39. 迷宮脱出はギリギリでした その②
『ッ――!!…………ッ???』
死を覚悟したその時。
突如足元に光り輝く魔法陣が形成された次の瞬間、僕の体に異変が起きた。さっきの薬草の効果と似ているけれど、それよりもずっと強力な回復。
さっきまで動かなかったはずの体が、その瞬間元通りになっていた。足腰もちゃんとしてるし、骨も筋肉も完全に再生していた。
僕は立ち上がり顔を上げる。
そこにいたのは、僕に魔法の杖を向ける赤小鬼〈ゴブリンロード〉の姿だった。
『……助けて、くれたの?』
その赤肌のゴブリンの表情は変わらない。
それに視線も僕に向いているというより、自分の持っている杖に向いている様だった。
「俺も驚いてイル。まさか異種族であル子猫に、こんな魔法を使ッちまウなんてナ」
そう言うと赤肌のゴブリンは杖を下げて、ゆっくりと跪く。
そして僕へと土下座した。
こんな異世界にもあるんだぁ、と一瞬感心してしまったけど、そもそも前世でだって土下座なんてされたことないから、なんだかオドオドしてしまう。
「助けてくれたコト、心から感謝スルッ!! アノままだッタら俺は、アノ百足に死ぬマデ利用されていタだろウ…………本当に、ありがとウ……ッ! 」
『いや、ちょっ、そんな、頭あげてよ!? 別に君を助けるためにここに潜った訳じゃないから! それに、僕だって君がいなかったら動けないままだったから、ね?君を殺さなかったのも、ただの気まぐれなだけだし、感謝されても困るっていうか……』
僕の意思を感じ取って、赤肌のゴブリンは顔を上げる。けれどその眼差しには、何故か敬意の感情が籠っているように感じ取れた。
「ナニを言うか。誤魔化さなくたッテ良イ。お前はソノ気になればいつデモ俺を殺せたはずだ。機会はいくらデモあッタ。ソレなのにお前は俺を殺すどころか、アノ百足の束縛カラ俺を救ッテくれたノダ。異種族の俺ナド、さッさと殺した方が良かッタはずなのにナ…………コノ状況を見越してのコトだったんだろう?ダカラこそ、魔法を扱える俺を生かし、恩を売った。ナカナカ出来るコトではナイぞ? 異種族の、しかもゴブリンに命を預けるナンてナ」
『…………あぁ。まぁ、ねぇー……結構なカケではあったよ?うんうん。君が義理堅いゴブリンで助かったよ、あははー……ははー……』
いいえ、いつでも殺せると思ってたから殺さなかっただけでそこまで考えてないですホントにごめんなさい!!
と心の中で全力謝罪しながら表面上は誤魔化していく。実際に恩を感じてくれてるんだから、そこに水を刺しても、うん。なんか仕方ないしね。
赤肌のゴブリンは取り繕う僕へと、その曇り切った尊敬の眼差しを向け続けている。純粋に心が痛い。
「コレでもゴブリンの王。コノ恩義、返さずして王を名乗れタモノだろうカ…………そして、コレがお前が求めていた魔石ダ。コレは誰が何と言おうとお前のモノダ。ナニも言わず貰ッテ欲しい」
そして彼は橙色に煌めく、その野球ボール程はあろう大きな宝石を僕へと差し出した。あまりにもゴブリンらしからぬ言動に、ちょっと調子が狂ってしまう。
いや、こ本来これが王としてあるべき姿のかもしれない。そう考えると、二代目ゴブリンロードの弟くんは、もうちょっとこの兄を見習って欲しい所だ。
『で、でもいいの?ここに先に辿り着いたのは君でしょ?それに、元々この魔石は半分半分って君の弟と――』
「俺は自力でココまで辿り着いタわけじャナイ。毒沼のフロアで力尽き、気がついタ時にはコノ杖を握リ、奴の言いナリになッテいタ。地上へ出テ、熊や猪を殺し飢えを凌ぎ、時には仲間スラも手にかけされ、ソノ肉を貪り生き延びさせられタ…………俺にコノ石は荷が重すぎル。弟とは俺が話をつけよウ」
彼はそう言いながらまた深く頭を下げる。
実際、この魔石に秘められた魔力はとてつもない。それは今も身近に感じてるし、ゴブリンにこんな代物を分け与えて、今後の化猫へ牙を向かないかっていうことを考えると、素直に受けるのが良さそうではあるんだけど。
