32. 攻略『蠱毒の地下迷宮』 最終階層②
『……君は、北の森のゴブリンロードの血縁者だね?』
正面からその魔物の姿を見て僕は確信した。
黒い服の隙間から覗く特徴的な赤肌。顔のパーツの特徴から骨格まで、あの北の森のゴブリンロードにそっくりだった。おそらく見た目から感じる年齢的に、親子じゃなくて兄弟なんだろうと思う。
そしてそのゴブリンロードの手には、自分の体長よりも大きな杖が握られている。見るからに魔法の杖っぽい。
やっぱり魔力のある世界なら、魔法だってあるみたいだ。
それにその杖を見て納得したこともある。
それはどうやってこのゴブリンが僕の存在に気がついたか、ということ。
僕が感じ取れるのは『生き物から伝わる感情』だ。例えば元の世界でいう監視カメラ的な役割をこの杖が担っていたとしたら、僕の感覚じゃ感知しようがない。監視カメラには感情なんてなく、感知する機能だけが備わってる。そう言った無機質なものには「上感覚」では対応しきれないのだ。
それに魔法によってどんなことができるのかはわからないけど、自分の感情を隠すようなことができてもおかしくはなさそうでもある。
警戒する僕をよそに、その赤肌のゴブリンは薄ら笑いを浮かべていた。その表情とは裏腹に、今も感情のニオイは一切嗅ぎ取れない。
「弟に、会ッタのカ…………ソウか。アイツは、元気にしていタカ?」
『うん、まぁ子猫相手に喧嘩ふっかけてくるぐらいには元気だよ。っで、そんなお兄さんな君はこんなところで何してるの?僕、そこにある魔石が欲しいんだけど』
「タダの野生の化猫が、魔石を手にしドウするというノダ。猫にとって魔石など、ソコらに転がる石とソウ変わらナイダロウ」
彼は訝しげな様子で僕へと問いかける。
確かに、ここまでこの地下迷宮に潜った身としては真っ当な疑問だと思う。僕だって黒一の命がかかっていなければ、一階層目で引き返していただろう。
『……まぁ魔石がなんなのかとか、正直よく知らないんだけどさ。僕の友達がこの地下迷宮の魔毒にかかったんだよ。命のリミットは日暮まで。それで君の弟から言われたんだ。この地下迷宮の魔石を使えば、魔毒だって解毒できるかもしれないってね。確証はなかったけど、嘘言ってるようにも思えなかったし、これ以外に方法なんてなさそうだったからここまで来たんだよ』
流石に僕の感覚能力で、確実に嘘を言っていないと感じ取れたというのはぼかさなければいけない。
このゴブリン、やっぱり何かがおかしい気がする。
「……なるほどナ。ソレであれば宛は外れていナイ。確かに、コノ魔石を使えば魔毒の解毒など容易いダロウ…………コノ魔毒によって、多くの仲間が死ンダ。目の前で成す術もなく倒れた仲間を数十数百と見タ。こんな地下迷宮など存在しない方が、アノ森のためダロウ」
『うん、僕もそう思うよ。君は王なんでしょ?それなら今後の仲間を思って、ここは魔石を地上に持ち帰ったらどうかな?そうすれば魔毒もいつだって手に入れるし、魔毒に対する耐性だって手に入れられる。だからさ、取り敢えずそこをどいてくれないかな?』
「あァ、オマエのいう通りダ。ダガ、オマエは友を助けた後、どうするつもりダ?オマエが我々に牙を向かない保証がドコにあるというのダ。コノ魔石を手にしてオマエは何をスル。真逆、解毒後コノ魔石を我々ゴブリンに献上してくれるわけデモないダロウ?」
これも種族を統べる王として真っ当な疑問だ。
まぁそれを言うとまず、こんなところで何をしているのかってことを、先に答えてほしいものなんだけどね。
でも、ここで争ってても仕方ない。
戦闘を避けられるに越したことはない。と言っても、ちょっと言葉選びには気をつけなければ。
『あーー……いや、それは心配しなくて良いよ。君の弟とは魔石は半分こで話をつけてるし、これ以上騒ぎ立てる気もないからね。君は事情をよく知らないと思うけど、言っちゃうと縄張り侵害したのは僕達だからね。完全に君らだけに非があるってわけじゃないんだ。それに、君らを懲ら《こら》しめて北の森まで騒がしくなるのも困るんだよね。僕が求めてるのはただ平穏な生活なんだ。猫のためなら僕は何だってする。それが僕の信条でね。だからさ、まずはそこどいてくれない?』
「……なるほどナ。ココまで来る様な猫ダ。普通じゃナイと思ッてはいたガ、想像以上ダナ。事情は知らないが良いだろう。ココで争ってモ俺に勝ち目はナイ。今はオマエを信じてやろう」
『それは良かった。ただ、こんな地下迷宮によくもまぁいたいけない子猫を送り込んでくれたと君の弟には顔面に一撃入れてやりたいし、向こうから手を出してきたら話は別だけどね…………まぁそれも問題ないかな。君の弟、かなり頭が利くみたいだし。多分この魔石を持ち帰ったら、僕に逆らおうなんて考えないだろうしね』
「あァ、ソウダナ。アイツは頭が良イ。無謀な勝負は挑まないダロウ…………」
そして訪れる沈黙。
ちょっと意味がわからない。
この魔石を地上に持ち帰るべきだとお互いに意見は一致しているはずなのに、なぜかどいてくれない。
そして最も不可思議なところは、さっきっからこのゴブリンから感情のニオイが嗅ぎ取れないこと。初めは杖のおかげかかと思ったけど、杖の見た目から何か魔法を使ってる様にも見えない。
