33. 決戦『化猫 vs 魔毒王百足』 その①
『『――殺すッ!!』』
一粒の水滴が地に滴り落ちたのを合図に、大百足は僕へと迫った。
全長数百メートルはある巨体。
正面から見るとその迫力は尚のこと凄まじい。体長五十センチほどの僕なんて、衝突しただけでも致命傷は避けられないだろう。
だけど、僕は焦ることなんて何もなかった。
僕の能力「上感覚」は大百足の動き、その全てを既に感知している。
まずは視覚の能力「体の動きや癖を見て数秒先どう行動するかを予測できる能力」により、これからどれぐらい加速するのか、どんな動きをし得るのかを完璧に予測する。
能力によるところ、その巨体のおかげで初速は遅く、猫の反射神経とスピードを持ってすれば回避するのは難しくはなさそうだ。
ただ複数ある足のおかげか、結構小回りが効きそうなところは要注意といったところかな。
どちらかといえば今、真に警戒すべきは赤肌のゴブリンロードの方かもしれない。大百足は今の所、特殊な技能を使う素振りもないし、ただ向かって来るだけなら視覚の能力で事足りる。技能や能力を使おうとするその僅かな機微すらも、僕なら事前に察知はできるはずだから問題にはならない。
でも、今相手だっているゴブリンロードはそうはいかない。
これは能力「上感覚」の数少ない弱点。
無機物や感情を持たない生物には、その真価は発揮できないのだ。
今このゴブリンロードは大百足に操られていて感情が読み取れないのに加えて、手に持っているのは何ができるのかよくわからない魔法の杖。
タイマンなら問題ないんだけど、今この二対一の状況はこの上なくやりづらかった。
それに今、彼が持っている魔法の杖先が光りを放っている。そしてゴブリンロードの体から漂う、赤い靄のようなもの。杖先に熱が集中しているのも技能『熱感知』によって察知する。
まぁ見るからに魔法の杖って感じだし、『魔力』がある世界なら『魔法』だって存在していてもおかしくはないか。かく言う僕だって化猫っていう魔物なわけだしね。
僕は技能『空蹴り』によって大百足の突進を空中へと回避した後、身を捻らせてゴブリンロードへと体を向ける。
その瞬間、僕は視認した。
ゴブリンロードの持つ魔法の杖の先に現れた、光り輝く魔法陣を。
――キン
「炎弾〈ファイアーボール〉」
ゴブリンロードは僕に向けて火球を放つ。
その寸前、金切音のような音も聞こえた気もするけど、たぶん魔法陣の構築完了の合図なんだろう。
僕の体と同じぐらいの大きさの火球が迫り来る。
僕の感覚からの目測、半径は二十センチ。時速は八十キロぐらいかな。
まぁこれも猫の身体能力の敵じゃないんだけど、こうなると今度は大百足だって無視できなくなる。
僕は更に『空蹴り』によって空中の空気を固め、横へとステップを踏み火球を回避した後、さらに上へと跳躍し大百足へと視線を戻す。
既にその巨体は再び僕へと迫っていた。
僕はすぐさま、この地下迷宮に生息していた蛇も持っていた技能『筋肉流動』と『筋圧縮』により足へ筋肉を集中させ、固めた空気を全力蹴り飛ばし大きく跳躍し回避する。
これでも間一髪だった。
僕のすぐ真横を大百足は、勢いよく通り過ぎる。
そしてその間にも、ゴブリンロードは杖先の標準を僕へと合わしていた。
これじゃあ埒が開かない。
僕は地上に生息する蝿の魔物の技能『反応速度強化』と能力「上感覚」を使って、体感時間を最大限に引き延ばし、擬似的に時間を止め思考する。
まずは大百足の背中、黒紫色の光沢を放つ見るからに硬そうな外殻。その装甲は頭から尾まで、しっかりと自身の体を守っている。
間近で観察するとこの外殻の強度がよく分かる。
たぶん、今の僕じゃこれを打ち砕くのは無理だ。
ここはさっさと「上感覚」の触覚の能力「触れた対象の技能を完全再現できる能力」でこの硬度を再現するぐらいしか対抗策はなさそう。
ダイヤモンドを削れるのはダイヤモンドってね。