彼が抱いているこの感情。
素直に「お前が持つに相応しい!」という感情六割。
「こんな石近くに置いていたくもない!」という気持ちが四割、ってところかな。
まぁ自分が操られる要因になった石なんて、身近に置いておきたくはないって言う気持ちはわからなくない。種族は違えど回復してくれた恩もあるし、ちゃんと気持ちは汲んであげないと。
それと今の話を聞いて、最近西の森が騒がしかった理由もなんとなく分かった気がした。
彼がいつからこの地下迷宮に囚われていたかは定かじゃないけど、あの大百足が彼を使って西の森を荒らしていたって言うのが原因と見て良さそうだ。
西の森で僕も熊と猪の魔物を何度か狩ったことはあったから、もしかして僕がなんかやらかしたのかと内心ヒヤヒヤしてたけど、どうやらいらない心配だったみたいだ。
まぁ、それはさておき。
これで魔石も手に入れられたことだし、さっさと黒一の所に帰らないと。
『そ、それじゃあお言葉に甘えて……』
「ソレとコノ杖もやろウ。コレもお前が待つべきダ」
『あの、ついでで要らない物押し付けようとしてない?』
赤肌のゴブリンはゆっくりと首を振る。
「イイヤ、ついでじャなイ。コノ杖は強者を求めていル。おそらく元は人間のモノだッタが、コノ地下迷宮へと潜り、ソノまま生き絶えタンだろウ……ココに来タのが人間の意思だッタのカ、将又コノ杖の意思だッタのかは今となッテは知る由もナイが……コノ杖はずっと待ってイタのダ。コノ地下迷宮を攻略できるバケモノをナ」
いやそんな話を聞いて、素直に『はいいただきます』とはならないかなぁ。
『で、でも僕魔法の知識とは全然ないし……そもそもこんな長い棒、咥えるのが精一杯で……』
「魔法知識ナラば俺も同じ。魔法はコノ杖が教えてくれル。さッきの回復魔法も俺は単身じャ使えナイ。コノ杖がお前を治したンダ。杖なら変化で人に化た時にデモ使えば良いだろウ?俺はもうコノ杖に振り回されたくはナインダ。おねがいダ」
そうして彼は魔石と並べて、その杖を僕の前へと差し出した。これ以上振り回されたくない、というのが心から十割の感情だって言うことを、僕の能力「上感覚」は痛い程に感じ取っている。
人間への『変化』については、実は大人になってからって決めてまだ習得してないから結局咥えることしかできないんだけど、これも貰ってあげるのが優しさだろう。いらなければ人に化られる豹柄のお兄さんに渡せば良いしね。
『……分かった。これも受け取るよ。持っておいて損はなさそうだしね。ただ、後で落ち着いた時にもらうから、今は君が持っててよ……あの、良ければさっさと帰りたいんだけど、もうそろそろいいかな?』
僕の意思にやっと彼は顔を上げた。
心の荷が降りたような晴れやかな顔をしてる一方で、これまでの疲労の色ももドッと表われているようだった。
彼は重苦しく腰を上げる。
「そうだッタナ……だが、情けない話ですまない。こんなコトを頼める立場でナイコトは承知していルガ、お前の背中に乗せて運んでもらう事は出来るだろうカ?」
『うん、いいよ。君には回復してくれた恩がある。それに色々もらっちゃったし、それぐらいお安い御用だよ』
「すまない。迷惑をかけル……」
『いいよ。気にしなくて。ただし、しっかりと捕まっててよ』
僕は技能『変化』によって体を肥大化させて、彼を背中へと乗せた。彼は僕にまたがるのではなくて覆い被さるようにしがみつく。
実際ここで彼を助けるメリットなんて猫である僕にはほとんどないんだけど、そもそも人助けなんてメリットどうこうですることじゃない。
助けを求める人がいて、僕がどうにかできることなら、こんな猫の手いくらでも貸すつもりだ。
もちろん、こっちに危害を加えてこないって言うのは大前提だけどね。
そして彼がしっかりとしがみついたのを確認して、元きた道を戻ろうとしたその瞬間。
