41. 終着点は王でした その①
僕は地下迷宮から脱出し、猛スピードで黒一の待つゴブリンの縄張りへと急いだ。
黒一がゴブリンに襲われて、魔毒に侵されたのは今日の朝頃のこと。命のリミットは日暮頃まで。
僕は森を駆けながら天を見上げる。
木々の隙間からは、暖かな木漏れ日が差していた。
地下迷宮からゴブリンの縄張りまでは、そんなに離れていない。このペースなら、後数分もせずに辿り着けるはず。
これなら十分間に合いそうだ。
そんなことを考えながら野を駆けていると、ふと背中に乗せていたゴブリンロード(兄)が僕の体をポンポンと叩いた。
何かあったのかと思い、僕は即座に足を止める。
彼は少し気まずそうな感情のニオイを漂わせて、僕の顔を覗き込んだ。
「こんな時ニすまナイ、ココまでで十分ダ。俺にモ威厳がある。先に行ッて欲しい」
彼はそう言って僕の背中から降りる。
まぁ仲間との久々の再会になるんだから、ちゃんとした舞台を用意したいのかな。
僕的には、逞しい猫の背中に跨って颯爽と登場!
っていうのも悪くない気もするんだけど、そこは感覚の違いだしとやかく言うのは野暮ってものだ。
ただ、乗り物酔いっぽい感覚と喉奥から酸っぱいニオイが漂っていたことは、気にしないでおこう。
『分かった。だけど気をつけてね。さっきものすごい数の人間っぽい生き物が近くに居みたいからさ』
「心配には及ばナイ。すぐに追ッテこなかッタところ、標的は俺らではナかッタのだろう。ほら、仲間が危ナイのだろウ? 早く、コレを持って行くとイイ」
彼は手に持っていた魔法の杖を、僕の口へと咥えさせた。
この杖の魔法で今、魔石を異空間っぽいところにしまいこんでるから、彼と一緒にこの杖も置いていってしまうと、黒一を解毒ができなくなっちゃうからね。
僕はその大きな魔法の杖を、離さないようしっかりと力強く咥えた。
『ありがとね。それじゃあ現地でまた』
そして僕は振り返ることなく駆け出す。
それと同時に、僕は技能『変化』で体長五十センチほどに身体を縮めた。さっきまではゴブリンロード(兄)を背中に乗せるために、『変化』で体を肥大化させていたわけだけど、もうその必要もないからね。
やっぱりこの子猫サイズの身体でいる時が、なんだかんだ一番しっくり来る。
これで心の準備も含めて万事オールオーケー。
僕は黒一の無事を心の中で祈りながら、全速力で空を駆けゴブリンの縄張りを目指した。
***
それから間も無くして、僕はゴブリンの縄張り中央まで辿り着いた。それこそ、あそこから一分足らずの距離だったから、さっきのゴブリンロード(兄)もすぐに追くことだろう。
風を切り颯爽と縄張りの中央、この縄張りの主であるゴブリンロード(弟)の目の前に着地、そして技能『反応速度強化』により体感時間を引き延ばしながら、時間の速度を擬似的に遅くして状況をゆっくりと観察する。
現場は化猫とゴブリン間で膠着状態にあるようだ。特に争った形跡はなくて、ひたすらにヒリついた緊張が場を満たしている。
化猫の戦士数十匹に対して、それを囲うゴブリン数百匹の図。僕がこの場を離れてから、化猫三匹衆が仲間を連れて来てくれたとはいえ、状況としては圧倒的に化猫側が不利の様に見える。今こうやって化猫側に死傷者が出ていないのが不思議なほどだ。
まぁゴブリン達が手を出す気がないことが分かりきってたからこそ、僕もこの場から離れられたわけではあるんだけどね。
実は事前に僕の嗅覚の能力「感情をニオイで感じ取れる能力」によって、ゴブリン達が僕が去った後に暴れる気はないことは何となく察知はしていた。
明確な理由はよく分からないけど、どうせあの狡猾なゴブリンロード(弟)の事だ。自分が優位に立つために下手な真似を取らなかっただけで、きっかけさえあればまた状況は変わっていたと思う。
僕が地下迷宮攻略している中で、ゴブリン達の挑発にも乗らずに、上手く立ち回ってくれたこの場にいる仲間達には頭が上がらない。
さて、状況把握はこれぐらいで良いかな。
僕は技能『反応速度強化』を切り、引き延ばしていた体感時間を元に戻す。
目の前のゴブリンロード(弟)は、現実を理解していないようで唖然としていた。いやもう気持ちは痛いほどわかるよ。野生の魔物が潜って生きて帰れる場所じゃないもんねあそこ。
