4. 転生したら猫でした その①
本話より異世界生活の始まりとなります。
(冒頭プロローグのあらすじ有)
愛猫と一生過ごしていたい。家族を失いたくない。最近はそんなことばかり考えていた。
僕の寿命の半分を分け与えて、死ぬ時は僕の懐の中で一緒に生を終えてほしい。そんな出来もしないヤンデレじみた現実逃避を幾度もした。置いていかれるなんて、考えたくなかったんだ。
時は止まることを知らない。着実にその時が近づくのを僕はどうすることもできず、泣き喚き拒み続けた。今になって、最期ぐらいは笑って見送りたかったなんて思うけれど、過ぎた時間を巻き戻すことも僕にはできないから。うるさくしてごめんね、って伝えることもできない。
彼は静かに息を引き取った。
後追いすることもできず数ヶ月は寝込んだ。食事だって碌に喉を通さなかったし、ふとした時にもういないことを実感して、その度に泣き叫んだ。
そんな状態から立ち直れたのは、周囲の温かい支えがあったからだ。家族や友人達が僕の心の支えの代わりになってくれたから、少し時間はかかったけど僕は前を向いて生きようって思えた。
それに、もしこれで僕が堕落してしまったら天国にいる愛猫にも顔向けだってできない。だから、精一杯自分にできることをして、それでこれから家族や友達にも恩返しができたらいいな、ってさ。
そんなことすら許してくれないなんて、思わないじゃないか。
――ドグシャッッ
鈍く重い嫌な音が耳ではなく、体の隅々から響き渡った。視界が一瞬歪んだかと思うと、世界は暗闇へと染まった。一遍の明かりすらない。接続の切れたディスプレイのように、プツンッと瞳が機能を失った。一瞬全身に痛みが駆け巡った様な気もしたけれど、今はそんなこともない。あれだけ騒がしかった人の声も、車の通る音も今は一切聞こえなくなっていた。
頭もはっきりとしない。けれど、今自分の身に何が起こったのかは何となく理解できてしまった。
――あぁ……僕、轢かれて死んだんだ
………………………………
それは、いつも通りの何の変哲のない朝のはずだった。
学校に向かうために僕はバスに乗った。軽く寝ぼけながらネットニュースを読み漁り、適当に駅に着くまでの時間を潰す。そんな変わり映えない朝のひと時が、一瞬にして姿を変えた。
前に立っていたスーツ姿の男が同僚と思われる男をナイフで刺した。刺された男は呻き声をあげ地面へへたり込む。その一方、刺した当事者は訳のわからない言葉をぶつぶつと呟きながら体を震わせていた。それはまるで自分の行動に恐怖しているように思えた。
理解できない現実に呆気に取られている間に、叫び声を上げた女性は首を切られぐったりとしていた。男からの要求はない。何かに怯えたように血濡れたナイフを握っていた。
そしてその矛先は、男にとって全く無害なはずの優先席に座り身動きの取れなくなっていた妊婦さんへも向けられた。
その場に直面して僕は居ても立ってもいられなかった。気がついた時には既に足が動いていた。
僕は二人の間に割って入る。
そして、幸か不幸か僕の行動は間に合った。
ナイフがお腹に突き刺さっていくのを、ゆっくりと認識する。最初はただの走馬灯だと思った。死ぬ間際に過去の記憶が一瞬で蘇る現象。また死に対する危機感から感覚が研ぎ澄まされて、周囲をスローモーションのように感じる現象を俗にそう言う。これが死ぬ間際の最期の懺悔の機会なんだと、半ば諦め受け入れようとした。
しかし、この現象がそんな優しいものではないことを心底思い知ることとなる。
現実に僕は『死に近づくに連れて時間が際限なく引き延ばされる現象』に襲われていた。
