35. 決戦『化猫 vs 魔毒王百足』 その③
『強 魔 毒 蝕ッッ!!』
――ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
その瞬間、大百足の全身から熱を帯びた毒ガスがハリケーンの様に噴出した。その射程範囲は僕の体感、このフロアの全体にも及んでると見ていい。
このフロア内に連なっていた数々の石柱を薙ぎ倒す程の衝撃波。安置なんてものは存在しなかった。
岩をも溶かす溶壊光。
接触するだけで命に関わる、魔毒よりも凶悪な強魔毒と、数百℃はあろう熱波がこのフロア全体を襲う。
響き渡る暴風音とその衝撃に地下迷宮全体が震え、更にこのフロアを更地へと変貌させた。
そして、やっとのこと訪れる静寂。
こんな中で僕は何をしていたかと言うと。
特別何かすることもなく、足を止めてその衝撃をこの身で受け止めきっていた。
大百足も空中に止まっている僕を認識すると、浮かべていた愉悦の感情ニオイが、どんどん絶望へと移り変わっていった。
『……結構、いい技能持ってるね。このフロアごと潰れるんじゃないかって、ちょっと冷や冷やしたよ。でも残念。その溶壊光も強魔毒も、君の『魔毒装甲』を殴った時点で耐性は得られてるんだよ』
実は僕が被弾する前、つまり技能『瞬殴打』で大百足を殴り抜けたその時に、既にこれらの技能については感知していたのだ。
この大百足の内に秘めていた、魔毒よりも凶悪な毒の存在。そして、このフロア一階層目にいたタランチュラの魔物擬が持っていた『溶壊液』のような性質を持つ魔力の存在。
感覚がいつも以上に研ぎ澄まされた今、大百足の発する魔力から性質を読み取り、耐性を持つ体へと『変化』させることはそんな難しい事じゃなかった。
『ば、馬鹿な……ッ!!?? あり得ないッ!!! そんなことがあり得るものかッ!? いや、そんなことあってはならないッ!!! 貴様は……ッ貴様はいったい、何なのだッ!!? こんな芸当いったいどうやって……ッ!!』
大百足は無傷な僕を見て、まだ現実が信じられないと言ったような感情のニオイを漂わせている。
この反応こそ、僕がわざわざあの技能を使わせた目的でもある。
『何って言われても困るんだけどね。僕はただの猫だよ。能力に恵まれただけのね』
自分の隠し種が簡単に打ち砕かれるというのは、メンタルにおいて大きなダメージになる。時間もない中、この優位性はとっておきたかったのだ。
ちょっと性格の悪いやり方だけど、今更やり方なんて選んでいられない。
こっちは猫の、友達の命がかかってるんだから。
『ッッッこのバケモノがッ!!!』
大百足は自棄っぱち気味に、周囲へ自身の魔力を飛した。そしてその瞬間、僕の頭に電気が流れるような痛みが走る。
これはたぶん、ゴブリンロードを操っていた大百足の傀儡能力だろうね。僕の精神そのものに外から干渉される様な感覚からして間違いない。
この干渉から伝わる感覚的に操るための条件は、対象が瀕死近くなった時。それと精神的に追い詰められている時。そして『強魔毒』に侵されている時。とまぁそんなところかな。
でも、今の僕への精神干渉は完全に悪手だ。
いつもよりも感覚が研ぎ澄まされている今、そんな中途半端な干渉は餌にしかならない。
『ダメだよ、そんなことしちゃあ。今の精神干渉も、もう覚えたよ』
『――ッッッッッ!!!??』
僕は逆に大百足の乱れ切った精神へと干渉し、まずはゴブリンロードへの傀儡能力を強制的に解除させた。
魔石を守ってるだけとは言え、一々気にしておくのも面倒だからね。
更に僕は奴の精神に干渉する。今の乱れ切った精神状態の中、大百足の思考をかき乱すのはそんな難しい事じゃなかった。
『こんなことがッ!! こんな事がァァァァァッ!』