彼が持っていた魔法の杖が光だしたかと思うと、魔石がどこかへと消え去った。いや、どこかに『格納』したって言うのが正しいかな。
たぶん、原理としては僕が持ってる技能『食貯蓄』と同じっぽい。厳密にはわからないけど、杖から伝わってきた感覚的には「魔法空間的なところに一時的に物を収納する魔法」と言ったところかな。
ゲームとかでよくある、どんな大きい物でもしまえる四次元アイテムポーチ的な魔法なんだろう。
また驚くべきことに魔石を収納した瞬間、魔石が放っていた魔力も一切漏れ出していない。
確かに、あのまま外に出てたら魔石の強大すぎる魔力で、周囲の魔物に影響しかねないからね。
早速、この杖は良い仕事をしてくれる。これはもらっておいて正解だったかもしれない。
と、思ったのも束の間。
僕は改めて地上に戻ろうと駆け出そうとした時、今度は僕の足元に魔法陣が形成された。
更に背中でしがみついてる赤肌のゴブリンはが、ぐったりしながら何かブツブツと呟いている。
ゴブリンロードに触れられたおかげで技能『言語変換』は獲得してはいるし、僕の能力「上感覚」の聴覚で聞き取れないはずもないんだけど、もう彼の体力が限界なのか言葉にもなってないのだろう。
状況からしてたぶん、この杖に無理やり詠唱をさせられているような気がする。しかも、この魔法を使うための魔力も、彼から無理やり搾取してるような感覚が伝わってくる。
そして何より問題なのは、今この杖が何をしようとしてるのか全ッッ然わからないと言うことだ。
僕は試しにその杖へと感覚を研ぎ澄ましてみる。
『…………少なくとも敵意はなさそう。そもそも生き物じゃないから僕の感覚能力でも正しく読み取れてるのかわかんないんだけど。 でも、この杖が僕を選んだって言うのなら、せめて自分が有用であることを示してたらいい! これで僕に危害を与えるようなことをしたら湖にでも沈めてやるからね! いいね! 』
と無駄に杖を脅すような意思を向けてみたりするけど、当然杖からのレスポンスはない。
けれど相手は所詮「杖」だ。
もし僕への攻撃系の魔法だったとしても、魔法が発動する寸前の音を聴いて何が起こってから回避するのだって僕なら可能なはず。
念のため技能『反応速度強化』も使っておく。
それから徐々に足元の魔法陣の光が強まってくる。
さっきの回復魔法の魔法陣とは構造が違う。
たぶん効果は回復じゃない。漂う魔力の色にも特に特徴はないから、炎の攻撃魔法でもなさそうだ。
しかしながら、それ以上のことはまだわからない。やっぱり、魔法のことは知識がないと推察のしようがないかもしれない。
僕は意識を集中させ、その音を待った。
――キン
そしてその音を認識し、これから何が起こるのか把握しようとした瞬間。
僕は既に、地下迷宮の入り口に付近へと瞬間移動していた。
何が起こったのか、理解するのは難しくはなかった。でも、魔法が発動してから対応できなかったことに、なんだかちょっとの敗北感を覚えた。
『……あー、ね。なるほど。テレポート……へぇー、この世界にあるんだぁ…………役には立ってるから何とも言い難いんだけど、報連相って、大切なんだなぁ。何やるかは事前に共有して欲しいんだけど、杖だしなぁ…………まぁ今回は助かった! うん! 躾とかできればいいんだけど、そこは持ち帰った後に考えよう! ……それと。兄ゴブリンが怠そうにしてるのを見るに、回復魔法の時も無理やりだったんだろうなぁ…………弟ゴブリンは正直殴ってやりたいけど、この兄ゴブリンだけには同情できるかも』
僕はそう思いながら背中のゴブリンを落とさない様に、黒一の待つ北の森のゴブリンの縄張りへと駆けるのであった。
ここから数十メートル付近、この地下迷宮へと向かってくる人間達に位置を悟られないように技能『隠密』を使いながら。
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