とりあえず彼から僕を攻撃する意志は一切感じられないし、今は黒一の解毒が最優先だ。
『みんな!!見張りありがとう!! 黒一はまだ生きてるね?』
化猫達は僕からの意思が伝わると、強い歓喜の感情のニオイを漂わせ、みんなの尻尾がピンと立った。
その一方で周囲のゴブリン達はと言えば、まるで信じられないものを見るような目で、僕に視線を向けている。
彼らは明確に、恐怖の感情のニオイを濃く漂わせていた。
僕が戻って来た事で戦力面は完全に形成逆転してる。
けれどまだ安心はできない。
僕は急いで黒一の元へと駆け寄る。
黒一は苦しそうに呼吸をしていたけど、意識は辛うじてあるみたいだ。体に触れて伝わる感覚から、それなりに魔毒が身体に回ってはいるものの、後遺症もなく解毒は間に合う範囲ってところかな。
『茶の息子!!無事だったか!!お前ならクソ生意気に帰ってくるって信じてたぞ!黒の子は無事だ!魔石は取ってきたな?』
黒一の身体を観察していると、一番最初に駆けつけてくれた、まぁこの騒動の元凶でもある化猫三匹衆が駆け寄って来た。
いつもは嫌味ったらしい事ばっかり言ってくる彼らだけど、今日の彼らはちゃんと戦士の瞳をしている。
いや、嫌味は今も健在かな。
『クソ生意気は余計だよ。でも、君らも僕を信じて待ってくれてありがとう。君らがいなかったら、そもそも地下迷宮攻略は果たせてなかった。魔石ならこの杖の魔法で中にしまってあるよ。後ついでに、地下迷宮内で取れた素材もいくらかね』
「い、いいや。ありえねェ……ま、まさか、そンな馬鹿なコトが…………マ、マジにアノ地下迷宮の、最奥まで辿り着いタッテのカ……?」
そしてゴブリンロード(弟)はやっとのこと現実を理解し始めたのか、焦りの感情を強く漂わせながらそんなことを呟いていた。ここで恐怖に支配されないところ、この弟君も王の器ではあるみたいだ。
まぁ、それはそれとして。
『……ホントさぁ。よくもまぁあんな性格の悪い地下迷宮に潜らせてくれたもんだよね。流石の僕も死ぬかと思ったよ…………君にはやっぱりさ。少し辛い痛い目を見てもらわないと、全然釣り合いとれないと思うんだよねぇ』
「ッ――!? ダ、ダガッ! 交渉は忘れテいないナ!? ソノ魔石で黒猫を治しタら、ソノ魔石の半分は俺らのもンだ!! 今更魔石の価値に気がついてもう遅い!! オ、俺ニ手を出せバ、苦労するコトになるゼ?お前はともかく、仲間を傷つけタくはねェだロ?」
『…………はぁぁぁ、相変わらずやり方がセコイね君は。ちょっとした冗談だよ…………あー、そうそう。君にはもうひとつお土産があるんだ、いや。正確には君ら、か』
警戒し続けるゴブリン達を他所目に、僕は木陰にとある気配を感じてその方向へと目をやる。
どうやら本物の王のお出ましのようだ。
「……黙ッテ聞いていレば。化猫のガキをネタにつまらナイ揺りをするナ。ソレでも王かお前は」
そこに現れたのは、さっき背中から降ろしたゴブリンロード(兄)。口元の酸っぱいニオイと、スッキリしたような表情で凛々しく登場。
これまで誰かを背中に乗せて走ったことはなかったけど、今後乗せるようなことがあるならちょっと気にしないといけないかもしれない。
とか内心思っている間に、ゴブリンロード(弟)はもはや僕に気にすることもなく、ゆっくりと彼に歩み寄って行った。
「…………あ、あっ、兄者、なのカ?……嘘じャネェ……ホンモノダ……」
「すまない。お前には苦労をかけタ」
「ッ――!ホントだゼ!! 兄者がいナイせいで俺が王になッちまッタ。柄にあわねェが、俺以外に素質はなかッタんダ……会いたかっタ……」
「……マタ、ココに帰れて良かっタ………地下迷宮の最奥デ、魔毒の王に操られていた所を、アノ猫に助けてもらッたンダ」
兄弟同士の熱い抱擁を交わす中、急に話を振られてちょっとびっくりする。
『……ま、まぁ、半ば成り行きだったけどね。でも、君には僕も助けられたからおあいこって事で。それじゃあー、こっちはこっちで黒一助けてるから。そっちはそっちで積もる話でもしとくといいよ』
ゴブリンたちは感動の再会を果たせているけど、こっちの問題である黒一の解毒はまだ済んでいない。交渉だとか、この後どうするとかはその後で考えればいい。
