47. 相対するはケダモノでした その②
崖から駆け降りながら、僕は即座に技能『反応速度強化』を使い体感時間を引き延ばして、時間を擬似的に止め思考する。
このまま、怒りに身を任せて動くのは悪手だ。
人間っていうのは厄介なもので、こんなゲス野郎でも殺されればきっと、ここで何があったのかを調査し犯人を特定する事だろう。
もしここで化猫の痕跡を残してしまえば、「人間を襲った化猫」として人間から討伐対象に認定されることだってあり得る。
そうなれば最悪、村のみんなにだって危害が及ぶ可能性だってある。それだけは避けなけなきゃいけない。
それじゃあ、どうすれば良いのか。
能力「上感覚」の内の触覚の能力「触れた対象の技能を完全再現できる能力」のおかげで、化猫の仕業じゃないと思わせるのは、難しくはなさそうだけど。
問題なのは、あの三人の魔法使いだ。
この世界について、僕はどんな魔法が存在しているかも分からない。どれだけ化猫の痕跡を残さないようにしても、今この現場で起こったことを、通信魔法か何かで報告されてしまえばそれだけでアウト。
となると、ここでの最適解は一つに絞られる。
何ができるか分からない魔法には、何ができるか分からない魔法で対抗すれば良い。
僕は技能『食貯蓄』で体内に格納していた、魔法の杖に意識を向ける。
魔法の使い方?
そんなもの考える必要すらない。
『僕の魔力ならいくら使ってもらって構わない。お前が思う最適な魔法を用意しろ。最低限でいい。僕みたいな最良物件を、こんなくだらないことで失いたくはないでしょ?』
その脅迫じみた僕の意思に応えるかのように、僕の体内で魔力が渦巻く感覚をとらえた。
よし。これで事前準備は問題なし。
後は化猫の痕跡を残さないよう、上手く立ち回ればいいだけだ。僕は技能『反応速度強化』の効力を弱め、時間の進みを少し早める。
空を駆け、風を切る。
目指すのは、亡くなった女性の腕を乱暴に掴んでいる兵士。
僕は技能『鋭牙』と『甲化』により牙を鋭く強化し、更に技能『変化』によって口内を血飢熊〈ブラッディベア〉の構造に変える。
技能『空蹴り』によって、空中で更に加速させて男を射程範囲に収める。兵士達も自分らが襲われるとも思っていなかったようで、反応すらできていなかった。
僕は首元を覆う鎧もろとも男の首に牙を通し、そのまま頸動脈を噛みちぎった。
それはまさに一瞬の出来事。
男は叫び声すらあげることなく息絶えた。首を抉り千切られたんだ。叫び声なんて上げられるわけもない。
地面に転がる男の頭。
口の中に血の味が広がる。
人間の、血の味だ。
更に足元には、兵士たちが殺した三人の死体。
その血溜まりに僕の四足が浸かる。
その気持ちの悪い感触に、胃の中のもの全てを撒き散らしてしまいそうになる。
――初めて、人を殺した。
もうこの男は動くことはない。
体は冷たくなり、ウジムシが集るだけの肉塊となった。これまで狩りとして生き物を殺してきたけど、人殺しの感覚はそれとは全く異なっていた。
そうだ、これは猫としての狩りじゃない。
人助けと銘打った、嫌悪感に任せた人殺しにすぎない。
この兵士達は、そんな気持ちの悪い行為をした後であんな気色の悪い会話をしていた。
その事実が僕の頭に怒りを満たし、決意を漲らせる。
どうせ伝わらないだろうけど、男達へ意思を飛ばしてやろう。
『お前らに、本物の「ケダモノ」の恐ろしさを教えてあげるよ』
男の首が地面に転がり落ちて、一秒経たずで目の前の一人の剣士が状況を理解し始める。その表情から『あり得ない』とでも言いたそうなものだけど。
すぐさま剣に手をかけられているところ、ゲスではあるけど戦闘経験は豊富そうだ。
一方もう一人の兵士は、現実を理解できず唖然としている。次に殺るならこいつが楽かな。
――キン
と僕が地に足をつけた同時、僕の体内から甲高い音を感知した。どうやら魔法の構築が完了したようだ。
消費した魔力も許容範囲内。
次の瞬間、馬車を中心とした半径五十メートルほどの透明なドームが構築される。これは所謂、結界的なものなんだろうか? 感覚的に魔法、それ自体を制限するとかじゃなく、外部との通信を遮断する効力があるとかそんなところかな?