ただし、真正面からわざわざ相手しなくていいなら、それに越したことはない。狙うなら外殻に覆われてないお腹が安牌かな。
大百足が僕に向けて旋回する時、お腹が少し覗き見えたけど、見たところ背中よりかは装甲は薄そうだった。
可能なら旋回するタイミングを狙ってみるのもいいかもしれない。その余裕があれば、だけど。
ただ、このまま防戦一方でいるのも癪だ。
僕は『反応速度強化』を緩めて体感時間の進みを若干早めた。
更に地上の蛙の魔物が持っていた技能『食貯蓄』により、蓄えていた多量の水を口に含ませる。
これからやることはたったひとつ。
それはこの地下迷宮の二階層目の地底湖に生息していた、テッポウウオの魔物擬が持っていた技能。
巨岩をも貫く音速超えの水鉄砲。
技能『圧水射』を構える。
狙う目標は――
『ッ――貴様まさかッ!?』
何かに気づき恐れの感情のニオイを漂わせる大百足を横目に、僕はゴブリンロードの後ろ、この地下迷宮の『核』であろう『魔石』に向けて『圧水射』を放った。
この大百足の外殻に撃っても、ダメージは期待できない。ゴブリンロードに向けて撃ったところで、既に自らの意思は全くなく大百足に操られてるというなら、ダメージリアクションも期待できない。そもそも絶命させることで傀儡状態が解除されるのかだって分からない。
つまりここで僕のできる最適解は、この魔物擬の生命の源である『魔石』を砕いてやることなのだ。
でもどうやら大百足も全くの無警戒でもなかったらしい。
いや、逆にこの大百足自身が、正面から戦って負けることを疑わない性格だからこそなんだろうか。
僕が技能『圧水射』を放つその寸前、ゴブリンロードの周囲半径三メートル程が光の壁に包まれた。
「魔法障壁〈マジックシールド〉ッ……!」
僕の放った水の弾丸は光の壁に直撃したものの、貫通までは至らなかった。ただし目視で皹が入ったのを確認する。
繰り返していればこの壁ぐらいは突破できそうだけど、もうそんなことも気にする必要はない。
『魔法っていうのも結構、侮れないものだね。まさか『圧水射』を防がれるとはね…………でも、これで二人きりで闘ってくれる気になったかな?』
『ッ――化猫風情が生意気な真似をッ!!』
大百足は僕への怒りの感情を強く向ける。
これであの操られてるゴブリンロードは、魔石を守ることに徹底してくれるはずだ。
僕は『空蹴り』で空を駆け、大百足と距離を取る。
しかし今になってこのフロアの大きさに納得する。
この巨体が動き回るための膨大な面積、そして姿をくらませるための数々の石柱。
この大百足にとってはこれ以上ない狩場ってわけだ。
けれどここにきて問題もでてきた。
僕も全力に近いスピードで『空蹴り』をして距離を取ろうとしてるんだけど、どうやら加速し切った今、単純な直線スピードは僕と互角みたいだ。
このフロア内を縦横無尽に駆け回っているものの、一向に距離を離せない。
『硬い装甲に優れた機動力。そしてその巨体から繰り出される突進は、まさに生きる兵器だね。こいつを倒すにはどうしたらいいのか…………まぁ、最悪の場合は『アレ』に頼れば何とかなるかもだけど』
そう考えている間にも僕の真横、石柱の影からその頭を覗かせる。能力で察知済みとは言え、気を抜くとすぐこれだ。
僕はまた技能『筋肉流動』『筋圧縮』により足に筋肉を移動させて、全力で『空蹴り』により上へと回避する。通常の追いかけっこであればほとんど互角だけど、瞬間速度なら僕の方に部がある。少なくとも上下への機動力に関しては、空中制御の効く僕の方が有利と見ていい。
とは言え余裕がある訳じゃない。
大百足は体を揺さぶらせて、僕の体を天井へとすり潰そうとするような動きを視覚の能力で察知する。
僕は咄嗟に『空蹴り』で横方向へと跳躍する。
『ちょこまかと厄介な猫め。貴様、一体どうやってそれらの技能を得ている?条件はいったい何だ?』