走馬灯と一言で済ますには悍ましい。ナイフが身体に深く刺さるにつれて時間の進みが遅くなっていく。その間研ぎ澄まされた感覚は刺されている苦痛を知覚し続けた。このままでは僕が死ぬ前に時が止まってしまうののではないかと思わせるほどに、それは際限なく遅くなり続けた。
一時この現象に心の底から絶望したけれど、これは逆に好奇でもあった。だってこの引き伸ばされた時間がなければ僕はなすすべなく刺され殺されていたのだから。どれだけ頭が悪くとも考える時間が際限なくあって、逃げ道があればいつかは答えに辿り着くものだ。
僕は運良く男の凶刃から逃れる。
だけど、それまでだ。
僕はただの平凡な高校生だ。運動神経は並以下で、頭だって自慢出来るほど良くもない。もちろん死にたくなかったし、お腹も痛くて気持ちも悪くて。理性なく叫ぶ男が怖くて。必死になってバスから飛び出して対向側の歩道へ向かった。
もっと生きていたい。この苦しみから解放されたい。その一心で走った。
その結果、最後に残ったのはあの体の中から響き渡る気持ちの悪い感触だった。
………………………………
そこまで思い返して、僕は自分のことが心底嫌になった。
いざこうやって終わってしまえば、仕方がないという感情に埋め尽くされてしまっている。親にも友人にも迷惑をかけてばかりだったのに。特別な日以外で感謝の気持ちも碌に伝えられてなかったのに、最期は何も返せずにこんな終わり方をしてしまった。
僕はとんだ恩知らずの薄情者だ。今はあまりの現実を受け止められず淡白になっているだけなんだと思いたい。
けれど、唯一幸いと思えることもある。いや死んでる時点で喜ばしいことなんて全くないんだけど。
ただ、轢かれた時にあの『走馬灯紛いの現象』は起こらずに済んでいた。それがどうしてなのかは僕の知るところじゃないけど、走馬灯っていうのが死ぬ瞬間を意識して起こるものと仮定すれば、死ぬ瞬間を認識できずに死ねれば起こりはしないのかもしれない。
――まぁ、死んだ今そんな事
全てを諦め先の事すら見通しもない中
――ッッ!!?
思考が強制的に落とされた。
よくある授業中にウトウトしていたら体がビクッとする例のアレに近かっただろうか。いいやそんな優しいものじゃない。瞬きレベルの意識の強制再起動をこっちの意思関係なくかけられたような感覚。このまま僕としての人格を持っていかれて無に帰すのかと身構えたけれど、今も僕は依然僕のままだった。
『……今のは、何だったんだろ?』
わけもわからないままそんな疑問を抱く。
そして同時にある違和感を覚えた。
今も変わらず目の前は真っ暗だ。死体に神経などかよっていないのだから当然のこと。感覚がないのは当然のはずなんだ。
そのはずなんだけど、なぜだかあの意識の再起動の後から感覚が戻ってきているような気がした。とても暖かいふわふわの毛皮に覆われているような。まるでそう、愛猫に顔を埋めているような感覚に近い。とても心地いい。あらんことか獣に似た匂いまでしているような気がする。
『そっか……死後の世界は生前の理想の感触と匂いと感触に覆われて無を彷徨うことになるのかな』
もう心地よさで頭なんて働いていられなかった。どんどん思考力が低下していく。このまま意識を手放せば、僕は僕じゃなくなって、今度こそなんの感覚もわからなくなってしまうのだろう。死後は天国で愛猫と一緒に地上を見守れたら、なんて思っていたけど、どうやらそれも叶わないようだ。色々と後悔も残っている。でも、猫に包まれて終える最期なら、それは悪くはないのかもしれない。
『あぁ、そうだ。今度生まれ変われるのなら猫になりたいなぁ。将来とか、勉強とか何にも縛られず。ただ自由気ままに、野を駆け回って……』
そう思いながら、僕は目を開けた。
夜空に浮かぶ星々と、一際輝く月明かりが僕の瞳を照らす。