だけど、これは杖を脅した影響なんだろうか。
この結界内にいる感覚として、たぶんこの結界は五分と経たず崩壊しそう。
それを超過するようなら後は勝手に延長してね、とでも言われているような気分だ。
しかしながら剣士三人、魔法使い三人を五分見積もりとはね。。。
この杖、まだまだ僕のことを分かっていないね。
こんな奴ら、一分もあれば事足りる。
「――ッなっ、化猫!?」
「なんだこれはッ!? この結界はなんなのだ!?」
「外部との通信が切れた!? そんなバカな!?」
「う、狼狽えるなっ! 馬車だけは死守しろっ!! 魔法部隊は距離を取り攻撃用意!」
「は、はっ!魔法構築用意っ! 対象は化猫一匹!」
大慌てでそれぞれが声をあげているけど、真に冷静なのは剣に手をかけられた兵士の男一人だけっぽいかな。
しかしながら、技能『言語変換』を使うのも結構疲れるんだけど、これ継続させてる意味はあるものだろうか?
こんな事してるんだ。
遺言なんて聞いてやることもないだろう。
いや、でもこの世界のことを全く知らない状態で、この人間達を相手にするのは少し怖い気もする。
少し鬱陶しいけど、こればかりはしかたないか。
剣を構えた方の兵士は僕と目が合い一瞬、狼狽えたけれど、それでもすぐ動ける体制を取り続けられている。隙もさほど大きくはない。魔法使いに対しても指揮を出しているのもこの男っぽかったし、初手で殺すのならこっちの方が良かったかな。
いいや、もう関係ないか。
どうせ全員、殺るんだから。
これなら黒突猪〈ブラックラッシュボア〉の技能『闘争強化』を使うまでもない。
今この場には、頼りになりすぎるお父さんもいるんだから。
「――このマガイモノがよくもォッ!」
それから、指揮をとった兵士じゃない方、さっきまで唖然としていた剣士が僕へと真っ直ぐ突っ込んできた。もちろん乱れきった心の中で、戦闘体制すらまともに取れていない男に遅れをとるわけもない。
僕は地下迷宮の二階層のボスフロアっぽいところにいたテッポウウオの魔物擬、魔毒射魚〈トキシテス〉の技能『圧水射』により、男の脳天を水のレーザーにより即座に貫く。
指揮をとった兵士の男も、これには恐怖の表情と臭いを漂わせていた。
――キン
「弱転移〈レッサーテレポート〉!」
その一方で、魔法使いは展開させた魔法陣を強く光らせ一瞬姿を消したかと思うと、数十メートル後ろの場所に現れた。おそらく、僕が地下迷宮から脱出した時と同じような、テレポートの魔法だろう。
「――っ!! 『闘気』! 『武闘気』!!」
兵士の男は恐怖しながらも、戦闘体制をしっかりと取って僕に向かって来る。反応できなくはないけど、予想よりちょっと早いかな。
なるほど。自らの魔力を圧縮して体や武器に馴染ませて、身体機能や武器強度を強化してるのか。
因みに技能について、化猫みたいに生まれながらにして技能を持っている種族がいるのに対して、人間はと言うと特にそういった生まれつきの固有技能は持ってないって話だ。
人間は学習や鍛錬ができる。
純粋な人間は、生まれながらに技能は持っていない代わりに、知識を用いて鍛えることで、その匠の技を技能へと昇華させることができるらしい。この『闘気』と『武闘気』もこれにあたるんだろう。
ただ僕の場合は能力のおかげで、他種族から色々な技能を覚えられているけれど、人間系統から遠い種族ほど後天的に技能を得るのは難しいとのことだ。