『君だって自分の能力明かしてないのに教える訳ないじゃん』
大百足もなかなか冷静に戦局を見れているみたいだ。
それにこの機動力じゃあ、回避しまくって大百足の体をポケットの中のイヤホングチャグチャ現象の様に絡ませて拘束、みたいなこともあまりに現実的じゃないらしい。
そもそも現実でも蛇が体をくねくねさせてたら解けなくなった、みたいな話も聞いたことないしその戦法は端から期待してはなかったけど。
『どうせまたすぐ旋回して突進。向こうは走ってるだけで良いから楽なもんだよね。少なくともこっちは突進されるたびに『反応速度強化』『筋肉流動』『筋圧縮』『空蹴り』が必要だっていうのに』
正直この大百足は的確に、僕の弱点をついていた。
この能力「上感覚」はかなり便利だ。日常生活の中で感覚が鋭くなりすぎて精神的にキツいというデメリットを除いたら、万能すぎて身に余ると感じるぐらいには何だってできる。
特に戦闘面において、もしこの能力を野生の化猫なんかじゃなくて人間が持っていたとしたら、世界最強なんて簡単に目指せたことだろうとも思う。
でも、そんな能力にも明確な弱点があった。
それは、単純なフィジカルのゴリ押しに弱いということだ。
いくら攻撃の軌道を読めようが、超高速の攻撃を乱発されたら避けきれない。技能をどれだけ覚えようが所詮、僕は野生の化猫だ。筋肉を『変化』で肥大化させた後、一点に移動し圧縮させたところで、引き出せるパワーなんてたかが知れてる。
僕の持つ最大火力の技能、シャコパンチと水鉄砲でどうにもならなければ正直打つ手がなくなる。
『技能『吸魔』があるから魔力切れの心配はないにしても、純粋な体力的にこのままだとまずいかも……』
奴は間髪おかずに旋回し、再び僕へと迫って来ていた。回避した後は体もぶれるから『圧水射』を構えるのはやっぱり難しい。
でも、未来予測のおかげで奴の軌道は察知済みだ。
体を大きく上下に揺らしているこの動き。今度は上への回避はやめといた方が良さそう。
『一回迎え撃ってみるかな。ちょっと試したいこともあるし』
視覚で予測した軌道とスピードから、今から構えておけば頭に一発は叩き込めそうだ。
技能『変化』によって身体を肥大化、右前足に『筋肉流動』と『筋圧縮』でその筋肉を集中。それを空甲虫〈スカイビートル〉の技能『甲化』により身体を硬める。
前準備はこれでこれで良し。
正面から迫り来る巨体。
回避はもう間に合わない。このまま避けようとしても、正面から衝突して吹き飛ばされるか、その強靭な顎で噛み殺されるだけだろう。
そして、奴の巨大が僕の体に触れるその寸前。
僕は蝦蛄の魔物の超高速パンチ技能を、奴の脳天めがけて打ち込んだ。
『瞬 殴 打ッ!!』
『――ぬぅぅぅッッ!!!??』
まるでダイヤモンドでも殴ったような衝撃が、腕に響き返ってくる。大百足の頭を潰すことはできなかったけど、軌道を下へと大きく反らさせたみたいだ。
大百足の脳天、黒紫色の外殻に皹は入ったのも目視でも確認できた。ただし、今の技能を連発して頭を潰すのは、流石に僕の腕がもたなさそう。
そんなことを思考をしている中、大百足は進行方向が急激に変えられた反動によって、その巨大な身体は大きく揺らいでいた。
その動きを予測して僕は悟った。
いや、こんなことは『瞬殴打』を放つ前から既に分かっていた事だ。
今僕は全力の猫パンチを放ったことで、『空蹴り』のできる体勢にすらない。つまりこの瞬間、一切の回避行動が取れないという事。
もちろん僕と距離を詰められた今、大百足もこの絶好の機会を逃すわけもなかった。
大百足は体を大きく揺らめかせて、その勢いついた巨体を僕へと擦り付ける。僕は崩れた体勢の中、回避することもできず勢いよく地面へと弾き飛ばされた。
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