31. 攻略『蠱毒の地下迷宮』 最終階層①
二階層目、地底湖フロアの最奥。
僕は下層へ進む道を塞いでいた大岩を切り裂いて、更なる奥地へと歩みを進める。その先は僕の感覚で捉えていた通り、幅数十センチ程の細道が続いていた。
体長五十センチ程度の猫の僕にはなんてことない細道。
だけど、これまでの事を考えると気を張らずにはいられなかった。
この世界には魔物や魔力が存在してるんだ。
ここまで前世の知識を活かしてここまで来れたけど、前の世界の常識に囚われ過ぎていると足元を掬われかねない。
僕はこの世界について無知すぎる。
今この瞬間、何かの拍子に壁が急に迫ってくることだってありえない話じゃない。特に、こんな性格の捻じ曲がったようなギミック満載の地下迷宮なら、尚のこと何が起きても不思議じゃない。
僕は感覚を研ぎ澄ませながら、慎重へ歩みを進めて行った。
でも、そんな緊張も杞憂に終わる。
数百メートル歩いて起きたことといえば、道幅が二メートルぐらいにまで広がったぐらい。なんなら、後もう少しで開けた場所にまで辿り着けそうなところまで来ていた。
一瞬気を緩めそうになったけれど、首を横に振って気合いを入れ直す。
一階層目の蟻の巣の構造をした迷路と毒蟲のフロア。
そしてそれよりも凶悪だった、二階層目の毒沼と地底湖のフロア。
奥へ進むに連れて確実に、その脅威度も比例して増大してきてる。二階層目を突破できたのは、僕の万能な能力「上感覚」と前世の知識があったからだ。
そう考えると、次の階層を正面から突破できるかどうかだって怪しい。
少しの気の緩みが命取りになりかねない。
僕は感覚を最大限に研ぎ澄ませながら、細道を抜けて最終フロアへと足を踏み入れた。
そこは、何の変哲もない巨大な地下空洞だった。
迷路のような分岐もなければ、沼も地底湖のような特殊な地形も見られない。半径五百メートル近くはありそうな地下空洞。
ただしその広さとは裏腹に、自然に形成された石柱が不規則に連なっていて、周囲への視認性はあまり良くはない。
そして何より気になるのは、このフロアの中央を軸として渦巻き滞留している魔力。この魔力の濃さと流れから、おそらくもう下へと続く道なんかは存在しない。
つまり、ここがこの地下迷宮の最深部。
僕の予想が正しければ、このフロア中央の最も魔力が濃いところに魔石はあるはずだ。
細心の注意を払いながら、中央へ向けて歩みを進める。
そして中央に近づく度に、どんどん魔力の密度が高まっていくのをこの身に感じる。まるで、原液を薄めるタイプの飲み物を直飲みしているような気分だ。
そういうのがあるのか知らないけど、魔力酔いしそう。
僕は技能『隠密』で気配を薄くしながら、この渦巻く魔力の流れをソナー代わりにし、更にこの地下迷宮の一階層と二階層を棲家にしていた蛇も持っていた技能『熱感知』により、サーモグラフィーのようにこのフロアに潜む生き物の姿形を捉える。
どうやらこのフロアにいるのは魔物は二匹だけみたいだ。
一匹は途轍もなく大きい。それこそ全長数百メートルは下らなさそうな平たく細長い魔物。この地下空洞の端、岩壁に張り付いていて一切動き出す気配は感じ取れない。
そして、もう一匹は体長二メートルぐらいの人型の魔物。このフロアの中央、最も魔力の濃いであろう場所に佇んでいる。
僕の嗅覚の「感情をニオイで感じ取る能力」から警戒や敵意のニオイは感じ取れない。
二匹ともまだ僕の存在には気づいていないっぽい。
一応この調子で進んで行けば、大きい魔物との接触は避けられそうだけど、もう一匹の人型との接触は避けられなさそうだ。
とはいえ、真正面から相手をしてやる理由はこっちにはない。
『今の僕は人間じゃない。金銀財宝も地位も名誉だって必要ない。魔石を地上に逃げ帰ってさえすればそれでいいんだ』
息を潜める。
これまでは後手後手になってしまっていたけれど、それは全部僕の不注意のせいだ。考えなしにステータスを見たり、蛇への感知が遅れたり、地底湖の魚に気づいていながら何もしてこないと対処を厳かにしたり。
もう慢心はしないし手段も選ばない。
今一番大切なことは、ここからまさきを持ち帰り黒一に届けることだ。
僕は石柱に身を隠しながら更に中央へと近づく。
その途中、僕はしっかりその人型の魔物とその存在を視認した。
このフロアの中央には、橙色の輝きを放つ宝石が岩の台座に飾られていた。
野球ボールぐらいはありそうな大きな宝石。
カラットで言えばかなりの値打ちものなんだろうけど、今の僕は猫ゆえに関係ない話。
これが猫に小判、ならぬ猫に魔石ってやつだ。
そして、その魔石の前に待ち構えている人型の魔物。
全身黒い服に身を包んでいて見た目から種族はわからないし、そもそもドマイナーなファンタジーのモンスターなら知らない可能性もある。
でも、こいつが何者かなんてもう関係はない。
距離は十分詰めた。およそ十メートル。
確実に、一瞬で首を刎ね飛ばせる距離。
石柱の陰に隠れ背後もとった。
もう一方の大きい魔物は、一切動く様な素振りは感じ取れない。目の前の人型からも、僕に気がついている様子もニオイも感じられない。
他に危険因子とするものもなし。
これ以上、躊躇う理由は何もない。
『一瞬で決めるッ!!』
そう僕が力を込めた、その時――
「よくぞココマデたどり着いタ、猫の魔物ヨ。つまらん真似をするナ。オマエの敵は私ではナイ」
その声に僕の体は反射的に止まる。
その声の主からは、未だに僕への警戒心や敵意は感じられない。僕の「上感覚」ですら、この魔物から伝わる感情を感知できなかった。
でも最も僕が驚いたのはそんなことじゃない。
少し緊張しながら僕は石柱の陰から身を出した。
僕の予想が正しければ、今目の前にいるのは地下迷宮内に蔓延っていた『魔物擬』なんかじゃない。
純粋な『魔物』だ。
『……君は、北の森のゴブリンロードの血縁者だね?』
僕の問いかけに彼は振り向き、その特徴的な赤い肌を覗かせるのだった。
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