化猫もそれに当たるみたいで、僕の能力が羨ましいってことを以前、お父さんから聞いたことがあった。
折角の人間との戦闘。
肉体構造から鍛錬により得た技能まで、全てを感じ取ってやる。
お前達が自分の利益のために子供を利用するように、僕もお前達を最大限利用させてもらう。
と言っても、どうしたものかな。
魔法使いも魔法を構えているし、『圧水射』も咄嗟のことで一撃分しか用意してなかった。
剣士の男は僕に向かって、剣を横に薙ぎ払う。
しかしながら『反応速度強化』と、僕の上感覚の視覚の能力である「体の動きや癖を見て数秒先どう行動するかを予測できる能力」でしっかり男の動きを捉えきっている。
まぁこいつに対しては、回避をするまでもないんだけどね。
「――なッ!? これはっ!? か、体がッ……動かんッ……!?」
剣が僕の体に接触する寸前、男の動きがピタリと止まった。
僕が何かしたわけじゃない。
これこそが頼れる僕のお父さんの「能力」だ。
お父さんの能力は「空間固定」。
その名の通り「物体を空間に固定する能力」を持っている。
その使用対象は僕が知る限り、どんな物にも適応できる。
空気はもちろん、魔物も物も、この通り人間すらもね。
お父さんは後方で技能『隠密』を使いながら、男の背後をとっていた。お父さんの能力は、固定対象との距離が近ければ近いほどその効力を増す。
今この場にいる兵士たちは、僕に釘付けになっている。これぐらいの距離であれば、お父さんに気がつく余地はない。効力はこれでも十分過ぎるほどだ。
今からこの剣士を殺したっていいけど、その前に魔法構築が終わりそうな魔法使い達の方が優先かな。
さて。テレポートで距離を取っていた魔法使い達だけど、どうやって迎え撃つか。
距離を詰めて技能でしとめるのも良いだろうけど。
いいや、折角だ。
ここも魔法の杖の気まぐれで任せてみよう。
確か、ゴブリンロードが炎系の魔法を使った時、魔力を『赤色』に染めていたけど、これも僕の感覚でどうにかしてみるかな。
たぶん魔法を使う上で、この魔力操作は基礎的な行為なんだと思ってるんだけど、違ったら違ったでまた杖君に任せればいっか。
僕は意識を集中して自身の魔力を、できる限り真っ赤に染め上げた。
その瞬間のこと。
――キン
「なっ!? なんなのだこれは!? こ、こんなバカな事が!?」
僕の目の前に、巨大な炎の球が出現した。
それこそ半径一メートル程はある。いやゴブリンロードが使ってた魔法はこんなに大きくなかった気がするんだけど、でもこれは嬉しい誤算。
これなら、細かいことをチマチマ考えなくても終わらせられる。
僕はそのメラメラと燃え盛る熱の塊を、魔法使い達に撃ち放つ。
速度、威力共に申し分なし。
地面をやけ焦がしながらその熱の塊は、豪速球のように魔法使い達へと迫る。
テレポートもさっきの様子を見る限り、即座に出せる魔法でもないし、今別の魔法を構築していたんだから逃げられる心配はないだろう。
――キン ――キン ――キン
「貫けッ!! 『心貫釘〈ピアースネイル〉』!!」
「撃ち抜けッ!! 『岩撃〈ロックシュート〉』!!」
「き、切り裂け! 『大風斬〈ブラストブレイド〉』!」
と巨大な炎が迫る中、やっとのこと三人魔法構築を終えたようだけど残念。どうやら地下迷宮内で蓄えられた僕の魔力量は、この三人を優に越してしまっているらしい。
僕の放った赤色の小太陽は、彼らの魔法全てを飲み込んだ。
――ボゴォォォォォォォォォォン!!
