36. 帰還『風の共縁者』
ディビナス帝国、グレイマーシュ辺境伯領地内。
人々が生活を営む町から少し離れた平原にて。
俺らは依頼〈クエスト〉の元、とある強大な魔物と対峙していた。
その魔物の名は血飢熊〈ブラッディベアー〉。
主にユグコットルの大森林に生息している熊の魔物であり、その脅威度はB級適正と定められている。
十数メートルはあろう巨体に、赤く染まった鋭い爪。口元から覗き見える凶悪な牙。殺意に満ちた鋭い眼差し。
巷では「人を殺すためだけに生まれてきた魔物」とさえ称される、ここ付近でも特に危険度の高い魔物だ。
ただそうは言っても、これまでいくつものB級依頼〈クエスト〉を熟してきた、俺らB級冒険者パーティ『風の共縁者』の敵じゃあない。
「グオォォォォォォォォォッッッ!!!!」
耳を劈くような咆哮が、周囲へと響き渡る。
ここから人々が生活を営む町へはある程度の距離は離れているものの、全く人通りがないわけじゃない。もし、ここら周辺の獲物を喰らい尽くし、更に行動範囲を広めてしまえば次の標的は人間になるのは必至。
それこそ、人間の味を覚えてしまったら最悪だ。
今ここで確実に息の根を止めておかなければ、今後甚大な被害をもたらすことになるだろう。
俺は目の前のデカブツに向けて剣を構える。
仲間達も誰一人として、怯んではいない。
「(あぁ、今日もいつも通り。いい狩猟日和だ)」
暖かな陽射しをこの身に受けながら、俺は目の前のデカブツに向けて正面から突っ走る。
技能『闘気』『武闘気』を即座に使用。
自らの魔力を体に纏わせ身体強度を上げ、更にこの手に握る剣へも魔力を馴染ませ、その強度を確かなものにしていく。
それと同時。
「『身体強化〈フィジカルアップ〉』
『魔力補助〈マジカルアシスト〉』」
後方で構えていた魔法使い「カリスタ」の魔法が発動し、俺らの身体機能を大きく向上させた。
俺は魔法があまり得意じゃない前衛の剣士職だ。
身体強化の術も『闘気』以外にはないから、即座にこう言う魔法の支援をしてくれるのは、前衛として本当に助かっている。
そして駆け出した俺とは反対に、魔剣士「フィリップ」はその場でゆっくりと姿勢を低くし、剣先をデカブツへと向けていた。
これから何をするのかは分かっている。
俺は左手を軽くあげ了承の合図を送り、そのままデカブツを射程範囲内に収めた。
俺は駆け抜けた勢いのまま、目の前のデカブツへと両の手で剣を振り上げる。
奴も俺の動きをしっかり見据え、大木すら軽々しく薙ぎ倒すその凶悪な巨腕を振り翳した。
「――まずはその腕貰うぞ」
動きは身体強化された俺の方が速い。
俺は奴の攻撃を避けながらカウンターのように、振るわれた巨腕に沿って剣を切り上げ、そのまま根本からその腕を切り飛ばす。
しかし悠長にはしていられない。
奴の持つ技能『逆境強化』が効力を発揮する前に仕留めなければ、形勢はいとも簡単に逆転してしまう。
奴は片腕がなくなったことでバランスを崩し、その巨体を地面に打ちつけた。こいつは傷付けば傷つくほどに力が増すと言った性質のおかげなのか、痛みに対するリアクションをほとんど取らない。
『逆境強化』を考慮して事を急いても反撃を受けかねず、じっくりやろうとしても『逆境強化』でジリ貧になる。B級適正とは言われているものの、この上なくやりづらい相手だ。
「『魔縄捕縛〈バインド〉』」
そして奴が立ち上がろうとしたその瞬間。
奴の周囲にいくつも魔法陣が形成され、そこから光の縄が現れ奴の全身へと巻き付いた。ギリギリっと音を立てながらその巨体を強く締め上げていく。
これは後方の魔法使い「スージー」の魔法だ。
普段は主にヒーラーの役割を担ってもらっているが、こういう気遣いができるところも流石の一言に尽きる。
俺は剣を構え直し、大きく一歩後ろへとステップを踏む。
完全に動きを封じた今、このまま追撃してしまうか。
いいや、追撃するにしても『今』は俺の出番じゃなさそうだ。
俺は奴から十分距離を取った後、指笛を鳴らす。
「――深緑に染まる樹林、吹き抜ける刹那の疾風、魔を裂く刃と化せ。
覚級魔法『大風斬〈ブラストブレイド〉』」
そしてその指笛を合図として、カリスタは魔法によって風の斬撃を飛ばしその巨体を一線、深く切り裂いた。
かなり離れた距離から魔法を的中させるその精度もそうだが、奴を拘束している魔縄が切れていないことが何より、その高いコントロール精度を体現している。
舞い散る血飛沫がその威力の強大さを物語っていた。
詠唱つきの覚級上位の魔法の威力はいつ見ても凄まじい。
詠唱は魔法陣の構築補助効果を持つのと同時に、純粋に魔法の効能を高める効果を持つと言う。
聖級魔法は兎も角として、覚級魔法であれば前に詠唱なしでやっていたし、今回は『逆境強化』を考慮しての詠唱だったんだろう。
しかし奴も想像以上のタフネスだ。
今の斬撃で真っ二つになってくれれば話は早かったんだが、腕一本切り落としてしまったのが少しまずったぽいか。既に『逆境強化』が効き始めているようで、今のでも致命傷には至らなかったようだ。
こうなれば後は、俺とフィリップの出番だ。
「ヴァイス。出来るな?」
「おいおい、誰に言ってんだ?」