寝起きの様に視界と思考がぼんやりとしてる。何となく、綺麗な空だなぁなんて惚けながらフワフワな何かに身を委ねる。巨大な毛布に優しく包み込まれているような感触。外気の冷たさをものともしないその温もりが心地よくて、少しの間何が起こっているのか理解することもできなかった。
しかし徐々に目も覚めてくると思考も明瞭になっていく。そうしてやっと、僕を包み込んでくれているそれを認識した。
ゆっくりとした呼吸で揺らめく柔らかくてフワフワな体。横たわる四足の獣の体。目端で捉えられる小さなクリームパンの様なお手手。
紛れもない、これは猫だ。
いや普通の猫のサイズとしてあり得ない。人一人包み込める程大きな猫って何?っていうかそれはもう虎や獅子の類なのでは?いや、でもこの体の柔らかさは猫っぽい気もするし。そもそも僕はどうしてこんな……
混乱する頭の中そっと視線を下に移した。
僕の隣には四匹の子猫が並んで眠っていた。時折小さな寝息を立てている。生後それほど経っていない。フワフワな毛並みが暗闇の中でもしっかりと感じられる。
僕の眠っていた魂が、完全に目を覚ました。
『はあぁぁぁぁ^〜〜〜か゛わ゛い゛い゛ッッッ!!!! あらもうスヤスヤしてどうしたのも〜〜〜!! ゴロゴロしちゃってもぉぉぉ〜!!』
目の前の可愛い生き物に即堕ちた。スースーと聞こえる穏やかな寝息が疲弊しきった心を癒す。なんなら飛びかかりたい。可愛がりたい。でもだめだ。理性を保て。人としての良心を忘れるな。生後間も無い、しかも寝ている子猫を起こしてまで猫吸いするなんて大罪だ。こっちが可愛がりたいと言う都合だけで猫の嫌がることはしてはいけない。これ大原則。ひとまず落ちつけ。起こさない様に、静かにだ。
それよりも、今の状況を理解するのが先なはずだ。
そうだよ。今は目の前の可愛いの化身よりも考えなきゃいけないことがある。
例えば、ここはいったい何処なのか。
…………………………
いや全く身に覚えがない。目が覚めたら病院でした、とかなら分かるけど思いっきし外だし。床は木板が敷かれ整備されているところを見るに、どこかの建物の屋上とか?空気は澄んでいて少し肌寒い。星も綺麗に見えてることを考えると、ただの田舎っていうより標高の高い場所っぽさもある気もするんだよね。
っていうか、こんな絶景猫可愛スポット知ってたら通い詰めたはずだ。なんなら住むまである。全く身に覚えがない時点で知らない場所と考えるのが妥当かな
でもどうしてだろう。今の僕は全く知らない場所で、全く理解のできない状況に置かれている。それなのに全く焦りなんてなくて、不思議と安心感に満たされている。
『……どうして僕なんかが子猫達と一緒に寝れているんだろ。そんな幸せな権利を得ていい人間じゃ無いのに。それにあれからどれぐらい時間が経ってるのかな?夜になってるけど。いやそれより刺されたお腹の痛みは?轢かれたのも勘違い?』
ひとまず立ち上がろうと両足に力を入れた。でも、立ち上がる感覚に違和感を覚える。それはまるで二足歩行の仕方を忘れたような。骨格上想定されていないとでもいうかのような感覚。
改めて自分の体を見る。
それは紛れもない、獣の体だった。
素肌が見えず全身が薄茶色の毛で覆われている。所謂、茶虎柄の身体。足の関節も人間のそれとは違う、逆関節というやつだ。手もメロンパンの様な可愛らしげなものになっている。少し広げたり閉じたりできるぐらいで指の動かし方は全くわからない。自分の顔は見えないけど、自らの興味で髭が前に張ってる感覚が自らの顔から伝わる。更に尻尾がゆらゆらと揺らめき体に触れる。間違いなくこれは僕の体から生えてる。
なるほど。どうやら僕は猫に生まれ変わったようだ。
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