天へと高く昇る炎の柱。
重く鈍く轟く爆発音。
その衝撃で地面が大きく揺らいだ。
いや流石にこれはやりすぎたのかもしれない。
まぁ、確実に魔法使い三人はこれで仕留められたし、誰もこんなことを化猫がやったと思わないだろうけど。
そういえば、敵は外にいた六人だけじゃなかったんだった。馬車の中には少女の他にもう一人、人間がいた反応があったはず。
それに、炎系統魔法なんて使うべきじゃなかった。
技能『熱探知』が爆風で掻き乱されて、上手く機能しないや。
とりあえず、さっさと最後の男を片付けて、馬車内を確かめよっかな。猫相手に人間の子供を人質にとは考えづらいけど、打てるのなら先手を打つべきだ。
まず僕は、お父さんの能力によって動けなくなった剣士の男へと体を向ける。
彼は固定能力に抵抗するように、小刻みに震えていた。
体に纏っている微小の光、魔力の流れ。敵意から生への執着に感情が切り替わるその機微と、それに伴う体の筋肉の動き。
それら全てが僕の糧となる。
罰というのならもう十分すぎるほどに与えた。
それに本来、この襲撃に対して僕がこの人間達に罰を与えられる立場にはないんだ。所詮僕たちは、なんの関わりもない野生の化猫でしかないんだから。
男は自分の末路を、すでに悟っているようだった。
彼が最後に抱いた感情。
それは『恐怖』と『疑問』。そして『後悔』だった。
僕は片腕を技能『変化』により、尖爪烏〈クローレイブン〉の足に変えて、男の喉を切り裂いた。
これで終わり、だったらどれだけ楽だったことか。
まだ馬車の中にはもう一人いるはずだ。
悠長にはしていられない。
僕は爪で扉を切り裂いて、馬車の中へと立ち入った。
そこに居たのは、頭を抱えて下を向いて震える、白銀の髪をした少女が一人。
そして、その少女の隣の座席でぐったりとしている、兵士と思われる男二人。
この兵士二人から心音は、聴こえてこなかった。
これはいったい、どういうことなんだろう?
僕が崖上から『熱探知』した時には、二つの影しかなかった。この少女の影と、後もう一人。大人ほどの大きさの影が一つ。少なくとも、ぐったりしている男二人には反応はしなかった。
つまり、僕が『熱探知』した時にはすでに、この男二人は死んでいたってこと?
それに少女と対面していた影の形から、この男達どちらかに当てはまるような感じがしない。
それじゃあ後もう一人、ここにいたはずの人間はどこに行ったの?
能力「上感覚」でずっと感覚を研ぎ澄まし続けていたけど、馬車の中から誰かが出て来るような反応は感じ取れなかった。例え、テレポートを使ったとしても、僕の聴覚は魔法構築の完了音を聞き取れる。馬車の中から魔法を使ったような音も、聴こえてこなかったはずだ。
ぐったりしている男を観察してみるけど、一切の外傷は見られない。
死因は何? ここで何があった?
僕の感覚的にも、他に人間らしい気配は感知できない。
もしかして、自決の可能性とかもあるのかな。
いいや僕たちがここに来るまでは、外の様子から察するに計画は順調だったはず。そんな中でわざわざ自決する意味もないし、外傷やそういった痕跡すらないのはあまりに不自然すぎる。
そうなると、この女の子が?
いや、流石にそれはこの女の子が抱いている感情とか、この女の子が魔法を使ったような痕跡もないしあり得ないか。
僕は使っていた技能を解いて、身体から力を抜く。
それは僕達がこの馬車を襲撃してから、一分程度の出来事だった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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