それに言葉の節々からは敵意や警戒心が感じ取れている。もし杖の機能で気配を消してるの出したら、この言葉から感じられる敵意が消えていないのはどうしてだろうか。まさか感情のニオイだけを消す魔法を使ってるとは考えずらい。
このゴブリン、口から発せられる言葉と感情が一致してない。上っ面は確かにゴブリンなんだけど、まるでこのゴブリン自体は意思を持っていなくて、言葉というより単語の羅列を発生させられているような感覚を覚える。
いや、逆にそれこそこの違和感の真理なのかもしれない。
「オマエの心意気は理解しタ。ココまで辿り着いた猛者であれば、コノ魔石を手にするに相応しイ…………何故後ずさる。コチラに来るのダ」
『…………図体の割に狡い手を使うね。君は一体何?それは技能か何かかな?それとも能力?』
「……何を言っているか理解しかねル。時間がないのダロウ?早くこちらへ来るのダ」
『お前が下がれって言ってるんだよ。さっきっからさ。下手な芝居は辞めなよ。野生で生きたこともない擬。僕は北の森のゴブリンロードから、魔石を取ってこいと言われたんだ。それで兄であるお前がここまで到達して、どうして魔石を持ち帰らずこんなところに止まってるんだよ……しかも?それを僕が持ち帰るに相応しいだって?それを言うならお前が先に辿り着いてるんだから、お前の方が相応しいじゃん。不意打ちがつまらないことって言ったのはそっちだよ。「人形」なんて使わずに姿を表したらどう?デカ蟲』
僕の意志を感じ取ると、そのゴブリンから一瞬にして表情が失われた。心臓の鼓動は聞こえるから生きてはいるようだけど、体の主導権は完全に奪われているようだ。
「………そうか。やはり、慣れぬことをするものではないな。吾輩には如何せん使いがってが悪い」
――ゴロゴロゴロゴロゴロッ!
大地が大きく揺らめき、地を削る様な轟音がフロア内に響き渡る。
そして徐々にその轟音はフロアの中心へと近づき、間も無くして僕の元へとその姿を現した。
それは巨大な百足だった。
僕の感知していた通り、その全長は数百メートルは下らない。もはや百以上は連なるその足は、黒い光沢放ち鋭く尖っている。背中には関節部ごとに、鋼鉄の様な黒紫色の外殻がついていて、その強度はおそらく空甲虫〈スカイビートル〉の技能『甲化』よりも上。顎もかなり凶悪な見た目をしていて、口元からガチンガチンと鉄を打つ様な音を響かせていた。
ここまで来たら戦闘は避けられない。
僕はそいつのステータスを見る。
――――――――――
種別:魔物擬〈ノンスター〉
種族:魔毒王百足〈スコルペンドラ・レックス〉
能力擬:――
技能:――――――
――――――――――
『気安くステータスを除くでない。不愉快だ』
やっぱりステータスを見ると相手にも伝わってしまうらしい。
それに、これまでステータスを見てきたけど『不明』は初めて見た。まぁ、『能力擬』と表示された時点で十分過ぎる情報だし、僕の場合は見て触れられれば技能なんて覚えられるから、今はこれで良しとしよう。
巨大な百足は心底機嫌が悪そうに、顎を鳴らし続けている。
この魔石を手に入れるためには、この巨大な百足とゴブリンロードを相手取らないといけない。
それもおそらく同時に。
できれば魔石を奪ってトンズラこきたい所だけど、そんなことはもう希望薄だろう。
いや、今更何を弱きになることがある。
ここまで新しい技能も覚えながら潜ってきたんだ。大丈夫。自分を信じろ。
僕はもう人間の頃の何も出来ない、何も取り柄のない人間じゃないんだから。
僕は一呼吸おいて、その巨体を見上げる。
『…………ちょっとした子猫の楽しみなんだけどねぇ。見せる気ないなら良いよ。君を殺した後で全部見てやるから』
すぐさま技能『尖爪』『甲化』『鋭牙』『反応速度強化』を使用し臨戦耐性に入る。
それを感じ取ってか、正面にいるゴブリンロードも僕へと杖先を向ける。
巨大な百足は僕の様子を全く気にする素振りも見せない。どうやらこんな小さな猫、何しようが敵ではないとか思ってるんだろう。
『化けることしか能のない化猫風情がよく言ったものだ。まさかそんな小さな体で、吾輩を殺せると本気で思っているのかね?』
化猫を馬鹿にする様な分かりやすい嘲りに、ちょっとだけ苛つく。正直僕に対する侮辱ならあまり気にはしないけど、猫に対する、同族に対する侮辱を聞き流せるほど僕は寛容にはなれない。
『君こそ僕にビビって不意打ちしようとした癖に出て来ちゃって大丈夫?図体と態度だけが大きい、心の小さな魔毒の王様』
『今何か言ったかね?あまりにも小さすぎて聞き取れなかったわ』
『あはははー、おかしなこと言うねさっきまで聞こえてた癖にさ。まぁ仕方ないと思うよ?こんな誰も来ない場所で長年引きこもってたら、お話の仕方だって忘れちゃうよね?』
『なんと猫というのは体に見合って脳みそも小さいようだな。一度だけなら聞き逃す、と言う意味すら汲み取れんとは思わなんだ。まずはその小さな脳みそを、変化でどうにかしてはいかがかな?』
『あーごめんね?それ実はもうしてるんだよねー。君のレベルに合う脳に変化してるはずなんだけどなぁー。もしかして、いつもより小さくなってるのかも。どうしてかな、おかしいね』
そして訪れる長い静寂。
それを割いたのは洞窟に滴る、一粒の水滴だった。
『『――ッ殺す!!』』
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