45. 待っていたのは悲鳴でした
ゴブリンの縄張り事件から翌日のこと。
僕は少しの小っ恥ずかしさを残しながら、お父さんと一緒に早朝から東の森の湖へと赴いていた。
もちろん、それは「杖に残されていたメッセージ」を確かめるためだ。
この杖のメッセージが正しければ、たぶんこの場所に「魔導者」っていうのが現れるはず。
正直ここで何が起きるのかは、今もはっきり分からない。もしかすると、今日この場所で僕の前世を知る人物に会うことになるかもしれないし、それを考えても僕一匹で出向こうと思っていたんだけど。
昨日の件で僕は、考えを改めた。
何があるかも分からないからこそ、お父さんと一緒に行くべきだと思ったし、もし何かの拍子に前世バレしたとしても、お父さんなら受け止めてくれるかもしれないって思った。
受け止めてくれるって断言できないのは、僕の心の弱さだ。
『隊長。水は蓄えられたので、後はこの付近で薬草集めでもしようと思います』
僕は湖から水を大量に蓄えて、お父さんへと体を向き返った。
蓄えたというのは、この湖に潜んでいる大口蛙〈ヒュージトード〉の技能『食貯蔵』によるものだ。
自分の体積以上のものを、体内に蓄えておけると言う超便利技能。昨日の地下迷宮攻略で、かなりの量の水と薬草を消費してしまったからね。
この機会に蓄え得ておくに越したことはない。
お父さんはと言うと、僕のそんな姿を後ろから見守り、何か恥ずかしそうな感情を漂わせていた。
『そうか。相変わらずお前の能力は便利だな。ただ、二匹きりの時に隊長呼びはやめてくれ。息子に言われるのは、なんだかむず痒い』
いつメンの四天王での狩りの時は、敬意を表して「隊長」と呼んでいるんだけど、本人としてはちょっと複雑な気分みたいだ。
そんなお父さんに僕は軽く笑って返す。
『いえ。僕は確かに能力面でとても恵まれてますけど、化猫の戦士としてはまだまだひよっこです。それに、僕はまだ四歳の新入りなんですから、敬意ぐらい払わせてください。村に戻ったらお父さんに戻しますから、あんまり気にしなくてもいいですよ』
僕は仕事とプライベートは分けて考えたい質なのだ。例え親子関係だからと言って、そこで内輪的な絡み方を続けてしまうと、周りの仲間達が入り込めなくなっちゃうからね。これは化猫の戦士としての、僕なりの矜持なのだ。
と、分かったようなことを思ってるけど、前世は高校二年生で人間としての生を終えている僕。社会経験なんてないし、単なる気持ちの問題でしかないんだけどね。
お父さんはそう自慢げに伝える僕に、また困ったような感情を漂わせている。
『まぁそうなんだけどなぁ…………はぁ、まさか四歳の息子にケツ叩かれるとはなぁ』
『???』
それはメリハリ的な話しなのかな?
