。
ゆっくり瞬きを返してくれたところから察するに、この子も猫好きではあるはずだ。
少女は僕目の前で伏せをする僕に首を傾げながら、おそるおそる僕へと手を伸ばす。
そしてその小さくて柔らかい手で、僕の頭を撫でた。
『うわーい、この子やっぱりかなりの猫好きだぁー。力加減とかすっごい上手。特に耳の付け根とか、良いツボを知ってるねー。すっっごい心地いいー』
とか尻尾立てて、喉鳴らしてる場合じゃないんだわ。
いやはや危ないところだった。この子、猫を撫でるのうますぎでは? なんて恐ろしい子!
いや僕が能力上、そう言うのに敏感っていうのもあるか。
って言うか、冷静に考えてまだ小学生ぐらいの女の子に撫でられて喜ぶのは、元高校生男児としてかなり恥ずかしいのでは?
まぁ心は許してくれてたみたいだから、別に良いんだけどさ。
僕は一頻り満足するまで撫でられた後、頭を横にブルブル振って手を振り払った。
少女も僕の反応に一瞬びっくりした様だけど、もう僕のことを普通の猫と思ってくれているみたい。体の震えは収まっていて、恐怖のニオイも嗅ぎ取れなくなっていた。
これなら大丈夫なはず。
僕は少女へと背を向けて、技能『変化』によって徐々に身体を肥大化させる。
「みゃー」
「…………乗ってってこと?」
少女はまた困惑の感情のニオイを強めて、僕の背中に指を刺した。僕はゆっくりと尻尾を揺らして「機嫌悪くないですよ」アピールで返す。
猫が人間にお尻方向を向けるのも、一種の信頼アピールだ。
「…………わ、わかった」
少女は肥大化した僕にゆっくりと跨り、ギュッと僕にしがみついてくれた。
そして僕は能力「上感覚」によって、妙な事に気がつく。
たぶんこの子、能力者だ。
それがどんな能力なのかはわからない。
でもこれでなんとなく、この襲撃の理由に察しがついた。
お父さんからも、能力を持って生まれるのは珍しいことは聞いたことがある。現に化猫の村でも僕含めて四匹しかいない
そして、そんな希少な能力持ちの子供を売り物にでもすれば、それはそれはお金になることなんだろう。腐った世の中だと思うけれど、ここはそういう世界なのだろうと納得するしかない。
僕は背に少女を乗せて、馬車の外へと駆け出した。
猫好きな少女に、今の血濡れの現場と両親の姿を見せるわけにはいかない。
僕は技能『空蹴り』によって崖上まで駆け上がり、技能『隠密』によって気配を薄くする。
少女は震えながら、必死に僕の体にしがみついていた。
それから辺りを見回していたお父さんも、僕の後に続いて崖上へと戻り、『隠密』で気配を薄くし身を潜める。
けれど、背に少女を乗せている僕に対してお父さんが抱いていたのは、確かな『疑念』の感情だった。
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【補足情報】
この少女の初出回は14,15話『少女と化猫』となるため、良ければそちらも併せてお楽しみいただけますと幸いです。