ただ、魔法の杖の使い方は未だよく分かってないけど。でも、あの時魔石をどこに、どうやって収納したのかは僕の能力「上感覚」があれば簡単に解明できる。
僕は自分の身体以上ある大きな杖を口に咥えながら、杖先を黒一へと向けた。
『ごめん、待たせたね。今助けるから』
『な、なぁ。魔石で治るとは言うものの、治し方はわかってんのか?それ、魔毒の根源でもあるんだよな? 間違って魔毒ぶちまけるなよ?』
『大丈夫、ここまできてそんなヘマは踏まないよ。魔石の性質は理解してる。後は必要な成分だけを抽出して、黒一に与えてあげられればきっと……っ!』
僕は黒一の体に杖先を近づけ、意識を集中させる。
魔法の杖の奥底から感じる魔石の魔力を、感覚により辿る。きっと僕に魔法の知識があったなら、もっと簡単な方法があったのかもしれないけど、今更ないものねだりなんてしていられない。
今こそ僕の感覚能力の見せ所だ。
微かにでも『感じ取れる』のならば、それはもう僕の「上感覚」のテリトリー。
僕は感覚能力を頼りに異空間に収納した魔石から、解毒に必要な魔力の成分を探り当てる。
後はそれを異空間から実空間へと抜き出して、杖先へと移動させるだけ。とは言え、魔法知識を全く持たない野生の魔物が扱うには、かなり神経がすり減る作業だ。
普通にこの杖から魔石それ自体を引きずり出せれば早くはあったんだけど、この魔石を地上に出してしまったらそれこそ確実に、その強大すぎる魔力に森が荒れてしまうことだろう。
だからこそ、扱いには細心の注意を払う必要はあるわけだけど、僕の感覚能力はその匙加減を見誤るわけもなし。
僕の感覚は既に、解毒に必要な魔力をすでに探り当てている。後はこの魔力を必要量を、杖先へと移動されるだけだ。
『慎重に少しずつっ……!よし、これならいけるはずっ!』
次の瞬間、杖先から橙色の光が薄らと放たれる。
そして、その光はまるでスライムの様に黒一の身体を包み込んだ。
黒一も一瞬苦しそうな声をあげたけど、それからは緩やかな呼吸へと戻っていった。僕は黒一の体に何か悪い事が起こっていないか注意深く観察する。
『……ほ、本当に大丈夫なんだろうな?』
『…………うん。今ので黒一の体に魔毒耐性がついたみたい。ただ『変化』と違って、元の体質自体が変わったものだから、体が少しびっくりしたんだと思う』
黒一の体の周りを揺蕩う橙色の魔力は、徐々に黒一へと吸収されていく。
それを見て僕は杖を黒一から離して供給を止める。
あまり与え過ぎても魔力酔いとかもあるみたいだし、これ以上は黒一のキャパを超えてしまうかもしれない。
でも、耐性の獲得した感覚は確かに感じ取れた。
そして、黒一の身体を侵食していた魔毒の気配も消え去ったみたいだ。
これでやっと、魔毒問題も万事解決だ!
『……みんな、迷惑かけたね。魔毒はもう完全に消え去った。後は時間が経てば起きるはずだよ』
僕の意思が伝わると、化猫の仲間達は気分の高揚が隠しきれないように僕に戯れついた。聞こえてくるのは称賛の嵐だけど、化猫のコミュニケーションは半ばテレパシーの様なものだから、絶え間なく頭に飛んでくると意志が混ざりすぎてあまり内容は聞き取れない。
でもこれはこれで悪い気はしなかった。
あの化猫三匹衆も一気に疲れが出たようで、褒めちぎられる僕の輪の外でぐったりしていた。自分のせいで仲間が死んでしまうかもしれない、という苦しみを背負って地下迷宮攻略した身だからその気持ちは痛く分かる。
まだ黒一はまだ目覚めないけど、これで一件落着。
後は向こうのゴブリン次第。
とは言え…………
『はいみんなストップ。ストーーップ。まだ終わってないからね。ここは僕らの縄張りじゃない。最後に、話をつけてくるよ』
元々魔石の半分をゴブリン達に受け渡すって話つけてたけど、兄ゴブリンがどう話していくれているかによる所だ。
僕は何やら話をしているゴブリン達の元へと歩みを進めた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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