これまで『嫌』って言う感情じゃなくて、『困る』って感情だったからあまり気にしないで隊長呼びを続けていたんだけど。
もしお父さんにとって、この呼び方に圧を感じていて『嫌』だって思ってるなら、呼び方ぐらいは分けなくてもいい気がしてきた。
そう考え込む僕に、お父さんは軽いため息をつく。
『いいや何でもない。ただ、お前の父親としての面子ぐらいは保ってみせるさ……はぁ、この先の成長が怖いな』
『大丈夫。例えお父さんより強くなったとしても、僕はお父さんのことずっと尊敬してるから。お父さんは、僕にないものをたくさん持ってる。それこそ僕の能力じゃ得られない、大切なものをたくさん。だからもっと自信持っていいんだよ。お父さんは僕の自慢のお父さんなんだから』
ちょっと鼻につくような伝え方になってしまったけど、お父さんにそんな心配をずっとかけさせるぐらいなら、本心は伝えておきたかった。
こんな大事な思いだっていつ伝えられなくなってもおかしくないんだから、伝えておくに越したことはない。
それに正直なところ、僕はこれ以上強くなる気なんてない。
猫として生きるだけなら、ある程度身を守れる力があればいいんだしね。村のみんなやゴブリン達の期待にはそぐわないかもしれないけど、自分の過ごす村やこの森の安寧があれば、もうこれ以上の力なんて必要ない。
もう常識外れの実力は手にしてるわけだからね。
お父さんは僕の感情に、また少しの戸惑いな感情と嬉しさを滲み出していた。
『そうか、ありがとな。さて、それじゃあ昼頃までは散歩でもするか』
『そうですね。と言っても、何か起きるかも――』
その時僕の能力「上感覚」に反応があった。
数キロメートル先から金属音が聞こえる。
まるで剣と剣がぶつかり合うような音。
僕の能力「上感覚」を用いてギリギリで聞き取れる範囲内だ。化猫の村からはかなり遠いし、この湖からもかなり離れているようだけど。
剣を使っていると言うことは人間か、または人間と同じ骨格をした魔物だろうけど、おそらく森の外側で起きていることから魔物の線は薄そうか。
もしかしてこれが、魔法の杖が示していた事?
それにしては、この湖から離れ過ぎてる気もするなぁ。もしメッセージを残した人物が、僕の能力のことも知っていると踏まえるのなら、あり得ない話でもないんだけど。
うーん。でも今の所、技能『食貯蓄』で僕の体内に収めている魔法の杖からは何も反応ないし。
となると、やっぱり杖のメッセージとは別件っぽいかな。
『……何かあったか?』
『いえ、この森の外で人間同士が争ってるみたいです。僕達の村からは遠いですし、杖の件ともはっきりしないので気にしなくてもいいかな、と』
『そうか。人間が近くに……』
お父さんは何か、含みのあるような意思を伝え何か考え込んでいた。
ただ昨日の調査の話だと、人間達が地下迷宮で争い事を起こすなら、きっと何かしらのいざこざがあったんだって納得もできる。
しかしながら、今問題が起きてるのは地下迷宮からかなり離れている森の外側。
そんなところで人間同士が争う理由は、よく分からないね。
昨日、お父さんからは調査の話はあんまり聞けてなかったし、他に何か思い当たる節でもあったりするかな。
『やっぱり、森の騒ぎとは別で人間達も荒れてるんでしょうか? 昨日の調査でその辺りって、何かわかったりします?』
『…………他に動きはなかったはずだが、いいや。こんな時だからなのかもな。この騒動に乗じて騒ぎを起こしてやろうってのは、考えられない話じゃない。まぁどうせ、賊やらそんな輩が騒いでるだけだ。俺らが首を突っ込むことじゃないな』
『そうですね。それじゃあ――』
その時、僕の聴覚はとある音を聞き取った。
金属音の中に紛れる、幼い女の子の泣き声を。
おそらく小学生か中学生ぐらいの少女の声だ。
酷く泣き叫んでいる。
僕は能力「上感覚」により、聴覚を研ぎ澄ませる。
「お母さんっ!! お父さんっ!!! 嫌っ………離して! 嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
言語はゴブリンロードが持っていた技能『言語変換』で意味を即座に理解した。
身の毛が逆立つ。
明らかに、これは賊同士の争いなんかじゃない。
今の僕は人間じゃないけれど、そんな声を聞いたらいても立ってもいられなかった。
僕はお父さんの反応を待たず、その音の元へと駆け出した。
もう魔法の杖の件かどうかなんてどうだっていい。
『ごめんなさいお父さん!やっぱり僕、見てきます!』
『どうして!?ッ……おい待て!?』
そしてお父さんも僕の後に着いてくる。
こんな感情に身を任せるばかりの、我侭息子でごめんなさい。でも、もし今これを見逃したら、きっと僕はこのことを引きずることになる。
僕が欲しいのは自由で平穏な猫生だ。
例えこれが化猫としての想いじゃなくて、元人間としての想いだとしても、今後の穏やかな猫生活のためにも、黙っていれらなかった。
僕は風を切り、全速力でその惨状へと向かった。
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