大百足は僕からの精神干渉に耐えきれなくなったのか、僕に背を向けてこのフロアの端まで全速力で逃げた。精神干渉していたことも相まって、奴の心が僕への恐怖で満たされていることは、しっかりと伝わってくる。
でも、逃してやるつもりなんて毛頭ない。
こうなれば今度は、僕が鬼の番だ。
僕は『空蹴り』で逃げる大百足を追いかける。
さっきの大爆発のおかげで石柱もなくなり視界も良好。
そして技能『走加速』によって、早々に大百足のスピードは凌駕し追い越す。
それこそ既に奴が認識できないスピードまだ加速している。
『走加速』は止まらない。
僕は『反応速度強化』を最大に使い、体感時間を引き延ばし、擬似的に時間を止めて状況をしっかりと把握する。
大百足までの距離はおよそ五十メートル。
到達するのにはコンマ一秒すらかからない。
既に他の身体強化技能『尖爪』『甲化』『筋圧縮』は使用済み。準備は万端。
そして視界に映るはこれまで皹をいれるのがやっとだった、大百足の外殻である『魔毒装甲』。
今技能により強化されてる僕なら、この装甲すら切り刻めるか。いいや、そんなリターンの小さいことはしたりしない。
大百足は周囲を飛び回り加速し続ける僕に警戒し、腹を地面に完全に密着させている。
でも残念ながら、僕の狙いはもう装甲の薄いお腹には向いていなかった。
僕はスピードを緩めずに、大百足の尾の方向へと回り込む。これこそ、この大百足の攻略に必要な第一歩。
実は大百足の動きをこれまで観察して、気づいたことがあった。
奴は左右の動きと、上から下方向にかけて降下する動きは滑らかだったのに対して、下から上方向へと上昇するような動きには少しぎこちなさがあった。
それこそがこの大百足の最大の弱点だ。
『外殻は頭から尾にかけて一枚一枚重ねる様に張り付いている。だからこの外殻と外殻の隙間、つまり『体節』を狙うには尾側からがベストッ!!』
魔毒の王といえど体の構造は百足と変わらない。
体のつくりは節足動物であり、『体節』という体の区切りが存在している。
そして、甲冑の弱点でよく挙げられるのが鎧と鎧の隙間部分の関節部だ。関節部分の自由が効かなきゃ動きづらいからね。
僕は奴の動きを見て確信していた。
あれだけ硬い外殻があるのに、旋回や細かい動きができている。逆にいえば、関節に当たる体節部分は、外殻に覆われていないんじゃないかってね。
そして予想は的中した。
尾方向から見てしっかりと外殻の隙間が目視でもうかがえた。
僕は尾から頭にかけて装甲の隙間、体節を切り刻む。
今度は手応えありだ。
『ッッッ――ぐぉあぁぁあぁあぉぁぁッッッッッ!!!』
大百足が大きく暴れるけれど、それで体勢を崩すほど僕は柔じゃない。それに上体を起こしてくれたことで、逆に体節を狙いやすくなった。
時間制限が来る前までにやらなきゃいけない。
悠長なことは言ってられない。
僕はひたすらに、数百メートルはあるその巨体を尾から頭へと順々に、加速した勢いも殺さずに体節部を切り刻んでいく。
この地下迷宮で味わった理不尽を怒りに変えて切る。もはやそれ八つ当たりと変わんないかもという思いも抱きつつも切り刻み続ける。
そしてついに最後、その間一秒すらかからずに僕は頭部まで辿り着いた。
大百足からはもう抵抗する意思すら感じられない。
流石にこれ以上痛めつけるのも可哀想だ。
ここは確実に殺ってあげるのが、ここまで闘ってくれた魔毒の王へのせめてもの敬意になるだろう。
『これでもう終わりだからね』
そして僕は力を込めて最後の体節に爪を振い、そして完全に頭部を切り離した。
これで地下迷宮攻略完了だ。
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