後方からのフィリップの挑発を軽くあしらいつつ、俺は奴を中心に旋回し背後へと周る。
更に両手で握る剣へ風の魔力を込める。
技能『振風斬り』
剣に風を纏わせて細かく振動させる。
狙うは奴の首その一点。
一方奴は魔縄を引きちぎることもできずに、背後に回った俺へとその体を向けた。
技能『逆境強化』が効き始めているのか、魔縄がブチブチブチと音を立て拘束が緩くなっている。
もうそろそろ限界のようだが、残念ながら俺へと体を向けた時点で勝負は決した。
技能『穿風』
瞬間フィリップが風魔法により突撃し、そのデカブツの心臓を貫く。
これが俺ら前衛の基本戦法。
俺が先陣で注意を惹きつけている間、その背後から確実な一撃で仕留める。これまでこれで決められなかった相手はいない。
奴は心臓を貫かれたことすら理解できず硬直、そして脱力する。
かと言ってまだ安心はできない。
念には念を。
俺は奴の首に目掛け剣を振るい、その首を跳ね飛ばした。
これで完全討伐完了だ。
「まっ、ざっとこんなもんか」
俺ら4人、物心のついた頃からずっと一緒に過ごしてきた信頼できる友。一緒に冒険することを幼い頃から夢に見た俺らが、今こうして冒険者として人のために力を振るえていることに満足するのだった。
***
俺らは街へと帰るべく馬車に揺られていた。
「ホントさ、少しはこっちのことも考えなさいよね? 毎度のこと考えなしに突っ込んでアンタときたら。魔法はすぐに発動できないって何度言ったらわかってくれるのかしらねぇ。そもそも、前から言ってるけど『闘気』『武闘気』は事前にすませておけってこれも何度言ったら――」
カリスタがいつものように、ため息混じりに言い放つ。
合図を送らなくても色々合わせているからそれに甘えてしまっているところはあるんだが、これは些か長くなりそうだ。
「まぁまぁそう言うなって。お前らを信用してるからこそだよ。毎度のこと、カリスタ様々でございますよ。ありがたや〜、ありがたやぁ〜〜」
「すーぐそうやって適当言う。全く、今度同じことやったら私が前衛に出張ってやろうかしら」
「お前ならそれでもなんとかなりそうだけどなぁ」
「フィリップ、何か言ったぁ?」
「イエナニモー」
そんな冗談まじりに戯れあっていたが、ふと一切反応のないスージーへと視線がいった。
顎に手を当てて何か考え中のようで、時々独り言が漏れ出ている。俺ら三人の視線にも全く気がついてないようだ。
「…………うーん。やっぱり『魔縄捕縛〈バインド〉』の拘束よりも、結界術で制限をかけた方が効果的なのかな?……こればっかりは『逆境強化』をどう対処するかなんだよね。一気に仕留めるか、それとも効果を薄めさせるか。うーん。でも仕留められなかった時のことを考えるとやっぱり拘束するよりも結界で薄める方がいい気もするなぁ。ただここ最近の状況だと消耗のことも考えるなら……ん? え? どうしたの?」
そしてやっと俺らの視線に気がつき、心底驚いたような反応を見せる。
本当にこの子は昔から変わらない、いつまでも健気で良い子だ。
カリスタからの物言いたげな視線と、スージーからの純粋な眼差しが心に突き刺さる。
「ほら。こんな健気な子を雑に扱って何か言うことは?」
「ごめんなさい次から気をつけます。いやほんっっっとにいつも助かってます!!」
スージーは全力謝罪する俺に、少し困ったように頬をかいた。
「……??? そ、そうだね! それでー、ごめん全然聞いてなかったんだけどなんの話?」
「いいのよ、貴女はいつまでもそのままで」
「もうカリスタほっぺつままなひでよ〜〜」
カリスタはスージーの頭をポンポンと撫でて、ほっぺをいじり回す。スージーはちょっとの抵抗の意思は見せつつも、なすがままにされて満更でもなさそうだ。
「……全く、気が抜けるなぁ」
そんな緩やかな会話をしながら、俺らは馬車に揺らていた。
それから少しして、町も近づいてきた頃にフィリップが何か思い出した様に呟く。
「そういやこんなとこまで戻ってきて今更なんだが、本当に良かったのか?このまま前線を引き上げて。まだ事態が収束したわけじゃないだろ?」
フィリップの言う事態とは、ユグコットルの大森林から魔物が押し寄せている件だ。ここ最近はそのおかげで、あの平原にほとんど常駐し魔物の対処をしていたんだが、それが何の要件かギルド長から通信水晶で連絡を受け、急遽町へと帰っているというわけだ。
「まぁこればかりはギルドからの帰還要請だからなぁー。正直言ってなんとも言えんッ!!!」
「そんな堂々と」
「まぁ、あの人の事だ。なんの考えなしに前線を下げたりはしないだろ。それに、俺ら以外にも冒険者は集まってきてるんだ。俺らがそんな気負うこともないだろ」
「それもそっか」
俺らはこの国での活動歴は浅いが、この町のギルド長について、あまり無理を通す人じゃないことは知っている。
何も確かな情報がない今、無駄に詮索しても疲れるだけだ。
「そうそう。命大事に依頼は適度に。ここ最近は無理してばっかりだったからな! ここは一発、帰ったら豪勢にやろうぜ!」
そうして俺らは街へと戻り、ギルドへ帰還したのだった。
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