34. 決戦『化猫 vs 魔毒王百足』 その②
大百足の巨体に接触し、僕は地面へと弾き飛ばされた。
勢いそのまま背中から地面に身体を打ちつけるその寸前、僕は身体を捻らせて地面方向へと足を向ける。
猫はその柔軟性が故に、背中から地に落ちることはないのだ。
更に、技能『固空』により落下地点の空気を瞬時に固めクッションを作る。
でも吹き飛ばされた勢いが強すぎた。
即席で固めた空気なんて気休めにもならず、僕は勢いそのまま地面へと落下する。
四足から全身へと、重たい衝撃が駆け巡る。
僕は爪を立てて踏ん張りながら衝撃を殺していき、数十メートル地面を滑った後になんとか静止した。
今ので爪が何本か剥がれた。
自慢のプニプニの肉球もヒリヒリと痛む。
『ッ――〜〜〜ッ!……直撃じゃなくてもこれ?痛ッ〜〜……匙加減を間違ってたら危なかったね』
人間で例えるなら、通り過ぎる新幹線に半身をぶつけた様なもの。技能『甲化』のおかげで衝撃を最小限に和らげられたけど、今ので足腰肩の骨が何本か持ってかれた。
僕の場合、骨が折れても『変化』で繋ぎ合わせることはできるけど、それは決して治してるわけじゃない。
例え繋ぎ合わせても、痛みは完全に消えることはないのだ。
そして能力「上感覚」は痛覚にも反映される。今のも能力を抑えていなかったら、気絶どころかショック死まであり得たところだ。
ちなみに、能力の抑制する方法は至って単純。
抑制したい感覚以外の感覚を研ぎ澄ませればいい、ただそれだけ。能力に割かれるリソースが一定という気づきを活かした完全独学のやり方。
さっき僕は被弾する直前、嗅覚と視覚を全力で研ぎ澄ませていた。そうすることで他の感覚にリソースが割けなくなって、血の味の味覚、衝撃音の聴覚、痛みを感じる触覚、これらの感覚を薄められたというわけなのだ。
とはいえ骨折れてるし全然痛いんだけどねッ!!!
『でも、我ながら完璧な被弾だね。ちょっと想像してたよりかは痛かったけど、概ねは想定通りだ』
別に僕はドがつく様なMなわけじゃない。
この大百足を倒すのに、この被弾は必要な工程だったのだ。
第一に今の僕の最大火力である『瞬殴打』と『圧水射』でも、奴には軽く小突いた程度のダメージしか与えられない。この圧倒的なフィジカルの差は、技巧や機動力だけじゃどうにもならない。
それじゃあこの状況、どうしたらいいのか。
僕が普通の猫だったならどうすることもできなかったところだけど、生憎僕は普通の猫じゃない。
僕はまだ単純なフィジカルを底上げできる技能をまだ三つ残していた。
でも、もしもそれを使って事態が好転しなきゃ、僕は確実に死ぬ。それほどにリスクの大きい技能だからこそ、ここまで引っ張って来たんだ。
でも、今は状況も状況。
もう手段なんて選んでいられない。
今の僕には躊躇いの心なんて全くなかった。
『…………こんなことになったのは全部、僕の見通しが甘かったせいだ。黒一の気持ちにもっと早く気がついてれば。あの三匹衆の小言を大きい猫の戯言だって軽視せずにいたら、こんなことにはならなかった。僕の命一つで黒一を救えるって言うなら、こんな命いくらだってかけてやるッ!』
命をかける覚悟なんてこの地下迷宮に入った時からしている。
転生によって授けられたこの能力。猫のために、大切な友達のために活かさずしてどうするっていうんだ!
僕は決意を固めて、まずは二つの技能を使う。
血飢熊〈ブラッディベア〉の持っていた技能『逆境強化』。
黒突猪〈ブラックラッシュボア〉の持っていた技能『闘争強化』。
まず、ダメージを受けたかったのは『逆境強化』に必要だったからだ。これは身体が傷つけば傷つくほどに、身体機能や肉体強度が強化されるという、普段は全く使う機会のない技能。
この技能の強化の幅はまちまちではあるけど、瀕死状態であれば等倍近く。今の僕であれば、通常時の五割り増しぐらいは期待できるはずだ。
そして、問題なのが『闘争強化』だ。
こいつは西の森に生息している猪の魔物の技能なんだけど、この技能を一言で表すなら正に猪突猛進の体現と言ったところだろう。
この技能は、一時的に身体機能と肉体強度を大幅に強化する代わりに、その後数分間、完全に体が動かせなくなるとかいう、かなりピーキーな性能をしている。
ただしそのリスクに見合って、その強化具合といったら等倍以上はくだらない。本当に使い所の難しい技能なのだ。
そんな二つの技能の併用。
傷ついた体での時間制限のある強化。
おそらくリミットは三分程度と見て良いだろう。
もう後戻りなんてできない。
僕の身体は自身の肉体の変化を鋭く感じ取っていた。
徐々に体が熱くなり、鼓動が早くなる。
更に体中に力に満ちるような感覚に、気分も高揚していく。
今ならこの大百足だって力負けしない。
それはただの自信なんかじゃなく、僕の身体中から伝わる感覚がそう確信させていた。
一方で技能を使いその場に立ち尽くす僕へ、大百足はまた正面から迫って来るのを察知する。
衝突までは五秒ぐらいかな。
体を小刻みに揺らしていて、左右へと回避は絶望的と見ていい。奴はしっかりと僕の動きを見据えている。
そもそも強化技能を使っていなかったら、今の僕の身体でこれを避ける術はなかったことだろう。
大百足は意気揚々と更に加速する。
でも同時に僕はとある違和感に気がついて、なんだか少し落胆してしまった。
『これで貴様もお終いだッ!!もう何処にも逃げられまいッ!!』
どうやらさっきの猫パンチに相当お怒りみたいだ。
でも、強化技能によって研ぎ澄まされた今の僕には、こんなこと瑣末なことでしかなかった。
『…………ダメだよ。そんな中途半端なことをしゃちゃあさぁ』
『――ッ!?』
僕は迫り来る大百足へ向かい真正面から、『空蹴り』で相対した。大百足もまさか正面から向かい討たれるなんて思っていなかったみたいだ。
それに、今の僕なら正面からでも相手取れるという確信があった。というのもこの大百足、今トップスピードを出していなかったのだ。
僕がギリギリ死なない程度、でも確実に僕を行動不能にできる程のスピード。これはただの推測だけど、状況からして大百足の持つ傀儡能力が生きてる対象にしか適応できないから、ここで僕を殺すのは勿体無いとでも思ったんだろう。
まぁ全速力で来ようが、今の僕なら迎え打てただろうけどね。
僕の後ろ脚が大百足の頭に接触。
そして勢いそのまま、僕は大百足の頭を蹴り飛ばした。
『ッ――ぬぅぅぅッッ!!!??』
大百足は僕の蹴りの衝撃で大きく蹌踉めく。
一方、僕は蹴り飛ばした勢いを活かして、大百足から一旦距離を離した。正面からまた『瞬殴打』で頭を潰すことも考えたけど、例え頭を潰せたとしてもさっきの二の舞になる危険性が捨てきれなかったからね。
一つの選択ミスが命取りになりうるんだ。
リミットはあっても焦っちゃいけない。
僕は慣性に身を委ね、そのままフロアの端の岩壁に四足で着地した。
大百足はフロア中央あたりで、足を止め狼狽えているようだ。
追い詰めるなら今。
僕は最後のとっておき使用する。
技能『走加速』
これも西の森の猪の魔物の持っていた技能だ。
その効能は文字通り『走れば走るほど加速する』という超有用技能ではあるんだけど、その分のデメリットが大きすぎるハイリスクハイリターンな技能。
まず、この技能は『闘争強化』との併用でなきゃ使えない。そうしないと際限のない加速に肉体が耐えきれないからだ。更に、『闘争強化』と併用していても、身体にかかる負荷によって技能のリミット時間を早めてしまう。
正に、編成コスト激重即効型アタッカー的な技能になっているのだ。
本当にいざという時の最終兵器。
こんな時にしか使うことのない最終手段だ。
僕は壁面付近を『空蹴り』により空中を駆け回り、『走加速』によって確実にスピードを上げていく。
肉体強度も強化された僕のスピードは、優に大百足を超越している。技能『反応速度強化』を持つ僕としては、いくら際限なく速くなろうが問題にもならない。
そして加速の頃合いを見て、今度は僕から大百足へと『空蹴り』で距離を一瞬にして詰めた。
大百足も迫り来る僕を迎え撃とうとするけれど、どれもダメ。今も加速し続ける僕を捉えることはできない。僕は縦横無尽、大百足の周囲を駆け回る。
対する大百足は僕を叩き落とすこともできず、まるで耳元を飛び回る蚊をウザがる人間のような感情を漂わせていた。
これももちろん僕の意図するところだ。
僕は奴のそんな様子も気にせずに、周囲を『空蹴り』で駆け回り続ける。
『君さ、あんまり戦闘経験豊富じゃないでしょ?魔毒の王とか名乗っておいて、やってることは巨体のゴリ押し。不意にやり返された時の反応も遅い……もうちょっと王様のいいところ見せて欲しいんだけどなぁ』
大百足は僕の分かりやすい挑発に、更に強い怒りの感情のニオイを漂わせていた。
ここまでやればもう問題ないかな。
『ッッどこまでも小賢しい猫めッ。貴様こそ、その油断が命取りとなるぞッ!!』
大百足は煽り散らかす僕に痺れを切らし、その百メートル以上もあるその巨体を球状に丸めた。
それと同時、大百足から漂っていた魔力が更に強まるのを毛肌で感じる。それに奴の体温も徐々に高まっているみたいだ。
これから何が起こるのかは、既に僕の感覚で捉えられてる。というかこれをして欲しいがための煽り散らかしていたんだ。
もちろん、どう対処すればいいのかも既に理解している。
『貴様が魔毒の耐性を持っていようが、この攻撃は耐えらるまいッ!! 本物の魔毒を存分に味わうがいいッ!!!』
そしてその瞬間。
奴の体が発光するや否や、奴を中心とした大きな爆風がこのフロア全体を襲う。
『強 魔 毒 蝕ッッ!!』
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